ニンジャウォーリアー・ブライ 序章・下
ニンジャウォーリアー・ブライ、その結末とは。
深夜の人気のない倉庫街を一台の黒いオフロードバイクが走る。乗っているのは忍者男だ。
取引のために待ち合わせていたのはマルコフのマフィア組織が所有する倉庫だ。黒いセダンが数台前に停まっているのが目印になっていた。倉庫の前に来ると銃を持った見張りの男達が扉を開けた。中に入れと合図する。
バイクで倉庫の中へと入っていく。
複数の男達が銃を持って立っている。一番奥にはソファーには葉巻を吸い、酒をあおりながらふんぞり返ったように中年の小太りの男が座っていた。悪趣味な派手なスーツ姿で、マフィアのボス、マルコフがそこにいる。
バイクから降りてマルコフに近付く。マルコフも立ち上がり、そして派手な金色の銃を抜く。
「おい、そこで止まらねーか!」
数メートルの距離でマルコフが怒鳴り付けて制止する。苛立ち、怒り、動揺、怯え、虚栄心、すべてが入り交じった情けない中年男の顔だ。
「まさか警察署の中で派手に暴れちまうなんてな。テメー、何考えてやがる!」
ボスのマルコフが銃を向けると、部下達も一斉に銃を向けた。
「まぁいい。それで、警察署から拐った女は処分したんだろうな?」
マルコフが訊くと忍者男はポラロイドカメラで撮った写真をマルコフの方に見せた。あの若い女が血塗れで倒れた写真を見て、マルコフは部下達にロシアで二、三何か言いながら笑った。
「よし、残りの金を払ってやれ!」
背の高い部下、ブロギーがアタッシュケースを手渡すと、忍者男はそれを掴み取って中身を確認した。
「疑り深い野郎だな。次は銀行振込みにしろ」
ブロギーが言うと忍者男はただ静かに「オレは銀行を信じない」とだけ呟いた。
「金を受け取ったならさっさとうせやがれ! アレだけの事をしでかしたんだ! 2度とこの街には戻るんじゃねーぞ!」
マルコフが怒鳴り付けた。感情的になるのも無理はなかった。その晩、忍者男はたった一人の女を警察署の取調室から拐うために、警察署を武力で制圧、複数人の警察官を殺傷した。
自分が命じておきながら、面倒に巻き込まれるのは御免だとマルコフは思っていた。
「ああ、この契約は完了した。お前とはここまでだ」
マスクを通したかすれた声で忍者男は言った。
「実は次の仕事を受けた」
忍者男はそう言うと古い懐中時計を見せた。
「おい! 何のつもりだ?」
マルコフが銃を向けて怒鳴った。「まぁ落ち着け」と忍者男が言った。
「この古い懐中時計は昔戦死した顔も知らない実の父親のたった一つの形見だそうだ」
忍者男は懐中時計の蓋を開いた。銃弾が当たったような傷痕があり、壊れているのかもう時を刻んではいない。
「あの女は今までずっと父親を忘れないためにこの懐中時計を肌身離さず持っていたそうだ。あの女はそれをオレに差し出した。だからオレはこの仕事を引き受けることにした」
「?」
忍者男は淡々と語る。マルコフには忍者男が何を言っているのか理解できなかった。
「あんなゴミクズのような娘に何ができる! お前を雇うような大金があるわけがないだろう!」
マルコフが叫ぶ。忍者男は全く動じない。
「それは違うぞ」
忍者男が言う。
「オレは命と同等の対価を頂く。あの娘はこの懐中時計だった。お前の対価は金だった。それだけの事だ」
忍者男は淡々と続ける。
「まだわからないのか? 鈍感なヤツだ」
忍者男の声には不気味な威圧感があった。
「次の標的はお前だよ」
忍者男は背中に差した刀を抜いた。美しい刃が光る。マルコフは心底狼狽えて腰を抜かした。
「お前ら、このふざけた忍者野郎を生かして帰すな! 撃てぇー! 撃てぇー!」
マルコフの叫びに合わせて部下達のマシンガンの一斉掃射が始まった。
<数時間後>
雑居ビルの一室。床に倒れたキャサリンは手足の拘束を切られた。ゆっくりと目隠しを外すともうそこには自分以外誰もいなかった。
身体や服にはベッタリと血のりがついていた。自分を警察署から連れ去ったあの忍者男が吹きかけたものだ。意図はわからないがポラロイドカメラで写真を撮っていた
長かった金髪の髪はあの忍者男に切られて床に散っている。きっと変態なのだろうと思った。
目の前にはアタッシュケースが一つ置かれていた。開けてみると中にはギッシリと札束が詰まっている。見たこともない大金だった。
アタッシュケースの中には一枚のポストカードが入っている。見ると『髪は女の命だろう?』と書かれていた。
(生きてる?)
キャサリンは涙が溢れた。アタッシュケースを抱いて泣いた。
やがて気持ちが落ち着くと、アタッシュケースを抱えておぼつかない足取りで彼女は拘束されていたその部屋を出た。
<数週間後>
ベテランの刑事ブロンソンは事件現場のある倉庫に立っていた。
あの忍者男の警察署襲撃の際に受けた首の傷痕は包帯で隠されている。致命傷になるような怪我だったが一命をとりとめた。運が良かった。
彼の元に匿名の通報があった。かねてより麻薬捜査課がマークしていた麻薬組織のマフィアのアジトが判明したのだ。
捜査チームで突入したがそこには複数の遺体が床に転がっていた。飛び散った血は乾いていた。死後数週間といったところか。遺体は腐乱していたが、その顔はどいつもこいつも街では名の知れた悪党ばかりだ。変わり果てた姿で死んでいる。
「ブロンソン、これを見てみろ」
本部長に呼びつけられる。近付いてみると例の麻薬組織のマフィアのボス、マルコフが首を切り落とされて死んでいた。
「隣の背の高いのは?」
「手下のブロギーだな。昔暴行で逮捕したことがある」
大男のブロギーは手足の骨を折られて死んでいた。
「組織間の抗争だろう」
本部長が腰に手を当てて呆れたように吐き捨てた。
ブロンソンはその推理をすぐに胸のうちで否定した。倉庫の壁や床には手裏剣と呼ばれる日本の忍者の武器が刺さっていたからだ。
(あの忍者男の仕業だ)
恐怖が込み上げた。脚が震え、膝が笑っていた。
「あぁ、神よ」
凄惨な事件現場に立って、彼は虚空を見上げていた。
読んでいただきありがとうございます。
次回のニンジャウォーリアー・ブライの活躍をお楽しみに!