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BREAKER  作者:
序章
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第三話 ポニー オア バーサーカー


 ヒーロー科では、模擬戦をやる文化がある。教員の立会の下であれば、実戦形式での訓練が可能なのだ。と言っても、実際に行われる事は多くない。特殊体質者同士の戦闘は仮に学生の模擬戦であれ、不慮の事故などで死亡するリスクがあるからだ。その為、同意書すら書かされる始末であり、如何なる怪我や事故があってもあくまで責任があるのは当人となる。殺してしまっても殺されてしまっても仕方ない。ならば仮に女の顔に傷が付いたとしても責任は当人にあるのもまた自明。

……そんな都合の良い話に負けてなるものか。牧野シロは窓ガラスに映った自身の顔の傷を見て、そう強く決意し直した。


 ストレートに伸ばされた自慢の美しい黒髪、強い意志を兼ね備えた黒い双眸、上品な口元、細く筋の通った高い鼻。髪と鼻はお淑やかな母に似た、凛とした厳しさを纏う目元は厳粛な父に似た。女としては高い背も、姿勢が良いから凛々しく見えると母に褒められたから寧ろシロには誇らしかった。

 牧野家は代々から大きな資産を持つ名家であり、嫁いだ母もまた大きな世界シェアを誇る大企業の令嬢。彼女自身もまた、賢しく強かでお淑やかな大和撫子であった。しかし、当人は自身のそれをただ両親に恵まれたが故だと心の底から考えてもいた。

特殊体質者に生まれようと、特殊体質者の中でもノブレス・オブリージュを実現させられるよう両親はシロに相応しい教育を与えた。

そして、シロは両親の期待に応えた。

成績は常にトップクラス、名門大学に留学だって夢ではない。特殊体質者としての強さもエリート中のエリート。


 男子にとってはいつだって高嶺の花、女子にとっては王子様、いつだって羨望の的だった。

 牧野シロは完璧な女だ。……ただ、唯一ケチが付く所があるとすれば、それは頬に残る傷跡だけだ。


 東京都立古斗野高校ヒーロー科三年一組。ここは特殊体質者である以外に本来、共通項がほとんどない寄せ集めのクラス。ただ、学校社会というのは得てしてそういうものであるから、大きな差はあまりない。

 各々に友人と世間話に花を咲かせたり、読書に耽ったり、真面目な者では勉学に打ち込み、それを担任の教師が見守る最中、決まって朝、遅刻の三分前から一分前の時間に来る者がいた。戦う事以外まるで興味が薄い癖して、ぶっきらぼうながはも寧ろ親切に振る舞う男だ。


「ふー……」軽く息を切らしながら、教室に滑り込んだ問題の生徒は牧野シロの隣の席に座る。


「ごきげんよう、詠航くん」シロは穏やかな笑顔で隣の彼に朝の挨拶をした。

「おはよう、牧野」

詠航マコト、シロより幾分か背の低いこの男こそ、シロの目下の課題であった。


「今日の放課後、私といつかぶりの模擬戦でもどうかしら?」シロの瞳が、マコトを捉える。その口許に微かな笑みを浮かべながら。

「……まあ、いいぜ、暇してる」マコトはその視線から逃げはしない、唐突な申し出を同じく威嚇的な笑顔で快く引き受けた。


「ありがとう。それともうひとつ、提案があるの」

シロは周りの喧騒が遠くどこかにいってしまったような感覚を覚える。二人の間を、何か緊張感のようなものが支配していた。級友同士が世間話をするでもましてや恋人同士が話すような雰囲気ではない、何処か異質な空気。


