23話「屈辱と死」ざまぁ・番外編9
――スタン・ゲート(王太子)視点――
俺は国王である父と、側妃である母から生まれた、第一王子だ。
「スタン、あなたは第一王子です。
あなたこそが未来の国王です」
母は、幼かった俺に毎日のようにそう言って聞かせた。
俺は幼いときから一度も、母の言葉を疑ったことがない。
王妃が第二王子のファルケを産んでも、何も思わなかった。
周りには「王妃様の生んだファルケ殿下を王太子にしたほうが」なんて声を上げる奴がいたが、そいつらはなんて愚かなんだろうと思っていた。
俺は第一王子。
なにもしなくても王太子に選ばれ、ゆくゆくは国王になる選ばれた存在。
ファルケがどんなに努力しても、第一王子である俺がいる限り、王太子になれるはずがないのに。
無駄な努力をして馬鹿みたいだ。
生まれた時から全てが手に入ることが決まっている俺には努力なんか不要。
努力なんてのは、継ぐ家のない恵まれない身分に生まれた奴がすることだ!
そして俺は母上の言葉通り、十歳で立太子した。
それなのに婚約者のアリシアは、フォスター公爵家が俺の後ろ盾になったから、俺が王太子になれたような事を言う。
アリシアの上から物を言う態度も、何をやらせても俺より成績がいいのも、大臣たちや学園の生徒が俺よりアリシアやフォスター公爵の顔色を窺うことも、全部俺を苛立たせた。
腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ! 腹が立つ!!
俺は選ばれた存在だ!
俺は生まれたときから王太子になることが決まっているんだ!
アリシアなんて俺のアクセサリーの一つにすぎない。
アリシアがちやほやされるのは、王太子である俺の婚約者だからだ。
それを思い知らせてやろうとしたが、上手く行かない。
こうなったら最終手段だ。
卒業パーティでアリシアとの婚約を破棄し、奴を殺す。
俺が
「婚約を破棄する!」
といったときのアリシアの顔を思い出すと、今でも笑いが止まらない。
驚いた顔で口を開けている姿は間抜けだった。
完璧な令嬢の仮面を壊してやったぜ。
ジェイがアリシアを斬ったときは本当にスカッとした。
ようやくあの高慢ちきな女から解放され、清々した気分だった。
全てうまくいっていた。
優秀な三人の側近、純粋で天真爛漫な可愛い恋人、王太子の地位。
全て俺の手にあった。
あったはずなんだ……。
「ぐわぁぁぁぁぁぁああああ!!」
「いやぁぁぁあああああああ!!」
「やめてくれぇぇぇええーー!!」
「…………………………っっ!!」
ルーウィー、ジェイ、カスパーの三人が悲鳴を上げ、床に転がっている。
ゲレだけは床ではなく、両手に杭を打たれ壁に張り付けにされている。
全員、顔や足に硫○がかけられている。
そして俺は、
「ちょうどいい踏み台だね」
フォスター公爵に背中を踏まれている。
「ぐあっ!」
公爵の靴が、俺の頭を踏みつけた。
「空っぽの頭でも踏まれると痛いかね?」
頭上からフォスター公爵の、嘲るような笑い声がする。
「最初からこうやって、誰が上かわからせるべきだった。
アリシアがスタンに惚れているからと、甘やかしたらこうなった。
わしの娘を殺したこやつを、いったいどうやって懲らしめてやろうか」
フォスター公爵が俺の頭をゲシゲシと踏んで来る。
くそっ! くそっ! くそっ! くっそうーーーーーー!!!!
「俺はこの国の王太子だ!
父上の次に偉いんだぞ!」
「本当にお前の頭は空っぽだな。
王太子より上の人間は他にもいるだろう。
例えば王妃とか」
「こんなことをしてただで済むと思うなよ!
母上も父上も黙ってないからな!」
「国王を玉座に据えたのはわしだ。
トップをすげ替えることなど簡単。
ああそうそう、君のご自慢の母親だが、今頃は猛毒で苦しんでいるはずだ。
バジリスクの毒でね」
「バ、バジリスク……!?」
「ほう。愚か者でもその名は聞いたことがあるのか?
バジリスクの毒は体内に注がれたら最後、体が腐り、苦しみ悶えながら死んでいく、解毒剤のない猛毒だよ。
今ごろ、君の母親と祖父がバジリスクの毒で苦しんでいるはずだ」
「そんな……!」
母上だけでなくお祖父様まで、バジリスクの毒で苦しんでいるなんて!
