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BREAKER  作者:
第2章 「首都不明攻撃事件」
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第二十七話 火花

 降りしきる雨が止む気配はなく、豪雨のような暴力もまた同じく止む気配はない。

 廃ビルの突貫工事で設けられた新たな出入り口(吹き飛ばされたマコトが開けた穴)の先へと岡田が視線を向ける。


「この感触……」


 その視線の先には、バラバラに切り刻んだはずの少年がいた。


「あの女だな」


 殺したと思った相手が死んでいない。しかし、岡田はあくまでも冷静である。

 寧ろ、その声はどこか喜んですらいた。


「っ……」


 再び雨に濡れながら、苦痛に堪えるマコトもまたその歯を食いしばって岡田と向かい合う。

 何とか立つマコトの足元には、歪み砕け散った純白のがらくたと肉の破片が散らばって、雨に晒されていた。


 そのタネは割れてしまえば単純明快。

 肉と骨の構築、それが篠崎の能力。

 それは岡田とマコトの戦いの始まる前、篠崎がマコトの足に触れた時、彼のスーツの下に衝撃を吸収する肉と異様な硬度を誇る骨の装甲を構築したのだ。


「くそ……」


 しかし、その衝撃はすさまじい。装甲があって尚だ。少年の肉体は危機的なダメージを神経を通して通知し、アドレナリン越しにすらダメージは声高らかに主張する。

 あの装甲が命を繋ぎ留めた。次はない。

 その体の多くに纏った装甲はたったの一度で、腕も足も胴体もはがされて、卸し立てのスーツは鋭利に斬られた跡だらけであった。


「お前……」


 マコトが、仮面越しに岡田を睨む。

 もし、篠崎の装甲がなければ死んでいた。だが、マコトにとって今問題なのはそこではなかった。

 確かに岡田の突きはフェイントだったが、岡田は辻風が切れるのを待たなかった。

 否、辻風の消耗を受け入れて維持でもすれば、その刃が身体に触れる機会すら与えはしないのだ。隙はない……だが、岡田はどこにもないはずの鉄壁の刹那に隙を斬り拓いた。


「合わせやがったな……!」


 螺旋的に回転する辻風、その軌道。

 辻風の角度と方向に対し、全く同じ角度かつ純粋な押し出す出力に負けない威力で刃を振るい、その一撃を通した。

 精密機械顔負けの異常な精度と、壮絶なパワーとスピードを併せ持つ剣撃──それは最早、達人などという次元を凌駕している。剝き出しの殺傷力は形容するなら人型の凶器。

 否、岡田キョウタの脅威はそれだけではない。辻風の理を理解し、即座に攻略方法を考えついた。

 それを可能とするのは、天性の才覚と才覚を研ぎ済ませた未知数の経験値だけ。


「鉄道での戦いの跡を見たが、俺の思った通りだ。お前は己の強さに胡坐をかいている!」


 そして、岡田が再び疾走する。

 凶器がマコトに襲い掛かる。


 岡田が踏み込み振るう逆袈裟斬りに、マコトもまた刀を振るった。

 雨中に火花が咲き、衝撃に雨が散る。


 弾くようにいなされた白刃は壁面を刻みながらも、ほとんど無駄なく静止し、まばたきする暇もなく再始動した。


「ッ」


 マコトの刀が、迫る剣を僅かに逸らす。彼はギリギリで身を躱しながら再び、剣撃を凌いだ──しかし、次の瞬間にはまたも攻撃が迫る。

 そして、また、命を繋ぎ、また、刃が訪れる。


 雨の降り注ぐ狭いビルの間。マコトには最早、後退すら高級品だ。壁を背負いながら、全精神力をつぎ込んで対応すべき脅威を前に、身を守る以外の選択肢はない。

 マコトの優位である広範囲、長射程の派手な攻撃をする暇も与えない、完全な岡田の土俵であった。


「やられた」と、マコトが気付いた時にはもう遅い。もう逃げられない。


 そして、岡田の剣撃は加速する。そこら中の地面や壁面が火花と共に斬撃を刻まれる。

