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BREAKER  作者:
第1章 「電車襲撃事件」
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第十六話 毒虫と受難

 高架橋沿いの道路を一台のバンが、バックドアを全開に法定速度をぶっちぎる。

 止まらない過激な運転の最中、運転手はサイドミラー越しに飛来する異形を認めて欠伸した。

 共犯者が、戻ってきたのだ。


「まさか、お前に勝つ奴がいるとはな」


 バックドアを閉めながら、戸破が言った。


「……そういう事もある。作戦はどうする、撤収か」


 標的の二重体質者(ダブル)の生け捕りに失敗し、顔を見られ、収穫は無し。最後の頼りになる暴力も、万全でなくなった。

 今のこの状況は、全員にとって想定外である。


 だが、あくまで梶島の問いかけは冷静だった。


「いや、代案で行く。三億にはならんがそれでも大金にはなる。こんな目の前で諦められっか」


 戸破が、まだ終わっちゃいないと首を横に振る。


「俺の三億……許せねえ……!!」


 車田のハンドルを握る手に力が入る。


「それを言うなら俺たちのだ、車田。高架沿いを走れ。奴が乗客見捨てて出てくるのを祈るとしよう。あと、中の様子をモニターに映してくれ」


「ドローンは?」


「すぐ飛ばせ」


「もう飛ばしてる」


 戸破が指示すると、車内に取り付けられたモニターがパチッと点滅し、独りでに映像が流れ始めた。

 車田の能力だ。

 映しているのは、電車内の防犯カメラの映像であった。


「……中で何が起きた」


 梶島がモニターの映像を見ながら問う。


「見ろ。怪異生物だ。どうやったかは知らないが制御できるらしい。カルト共め、コイツに二重体質者(ダブル)を食わせる気か……まあ、どのみちハナからそういうつもりだったんだろう」


「だが、並じゃ奴に狩られて終わりだ。ヒーローも直に来るし、薬の効き目も永遠じゃあない。二重体質者(標的)もその内に目覚める」


「さあ、どこまでやるかは解らんが、群生型らしい。ほら見ろ。こりゃあ、アレだ──」











「──ゴキブリか」


 運行中の電車内。

 ガタン、ゴトン、ガタ、ゴタン、規則的に思えてどこか不規則なリズムに合わせて、その少年は息を吸って吐く。呼吸に疲れは滲むが、しかし休む暇はない。


 穴だらけも穴だらけ、窓ガラスなんて全て叩き割られた車両で守護すべき親友を担ぐ詠航マコトの前に現れたのは、醜悪な怪物だった。


 二メートル近い体長、その体表は黒くぬめったようなてかりを纏う。

 皆がよく知るフォルムの胴体から生え出るのは二本の足と四本の腕じみた部位だ。

 計六本の昆虫の腕足は人の持つ腕や足と異なる構造を持つ。体に対してやけに長細く、人に比して関節の数が多い。

 しかし、その先端には本来昆虫が持つはずのない手と足があべこべに配置されているところを見るに、何かの間違いでそんな姿になったような見た目だ。

 頭部には長い触覚と人類、類人猿に似た瞳を幾つも備えている。

 うっかり床にぶち撒けたシチューの具のように不規則に配置された大小様々な瞳は、ぎょろぎょろと得体の知れぬ視線を周囲に送り、ギチギチと顎を鳴らす。


 怪異生物と異形型は、まるで違う。

 基本となる姿形、あくまで基本の骨格は人類のそれで皆知性を持つ異形型に対して、怪異生物は人間的な形から大きく逸脱する。

 野生動物的な凶暴な化物に過ぎないか、真っ当な意思疎通とは程遠い分裂し切った精神を持つ。


 理性の宿らない眼が、不気味に辺りを見渡した。


「ひぃ、いっ、たすっ、助けっ」


 腰を抜かした女性客が、恐怖のまま未知の怪物を前に声を震わせる。他の乗客も皆一様に恐怖で体を震わせる以外には硬直して声も出なかった。


「……」


 死体を除けば、この車内で一番血を流す少年は、しかし微動だにしなかった。

 彼の身体に満ち溢れるのはハイになって闘り合ったその余韻、イミテーション・セラフを完全に成功させ駆け引きに競り勝った先ほどの壮絶な経験が、自然体で立つ自信を彼に与えていた。