「絶望しておしっこちびりそうかね?
いやもう漏らしているようだ。
お漏らし王太子だ」
フォスター公爵の言葉に、周りにいた公爵の部下がクスクスと笑う。
「くそっ! 笑うなーー!」
「そう悲しむこともない。
君もすぐに死ぬことになる。
あの世で側妃とハッセ子爵に会えるよ。
バジリスクの毒で苦しみ、もがいて死ぬといい」
そういうと、公爵は俺の背中から降りた。
「やれ」
公爵が合図すると、公爵の部下がケースから注射器を取り出した。
「やめろーー!
何をするーー!!
離せーー!!」
首すじがチクリとし、注射器を通して何かが注がれた。
「な、何をした……!
俺の体に何を入れたっっ!!」
「バジリスクの毒を注射した。
スタン、君は一週間毒による高熱や発疹、体の痛みで苦しんで苦しんで、苦しみ抜いて死ぬんだ」
「嫌だ!
そんな死に方したくない!
死にたくない!
助けてくれーー!!」
「他人を虫けらのように殺す男でも己の命は惜しいのだな」
公爵が蔑むような目で俺を見る。その目には敵意がこもっていた。
「ここだけの話だか、フォスター公爵家ではバジリスクの毒の解毒剤を作ることに成功した」
公爵がポケットから、液体の入った小瓶を取り出した。
「ほ、本当か……!」
「助けてほしいかね?」
「助けてほしいです!
お願いします……!
助けろ……いえ、助けてください!」
今は我慢だ、公爵に頭を下げてでも生き残るんだ
僕が命の危機を脱したらここにいる奴らを全員、父上に頼んで皆殺しにしてやる。
「なら、靴の裏をなめてもらおうか」
「……へっ?」
思わず間抜けな声が出た。
公爵は今なんといった?
王太子であるこの俺に、尊い身分であるこの俺様に、靴の裏をなめろと言ったのか?
「聞こえなかったのか?
靴の裏をなめるんだ、ここにいる全員の靴の裏をな」
「そんなことができるものか!
俺は王太子だぞ!」
キッと公爵を睨む。
「そうか、命よりプライドが勝ったのか。
腐っても王族だな、いやはやご立派なプライドだ。
拍手してやる。
解毒剤を与え、お前一人だけここから逃がしてやろうと思ったのだが、わしの温情などいらなかったようだな。
他の四人と一緒に死ぬが良い。
ではこの解毒剤は捨てるとしよう……」
公爵が解毒剤の入った瓶の蓋を開け、中身を捨てようとした。
「待て!
いや……待ってください!」
「どうした?
やはり命が惜しくなったか?」
公爵が勝ち誇った笑みを浮かべる。
く、屈辱だ!
こいつらの靴の裏をなめるなんて、本来なら死んでもごめんだ!
だが俺は王太子だ!
どんな恥辱を味合わされても、国のために生き残らなくてはいけない!
俺は命の次に大切なプライドをかなぐり捨てた。
「……助けて、ほしい……ですっ」
「聞こえないな、もっと大きな声でここにいる皆に聞こえるように言ってもらおうか」
「助けてほしいです!
助けてください!」
必死に懇願する俺を見ていた公爵の部下が、クスクスと笑う。
笑いたければ笑え!
命あってのプライドだ!
「なら、全員の靴の裏をなめるんだ」
公爵のもとに椅子が運ばれてきて、公爵が椅子に座る。
「どうした?
助けてほしいのだろ?
なら早く靴の裏をなめろ。
もたもたしていると、毒が回って舌も動かせなくなるぞ」
「くっ……、なめます」
俺は恥辱に耐え、公爵の靴の裏をなめた。
ここから逃げ出したらこいつら全員の首を刎ねて、魚の餌にしてやるーー!!
絶対に復讐してやるからな!
覚えてろよーー!!
「わしの靴はこのくらいでいいだろう。
次はわしの部下たちの靴の裏をなめてもらおう」
「ぐっ……!」
公爵はまだ高位貴族だから耐えられたが、公爵の部下は違う。
こんなどこの馬の骨だか分からん奴らの、靴の裏までなめなければいけないのか……!
