12話「入学式と車椅子の少女と愚かな王子と」
――入学式当日――
「あれが、フォスター公爵家の娘のアリシア嬢!?」
「紫の髪に紫の目、間違いない! フォスター公爵家の色だ!」
「俺、さっき彼女が公爵家の家紋入りの馬車から降りてくるのを見たぞ!」
「誰だよ、二目と見られないブスとか噂してたやつ! すごい美人じゃないか!」
「顔に火傷を負って、顔中に包帯を巻いているという噂は嘘だったのか!」
「騙された! フォスター公爵令嬢は絶世の美女だったのか!」
「フォスター公爵令嬢があんなに美しいと知っていたら、釣書を送っていたのに!」
入学式当日、私が車椅子で登校すると、周囲がざわめいた。
私の顔を見たことがない人間が騒いでいるようね。
無理もないわ。フォスター公爵家がパーティを開いたのは、私の十歳の誕生日パーティが最後。
その後私はパーティに参加しませんでしたからね。いろいろな噂が飛び交っていたのでしょう。
「車椅子を押している殿方は誰? 漆黒の髪に黒曜石の瞳、素敵だわ!」
「どこの貴族かしら?」
「顔を見たことがないわ。アリシア様の執事かもしれませんわよ」
「すごくおきれいな方ね。一度お話をしてみたいわ」
エデルの容姿に釘付けになっている女子生徒も多いようだ。
「私たち噂されてるわね」
「お嬢様が美しいからですよ」
学園にいる間、エデルにはわざと「お嬢様」と呼ばせている。
スタン殿下を油断させるためだ。
「見つけたぞ! アリシア・フォスター!」
人波をかき分けてこちらに向かってくる見覚えのある金色の髪。
「貴様! この間は王子である俺をよくも門前払いしてくれたな!!」
スタン殿下が眉間にシワを寄せ私を指差しながら怒鳴っている。
「スタン殿下、フォスター公爵に門前払いされたのか?」
「こう言っては失礼だが笑えるな」
「スタン殿下は、フォスター公爵家に相手にされてないんだな。うける」
周囲の生徒がひそひそと話している。
その声はスタン殿下には届いていないようです。
「お久しぶりですね、スタン殿下。ご機嫌麗しゅう」
「ちっとも麗しくない!」
スタン殿下がつばを飛ばしながら怒鳴っている。
やり直し前の世界の私は、どうしてこんなおこりんぼうで、礼儀作法のなってない方が好きだったのでしょう? 今となっては謎ですわ。
やり直す前の世界の私は、スタン殿下に恋をして、周りが見えなくなっていた。
その為にスタン殿下の動きを察知できず、卒業パーティで断罪され、処刑されることになった。
お父様は敵国の暗殺者を始末し、隣国のゴタゴタを解決できるほどの手腕がある。
そのお父様がやり直す前の世界では、娘を溺愛するだけの無能に成り下がっていた。
恋愛、家族愛、これらの思いが強すぎると、人を盲目にし、無能にするのね。勉強になりました。
「アリシア、貴様! 体中に火傷の痕があり、体中に包帯を巻きつけ、ミイラのように醜い姿をしていたのではなかったのか?」
「まあ殿下、誰がそのようなデマを流したのでしょう? 私が火傷を負ったのは足だけです。足以外は至って健康でしてよ」
その足の火傷の痕もエデルが治してくれたから、もうない。
「貴様が不細工だったら妾を取ろうと思っていたが、その必要はなさそうだな」
フォスター公爵家に婿入りを望んでいる分際で、妾を囲う気でいたとは、見下げ果てたクズですね。
「スタン殿下、なんのお話をしておりますの?」
「喜べ! 傷物で婿の来手がない貴様の家に、第一王子であるこの俺が婿養子に入ってやる!」
スタン殿下があまりにも予想通りのセリフを吐くので、思わず笑ってしまいそうになりました。
私の背後から殺気を感じますわ。
スタン殿下の発言に、エデルはかなり憤っているようです。
