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BREAKER  作者:
第3章 「日常」
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第三十七話 悲恋

 古斗野高校のある階段、屋上へ続くその階段。フラッシュ・サーファーと牧野シロの戦闘行為の一分後には、教師の井山が立って見張る羽目になった。


 心配事は尽きないが、不幸中の幸いか。

 屋上へ続く扉へは、「ドアマン」──特務機関Vでそう呼ばれているテレポーテーション装置か何か──に通じており、その()()()()はすぐに完了した。


 遺体と怪我人を運ぶのは簡単であった。

 ()()が得意な人間も当然、組織には居る。一分もすれば施設の清掃と題した立ち入り禁止の看板を立ち、五分もかからず殺し合いの形跡は消えた。


 痕跡は欠片ほども残りはしない。


 ここを生徒が覗く心配も、あまりなかった。元々、普段ほとんどの人間が見向きもしない場所なのだ。それに詠航マコトという良くも悪くも学内で有名な人物がよく訪れるとなれば、人は近寄らない。立て看板に教師の見張りもあれば、尚更だ。


 そもそも古斗野高校は広い、居場所は皆各々が既に見つけている。屋上(ここ)に固執する者などいはしない。


 井山ができる事と言えば、時折、興味本位で顔を覗かせる生徒に「生徒が()()()()()()」「()()()()()()()()があった。とは言ってもあなた達には関係ないし、大事にはならないので大丈夫」なんて説明をして、さっさと追い払ってしまうことくらいなものだ。