「これがこの国の王太子? スラム街の孤児だってもっとプライドを持って生きているぞ?」
「こんな無様なまねをする王太子を見たことがないぜ」
「私なら死を選ぶわ。
王族としての誇りがないのね。
ゴブリン以下の存在だわ」
俺に靴の裏を突きつけた奴らは、みんな薄笑いを浮かべながら、俺を罵った。
顔を蹴られたり、つばを吐かれたりもした。
くそっ!!
こんな屈辱を味わったのは生まれて初めてだ!!
靴をなめている最中、
「スタンの腕に発疹が現れた。
毒の影響が出始めているようだ。
早く全員の靴の裏をなめないと死ぬぞ」
と公爵に脅された。
俺は靴をなめている間、生きた心地がしなかった。
俺は罵りや嘲笑に耐え、靴の裏をなめ続けた。
そして最後の一人の靴の裏をなめ終えた。
「ぜ、全員の靴の裏をなめたぞ……!
さあ、早く解毒剤を投与してくれ!
いえ投与してください!」
勝った!
俺はフォスター公爵に勝ったんだ!
生きて城に帰ったら、お前らのことを父上に報告してやる!
そして、こいつら全員にうんと重い罰を下してもらうんだ!
「そうか、しかし困ったな。
解毒剤はこれ一つしかない。
この解毒剤で救える命は一人。
先程も話したが君の母親である側妃と、祖父であるハッセ子爵にも同じ毒を投与した。
この二人には君より先に毒を投与した。
彼らの方がバジリスクの毒による症状が深刻だ」
「何が言いたい?」
「スタンには選んでもらおう。
自分の命か、家族の命のどちらかを」
「解毒剤が一つしかない!
解毒剤を家族に譲ったところで、母上か祖父、どちらか一人は死ぬだろ!」
「側妃とハッセ子爵にうった毒は少量だ。
この解毒剤ひと瓶で二人とも救える」
そういうものなのか?
「さてどうする?
母親と祖父を見殺しにして自分だけ助かるか?
それとも母親と祖父を助け、自分が死ぬか?
選ぶんだ」
俺の命を助けるか、母上とお祖父様の命を助けるか……。
そんなの決まっている。
「俺は王太子だ!
この国の何より優先されるべき存在だ!
ここにいる全員の靴をなめ、解毒剤を手に入れたのは俺だ!
当然解毒剤は俺のために使う!!」
「母親と祖父の命を見捨てるのかね?」
「母上もお祖父様も俺より長く生きた。
俺が生まれたことで、良い思いもたくさんしたはずだ。
可愛い息子(孫)である俺のためなら喜んで死んでくれる!」
「それが、スタンの答えなんだね?」
「そうだ! だから早く解毒剤をくれ!!」
フォスター公爵はしばし沈黙し、それから肩を揺らしクスクスと笑い始めた。
「今の言葉を魔道具に録音させてもらったよ。
側妃とハッセ子爵の枕元で流してあげよう。
薄情な息子(孫)が、自分たちを見捨てたという事実を突きつけてあげよう」
フォスター公爵は楽しげに笑った。
「それより早く解毒剤を……」
「ああこれのことか?」
フォスター公爵は、瓶の蓋を開け解毒剤を俺の目の前で床にぶちまけた。
「なっ! 何をするんだ……!」
俺が靴の裏をなめてまで手に入れた解毒剤を!
俺は舌を伸ばし、床に溢れた解毒剤をなめた。
「助かる!
これで俺は助かるんだーー!!
ヒャーハッハッハッハッハッハッ!!」
城に帰ったら、真っ先にフォスター公爵に報復してやる!
思いっきりひどい目に遭わせてやるから、覚悟しろよ!
「そんなに嬉しいかね?」
「もちろんだ!
これで俺は助かるんだからな!」
フォスター公爵が口の端を上げてニヤリと笑う。
「そうか、そうか。床にこぼれた水を飲めたのがそんなに嬉しいか」
「…………はっ?」
今なんて言った?
「頭だけでなく耳まで悪くなったかな?
この瓶の中身は、ただの水だと言ったのだよ」
「……ただの水、だと……?」
「スタン、よく聞きなさい。
バジリスクの解毒剤なんて存在しないのだよ」
「解毒剤が……ない?」
フォスター公爵の言葉に、俺の目の前が真っ暗になった。
「解毒剤があると信じて、君のとった行動は無様だったね。
泣きそうな顔で『助けてください』と懇願し、全員の靴の裏をなめ、我が身の可愛さに実の母と祖父を見捨てた……。
実に滑稽だったよ」
フォスター公爵が声を上げて笑う。
「解毒剤を与え、逃がすというわしの嘘を信じたのか?」
「嘘……?」
「わしはなスタン、卒業パーティでの一件の主犯である貴様だけは生かして返す気はない」
フォスター公爵の部下まで、俺のことを笑いだした。
「なんで……?