それから「傷物」と「体に傷がある」は別ですわ。スタン殿下はそんなことも分からないのね。
「さぁさっさと『はい』と返事をしろ……」
「お断りいたします」
「なんだと?」
私が「断る」と言った瞬間、スタン殿下の表情が変わった。
スタン殿下は額に青筋を浮かべ、こちらを睨んでいる。
「ですから先ほども申し上げた通りです。スタン殿下からのプロポーズをお断りいたします」
「貴様! ふざけるなよ! 第一王子である俺様が、傷物で行き遅れの貴様と結婚してやると言ってるんだ! ここは『身に余る光栄です。ありがとうございます』と言って涙を流して頭を下げるところだろう!!」
学園を卒業後に、王族から除籍されることが決まっている人間が、随分と偉そうですわね。
それに私はまだ十五歳。行き遅れではありませんわ。
「なんと言われても、スタン殿下からの求婚をお受けするつもりはありません。何度でもいいます。スタン殿下のプロポーズをお断りいたします」
「貴様!! 公爵令嬢の分際で調子に乗りやがって!!」
スタン殿下が私の胸ぐらを掴む。
背後からエデルの殺気を感じたが、目で「待て!」の合図をした。
「言え! 俺の求婚を受けると言うんだ!!」
「何度、言われても私の答えは変わりません。謹んでお断り申し上げます」
スタン殿下の顔を見てバカにしたようにほほ笑むと、スタン殿下の額に浮かぶ青筋の数が増えた。
「貴様ーー! 第一王子であるこの俺をコケにするつもりか!!」
バシッという音が響く。
スタン殿下がフルスイングで私の頬に平手打ちをしたのだ。
私の頬は腫れ、じんじんと痛みが走る。
周りにいた野次馬から息を呑む音が聞こえた。
スタン殿下は第二王子が立太子し、卒業後王位継承権を剥奪され、王族から除籍されることが確定している。
スタン殿下は、国王陛下に「学園で問題を起こせば、除籍以上に厳しい処分を下す!」と注意されているはずです。
スタン殿下は国王陛下に言われた事を、覚えていないのでしょうか?
スタン殿下は車椅子に乗ったか弱い女に難癖をつけ、頬を殴るという最低の行為をした。
スタン殿下に厳しい処分が下ることは確実だろう。
「貴様が『はい』と言うまで頬を殴り続けるからなっっ!!」
スタン殿下が私の頬を殴ろうと、再度右手を振り上げた。
しかしスタン殿下の手は何者かによって掴まれた。
「一度目は見逃しましたが、二度目はそうはさせませんよ」
「エデル!」
エデルがスタン殿下の腕を掴み、後ろ手に締め上げた。
「貴様……! 王族であるこの俺にこんなことをして、ただで済むと思うなよ!」
エデルに腕を締め上げられたスタン殿下が、叫ぶ。
「僕は婚約者に狼藉を働く者を取り押さえただけだよ」
「婚約者だと……!? 誰が誰の婚約者だというんだ!」
「この状況で理解できないなんて、頭が軽いのかな? 振ったらいい音が鳴りそうだね。それとも頭の中が空っぽだから、なんの音もしないかな?」
エデルがスタン殿下を煽る。
「なんだと! 貴様! 王族である俺に向かって無礼だぞ!」
スタン殿下が顔を真っ赤にして吠える。
「エデル、スタン殿下をからかうのはそのくらいにしてあげて」
「はい、お嬢様」
「アリシアをお嬢様と呼ぶってことは執事か? 執事がこんなことをして許されると思っているのか!」
「エデル、私のことをお嬢様と呼ぶのはやめていいわ。せっかくだからスタン殿下に自己紹介したらどう?」
「自己紹介だと?! この男は執事ではないのか!」
「申し遅れました。僕の名前はエデル・ゼーマン。ゼーマン帝国の皇帝の第三皇子であり、アリシアの婚約者です」
エデルが落ち着いた態度で自己紹介した。
「なっ、アリシア貴様! すでに婚約者がいたのか!」
