第二十五話 剣風
誰もいないはずの暗がりの廃ビルの奥からガラクタとゴミの積み重なる路地裏にまで、ドッという砲撃じみた爆発音が響く。
そして、衝撃が路地裏を僅かに揺らしたのも束の間、再び街は雨と静粛に覆われた。
廃ビルの内部、その静粛を破ったのは、西田の呻くような苦悶の声だ。
「っ……なぜだ……」
西田は、強烈な衝撃に吹き飛ばされてその巨躯を地面に放り投げていた。
彼の衣服の下、硬質な鱗で覆われる上腕には深々と黒い硬質の矢が撃ち込まれ、その凶器は深々と肩にまで食い込んでいた。
生々しい傷からは赤々とした鮮血が奥で蠢く肉の動きとともにどくどくと流出し続け、その尋常でない量の出血が築き上げた血だまりは、常人ならば最期の光景になっているだろう規模だった。
「殺せた、はず……」
西田は腕を抑えながらぐったりと地面に伏せば、そう呟いた。
深々と突き刺さった傷の有様からして、急所ならば確実に命を奪えただろう。
血と火薬の臭いに湿った雨の香りとが混じった無秩序の臭いが、射手詠航マコトの鼻腔を突く。
火薬式の仕込みボウガン、特務機関Vによって開発された対人用の仕込み武器。老齢の技術者がマコト用に調整した一品だ。
最先端の技術で作成されたこのサブウェポンは携行性に配慮した一発限り、有効な状況は限定されるが、一発に割り切る引き換えに威力を可能な限り高めた事で異様な殺傷能力を誇るという触れ込みは──噓ではないらしかった。
「痛……」
彼は雨と汗と血に濡れてぐしゃぐしゃになった微かに桃色がかった白髪をかきあげて、ゆっくりと滴る水滴を拭って深呼吸すれば、そう呟く。
威力も高ければ反動も大きい、マコトは肩を抑えながらゆっくりと歩み寄って苦し気にこちらを見上げる西田を見つめた。
「別に、期待なんてしてないさ。聞くこともある……それに……俺は……」
西田は何も言わず言葉に反応しているかもわからない、時折苦痛に声を漏らしているのは確かだった。
そして、マコトは最後まで語ることなく歩き出した。
「……」
薬物の影響もあってかマコトは早くも疲れ切っているようだったが、疲弊した心身を引き摺って彼は廃ビル内を歩き、落とした鞄を回収していた。
鞄の中には一般市民が持ち歩くには問題の多いものが入っている、銃声や怒声など周辺住民は慣れているだろうが爆発音ならばどうだろう、通報されていないとも限らない。
何よりも今この瞬間は頼みの綱である自分自身の能力が頼りにならないのだ、手元に武器でもなければ落ち着かないのだろう。
面倒を避けるにしろ、切り札を手にしておくにしろ、見つけておいて損はなかった。
「ああ、疲れた……疲れたな……」
少年は弱音を吐きながら、端末を取り出した。
冷静になってきた頭が助けを呼ぶついでに通報してもらえばよいことに気が付いたのだ。
「……これは」
端末の画面を目にして、少年は足を止めた。
画面には電波が繋がっている様子はない。画面のバツ印は、完全な圏外を示していた。
通常、こんな廃ビルでも電波は繋がる。ならば、なぜ通じないのか。
それは単に運が悪いからか、それとも何らかの能力や装置による妨害が行われているのか。
暗がりの廃ビルを照らす冷たい電灯の光が、プツプツと点滅すれば映し出されたマコト自身の影もまた消えては出る。
再び、点滅したその時、マコトの背後に人影がもうひとつ。
「!──」
振り向いたマコトの眼前には、男が一人。その実、何度か写真で確認したことのある顔だが、記憶を辿るよりも先に戦闘本能が少年の体を突き動かしていた。
その男は刀──ムラサメを帯びていたが、抜いてはいない。
