10話「ラウ侯爵家」ざまぁ
――三か月後――
ある日の夕食時。父と食卓を囲んでいた。
「アリシア、知っているかい? ラウ侯爵家があの金山を買ったそうだよ」
子羊のステーキを呑み込み、父が尋ねてきた。
「やり直し前の人生ではザイドル伯爵家が購入して、石しか出てこなくて破滅したあの金山でございますか? お父様」
私はワインを一口飲んでから答えた。
「そう、あの金山だよアリシア」
「それはラウ侯爵もお気の毒に」
私はナイフで子羊のステーキを切り分けながら、ふっと笑う。
「本当に、誰がそんなものをラウ侯爵家に売りつけたんだろうね?」
お父様はワインを豪快に飲み干して、くすりと笑った。
☆
――一年後――
「アリシア新聞を読んだかい? ラウ侯爵家が破産したそうだよ」
自室でエデル殿下の治療を受けていると、父が新聞を片手に部屋に入ってきました。
「ええ読みましたわ、お父様。借金を返済するために屋敷や土地を売り払い、爵位を返上したそうですね。それでも借金を返しきれず、ラウ侯爵の三親等先の親族まで、強制労働所に送られたそうですね」
子供のカスパーも強制労働所に送られ、肉体労働をさせられるのですね。
ペンより重いものを持ったことがないカスパーに、強制労働所での仕事が務まるかしら?
ラウ侯爵家は文系だから肉体労働には不向き。強制労働所で何年働けるかしら?
カスパーは美形だから、労働所の看守の慰みものになれるかもしれません。そのほうが長生きできるかもしれませんね。
尤も彼らの行為は乱暴だそうですので、何年体が保つか分かりませんが。
「また、悪巧み?」
エデル殿下がヒールを唱えながら小首をかしげる。
「嫌ですわエデル殿下、私はただ父と世間話をしていただけですよ」
私は「なんのことでしょう?」という顔で扇で口元を覆う。
「そうですよ、エデル殿下。人聞きが悪い。ところで娘の足の具合はどうですかな?」
エデル殿下には、定期的に私の足の火傷を診てもらっている。
エデルが公爵家に滞在して約一年。
その間にエデル殿下を狙った暗殺者が公爵家を襲撃した回数が、十二回。
公爵家は一カ月に一回、暗殺者の対応に当たっています。
エデル殿下には、私の婚約者という肩書きで、王家や貴族からの婚姻の話を断る口実になって頂いております。
ですが暗殺者がエデル殿下を襲う回数がこうも多いと、公爵家にとってエデル殿下の存在はマイナスになります。
なのでエデル殿下には、それなりの働きをしていただかないと。
「あと一年も治療を続ければ、アリシア嬢の足の火傷は完全に治ります。火傷の痕も完全に消せますよ」
「本当ですか殿下! ではこれから毎日アリシアに治療魔法をかけてください!」
父は私の足が治り、私の体から火傷の痕が完全に消えることが嬉しいようだ。
この一年、私は松葉杖と車椅子のお世話になっていた。
「エデル殿下、治療はゆっくりでいいですわよ。歩けないフリをしていれば、お茶会や誕生会の招待状が来ても、断る口実になりますから」
「アリシアそう言わないで、この機会にエデル殿下に治してもらおう」
父は私が治療を拒否するとは思っていなかったようだ。
「あら私の治療を長引かせることは、エデル殿下にとってもメリットがありますのよ。私の火傷の痕が消えるまでは、エデル殿下が公爵家から追い出されることはありませんからね」
エデル殿下だって暗殺者に狙われている身で、放り出されたくはないだろう。
「アリシア嬢のその言い方だと、用済みになった僕は、無一文で公爵家を放り出されそうだね」
暗殺者に狙われているエデル殿下を外に放り出す=死を意味します。
「嫌ですわエデル殿下ったら。私が血も涙もない非道な人間だとお思いですか? 私が消したいのは前世で私をはめた五人だけ。無関係のエデル殿下を寒空の下、下町に放置したりいたしませんわ」
前世からの因縁のある人間のうち四人は消えました。
残る標的はスタン殿下お一人。
「私こう見えて、エデル殿下のことを気に入っていますのよ。用済みになっても屋敷から追い出したりいたしませんわ」
「ならアリシアって呼んでもいい? アリシアも僕のこと呼び捨てにしてほしいな」
「わかりました。エデル」
「ありがとう、アリシア」
この一年でエデル殿下は背がすらっと伸びて、少年の顔から青年の顔になりつつあります。
顔のいい男にはこりごりなので、顔がいいだけの男に惚れる気になりません。
しかしエデル殿下に呼び捨てにされたとき、不覚にもときめいてしまいました。
イケメン好きは殺されても治らないようです。
エデル殿下を頬を染めて見ている私を、父は面白くなさそうな顔で眺めていた。
子離れしてくださいね、お父様。
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