「はいスタン殿下。私、アリシア・フォスターは、ゼーマン帝国の第三皇子、エデル・ゼーマン殿下と婚約しております」
「貴様に婚約者がいるなんて話を聞いたことないぞ! いつから婚約していたのだ!」
私に婚約者がいた事を知り、スタン殿下は目を見開いて驚いている。
「私とエデルが婚約したのは五年前です」
「俺は聞いてないぞ!」
「そうですか? 国王陛下はご存知ですよ。エデルと婚約するとき、国王陛下の許可をいただきましたから」
エデルと視線を合わせ「そうですわよね」と言って、ほほ笑み合う。
「くそーー! 父上はアリシアが婚約していることを知りながら、なぜ俺に言ってくれなかったんだ! 知っていればアリシアに求婚しなかったのに! そうとは知らずにアリシアに求婚した俺はとんだ間抜けじゃないか!!」
王族なら自力で調べてほしいものですわ。
間抜けと気づいた瞬間間抜けではなくなりますのよ。間抜けから卒業できて良かったですね、スタン殿下。
「スタン殿下、国王陛下がお呼びです。至急王宮にお戻りください」
野次馬と化した生徒を押しのけ、数名の騎士が近づいてきた。
スタン殿下が学園で揉め事を起こすことは分かっていた。
なのでお父様が陛下に頼んで、王家の影と騎士を学園に配置した。
「騎士団長! いいところに来てくれた! 助けてくれ! 暴力を振るわれている!」
スタン殿下は、騎士が自分を助けに来たと勘違いしているらしい。
「エデル殿下、フォスター公爵令嬢、この度はお騒がせいたしました。スタン殿下がご無礼を働いたことを心よりお詫びいたします。お二人には後日陛下より、正式な謝罪があるでしょう」
騎士団長が私とエデルに謝罪した。
「騎士団長! なぜそんな奴らに謝っている! 謝罪を受けるのは俺の方だ! 俺は何も悪いことをしていない!」
スタン殿下は本気で仰っているのかしら?
私に平手打ちをしたことを、もう忘れたのかしら?
スタン殿下は騎士団長に縄をかけられ、そのまま連行された。
一連の騒動を見ていた生徒たちから「第一王子は終わったな」「関わらなくて良かった」という声が聞こえてきた。
「アリシア、保健室に行こう。叩かれた頬の手当てをしなくては」
「エデル、このくらい手当てしなくても平気よ。治療していたら入学式に遅れてしまうわ」
「スタン殿下が何をしても黙って見ているように、指示されたから、君が殴られるのを傍観したんだ。君がスタン殿下に殴られた瞬間の僕の気持ちが分かるかい? あのとき僕は腸が煮えくり返っていたよ。だからせめて傷が残らないように手当ぐらいさせてくれ」
そう言ったエデルの目は、本気で私を心配しているように見えた。
私が無茶をしたことにエデルは怒っているみたい。
これは従わないとあとで面倒なことになるパターンね。
「エデルに治療をお願いしてもいいかしら?」
「任せておいて。頬が痛むたびにアリシアがスタン殿下を思い出すのは嫌だから、アリシアがスタン殿下のことを一秒でも早く忘れるように、腫れも痛みも完全に消してあげるよ」
私の婚約者は頼もしい。
それにもしかして、エデルは焼きもちを焼いているのかしら?
エデルに連れて行かれた保健室に先生はいなくて、治療のあとエデルにあれこれされてしまった。
壁に掛けられた時計を見ると、入学式が終わっている時間だった。
「首元に赤い痣があっては、教室にいけませんわ!」
「ごめんね。魔法で治療するから許して」
首の後ろに痣が一つ残っていて、帰宅後お父様に痣を見られ、気まずい空気が流れたのですが、それはまた別のお話。
絶対にエデルは確信犯ですわ!
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