 高速で繰り返されるさまはさながらスラッシュ系のバンドで狂ったようにぶっ叩かれるドラムじみているが、滅茶苦茶に見える連続攻撃はその実、正確かつ合理的。


 少年はそんな剣撃を躱し、弾き、凌ぎ続ける。

 絶え間なく火花が散り、雨が吹き飛び続ける。


 剣風吹き荒れる最中、辻風が吹く猶予はない。

 既に展開しているならばまだしも、何か能力を展開する余裕はない。

 ボクシングヘビー級チャンピオンの高速ラッシュを凌ぎながらでは、例え十八番でも歌詞すら頭に思い浮かびはしないのと同じ。

 詠航マコトの類まれな集中力。

 そのすべてが、この瞬間、たった一本の剣にくぎ付けにされていた。


 流れる血と汗が、雨に溶けてゆく。


「──っ」


 詠航マコトの運動エネルギーとして出力し操る能力は、規格外の規模を持つ。

 難点はある。それは制御だ。しかし、彼には扱い難い能力を直感的に当然の体の機能として扱う感性(センス)があった。

 結果、その破壊力、速度、汎用性は学生の範疇ならば圧倒的に最強であった。

 本気の出力を出す必要もない、寧ろ如何に抑えられるかこそが至上命題。

 そんな彼には自らの能力に肉体が追い付かず、下手に使えば民間人を巻き込むという弱点も、最強ゆえに気にする必要はない。

 そんなほんの些細なはずの弱点は、今この瞬間、最高水準の敵を前に致命的な弱点として晒される。

 より接近戦に秀でる酷似した特徴を持つ能力、鍛え上げた成人男性の肉体、段違いの戦闘技術を持つ相手の間合いに囚われて、本気の(イミテーション)出力(・セラフ)を出す(を展開する)暇もない。


「──」


 極彩色の瞳が、そこにある死を直視した。切り札の封じられた今、脱する術はない。


 そして岡田は躍動する。その間、彼の表情は変わらない。

 ポーカーフェイスは勝負の常か。しかし、熱を帯びた剣の応酬は、昂ぶる闘志が、的確な攻撃の連続は奥底の冷静さだけが実現させる。

 聞くよりも高らかに、見るよりも明らかに、剣で以て触れ、詠航マコトを観察する。ひとりの人間の底、その底に潜る行為だ。


 マコトは嵐のような剣撃を紙一重に躱し続ける。だが、永遠には続かない。

 筋肉が悲鳴を上げ、激しく体力を消耗する。爆発しそうなくらいに心臓が鼓動する。

 めちゃくちゃな制動はその身体に、確実に疲労を蓄積する。

 しかし依然として、岡田の猛攻の勢いは衰えない。


 ──凌ぎ切れるか?


 マコトの絶望的な状況を前に、斬撃世界はあろうことかその時間を加速する。


 それは、十数秒と無数の攻防を経た頃だった。

 初めは腕だった。だんびら刀が、マコトの腕を掠めて小さな掠り傷を作った。

 それは、他愛のないほんの小さな傷であった。


 それがはじまりだった。少年の瞳はひどく穏やかで、そのすべてを受け止めていた。


 その次の剣撃で腕に、さらに次で足に、浅く小さな傷が刻まれる。そして、その次にはその深刻さと数が指数関数的に増大する。


 終わりは見えた。徹底的に追い詰められて初めて、人はその本性を露わにする。

 詠航マコトというひとりの人間の表情が露わになることはない。

 被った面こそが、今は彼の本性。

 マコトの極彩色の瞳は穏やかにその現実を直視していた。


 瞬間、刃は絶望的な防戦より翻る。

 うねるようにマコトの白刃が駆動する。


 それは、生存を捨てた一撃。

 死なば諸共。燃え尽きようとするまさしく流星光底。

 刹那を引き裂くように劈き輝く鉄火の煌めき。

 マコトの、ムラサメ特式が瞬いた。

 相討ち前提の、一撃。


 ──、しかし。


 振り上げられただんびらが、マコトの刀をすくい上げる。

 流星は遥か宙を舞う──そう、岡田キョウタは完璧に詠航マコトを読み切った──


「!」


 ──否。


 岡田が、目を見開いた。


 読み切ったのではない。刀は、自ら手放したのだ!