「提案……?」

「貴方は上級生とも戦っていたくらいまでなんだから、ただ私と戦うだけじゃ退屈なんじゃないかしら」

至って普通じゃない、正気じゃない、そんな詰りにすら聞こえかねない言葉を、嫌味に捉えさせないのはシロの持つ才能だった。


「お前相手だぜ。よっぽど──」

「賭けをしましょう」

 マコトの言葉を遮って、シロが静かに言葉を続けた。およそ、牧野シロから出そうにない提案に流石のマコトも驚いていた。


「賭け……別に、いいけど。俺にはないぜ、賭けて面白いモノなんか」

「できる範囲で、勝った相手の言うことをひとつ聞くなんてどうかしら、簡単でしょう」


「……いいけど、俺以外の奴とやるなよ、それ」賭けるモノを知ったマコトは打って変わって少し神妙な面持ちになった。


「ご忠告ありがとう、やらないわ。装備は使わないんでしたわね」

そう言いながら、シロは机から出した書類を一枚、マコトの机にスライドさせる。それは、既に牧野シロの名前が書かれた模擬戦闘訓練同意書だ。


「ああ、そうだ。そっちは使いたきゃ好きにしていいぜ」

マコトはボールペンを取り出し同意書の開始時刻や場所のような各項目をチェックし、自分の名前をサインした。


 授業の時間、シロはマコトの様子を普段より注意深く見てみる事にした。三年の秋たるこの時期は、早くに就職など進路の決まるヒーロー科では大詰めということもあって、授業も勉強というような勉強ばかりではない。

ヒーローになった後のキャリアについて何か考えられるように先生が見せるビデオの時間、マコトは開始数分で気がつかない間に眠っていた。感想文は出さないつもりだろう。尚、いつも通りだ。しかし、マコトは勉強らしい授業の時間は受験生でも無しにそれなりに真面目に取り組んでいた。これも、いつも通りだ。シロへの接し方も何ら変わらない。

 気がつけば昼休み。牧野シロは食堂で級友と学食を囲みながらも、その事ばかりを考えていた。

模擬的なものとは言え、死んでしまうかもしれない決闘をさながら果たし状が如く突き付けられて、おまけに妙な賭けの提案までされ、彼はそれら全て二つ返事で受けた上に何の心の準備もなしに挑めるというのだろうか。……否、違う、あの胆力は、いつだって準備ができているという証だ。


「(私に、そこまでの覚悟があるだろうか──)」


「シロちゃん、怖い顔してる。どうしたの〜?」赤髪ボブカットの可愛いらしい級友、山﨑ルリがシロの顔を覗き込む。おっとりした話し口調が、シロの意識を現実に引き戻す。


「わー、ホント!折角の美人が!皺できちゃうわよ、皺、ほら伸ばしなさい」

月下ユウ、今度は茶髪にポニーテールの級友がわっとシロの顔を見ると、自分の眉間を伸ばすようなジェスチャーをした。


「ふふ、ごめんなさい。ちょっと考え事してて」シロは笑いながら、言われた通り皺を伸ばした。


「あ〜、まさか……」ルリが何かにハッと気がついたようだ、それから絶妙なニヤけ笑いを浮かべながら、シロの顔をみる。


「……?」

「シロちゃんにも恋の季節!?お相手はクラスの誰〜?」ルリがわざとらしい黄色い声で囃す。

「い、いえっ、そんな!そんなじゃ……」

「ふふふ、わかったぞ〜。お相手は学年一のバーサーカー、ポニーくんだな〜」

 ポニーくんというのは、詠航何某のほんのりウェーブがかった癖のある微かに桃色を纏った白髪を煩雑に伸ばしたヘアスタイルと、極彩色の瞳にあやかって付けた女子共通のあだ名である。