 ここで厄介なのは、相手が特殊体質者であるということだ。

 嗅覚が優れる特殊体質者、噓かどうかを見分ける特殊体質者もいるので中々どうしてやりにくい。しかし、多少の違和は正常性バイアスのおかげで十分に誤魔化せる。

 木を隠すならなんとやら。なんでも起こりうるこの場所では、だからこそ非常事態は隠しやすい。

 そして、生徒たちは往々にそんなことは忘れて、忙しい青春に戻るのだ。


 緊急事態だが、それに反してどこか日常的な、のんびりした態度が求められたし、彼はそれをそつなくこなした。


 五分も経って清掃が終われば、井山が念のために現場をチェックしていた。

 当然、問題はなかった。戦闘の痕跡は一切ない。血も氷も傷ついた床や壁もない。清掃員もまた、既に撤収済みだ。見事な手際であった。


 井山がため息を吐いて、眼鏡をかけ直す。悩みの種がひとつ減った。


 そこに少々速いテンポで階段を駆け上がる足音が響く。そして、遅れてやってきた俵──蜘蛛の異形の男──が現れた。

 伝説のグレートスパイダー、井山と同じ特務機関Vに所属する男。

 そして、井山と同じ古斗野高校の教師。


「済みましたか」


 俵が問うた。その低い声は、井山の耳の位置よりも高い標高から響いた。分厚い筋肉に覆われた二メートル近い身長を誇る彼の肉体の前では、さしもの井山も小さく見える。

 彼のような顔までもが異形の表情は読み取りにくく、その八つのつぶらな瞳の奥底の色は見えない。しかし、その口調から事態に対して焦りがあることは間違いなかった。


「はい、俵先生。……肝が冷えました」


 井山の言葉に、俵が頷いて同意した。この頃は、想定外のトラブル続きであった。そして、その予後も良くないものばかりだ。

 俵が「彼らは?」と、今回のトラブルの当事者たちの安否について確認を行う。


「概ね大丈夫だそうですが、彼が少し危うい。しかし、この早さなら間に合うと思います」


 井山が言った。すぐに回収できたお陰で死にはしないだろうという見立てであり、実際にその通り、彼は死ななかった。


「それは、よかった。後処理を任せてしまったね。力になれなくて申し訳ない」


 面倒事の処理を行った井山に、俵が詫びた。


「いえ、私は立っているだけでしたから……二人が、心配です」


 結局、事が過ぎた後では誰にも対処できない。後の祭りだ。


「そうですね。二人は……」


 俵が、安否を問うた。


「祈る他にないですが、恐らく大丈夫です。……事情が事情ですから、精神的にも……」


 井山は首を横に振る。傷の治療は出来る。戦闘時間は短く、治療もスムーズに行えている。助けることはできるだろう。

 しかし、その予後は厄介である。二人は、ヒーローになるための訓練を受けている。

 災害時に命を選別するトリアージについて看護師が学ぶように、ヒーローもまた失敗した時の責任や捉え方、物事への向き合い方、それを学ぶ。だが、今回は──。


「もちろん、彼らだけの責任ではないが……避けたい事態だった」


 俵が、ため息を吐く。

 悪い状況だった。


「ここと繋がっていたことだけが、不幸中の幸いでした」


 井山が屋上の扉へ視線を向ける。隣の俵は頷きながら、それに同意した。

 ドアマンでの迅速かつ外部に漏れないアクセスの存在のお陰で、負傷した詠航マコトの治療に早く取り掛かれたことは、間違いない事実だ。なんたる幸運か。


 井山が無言で、扉を眺めていたが、ふと口を開いた。


ドアマン(あれ)は、確か事前に決めておいた場所からしか通じないはず。なぜ、ここに?」


 ドアマンは万能ではない。何事にもそうであるように法則があり、それに則ってこれもまた効果を発揮する。

 ドアマンは、事前に決まった場所としか通じない。

 設定できる数には、その多寡はともかく、限りがある。

 そう考えれば、やけに妙な箇所への設定である。古斗野高校なのは良いが、屋上へ通じる妙な位置だ。使っている人間はそうもいないし、大きなアドバンテージもない。

 強いて言うならば、設けるべき意味がないのだ。


「偶然だ……と言いたいですが、正確には違う」


 俵が言った。やはりその出来過ぎた状況には事情があるようだった。


鷲律(部長)ですか」


 井山の問いに、俵は無言で頷いた。


「権限上、可能ですが……それではまるで」


 井山が言いかけて口を噤む。それは、口にするにはあまりに軽率な言葉だからだ。だが、言いたいことは言わずともわかる。


「偶然だ。よく来る場所と考えてのことだろう……元々、古斗野にはいくつかある。彼が参加した時点で、ひとつ増やした」


 異形は首を横に振って、答えた。それは、普通のことではなかった。

 ドアマンは、特務機関Vの保有する強力な軍事兵器──あるいは特殊体質者──繋げる先への設定も、恐らくは無限ではない。それでいて、既にある古斗野高校では必要性は薄く、数カ月で卒業するただ一人のために新たな設定を行ったというのは信じがたい話だった。


詠航マコト(あの子)が何者かいい加減、聞いても?」


 少なくとも、鷲律ユラナは無駄なことをする人物ではない。そんな人間が処理部を率いることができるわけがない。そこには必ず意図があり、意味がある。それは、既に多くの人間が理解していることである。それでいて彼女が詠航マコトを直接鍛え、指導するあたり、当人は隠そうともしていない。