 高速の剣撃への対処には岡田もまた全霊かつ確実でなければ、命を失いかねない。

 故にそれは囮として機能する。


 剣で触れるは、岡田だけに非ず。その連撃でマコトは岡田が何たるかを知った。

 マコトは岡田が相討ち覚悟の攻撃を読み切る事を、読み切った──!


 その刹那、マコトが大胆に踏み込んだ。


「あああッ!」


 少年が、体力を振り絞る。刀どころか拳の間合いへ。

 岡田が振り上げた刀を切り返すよりも、先か同時か。最高速度での一撃──の寸前、岡田の蹴りがマコトの膝を打ち抜いて、更にもう一撃、鉄拳で顎をぶち抜いた。


 ギリギリの攻防、しかし散々振るわれただんびら刀の、否、岡田の放つ圧に意識を奪われて、生じた僅かな綻び。

 マコトの踏み込みは、僅かに遅れていた。

 その隙を岡田は見逃さなかった。


「っ──」


 マコトが膝を蹴られ、顎を打たれて、大地に跪いた。

 がたつく意識の中、「斬られる」という確かな予感だけがマコトの意識を保たせるが間もなくそれも終了する。


 予測可能回避不能、剣撃を凌ぐ術はない。


「……だから、勝てないと言った」


 岡田は何も変わりはせず、その瞳は夜の闇の底のような深淵が如くただマコトを覗いた。例え読み切れずとも、頗る分厚い薄皮一枚さえ上回れば凶器はその命に届く。


「終わりだ」


 振るわれるだんびら刀が少年の首目掛けて振りかぶる……その時、刃が静止した。


「!」


 だんびら刀の表面が蠢く。

 これは何か、いつの間にかまとわりつくように巻き付いていたのは、赤く蠢く血肉ではないか。

 血肉から、放射状に糸のように細い幾本もの肉片が伸びる。

 その先は辺り一面の壁や地面、大地に散らばる嘗てマコトの身を覆う装甲であったバラバラに散った残骸。残骸もまた、壁や地面にまとわりつく。


「これはッ」


 伸縮性のあるその肉の糸は、しかし一挙に、まるで力を込めた筋肉のように岡田を締めあげる。岡田が咄嗟に得物を手放せば、だんびらは肉の糸に縫い留められて宙に浮いた。

 そして、岡田の腕や足にもまた絡みつき、その動きを阻害していた──。


「はぁっー……はぁっー……」


 うなだれるように、マコトが地に膝をつきながら息を吐く。

 肉体の限界を超えた運動による負荷、莫大な体力の消費、斬られた際の衝撃……ダメージと疲労が蓄積していた。

 マコト本人の防御力や防御能力は高いが、肉体自体は決して打たれ強くない。


「生きていたか……!」


 岡田が振り返った。

 マコトの開けた穴の先、廃ビルの中。

 立つ人影が、ひとつ。


「遠いから時間がかかった……だが、時間は稼いでくれた……血と肉片から構築する時間、その時間が…………その糸は細くとも骨片を混ぜている、いくら腕力があろうと簡単にはちぎれない……お前の負けだ、フェンサー……いや、岡田キョウタ……!」


 廃ビルの中から、声が響く。

 半ば破壊されかけた装甲もそのまま、現れたのは篠崎。

 その姿は血まみれで、およそ健康そうには見えなかった。

 だんびら刀が断った装甲の隙間から覗くはずの脇腹の深い傷は、自らの能力で埋めたのだろう、よもや傷跡に変わっていた。

 そして、その手に握られるのは、一発の弾丸の残る対特殊体質者用の拳銃である。


「なら撃てばいい。だが、それはできない。そうだろう?能力も銃も、すぐに撃たなかったんじゃない……撃てなかったんだからな……そこからじゃ、詠航マコト(こいつ)にも当たる……」


