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8話


                  8


「そうなの? 祥太さん」

 咲彩の母、淳奈が祥太に聞いている。


 今ここは大橋家のキッチン。 咲彩の両親が夕飯に誘ってくれたので、4人で食卓を囲んでいる所だ。


「どうかな? 咲彩」

 

 咲彩への呼び方も変わった最近は、二人は時々祥太のアパートで一緒に泊まる時もある。

 

「嬉しいけど、祥太さんと一緒の職場ってのは、少しばかり照れるかなー」

「それは大丈夫。 だってオレ、殆ど一日中現場で、会社に居ないから」

「あ、そうか。だよね。祥太さん、現場監督なんだもんね」


 あの咲彩と出会った時は、現場監督の補佐をしていたが、今は勉強して施工管理技士の資格を取得したので、去年から小規模ながら、現場の監督を任される様になっていた。

 しかも、今年からは、そこそこの規模の監督をさせてもらう事になり、上級資格も取得した事から給料も上がり、随分と生活も経済的に楽になっていた。


「済まないな祥太くん。 咲彩の就職まで面倒を見てもらって。 咲彩も祥太くんと一緒の会社に入社出来れば、私も頗る安心出来る」

「ありがとうございます。 ウチの会社、自分も含めて数人が資格を取得した事もあり、下請け企業の数も増え、会社のランクが上がったみたいです。 それで、事務職が今後大変になるという事で、若干名の事務職が急遽要る様になったみたいです」

「良かったわね咲彩、経営学部を選択して」

「うん、本当にありがとう、祥太さん。莉子はすでに内定を貰っていたから、実は少し焦っていたの」

 莉子はすでに、県内の自動車部品メーカーの事務職が内定している。

「じゃあ決定でいいかな? 月曜日までに返事をして欲しいと言う事だったので、今日ここで、ご両親も含めての返事が聞けて、良かったです」

「それじゃあ、祥太くん、上司によろしく言っておいてくれ」

「はい、分かりました」


“よかったわー”と、母親の淳奈が、肩の荷を下ろせた感じにホッとしていた。



               △


「良かったね咲彩。 もう本当は、自分だけ内定貰って、何か申し訳ないと思っていたんだ。 ホント良かったよー」

「ありがとね、莉子。 これで莉子も私も来年は社会人だぁー....、やっほー....」

「ちょっと! ハズイからやめてよ、咲彩」

「えへ。 つい嬉しくって、調子しちゃった」


 大学の中庭で、はしゃぐ咲彩。 

 宥めながら、莉子は本当に安心し、就職も恋愛も、お互い順調に進んでいる事に、安堵した。


 そのまま大学の夏休みに入り、咲彩のMRコーポレーションへの内定が決定したので、残りの学生生活も、殆どが消化試合になっていた。

 一方の祥太は、これから作業に携わる、色々な資格を取得するために、7月から8月は、殆ど毎週講習と言う、日程が組まれていた。

 折角、祥太と咲彩の交際がこれからと言う時に、このハードな講習スケジュールで、今まで頻繁に会っていられたのが、週末だけのアパートデートが続いていた。

 外出しても良かったのだが、毎週開催される資格取得の為の講習の予習で、なかなか外出が難しくなっていた。


「ゴメンな咲彩。 毎週こんなんで」

 素直に謝って来る祥太に、咲彩は。

「いいんだよ。 どうせ必要な資格なんでしょ? 取っておかないといけないんだったら、早いうちに、取得しておいた方が良いに決まってるから、頑張って」

「ありがとな、咲彩」


 冷たい緑茶が入った浅いタンブラーを、ローテーブルで資料を開いている祥太に渡す。


「ちょっと休憩しようか」

「そうしなさい。 あまり根詰めると、わたしに向ける体力が減るから」

 普通の女子では言い難い事も、咲彩は普通の会話に挟んでくる。 そんなところも祥太が咲彩を好きになった理由だ。

「はは、そうだな。 咲彩はカワイイから、ついつい虐めたくなっちゃうんだよな」

 と、咲彩の脇を、人差し指で、軽く突く祥太。

「やん!」

 などと、絶対に祥太の前以外では、吐かない言葉も、二人だけの秘密だった。

 