 特別な勧誘と待遇、首都不明攻撃事件、能力の真価、鷲律ユラナ。そして、詠航マコト。この前まで何者でもなかったひとりの少年。

 まるで台風の目のような彼の実体は、彼を取り巻く事件からしか捉えられない。つまり、少なくとも、まだ彼は何者でもなかった。


「…いえ」


 俵が少し微笑した。

 そしてそれから暫くして口を開いた、これまでと比にならない深刻な様子で。


「やめておいた方が良い」


 首は突っ込まない方が良いという、俵の忠告だ。それを聞いて井山は肩を竦めた。


「どの道、巻き込まれますがね」


「巻き込まれるのは、全員だ。それは恐らく避けられない」


 食い下がるような井山のボヤキに、俵が言った。


「処理部は今や一番の力を持っている」


 井山が言った。

 こうした組織ではありがちなことだ。どうしても実行を担当するチームの裁量が大きくならざるを得ない以上、相応の権威と影響を持ち合わせるものだ。


 そもそも特務機関Vは独立性が非常に高い。これは、民主主義故の解決手段の選り好みでは対処できない危機に常に直面しているからだ。


 だが、民主主義に従い滅びることを国家は許容しない。

 存続が要ならば、主義は実体に伴わない。


「強く育ったのは良いが、少し好きにやり過ぎだな。上にも事後承認、事後報告、裁量はほとんど現場、独断専行……だが、方々が彼女には何も言えない」


 様々な法律を飛び越えた特務機関の存在も、文民統制では国家が維持できない情勢ならば致し方ない。

 国家存続を目指す特務機関に大きな力が集まるのは当然であり、そして力が集まればその分だけ組織が自我を持つことも、理想を持つこともまた当然だろう。そして、面倒事を任せ続ければ、面倒事を処理してきた者たちを止める手段がいつしかどこにもなくなることも、自明である。


「事後報告……司令部にですか?」


 俵の言葉に、井山が眉を顰めた。

 それでも、否、だからこそ、こうした組織での規律は重要極まりない。


「一番上さ」


 俵が唇の前に人差し指を立てて、小声で囁いた。井山はそれを聞いて、しかし大きな驚きや何かしらの感情の動くところはなかった。「そうですか」、そう短く、無感動に、否、それどころではないというような様子で答えた。

 そもそも、井山は俵ほど様々な裏事情に精通していないこともあるが、その関心の先は──。


「……あの子たちは、どうなるんでしょうか」


 彼は変わらず、自らの生徒を案じていた。


「彼女の方は、手を引かせられる……本人は選ばないだろうが……それに彼については、覚悟しておいた方が良い」


「とうに覚悟はできています。でも、生徒なんだ。割り切れはしない。今回だって私は何もしていないんです」


 足を止めて、井山は言った。


「……歯痒いし、辛い。誰も彼も、悪くない。だが、どうにもならないことはある」


 俵は言った。慰めるような言葉だった。


「何もかも、まだこれから来る嵐の前の静けさに過ぎない」


 俵がそう言ってから、窓を眺めた。

 学び舎の外から、生徒たちの声が聞こえる。部活動か何かだろうか、古斗野高校は今日も何も変わらない時を過ごしていた。

 二人は、そうして話終えれば、軽い別れの言葉を交わす。

 ここには今日も誰も来なかった。そんな作り上げた事実だけがそこには残った。






 フラッシュ・サーファーの講演から数日経ったある日のこと。その日は古斗野高校で何も特別なことはない、常と変わらない一日だ。

 生徒会室の扉の施錠が解かれる。そして、ひとりの生徒が入室する。

 見目麗しい生徒会長、名家のご令嬢。文武両道を地で行く優秀な生徒かつ、裏の顔は特務機関のエージェント。

 彼女は長く艶やかな黒髪を靡かせて、黒い双眸が明晰な意志を纏う。そして、制服の中に隠れた、鍛え上げられた肉体がその意志を担保する。

 この美しい光る玉のような人物に瑕を見出すのならば、頬にある小さな傷跡くらいなものだが、それすら甘い環境に居座らない勇猛さを印象付けるチャームポイントにすらしてしまう。


 そんな牧野シロは今、放課後一番に生徒会室に来たわけだ。

 一番に来た時、当然、生徒会室にはいつもいる他のメンバーたちはまだいない。そこにあるのは昨日のまま停止した部屋だけだ。そこには、昨日の自分たちが閉じ込められているようだった。

 永遠に停まってしまった時間の中で眠りこけた部屋も、シロが動き出して、そのうちに皆が来たら、目が覚めて、そしてまた時が進んでいく。そして、皆が帰ればまた眠るようにシロには思えた。