「もう、山﨑さんたら!別に、そんなんじゃないです」

「またまた〜」

少々恥ずかしげに困るシロをルリは茶化す。そんなに親しげに見えただろうかと、シロは内心困惑した。しかし、何かしら他とは違う感情を向けているのも事実だ。


「シロに限ってそんなことないわよー……でも、珍しいね、こんなに動揺するなんてさ。何かあったの……体調でも悪いとか」

ユウはシロに心配の目を向けた。流石にいつも一緒に過ごす子たちには、普段と違うことを見抜かれていた。


「いえ、本当に何でもないわ。体調だっていいのよ。ただ、ちょっとした事を深く考えちゃって……私の悪い癖です」

 シロは今回の模擬戦の事を、誰にも言う気は無かった。どのみち、相手の同意がなくては観戦はできないようになっているし、二人はきっと心配して止めるだろう。


「そう……なら、いいんだけどね。だって、あの子怖いというか、危なっかしいというか」と、ユウがため息を吐いた。


「怖い?」シロが反射的に聞き返した。


「ああ、ポニーちゃんのことだよ。顔は良いんだけど、破天荒というか、ぶっ飛んでるっていうか、良い子なんだけどね」

ユウのいう事は、大方の女子の彼の評価だ。詰まる所、まさか、お嬢様の恋する相手がナイフでなくて安心したという所だろう。


「聞いた?コレ、秘密なんだけど〜……一週間前かな、スパイダー先生に模擬戦申し込んでたって!」ルリが、秘密にするにはやや大きい声で話した。


「先生、現役時代は武闘派でしたわね……それで、どうなったのですか?」

 これはシロには気になる話で、食いつかざるを得なかった。もしも、怪我などされていては模擬戦は中止にしたいからだ。傷の治療は学校の設備で受けられるし、能力での治療も必要なら受けられる。しかし程度によってはまだ万全でないし、彼は多少の怪我があっても話に乗りかねない。


「その話、聞いたよ。まあ、教員との模擬戦はそもそも例がないし、先生が断ったってさ」ユウが肩をすくめる。

「怖いもの見たさだけど、私それ見てみたかったなあ」

「ルリったら……スポーツの試合じゃないのよ」

「だって、戦う男ってかっこよくな〜い?」

「そういうところあるよね、あんた……けど、スパイダー先生は三年前まで現役、この学校どころか、プロの中でも超が付くほど強いんだよ。流石のポニーちゃんでも無理さ」


「……」

 シロはまたもや思考する。元現役のプロヒーロー、それも武闘派中の武闘派グレートスパイダーと模擬戦をやろうとしたのだ。ならば、自分の挑戦を受ける程度のこと大した話ではないか、そう考えれば確かに今日の振る舞いは腑に落ち、先ほどの疑問は解消される。しかし、ここで新たな疑問が生まれることになる。結局、何がそこまで彼を駆り立てているのだろうか。彼は人が噂するように、本当にどこか壊れた狂人なのだろうか。バーサークというのは強ち間違いじゃないのか。いいや、なぜその事を気にするのか。戦う事自体も相手も変わらない。そんなことはどうだっていいはず。はずなのだ。ただ、思うまま思う通りに──。


「あらあらシロちゃん、また考え事〜?」流石のユウもこれには茶々を入れた。

「やっ、これはっ、違います!詠航くんのことじゃ!」シロがつい顔を赤らめた。


「……あたし、一言もポニーちゃんなんて言ってないわよ」

「ね〜」

二人の微笑ましげな視線がシロに向かった。

シロは誤魔化すように恥ずかしげに口元を抑える。時既に遅しだ。


「はっ……あの、これ!は!本当に、違──」

「わかってるわよ、もう。三人の秘密よ、ルリ」

「そーね、ユウ。あーあ、しかし、まさかのまさかねえ〜」


 厳密に向けている感情は、それとは異なる種類のものだ。一応誤解だ。恋を自覚できぬほど青くないはずとシロは思った。対して二人は、今回はシロの可愛さに免じて容赦してやることにした。



 食堂以外で食事を摂る生徒も多い。教室は人がいないでもないが、まばらではあった。他のクラスにいったり学食を食べたり、部活の友人と食べるなりしているからだ。

 マコトとレイはいつもの如く、一番後ろのレイの席で弁当を囲む。レイがまず弁当バッグから、大きな二段の弁当箱を出せば、今度はトートバッグから風呂敷に包まれた、それより一回り小さな弁当箱を一個出す。


「はい、今日のお弁当」風呂敷で包まれたミニ弁当をマコトの前に置く。

「ありが──」マコトがお礼を言いながら取ろうとした弁当の上にレイは手を乗せて静止した。

「どうしたよ」マコトはレイに早く食わせろと視線を向けながらいった。

「今日の朝、一瞬見えたんだけど……」レイは、視線をマコトに渡す予定だった弁当に向けたまま話した。


「何が」

「戦う気でしょ、牧野さんと」

「……お前よく見てんな。ああ、今日戦る」


 マコトとシロは二人は前方の席、レイは翼が邪魔になる為、常に一番後ろの席。

 同意書を出した時、既に彼は座っていた。出したのもほんの一瞬の話。しかし、レイはそこからでも目を凝らせば書類が何かわかる程度の視力を持ち合わせている。これは、失念していたとマコトは思った。誤魔化しはしないが、やはり心配はかけてしまう。