 大抵の異形型を相手にすら一撃で十分に決着となるその能力は、怪物退治にはお誂え向きである。


 左腕は使い物にならなくとも、命を奪うのには意思一つで十分だ。


 極彩色の瞳が、必殺ただそれだけに染まる。


「ギ、ギッ」


 怪物が、駆動する。強く蹴られた床が抉れる。

 他の乗客を飛び越えて、ソイツはマコトの元に襲いかかった。


 常人には対応できないような、とにかく速いとしか形容できない速度だが、しかしマコトには容易く反応できた。

 その軌道に対して適度に脱力した体を傾けてそのまま重心がズレるままに体を横に運びながら、壊れていない右手を翳す。


 刹那。一筋の斬撃が、迸る。


「ッ……!」


 必殺を誓う一撃が、外れた。

 身体を真っ二つにするはずが、斬り飛ばしたのは三本の腕と足のみ。

 斬られた上に軌道の先に獲物はおらず、バランスを崩して怪物は壁に激突し、少年はフラついて乗客の死体に足を取られて羽黒レイをソファに取り落とし、彼自身は床に身体を打ちつける。

 相変わらず、その親友は意識を失っていた。


「クソッ」


 外れた……否、外した要因は、怪物にはない。

 あるのはマコトのその覚束ない足取り。そしてその根本的な原因は、彼は彼が思うより血を流し、肉体に凄まじい負荷を受けた後だという事だ。


 マコトより先に、体勢を取り直したのは怪物だった。怪物が、猛スピードで迫る。


 だが、その狙いはマコトではない。


 ソファで眠る、羽黒レイだ。


 そして、次の瞬間──


「死に損ない舐めんな」


 ──怪物が体に拳大の風穴を幾つか拵えて、窓の外に吹き飛んでいった。


 彼が行ったのは寝転んだまま健全な右腕を素早く早撃ちの要領で繰り出し放つだけ、しかし的確に身体を穴だらけにしたのは本人の技術に拠るものだ。


「君、古斗野の生徒か……!ありがとう、助かったよ。その、怪我は……」


「……どうも。怪我は大丈夫です、これくらいなら、まだまだ戦えます」


 近くに立っていたサラリーマンが、手を差し出した。マコトはその手を借り、立ち上がれば返答した。

 まだまだ戦える、嘘だ。そろそろ限界だ。


「あの、向こうの車両にも同じ化物が……」


 乗客の一人、OLと思わしき女性が、後部車両を指さして言った。


「安心してください。すぐにヒーローが来ます。それまで持ち堪えますから、そうしたらみんな助かります」


 マコトが、無表情で淡々と答える。

 状況はわからない。考えるべき事、対処すべき事は多いのだろうが、情報も足りなければ、どうにかする余力があるかもわからない。


「あっ、あの……今、その怪物……その異形を狙いませんでしたか」


 逃げてきた一人、また別の女性客が震えながら指差したのは、羽黒レイだった。


「……」


 マコトは無視してレイの無事を確認すれば、無事な方の腕でレイを引き上げた。

 まだ、心臓は二人とも止まっちゃいなかった。


「私達なんて目もくれなかった、アレがもし、その子を狙うんだったら……!」


「ちょっと君、落ち着くんだ。それは許される事じゃない。それに、助かる保証なんてどこにもない」


 女性の言葉に、他の乗客が割り込む。

 マコトはパニックに陥った乗客を宥めるには、負傷し過ぎている。今にも死にそうな見た目で信用されたり頼られるのは無理だ。だからこそ、これは有り難かった。


 その時、後部車両の貫通扉が開け放たれる。現れたのは、一人の男。


「この電車は、我々の支配下にある」


 男が指を鳴らせば、奥から更に五匹の醜悪極まりない怪物が現れる。