何よりも奇妙なことに先手を取れるにも関わらず少年が振り向くまでは決して動くことなく、待っていた。だが、間違いなく敵であるとマコトを確信させる何かがあったのだ。
マコトが能力を撃ち込まんとするその刹那、より速く動いた刺客の拳が少年の顎を打ち抜き、その視界を揺らした。
「反応は良かったが、動きが……な。しかし、それも仕方ないか」
地に倒れ伏す標的を前に、岡田が呟く。全身にまでいきわたる思念力が微かに揺らいだ。
「水浦め、指を咥えて眺めていればいいものを……」
岡田が懐から注射器を出せば足元に転がっているマコトに刺して、その内容物を押し込む。
その時だった。
「動くな、警察だ」
爆発音におびき寄せ得られたもう一人、女が拳銃を構え岡田に突きつけた。
「対特殊体質者仕様の専用リボルバー、珍しい……公安か?少なくとも、交通課じゃない。女の割に場慣れもしている……だが、応援は呼べていない」
岡田に突きつけたのは拳銃とするにはギリギリまで太く長い銃身、極端に大口径な奇怪な見た目の三連回転式拳銃である。
しかし、岡田はそんな代物を眼前に突きつけられて尚、一切動じることはない。冷静にゆっくりと立ち上がりながら淡々と言葉を並べた。
「そっちこそ、特注のだんびらとはいい御身分ね。ご丁寧に電波妨害したとこ悪いけど私ひとりで十分よ、岡田キョウタ……いいや、フェンサー」
篠崎は岡田が帯びる標準的な刀よりもやや太く幅広な得物を見て言った。
ムラサメとは現代に蘇った刀剣の部類、総てを指し現代になって実用品として運用される総てはそう呼称される。
武器としての刀、象徴としての刀、生きる術としての刀が復活したのならば、名刀という概念が復活するのもまた必然か。特に愛好家から剣術家気取りにはこんな特注品を持つ人間が多い。
「無名のつもりだったが、ファンか?嬉しいね。サインしようか?」
「サインならこれから裁判でたっぷり書けるわ。精々、良い弁護士を雇いなさい。さあ、両手をゆっくりと上げその子から離れろ。そして、後ろの壁に向かって手を付け。脅しじゃない、本気で撃つわよ。警告はした、次はない」
「良い弁護士を紹介してく──」
岡田が冗談で返そうというその瞬間、篠崎が躊躇なく引き金を引いた。
銃口から火が噴き銃身から絶叫とともに岡田に迫るのは対特殊体質者専用弾頭、マンイーター。専用拳銃のみ使用可能な弾丸であり、それは特殊体質者を真正面から確実に撃ち殺す為に設計された大艦巨砲主義的な狂気の代物。
岡田の胴体に拳大どころではない風穴が空いて即死するはずの刹那。
微かにその身体が動作し、蜃気楼のように揺らいだと思えばそこにあるのは、既にだんびら刀を振り上げた意気軒昂たる男の姿、そして背後のコンクリート壁に二つの衝撃が走り、破片が散らばるだけ。
その剣客は弾丸を斬り伏せた。
「?!」
銃を突き付けられても強気な態度から、スピードに自信があるだとか銃弾の通用しにくい体質持ちであることは予想できる。
だが、男は確かに弾丸を斬って制してしまった。これは篠崎にも想定外である。
ただ、躱すだけならどんなに可愛げがあるだろう。それは速いなんてレベルではない早業。
その動きの実現が示すのはただ一つ、男は素早い以上に恐ろしく正確無比でもあるということ。
素早く力強い、だが、それ以上の剣の達人。
「凄い威力だな」
岡田……否、フェンサーはだんびらを肩に担ぎながら呟けば、篠崎に接近せんとたちまち疾走する。
「……化物め」
篠崎が呟いた。
岡田キョウタもといフェンサーは戦闘データが乏しくその詳細は不明であったが、この戦闘能力は外れも外れの部類だろう。
篠崎は悪態を吐きながら再び引き金を引いた。
「だが、当たらなきゃ怖くない」