「またかあ、もう」ため息を吐きながら、レイは弁当を抑えていた手を離した。

「たまにはいいだろ……ん、今日も飯ありがとな。いただきまーす」

「言っても聞かないでしょ!……いただきます」

 レイの作った弁当を囲む、これが二人の普段の昼食だった。共通して、弁当の中は基本的にぎっちりと詰まっている。一段目はぎちぎちのご飯に梅干しを詰め込んだ日の丸弁当、二段目は卵焼きやたこさんウインナー、ほうれん草のおひたし、ブロッコリーの王道の品、そしてレンジで加熱調理する必要のない自然解凍の冷凍食品などで隙間を埋めた代物だ。味は美味で、どこか懐かしくなるような食べ応えのある、しかし優しい味付けだ。


「あの人、強いんでしょ。気をつけなよ」レイはやたらとデカい弁当からもりもりと食べながらいった。


「まア、なんとかなるさ」

「またそうやって……もう」

マコトは卵焼きを箸で掴みながらピースサインでお気楽に笑い、レイは呆れ半ばに口を尖らせた。


「こういう時はくたばった時の為に、笑うだけ笑わなきゃ損だぜ。相棒。にしても、美味いな今日も。グーだね、グー」冗談を言って、マコトはサムズアップで感謝を伝えた。


「縁起でもない事、言うなよ」

調子良い言葉を無視して、レイは言い返す。相棒、レイはマコトにその言葉を口にされるのが好きだった。が、そういって誤魔化そうという魂胆は見えていた。もちろん、料理を褒められるのも嬉しい。もちろん、口が裂けても言わないが。


「冗談だって、戦る前から負けること考えねえよ。それに知ってるだろ、そう簡単にくたばる玉じゃないさ」

「そりゃ、大丈夫だとは思ってるけど……」

「まあ、今回の夏休みは模擬戦やってないだろ。それに今回は向こうから、特例って奴だ。間空けてるし無茶もやってねえ。安心しろよ」

 自信に満ちた目でマコトはレイに流暢に語る。毎日でないなら、つまり間さえ空けていれば、多くの生徒が普通やろうと思わない模擬戦を二つ返事でやっても無茶でもなんでもない。それこそ、無茶な理論だ。しかし、力説されるとどこか説得力があった。マコトは多くの模擬戦を行ってきた。今更一度やるくらい無茶でもなんでもないのだろう。


「……俵先生に模擬戦申し込んだ話聞いたけど」

 レイがツッコミを入れる。元ウォートルス事務所所属、グレートスパイダーの俵先生、通称スパイダー先生に模擬戦を申し込んだ話は、彼の耳にも入っていた。


「あー……えっと、その噂はアレ、タチの悪い嘘、フェイクニュース」

「ウソつきは君だろ、それくらい僕にも言ってくれればいいのに」

「まあまあ」

 なぜ自分が宥められるのやらとレイは思った。相棒だなんていう癖に、いつもひとり相談も報告も無しに試合に臨む。マコトはそういう意味では独りで戦っている、否、戦おうとしている。レイにはそんな気がしていた。


「そういえば、なんで断らなかったの?断ればいいじゃん」レイが疑問を呈する。


「いや、今回は無理」

「……理由あるならマシだね、で、なんでさ」

 珍しいとレイは思った。理由があってもレイの常識の範囲からして真っ当な理由ではないが、少なくともマコトは理由がなくても命を懸けられる、懸ける。そうである以上、せめて本人に理由がある方がマシなのだ。


「凄えイイ目してたからさ」

「牧野さんが?」

「そ」

「……」

「ふふ、面白くねえか」

「……いや、マコト」

「何だよ」

「それ、下手したらめちゃくちゃ嫌われてるんじゃ……」

「……えっ」

マコトは素っ頓狂な反応をみせるあたり予想外、あるいは全くそんなこと考えていないようだった。尤もこれは彼らしい反応であるが。


「まア、それでも別にいい。マジで面白い。上出来さ」

「……」

 もし、嫌われているのならばそれでいい。ただ、実力で捩じ伏せるだけだとマコトは思った。蝶よ花よと育てられ黄色い声を浴びて生きてきた、その上で命を懸けてくる酔狂なお嬢様と共有できるものがあるとすれば、力と技だけ。互いに誇りを賭けて戦い、得られる者を得る以外にない。

元より、覚悟を以て挑まれた闘いに、意味や理由を問う必要など無い。

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