 部屋に入ったシロの頬を、ふっとそよ風が撫でる。

 どうやら、既にお目覚めのようだった。


 彼女が窓際に目を向けると、そこには見慣れた人物が立っていた。


「詠航くん」


 シロが呼びかければ、彼は彼女の方へと振り向いた。

 ふわふわとした毛並みの良い犬のような、仄かな桃色がかった白髪が風によく靡く。極彩色の瞳は、憂いを帯びながらも、陽光にあてられて花でも開いたようにきらきらと煌めいた。


「よう、牧野」


 詠航マコトは相変わらず、端麗な顔つきだが表情も言葉も取り繕うことはない。いつも通り、少年はぶっきらぼうに挨拶した。

 そんな彼の背後で窓が開け放たれている、侵入経路は明らかである。

 これを認めたシロは小さくため息を吐いた。そして、マコトの隣へと向かう。


「鍵、かけていましたよね」


 そうしてシロが、マコトの隣に立って言った。

 古斗野高校では部屋の施錠は侵入を阻むという意味ではあまり意味をなさない。代わりに、関係者以外は入るなという意思表示の意味合いを持つ。


「何とでもなる」


 そんなことわかっているだろうに、マコトは特に悪びれもせずに言った。


「次からは、誰か来てからにしてください」


 シロはそう注意したが、来るなとは言わなかった。

 別にマコトが生徒会室に来てはいけないわけではない。何か手伝いがあれば来ても良いし、劇関係ともなれば富永が声をかけもする。寧ろ、手伝いならばいつでも歓迎である。


「覚えとく」


 マコトが目線を外へ移せば、まるで興味でもなさそうな生返事で返した。


「珍しいですね、ここに来るなんて。劇の手伝い以来ですか」


 マコトはあれ以来、やはり生徒会室には来なかった。来ても歓迎すると言っても、それ以上関係を深める気も、その時間も彼にはないらしいことくらいしかシロにはわからなかった。