瞬間、脱力したフェンサーが大きく上体を横に揺らし重心を一気に姿勢を低く取る。すると、半ばすり抜けたかのように弾丸を躱してみせる。
全く馬鹿げた回避の仕方だが、これは彼が最短距離をノンストップで駆け抜けた、つまりそれは刀の間合いにまで篠崎に接近したというのと同義であり──それと同時に間合いのギリギリから踏み込み、一撃の下に葬り去らんと一刀両断唐竹割りに刃が走った。
「っ」
迫る刃を前に篠崎は咄嗟に腕を交差させ、反射的に持ち上げる。
衝撃に拳銃を取り落とせば、刃が深くその衣服に沈み込む。
そしてそのまま、皮膚を切り裂き、易々と血肉を晒し、透き通るように真っ白な骨までを両断し遂には頭部にまで到達、脳天を破壊する──はずの刹那。
ガキンッと何か硬質なもの同士が衝突した際に鳴るような甲高い悲鳴じみた音が響けば、篠崎が後方に吹き飛ばされた。
「このコート……」
篠崎のコートの袖口がちぎれ飛んで露わになったのは、女の柔らかな素肌ではない。彼女の腕を覆う人骨じみた白い装甲だ。
装甲はフェンサーの一撃によるダメージだろう。深々と刻み付けられ、半ば砕け散っていた。しかし、装甲は早送りにした植物の成長のようにみるみるうちに再生し、指先にまでもそれは延長される。
「着てくるんじゃなかった」
彼女がコートを脱ぎ捨てて構える頃にはより分厚くより確かにその全身、足から頬にまで白い装甲の構築が完了しようと──
「熱まってきた」
──いうその時だった、篠崎が能力を使っているのをフェンサーは指を咥えて眺めていてはくれない。彼が半身の姿勢で躍り出て、二人は即座に刃の間合いで再会する。
間合いという概念の下では、両者には絶対的な差が存在している。
得物を持つフェンサー、対してそこまで用意する暇のなかった篠崎。
そして、素早いフェンサーとギリギリ反応できる篠崎。
例え硬く攻撃を凌ぐ可能性が高くとも捉えられぬのであれば勝機はなく、的確な攻撃を下せるのならば多少硬くとも十分にその命を奪うことは可能。
突き付けられた絶対的不利状況にて、篠崎は一歩踏み込んだ。
彼女は間合いの外から、構えた手刀を振るう。一見して、何の意味もない行為だが……否。
刹那、彼女の腕部装甲内部に収納されていた薄羽が如く薄っぺらく恐ろしく細い、半ば針じみた暗器が大きく伸長するようにスライドするように飛来、同時に能力で延長させるように構築することでそれは体重を乗せた必殺の刺突となって放たれる。
手刀の振るわれた際、瞬間にして剣客の取る刃以上の間合いにまで伸びて、暗がりには絶好の一突きがフェンサーの眉間を抉らんと密かに飛来した。
そして迫る刺突の到達する間近、篠崎の視界から男の姿が消えた。
「?!」
篠崎が目を見開いた。刺客はかがむようにして刺突を回避し、彼女の懐に潜り込んでいた。彼女がそのことを理解するよりも早く直感的な危険信号に任せ防御に身を振るよりも数瞬先に、痛烈な衝撃が彼女の方の肘、膝、脳天、喉を走る。
彼女は斬られてはいない、装甲が刃を阻み彼女の肉に至ることはないからだ。されどその衝撃は命に至りうる。
それは斬るのではなく、打ち殺すための攻撃。
致命的な連撃の炸裂を経て、篠崎は糸の切れた人形のように力なく地面に崩れ落ちた。
「……おい」
「お前、死んでないだろ」
剣士は、地面に横たわるの女に刀を向けた。
「面倒な男」
心底からの湧き出た本音を篠崎が呟いた、その直後風切り音が鳴る。
それは、彼女が纏う装甲から無数の棘が発射された音だ。
迫る棘の弾幕の密度に物理的に躱すような余裕はなく、今この場では遮蔽物も存在しえない。横に引くも後ろに引くも通じはせず、弾き落とすには多すぎる攻撃。