どうして……?
こんな酷いことが…………できるんだ?」
人を喜ばせといて、絶望に突き落とすなんて人間のすることじゃない。
「なんで?
それを貴様がわしに問うのか」
公爵が俺の髪を乱暴に掴み、無理やり上を向かせる。
「そんなの決まっているだろう。
最愛の娘を虫のように殺した、貴様の苦しむ顔が見たいからさ。
助かるという希望を与えてから踏みつけにしたほうが、お前たちのようなゴミクズは、より屈辱に歪んだ表情をするからだよ」
公爵の吊り上げられた目には、憎しみ、蔑み、怒り、恨み、そういった負の感情がこもっていた。
俺の背中から冷たい汗が伝う。
体がぶるぶると震える。
今の俺は蛇に睨まれたカエルと同じ。
ようやく理解した。
俺はこの国で絶対に怒らせてはいけない人間の、逆鱗に触れてしまったのだと。
「そうそう、先ほど貴様に出した解毒剤を誰に与えるかの問いには、一応意味があったのだよ」
「…………」
もはや、話す気力もない。
「貴様が家族の命を優先していれば、死んでから荒野に置き去りにする予定だった。
バジリスクの毒を含んだ遺体を食べたモンスターは必ず死ぬから、モンスターを間引くのにちょうどいいのだよ。
死んでいるからオークに頭から食われても、痛みも恐怖も感じない。
わしが与える罰のなかでは優しいものだ」
バジリスクの毒で死んだ人間の遺体を、荒野に放置すると、死体を食べたモンスターが死んで、モンスターの間引きになると、
聞いたことがある気がする。
その時はそんな方法もあるんだ……と聞き流していた。
自分には関係ないと思っていた。
「だが貴様は我が身可愛さに、母親と祖父を見捨てた」
別に死に方など、どうでもいい……。
「一週間バジリスクの毒にもがき苦しんで死ぬのも悪くない。
たが家族を見捨てるような人間には、そんな罰では生ぬるい。
貴様たち五人は、六日間バジリスクの毒で苦しむことになる。
そして最終日に、オークの群れが出現する荒野に放置する。
七日目でも意識はしっかりある。
オークに犯され、生きたまま手足を食いちぎられる恐怖を存分に味わってから死ぬがいい」
「…………っ!」
あまりの恐怖に声も出なかった。
毒に苦しんだ挙げ句、最後は生きたままモンスターに食われるというのか……!
「足や腹をかじられ、腕をもぎ取られ、自分の体を食べるモンスターの咀嚼音を聞きながら、永遠の眠りにつくといい」
そういった公爵の目は死神のように冷淡で、俺の心臓を凍てつかせるには十分だった。
フォスター公爵が俺の髪を離すと、俺は床に顔をぶつけ、鼻から血が流れた。
「五人に、バジリスクの毒をうて」
「承知いたしました」
公爵の部下が、ゲレ、ルーウィー、ジェイ、カスパーに、バジリスクの毒を注射していく。
なぜか俺も、バジリスクの毒を注射された。
なぜ俺だけ二度注射されたのか分からない。
だが、一度目に毒を注射されたときには感じなかった、焼けるような痛みが注射された場所から全身に広がっていく。
「最後にひとついいことを教えてあげよう。
最初にスタンに注射したのはただの水だよ。
それなのにバジリスクの毒だと信じて、靴の裏をなめていたなんて、無様だね」
フォスター公爵が、俵のように担がれて部屋から運び出される俺に向かっていった。
敵わない。
何もかも敵わない。
俺はどうしてこんな怖い人を敵に回してしまったんだろう。
味方につければ、どんな望みでも叶えてもらえたのに……。
アリシアもフォスター公爵も、俺の味方だったのに……どうして敵に回してしまったんだ。
己の愚かさが呪わしい。
「それから、ジェイ・ヨッフムに、
『ここにいる他のメンバーは本人にお仕置きするだけで済ませるつもりだ』
と言ったが、あれも嘘だ。
貴様ら五人の罪は直系の親族にも問う」
フォスター公爵の言葉に、ルーウィー、ゲレ、カスパーが悲鳴を上げた。
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