 拘束は完全ではない。その肉は糸のように細く強度は岡田を抑え込むには十分でなく、ある程度の伸縮性を持たせることで強引に千切れないようにしているのだろう。

 しかし、岡田のパワーならばある程度動くことができた。例え自在には動き回れず、得物は振るえそうになくともそれで今は十分であった。

 岡田はマコトの髪を掴めば篠崎に対して盾にするように構えた。

 そして、少年の今にも簡単に折れそうな細い首に腕をかければじわじわと締め上げる。

 マコトは苦し気にじたばたと暴れるが、それが大した意味を持つことはなかった


「サイコロは振る為にある。そして、その銃も同じ。生きるも死ぬもその目次第」


 雨を浴びながら天を仰げば、岡田が言った。


「何をっ──」


 篠崎がそう言いかけた矢先のことだった。

 岡田がマコトを篠崎の方に放り投げた。それと同時、篠崎が引き金を引いた。

 それと全く同時に岡田の頭上から雨と共に何かが飛来する。


 きらりと電灯の光を反射する。

 それは、一度弾き飛ばしたマコトのムラサメ特式である──!


 岡田が刀の柄を指で弾けば、それは急加速してぐるりと宙で回り肉の糸を切り裂いた。

 そして刃は、岡田を自由にすると同時にその掌のうちに収まって、身をねじり躱せば紙一重で弾丸は躱される。


「っ……」


 マコトは片手で軽く放り投げられた程度とは到底思えない勢いで投げられていた。

 弾丸すれすれの軌道で少年は着地し、片膝立ちで地面に着地する。

 しかし、マコトを体で受け止める形に衝突した篠崎の体勢を崩すことになった。


「しまっ──」


 篠崎が慌てて立ち上がる。だが、その瞬間、そいつは既に隣にいた。

 その時には既に篠崎の瞳が微かな光を捉えたかと思えば、瞳の僅か数センチメートル先で刃の切っ先が、手品さながらに現れて瞬く間に目を抉る──寸前で停止した。

 静止した刃の切っ先が、眼球に映る。


「ほう」


 岡田が、感嘆の声を上げる。

 岡田と篠崎に割り込んで、両の掌で挟んで止め切ったのは詠航マコト。

 だが、一体どうやってこの刹那に威力を得たのか。


「忘れんなよ……」


 否、彼とてただやられるまま抑え込まれていたわけではない。

 それは本来、追い詰められた土壇場の攻防で発動するはずが、出鼻をくじかれてしまった技。

 刃を両の掌で挟んで止めた詠航マコトの腕力は、彼の腕を丸々覆うバチバチと弾けるような翠色冷光という姿をした力の塊そのものが保証する。

 詠航マコトが圧倒的な出力で刃を押し返す。


「俺をッ」


 反撃の正拳が大気を爆発させる。

 正拳は直線に貫徹するように突き進む暴力となって、エネルギーは拳の間合いを超える。

 必殺が、刺客へ射出された。


 射貫く寸前、暴威は剣撃と激突し力はバラバラに飛散する。


 それでも、大気を揺るがせた衝撃は、岡田を吹き飛ばすには十分だった。


「イミテーション・セラフ・ワンヒット・ワンダー」


 それは部分的かつ刹那のみ発動した最終形態、使い切られればその輪郭は露と消え、引き換えに露わになったのは振り切った傷だらけの頼りない腕だけだ。


「……流石に……きついか……」


 篠崎がそう言いながら、地に膝を付いた。

 斬られたあのダメージは、やはり大きかった。死なずとも、動けるとは限らない。


「篠崎さん、ありがとう。そして、向こうに行って、離れててくれ」


 マコトの卸し立てのスーツはそこら中、ズタズタだ。そして、マコト自身はもっとボロボロだ。

 体中の刀傷から、血が流れていく。

 しかし、それでも彼は強気にそう言ってひとり歩き出せば、岡田へと向かい合う。

 彼らは再び対峙する。今度は無手だ。

 状況は悪いが、マコトにはその必要があった。


「やはり、お前じゃ俺に勝てん。詠航マコト」


 岡田が言った。


「……ブレイカーと呼んでもらおうか、フェンサー」


「すべての名前に意味などない」


 少年が構えれば、男もまた構えた。


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