この危機を前に、フェンサーが瞬時にとった行動は──
「面白いッ」
──前進である。
剣士は身を低くして面積を最低限度に抑えながら、だんびらを大きく逆風に振るった。その刹那、全霊で振るう一撃は一陣の轟く剣風となり、弾幕に一点の突破口を生み出した。
無数の棘の多くはコンクリート壁に、ダーツの如く突き刺さった直後、その奥で膨らめば、内部から壁面を破壊する。されど、肝心の男に対する戦果は頬や肩に残した僅かばかりの掠り傷にとどまった。
フェンサーは突破の勢いのまま立ち上がった篠崎に迫り、篠崎は拳を構え迎え撃ち──
「やっぱり避けるか」
──通りざまに刹那の交錯にて、篠崎が刃を構築しながら放った正拳突きが空を貫き、男の剣撃が女の眉間に炸裂した。
背中を向けた両者は尚地に立ち、即座に振り返り向かい合う──が、関節や脳天に打撃を食らった篠崎と有効打を未だ受けていないフェンサーとで生まれた差と従来の速度差により、動き出すのはフェンサーの方がずっと早かった。
これはよりフェンサーにとって有利な形での接近を意味している。されど、その強度ゆえに未だ決着には程遠い。
「くそ……」
キツイ相手に、篠崎が悪態を吐いた。
戦いは確かに拮抗している。だが、それはあくまで一方の劣勢の形である。
彼女が相手を捉えるには少なくとも飛び道具でなければ困難だが、どんな能力にも限界は存在する。無限に撃てるわけでなければ、フェンサーはその暇を簡単には与えない。
このままでは篠崎がジリ貧で敗北するのは、必然。
「女の割に骨がある」
それでも、フェンサーは彼女を脅威と認めざるを得なかった。
先ほどの交錯の瞬間も、彼女が放った正拳突きが貫いたのは正確には空のみではない。それは彼の衣服を僅かに裂いている、まさに紙一重。篠崎は確かに押されるとも攻防に食らいついていたのだ。
「だからこそ、一撃で殺す」
フェンサーは間合いに飛び込めば、だんびらを居合斬りを行う際にも似た腰だめに似た格好で携えて、もう片手を刃に沿えて摘むようにして保持した。
「まず──」
篠崎はそれを振り返り目撃した。その技の理を彼女は知らない。
だが、何か、厄介なことが起きようとしているには違いない。しかし、そう察し身を躱すには困難な状況だった。
その刹那、フェンサーがストッパーの役目を持つ手を離した。
切り上げるような一閃が瞬いた。白刃が彼女の装甲に滑り込めば、装甲が僅かに歪んだ。
「!?──」
白刃は装甲に侵入し皮膚を引き裂けば、血肉にまで至り、臓腑にまで手をかけてその半ばでその動きを止めた。冷ややかな刃が触れた後、次の瞬間には強烈な焼き付けるような痛みが走る。
「──っ、ああああ!!」
篠崎の悲鳴が、廃ビルに響いた。
「もう、サインは必要ないな」
フェンサーはそう言って、篠崎の脇腹に深く食い込んだだんびらを押し込んで強引に引き倒す。
必殺剣は半ばまで断てども両断には至らず、しかしその命を確実に脅かす致命傷を刻み付けた。予想通りの結果なのだろう、男が眉ひとつ動かすことはない。
「良いウォーミングアップだった」
男が得物を引き抜けば、頬に飛び散った鮮血を拭う。
「……っ、ぐ……」
篠崎が苦痛に身をよじる。仰向けに地面に這いつくばりながら、できることと言えば声にもならないような苦悶の声を吐息交じりに漏らすだけだ。
白い装甲の中から深紅の中身をついに露わにして、多量の流血を以ってその決着は付いたのである。
「残念だ」
三流以外は、仕留める獲物の前で舌なめずりしない。
フェンサーは一言こぼせば、その切っ先を臓腑に突き立てて急所を抉ろうと得物を持ち上げた。
「っ──……」