「ああ」


 マコトが頷いた。


「お前に、劇の題名を言おうと思って」


 そう言えば、彼は黒板に向かう。シロが眺めていると、彼はチョークを手にとれば書きなれない黒板に文字をつらつらと書いた。その字は、お世辞にも上手いとは言えなかった。

 そして、チョークを置いて手に付いた粉を煩雑に払う。「よければ使ってくれ」なんて呟けば、単なる思いつきのひとつかのように言うのだ。


「教室で言えばいいのに」


 当惑したようにシロは言った。


「いや、丁度話したかったんだ。こっちの方が落ち着いて話せるしさ。タイミングが良かった、ツイてるよ」


 彼は微笑んだ。


「話しですか?何か、ありましたっけ」


 シロは首を傾げて何も察していないように振る舞った。そうして純真なお嬢様を演じるが、けれども腹の中の乙女がこれに良い予感のしないことだけを訴える。

 しかし、彼女の目を覗き込む極彩色の瞳は、明確に感情の色彩を移ろわせた。シロの頭がキレることをマコトはあいにく知っているのだ。


「……そのうち、皆さんが来ますわ。それからでもいいでしょうか?」


 少し間をおいて、シロは言った。


「すぐ済む。流石にお前には言っておこうと思って」


 尊大に自由に振舞っていたはずの彼が、いつの間にか頭をかいて話す。

 そんな様子は、どこか頼りなくすら見えた。つまり、彼はいやにいつも通りだった。


「もう、ここには来ない」


 マコトがさらりと言った。


「そう、ですか」


 答える彼女はいつも通りを装う。

 そんないつも通りの彼女を見て、マコトは安心した様子で、「ああ」と頷いた。


「……もう次はない?」


 シロが問いかける。


「多分な。じゃあ──」


 マコトは肩を竦めた。そしてそうすれば、すぐに踵を返す。

 本当にこれだけ言いに来たようで、その足取りは軽く見えた。


「──あの」


 牧野シロの、掠れ声が響く。普段、女子たちの黄色い声を我が物としてきた凛とした音には程遠い。


「待って」


 その言葉を聞いて、マコトの足が止まる。同時に数歩分だけ、落ち着きなく床を蹴る音が鳴った。シロがマコトを追う音だ。

 真冬のような冷気が、少年の首筋を撫でた。

 マコトがもう扉にまで伸ばした手を下ろす頃には、その気配はもうあまりにも近くにいるようだった。


 マコトが背後の気配に応じるために振り向けば、その時にはもう牧野シロは目と鼻の先にいた。


「……」


 シロはマコトを無言で見つめる。


「……?」


 マコトは、何がどうなっているのか掴めていないようで、困ったように彼女を見つめていた。


「私だって共犯です」


 彼女は言葉とともに、あまりにも近い距離で冷ややかなその手を伸ばす。


「なのに、一人でなんて許せない。貴方だけで背負うこともない」


 そして、少年の胸に触れて彼をほんの半歩分だけ押せば、扉へと追い詰めた。

 詠航マコトが悪人ならば、牧野シロも悪人なのか。少なくとも、彼女の中ではそうなのだろうし、それでよいのだろう。


「私たちは、自由です。どこにでもいける」


 穢れなく正当に生きるのが人生であるとも限らない。壮絶に血を流すことは強制されていない。


 その道はある。


 そして、それすら叶わないのが──。


「牧野……俺は、」


 そう言いかけるマコトを静止するように、シロがそっと近づいた。目と鼻の先ほどの距離だ。

 そこで二人は、互いの息遣いを初めて知った。

 いや、初めてではない。それは模擬戦で戦ったあの日も、シロが病院に飛び込んでマコトを抱きしめたあの日もそうだ。その息遣いを二人は、既に知っていた。それでいて、それ以上触れることはなかった。


 同じ距離感で静止して、シロがマコトを抱き寄せる。そして、その煌めく瞳をじっと見つめていた。だが、マコトは動かない。


 シロがゆっくりと顔を近づける。


「ダメだ」


 マコトが言った。

 それでも抱きしめたまま、二人は見つめ合う。マコトは、彼女の冷たい体を抱き止めていた。


「マコトくん」


 少女の声が響く。


「……すまない」


 彼は俯いて小さく震えながら、そう溢した。

 シロは微笑んで首を横に振った、そしてマコトの頬を撫でた。その温度を確かめるように、彼女は彼にぴったりとくっついて離れなかった。


「貴方はもう少し、頑張るんでしょう。けど、私は……私が、貴方を待っています。だから、いつだって日常(こっち)に戻ってきてもいい」


「ああ」


「でも、あんまり長く待たせないでください。あんまり待たせたら、こっちから行きますよ」


 シロは精一杯、冗談まじりに微笑んだ。


「……その時は、頼らせてもらうさ」


 マコトはそう言った。


 その後、二人は、少しして別れた。それ以上、言葉を交わすことはなかった。

 少年は独り去る。シロは、そんなマコトの小さな背中を見つめていた。


「……」


 シロは理解している。

 男女の仲というのは、判断を鈍らせる。必要な時、冷酷な選択ができない人間は弱い──故に、思春期の私情があることの明らかなマコトとシロが同じチームになることはないだろう。

 そして、詠航マコトは特別で牧野シロのわからない任務、知らない事情の中で戦うのだろうことも、どうやら彼に戻ってくる気がないことも。


「……寂しいな」


 「Breaker」、黒板には下手くそな字でそう書かれていた。






 その日のことだった。

 食卓でマコトを一目見た鷲律が言った。


「何かあったのか」


「なんすか」


「体調でも悪いのか?あまり、元気じゃなさそうだ。……無理はするなよ」


 鷲律の心配に、マコトは首を横に振った。


「何もない」


 その通り、何も起きはしなかったから。

 これ以上、何も起こりはしないのだから。


「大丈夫」


 少年は、あどけなく笑うのだった。


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