 害虫共はギチギチと不快な音を顎で鳴らしながら、頭部の幾つもの瞳が人々を見据えた。


「当然、指示に従う分には我々は貴方方に手を出さない、無闇な殺人は我々の信念に反するからだ。我々の神に誓って約束しよう!」


「……要求は」


「その異形を我々に寄越してもらう。君も、これ以上の戦闘は無駄と理解している筈だ。それとも……他の乗客の命はどうでもよいのかね?」


 男が、両の手のひらを叩いた。

 それを合図に、背後にある前部車両につながる貫通扉……でなく、その前の空間がグニャと歪んだ。


転送(テレポーテーション)……」


 歪んだ空間、その奥の光景は薄暗く、その様子は伺えない。

 ただ、湿った空気と共に何か大きな生き物の、しかし確かに人を不愉快にさせるガサガサというような足音が響く。

 害虫が、ゾロゾロと何匹も列をなして車両に踏み入ってきた。


 車体を這ってきた数匹が左右の割れた車窓から顔を覗き、獲物を前にその長い触覚を揺らす。


 確かに害虫共は距離を縮めていき、人々は確かに一歩一歩追い詰められ、よもや互いが身動きも取れない有様だった。


 離れて立つ少年と、眠る黒翼の少年を除いて。


「さあ、早く渡せ。それとも、全員ここで死にたいのか」


 状況は所謂、四面楚歌である。

 ただし、歌の代わりに響くのは電車の走行音と、餌を目前にした害虫共の不快なあごを鳴らす音と、人々が無理やりに潜めさせる吐息の音だ。

 なんであれ、絶望的である事に変わりはない。


「ねえ、そいつを渡して!死にたくない!」


 乗客の一人が、半狂乱になって叫んだ。


「そ、そうよ!そうしたら私達、助かるのよ!」


 他の乗客が、同調する。


「そうだ、渡すんだ!!今すぐ!」


 乗客達は口走りながら、ジリジリとマコトに歩み寄る。

 害虫共はその様子を理性の灯らない眼で観察し、興奮したように一層激しく顎を鳴らした。


「……」


 マコトが肩を貸すようにして、無理やり持ち上げた親友の顔を一瞬覗いた。

 レイは決して浅くはない傷を負っていた、彼が勇敢に戦った事がわからないマコトでは無い。

 何も知らない彼は、穏やかな顔をしていた。


「っ……」


 マコトの背を人々の視線が刺す。

 足音が響き、半狂乱の興奮状態といった人々の息の根はその存在を隠せはしない。

 一歩一歩、確かに彼らは少年を追い詰める。

 追い詰めた果て、手を伸ばしレイを取り上げようと人々は飛びかかる。


「……すまない」


 小さく呟けば、詠航マコトは踏み出した。


 ギュンッと刹那にして収縮したエネルギーを常人は知る権利もない。

 何が起こるか理解ったのは、怪物と敵の特殊体質者だけだった。

 そして、追い付ける者は車内にいなかった。


 圧倒的な出力で、少年は電車から飛び出した。


「ギッ、ジジ」


 鳴き声か何かを発し、車窓に張り付く怪物が反応して襲い掛かろうとした──が、身を覆うように回転する力場が怪物の軌道を逸らし、弾き飛ばす。


「待て!」


 ハイジャック犯か乗客か、誰かが叫んだ。

 次の瞬間、車内から悲鳴が響く。


 マコトの聞いた悲鳴は程なくして、冷たい風と痛みが掻き消した。


 振り返る事はない。そんな猶予は無い。

 そして読み通り、車内の人々を瞬く間に食い荒らした害虫共はマコトを追っていた。


「なんで……こんな……!」


 無数の敵に四方を囲まれた不利、状況を打開するには疲弊しきった肉体、パニックに陥った人々、最優先の護衛の存在。……致し方ない選別だと理解っていて尚、少年は奥歯を噛み締めた。