篠崎が歯を食いしばり、目を瞑る。反射的なその行動は、次の苦痛を受け入れるためだ。
「……?」
次の逃れようのない最期の苦痛は、しかし訪れなかった。
どうしたものかと彼女が目を開き、ぼんやりとフェンサーを眺めるが、男の視線はよもや篠崎に向いてはいなかった。遠のいていく意識に時間の感覚はなく、聞こえる声を言語と認識する機能は働くことなく、ぼんやりとした雑音以上のものを知覚することはない。
彼女はただ横たわる。血が失われていく感覚と冷たく硬いコンクリートと頼りでない視界だけを残して。
「おはよう」
とどめを刺す寸前、刺客は手を止めて穏やかに言った。しかし、止めたのは油断や情けではない。その余裕がなくなったと判断したからである。
だんびらを構えた男の視線の先には、ゆらり立つ人影がひとつ。
「……」
そいつは微かに桃色がかった白髪を揺らし、極彩色を纏った双眸で注意深くしかし大胆不敵に刺客を捉えた。小柄ながらも怪力を誇る彼が踏み込めば、コンクリートの地面はひび割れ、そのまま躊躇なく刺客の間合いにまで侵入する。
その戦士が、腰に帯びるのもまたムラサメ。うち捨てた鞄より、先んじて手にしていたのである。
刀剣は滞りなく引き抜かれ、刃は迷いなく滑らかに走る。フェンサーに迫る猛進的剣撃は、しかし同じ剝き出しの真剣により受け流された。
フェンサーが、反撃と言わんばかりに返す刀を振るうその時──
「俺が寝てる間に好き勝手してんじゃねえよ」
──翠色冷光とも呼ぶべき形でフェンサーの視界に映るのは、詠航マコトの肉体を中心に渦巻く力の奔流。既に構えられた攻撃というのは土壇場の白兵戦において絶大な効果を持ち、例えば剣撃の対処の後に返す刃より半手ばかり先んじる。
淡い煌めきがバチバチというような破裂音じみた衝撃を伴い、大気中を拡散しながら彼の内側を中心に吹き抜けて、少年の体から大地に伝播する。次の瞬間、強烈な衝撃が廃ビルを揺らした。
「……嫌な感じだ」
廃ビルを揺らす破砕の後、舞い上がる粉塵はマコトが手を払い、その力を振るえばたちまち吹き飛んだ。
向こう側に対峙するのは、案の定無傷で立つ刺客。彼の敵は攻撃の寸前、咄嗟にその態勢を変えてその身を後退させていたのだ。
「次はもっと早起きするといい」
岡田は齎した破壊の結果──先程まで彼の立っていたコンクリートが木端微塵に弾け飛びながら抉られた跡──を一瞥すれば、その犯人を注意深く見つめた。
「うるせえよ、寝起きに人死に見せようとしやがって」
足元に転がる瀕死の篠崎を一瞥すれば怒りに満ちた言葉を溢す。
周囲を見たところ、状況は単純で、解決手段も同じで至極明快だった。
西田はいつの間にか離脱していたが、彼のタフネスならば死にはしまい。そして、彼を一度は昏倒させた標的のひとりである岡田キョウタに、重症を負った篠崎。そして、なぜか回復した詠航マコト自身。
少年が篠崎をかばうように岡田との間に立つ。そして、廃ビル奥の鞄の方に手を翳せばその手元には吸い寄せられるように一枚の面が飛来してそれをしっかりと掴めば深く被った。
「そんなに死にたいなら殺してやる」
被り対峙するその貌は翁の能面。
特殊な加工や反射処理から使用者には歪みない透明な面であり、死角など生まれない。
何よりそこに人の感情はなく、ただそう見えるままに今ここに存在する。唯一露わな極彩の瞳は確かに消えぬ火をその奥底に宿らせて、眼前敵を捉える。
それを見て岡田は僅かに微笑した。そして、その顔はすぐさまに凄惨な殺し合いの緊張に張りつめた顔に戻り、その剣士は殺す対象としての標的でなく、危機的な脅威であり取り除かねば生きて帰れぬ致命的な存在に相対する。
「本気でやれよ」




