人格形成は環境のせいで30
こんばんは。
さて早いものでもう30話。
いつもとは違う系統の話を書いています。
シリーズは同じだけれど。
たまにこういうのも、しんみりと楽しい。
もうすぐ9月、秋の夜長に書くのにいいなあ。
※
次の日は朝から、太陽の光を遮ってあたりが暗く、水がたまるほどの雨が降っていた。
うかうかしていたのか、母が寝過ごしたようで、頭を抱えながら台所で水を飲んでいる。
「ごめんごめん、まだ時間ある?」
「いいよ、珈琲で」
そもそも朝食を取りたいとは一度も思ったことはない。食べる時間を惜しんででも、1分でもゆっくり寝ていたい性分だが、母が起きるので付き合いでダイニングに向かうのが日課だ。
「真由を起こしてきて来れない」
「真由は昨日帰ってないよ」
私が答えると、母は浮腫んだ顔を険しくした。
「ここのところちゃんと家に帰ってたのに、なんでーー?」
「彼氏と喧嘩したとか言ってたけど、仲直りしたんじゃないかな」
無責任な言葉が抑揚なく紡がれてしまい、それを取り繕うように私は軽く口角を上げた。
「なんかあれば携帯鳴らしてこいって言ってるから大丈夫だよ」
この時代は便利なツールが多く、どれほど遠く離れていても連絡手段には困らない。仮にも家族という枠組みに入っている真由のことは、私とて何かあれば瞬時に駆けつけようという気持ちくらいあった。
「なんかあって連絡できないってこともあるでしょ!?」
悠美は少しヒステリックな声で言ってきたが、怒りの矛先を私に向けるのはお門違いだと気がついたようで、肩を落としてため息をついた。
ウォーターサーバーからコップに並々と水を注いで、一気に喉に流し込み、また水を組んでテーブルにそれを置いて座り込んだ。この世界水ですら満足に飲めない。
「もう少し寝てたら? なんなら朝ごはんコンビニで買ってきておこうか?」
声をかけるが、彼女はテーブルに視線を落としたまま途方に暮れた表情で固まっていた。
視線の先にはテーブルについた黒いシミがあって、彼女はそれを見ているんだなと気が付いた。
真由が中学校に入ったばかりの頃だ。
妹に初めて彼氏ができて、彼女は夏祭りに出かけたいと言った。
その日は珍しく父が休暇で家にいて、母は家族団欒のために鉄板を熱した上で、一人一人にステーキの肉を焼いてくれた。まるでレストランみたいな夕食だと父が言って、母が照れたように笑い、私はいつにない雰囲気に居心地の悪さすら感じていた。
熱く熱した楕円形の鉄板は木製のトレーの上にセットされ、焼いた芋とニンジン、それから肉の上にはスライスした山ネギとクレソンが乗せられていた。ボールに入れられたスープ、そして何故か平らな皿に装われたライスまでが、通常ではない夕食だった。
それは母の懸命な努力だったのだろう。私と父はそれに気づいた。けれど幼い真由にとっては、母がどんな気持ちで食卓の上にいつもと違う夕食を用意したのかなんて、眼中にはなかったのだろう。
「ねぇ、花火9時半がラストなの。もう7時だよ。早く行かないと終わっちゃう」
「だめよ。まだ中学生でしょ。子供同士で行くなんて危ないから、絶対だめ」
なんとか両親の許可を得ようと頑張っている真由だったが、母もそれどころではなかったようだ。
「お父さん、久しぶりにワインを開けましょうか。お肉にはやっぱり赤ワインが合うわよね。悠希ご飯じゃなくてパンもあるから、しっかり食べて」
私は当たり障りのない処世術で、ナイフとフォークを使って食事を進めていた。
母が求めているのは、絵に描いたような家族なのだろうと判じてしまったから、束の間でもそれらしくしていようと、いつにも増して優等生振りを発揮していた。
「ねぇお兄ちゃんからも言ってよ。中学生になったんだから、友達同士で花火とか行くの普通でしょ? みんな行ってるし」
「みんなはどうでもいいの、よる遅いのが危ないってだけじゃないでしょ。人混みに行って感染したらどうするの? お父さん、医療関係者なんだから、絶対だめ」
ワイングラスに赤い宝石のようなワインを注ぎながらも、母は真由を笑いながら諌めていた。
隣に座る真由の癇癪が溜まっていくのを、彼女が握るナイフの手が震えているのを、私は横目で確認していた。
楽しそうに父にワイングラスを差し出す母は、真由からの不協和音に全く気が付かず、絵に描いた家族ごっこを続けようとしていた。
だから真由を最もイライラさせている張本人であるはずの母にとっては、次の瞬間夢にも思わないことが起こった。
震える両手に握ったナイフとフォークを、真由は癇癪を起こして、テーブルに向かって投げつけたのだ。
駄々をこねた子供がやってのける、単なる物を投げつける行為でしかない。
けれどその日はたまたま食卓に熱く焼かれた鉄板があり、たまたまナイフとフォークという凶器が揃っていた。
がしゃんという金属音と共に、ナイフとフォークは飛び散って、驚いた母が体制を崩したので、食卓に肘をついた。運悪く、そう本当に運悪く肘をついたのが熱した鉄板の上で、母は悲鳴を上げた。
鉄板がひっくり帰って、机と彼女の柔らかな皮膚を焦がした。
咄嗟のことに私ができたことはといえば、ナイフがあらぬ方向に跳ねて誰かに向かわないかと、キャッチすることだけだった。
あの日から、ーーいやもっと前から、私たち家族は努力して寄せ集まっている集合体だ。
偽りの神々シリーズ紹介
「自己肯定感を得るために、呪術を勉強し始めました。」記憶の舞姫
「破れた夢の先は、三角関係から始めます。」星廻りの夢
「封じられた魂」前・「契約の代償」後
「炎上舞台」
「ラーディオヌの秘宝」
「魔女裁判後の日常」
「異世界の秘めごとは日常から始まりました」
「冥府への道を決意するには、それなりに世間知らずでした」
シリーズの8作目になります。
異世界転生ストーリー
「オタクの青春は異世界転生」1
「オタク、異世界転生で家を建てるほど下剋上できるのか?(オタクの青春は異世界転生2)」
異世界未来ストーリー
「十G都市」ーレシピが全てー