 それ以上感傷に浸って嘆いてみせる余裕はなく、担いだ親友の温もりを手放さないように必死で掴み、能力で落下を制御する。


 誰も悪くなかった。

 そう産まれたにしろ、偶然立ち会ったにしろ、本人の意思や選択ではどうにもならない出来事は、本質的にどれも偶発的で、そこにドラマや運命を見出す者はいれども、実際は意味などない。


「クソッ……!」


 歩道に着地すれば、少年は死力を尽くして疾走する。道ゆく人が一体どうした事かとそこに歩みを止めれば、次の瞬間彼らを追う怪物の群れに腰を抜かすか、学校で習う通り逃げ出すかした。


 混乱と狂気は、街に放たれた。


 始めはその速力で引き離していたが、いくら出血を能力で抑えても限界があり、速度を出す為の操作と同時にするにはどうしても逃げる方を優先させざるを得ない。

 何より、繰り返した無茶による摩耗は能力の精度にも大きく影響する。


「はぁっ……はぁっ……」


 徐々に、彼の走る速度が落ちてゆく。

 足がもつれ始め、呼吸に難儀して息が荒くなり、運んでいる親友の重さを感じ始め、意識が遠のいてゆく。まるで死にかけで、弦村先生に言わせてみれば、無茶というものだろう。

 また怒られるかなと妙な心配をしながら、少年はそれでも体を引き摺る。


 だが、何事もいつか限界を迎える。


 少年は、地面に倒れ伏した。


 地面は眠るには硬く冷たかったが、それでも今の彼には十分だ

 親友の変わらない温もりだけが、遠のく意識に目的を思い出させた。


「……レイ……っ……」


 目の前には、三流小説未満のくだらなくてつまらなくて味気が無くて伏線もなければオチもない現実だけが横たわっている。

 

 無垢で純粋で何より美しい少女が何の前触れも無く突然死ぬ。

 悲しむ振りをして、くだらない意味や信仰を上塗りに現実をかき変えて、自分は一人前の、恥ずかしくない人間の振りをして、さも生きていてもいいかのように生きていく。


 生きていく現実とは所詮そういうもので、人間とはそういうものだ。

 それ以上でもそれ以下でもない。


 異変も怪異生物も特殊体質もヒーローも組織も、現実の本質を変える事は決してない。


 寧ろ、より鮮明に照らし出しただけだ。


「……レイ……っ、起きろ……起きてくれっ、レイ……!起きろ……馬鹿野郎……!!」


 少年は鮮明な苦痛を、意識に刻み込んだ。明滅する意識が、細胞の力を振り絞らせる。

 ひゅうひゅうと空気を吸って、少年は精一杯叫び、眠る友人を揺らす。


「……ん……」


 もぞもぞと、羽黒レイが体を動かす。


「起き……ろ……!」


 彼にとってすれば、無神論者じゃ無くなりかける程の僥倖である。

 まだ、終わっちゃいなかった。


「マコ…ト……?その怪我は……!」


 レイは負傷した身体を労わりながら起き上がれば、横たわるマコトの、それよりずっと酷い傷を見て驚いた。


「……追手が、きてる。逃げろ」


 その言葉にレイは周囲を見回した。後方から迫る怪物の群れはもう目と鼻の先である。

 彼は慌ててマコトを抱き抱えれば、飛翔した。


「また、無茶して……!」


「でも……生きてる……」


 空を疾走しながら、レイは思わずこぼした。

 マコトの負傷は思うよりずっと酷い。銃創、刀傷による頭部からの出血、折れた骨の飛び出た左腕。

 発汗から察される尋常ではない体力の消耗。


「……レイ、どうした」


 高く飛んでビルの狭間をすり抜ける。

 少し振り返れば、害虫共がワラワラとガラス張りのビルの外壁を駆けて追ってくるのが見えた。


「っ……」


 ゴキブリは飛ぶのが上手くなかった。

 レイの方がずっと上手い、逃げ切る事は簡単なはずだ。


「身体が……」


 いつも力強く振るい、優雅に空を駆ける彼の翼のキレは普段より幾分も悪かった。

 レイが思い出したのは意識を失う直前、首元にチクリと走った痛み。

 どういうものかはわからないが、薬か何かの影響だろう。


「……置いてけ、戦える」


「立てもしない癖に」


「うるさい、戦える」


 彼は、レイの腕の中で掠れた声で溢した。

 彼がもう意識すら朦朧とし始めているのは言うまでもない。


「僕の為なんでしょ、その怪我」


「……別に。俺の為だ」


「……置いてくくらいなら、一緒に戦う」


 単純な能力ならばヒーローとして即戦力クラスの二人、どちらか万全ならば簡単に解決できる問題だったが、生憎どちらも万全には程遠く、どちらも自分の為に互いを見捨てられはしなかった。


「なあ、レイ……わかってるだろ、お前は……」


「……今はいい。無理に喋らないで」


 マコトが口を開き何か伝えようとすると、レイが口を抑えて強引に黙らせる。

 奇妙な薬、死にかけのマコトとなぜか傷の浅いレイ。察しのつかないワケもないが、しかし、それを持ち出して見捨てさせられるつもりもないようだった。


 明確な思考のあるかわからない怪異生物だがあの群れは人々を襲い喰らいこそするが、その目的は確かに存在する。

 だからと言って、マコトを捨て置けば確実に殺される。脅威だったが弱った相手をそう簡単に見逃す筈もない。


 そもそもそんな悠長な事を言っている場合でなく、ほんの十メートル背後にその醜悪な怪物共が迫っていた。


「……っ」


 今の状態では逃げ切れない。そう判断した彼は翼を畳む。一気に低高度目掛けて滑空した。


 自動車の走る道路スレスレに迫り、今度は低空に飛行する。そうしながら、レイは抱えた親友を下に降ろすように持った。


「マコト」


 少年は、親友の極彩色の瞳を覗けばその名を呼んだ。

 今にも意識を手放しそうな表情で、不思議そうにマコトは見つめ返す。


「生きて」


 微笑んで、手を離した。

 どこかに降ろされたマコトの体が、不規則的な揺れを感じる。そこは走行中の大型トラックの荷台の上だった。


 レイは言い残せばそのまま飜り、背をマコトに向ける。


 赤く燃える空を、黒翼が切り裂いた。


「──……っ……」


 マコトが目を見開く。


 立ち上がれもしない身体を震わせ、手を伸ばす。


 その先にいるレイの姿は、あっという間に小さくなっていく。


 最後にマコトが見たのは、害虫の群れに立ち向かう親友の後ろ姿だった。






 ──二匹、三匹、殴り飛ばされた害虫が吹き飛ぶ。しかし、そいつらは顎をギチギチと鳴らしながら、すぐに立ち上がる。

 また、二重体質者を追う害虫は数多く、追いついた害虫は数を増す。


「マコトみたいには……できないか……」


 彼ならばきっとあっという間に倒してしまうだろうにと、一人呟く。


 今の状態で斃し切るのは困難で、身を守るのがやっとである。だからと言って逃げられもしない。だが、それでもよかった。

 足のすくむような、本能的な恐怖感を堪えて、少年は拳を握り締める。

 まだ、やってない事が沢山あった。来週の予定は未来永劫キャンセルだ。

 それでもヒーローを目指す以上、いつかこんな日が来る事は覚悟できていた。


「……最期に、君と話せてよかった」


 少年は一言溢せば、小さく笑った。


 親友はきっと怒るだろう。

 けれども、これでいいと羽黒レイは思った。


 人は欲しいモノの為ならば、代えられないモノすら差し出せる。代えられないモノの為に、我が身を差し出した。ただ、それだけだ。


 朱の空に別れを告げて、漆黒の天使は痛みを受け入れた。

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