 咲彩は、こんな週末でも、我儘・小言、苦言など言わずに、今この状況を楽しんでいるみたいで、元カノとは全く違う性格・行動に、祥太は咲彩に対し、将来の事も考えだしている最近である。



             ◇ ◇


 祥太には、大学3年の時に、2歳下の彼女が出来た。

 所謂、ゆるフワ系のカワイイ彼女だ。 

 人生で初めての彼女に嬉しくなり、双方とも初めての付き合いという事もあって、実際の恋愛と言うものが分からず、手探りでの恋愛だった。

 最初こそは相互の性格に戸惑ったものの、半年も過ぎると、その関係は慣れもあり、他からも羨む様なカップルになった。

 学部が違う為、日中は殆ど会えないが、メッセージのやりとりを頻繁にして、学食時、帰宅時などで、会える時間を作っていた。

 毎週のデートは勿論だが、深い関係になってくると、彼女の恋愛度が徐々にキツくなり出した。

 祥太にベッタリではあったものが、束縛とも取れる行動が出始めた。


 交際2年目までは、堪えてくれている様だったのが、次第に表に出す様になってきて、祥太が他の女子生徒と会話しているだけで、時々だが、後で祥太に怨言えんげんを言ってくる事が起き始めた。

 それは徐々に頻繁になり、祥太が4年生の晩秋頃には、祥太よりも年上の女性の助教授と話していた事までも、そのような事をする様になってきた。

 それでも、彼女に愛情はあったため、彼女を宥めたが、なかなか機嫌を取ることが、段々と困難になって来た。


 やがて、祥太が卒業となり、今の会社に入社し、アパートでの一人暮らしを始めると、両親も公認だが、彼女は道のり約2時間を、交通機関を使い、毎週泊まりに来る様になり、日曜日の夕方には、祥太が彼女の家まで車で送ると言うパターンだった。

 その頃の祥太は、入社したばかりで、業務を覚える事だけでも大変なうえ、彼女との付き合いで、メンタル面が疲れ始めてきた。



 そして、入社2年目になり、相変わらずの日々が続く。


 祥太も、忙しかった現場も3月中に終わり、これからは小規模な現場、2年越しの現場の手伝いがメインとなってくる。

 この頃になって来ると、若干だが、彼女もアパートに来る頻度は減って来て、祥太にも、一人の時間が持てる様になって来て、彼女も祥太の気持ちを、理解してくれたものだと思っていた。


 先回の工事期間で、休日出勤が10日ほど溜まっていたので、丁度今の時期が、代休消化のタイミングと思い、会社の総務に代休を申請して、翌週から1週間のお休みを取った。

 先回の年末年始の連休も、ほぼ出勤で、帰省していなかったので、一度帰省する予定でいた。


 帰省当日。

 車に数日の着替え・お土産などえを載せ、朝10時にアパートを出発した。予定では、約2時間弱の道のりだが、渋滞も含めても、正午過ぎには実家に着ける。

 せっかく帰省するので、お世話になった大学時代の教授にも、近況報告と、お土産を渡そうと、大学に少し寄ってから、実家に帰ろうとし、祥太はその教授に連絡を取った。 

 教授は、午前中いっぱいは時間が空いているから、私の部屋に来なさいという事で、先に大学に寄る事にした。

 学内の駐車場に車を止め、お土産を持ち、教授の部屋へ向かい、人気の少ない階段を上ろうとした時だった。


 階段の裏陰で、カップルの濃厚キスシーンが、チラッと目に入ったので、これは気まずいと思い、素通りしようと思った時に、女性と目が合った。



 彼女だった。



 間違いなく、彼女だ。



 今の一瞬で、全てを悟った祥太は、その場をそのまま足音少なめで、小走りに階段をかけ上がって行った。

 一瞬目が合っただけで、彼女のその後の表情は見ていない。


 その約1分後、彼女からメッセージが届いたが、先ほどの光景が脳裏に映し出され、とても読むことは出来ず、そのままスルーした。



 取りあえず、何事も無かった様に振る舞い、教授と再会して、少し喋り、土産を手渡しして、大学を後にした。


 大学からの帰宅中、祥太は心臓の鼓動が激しいままで、あの彼女との今までの記憶が、無音のまま、崩れていくような感覚を感じてしまい、実家近くになって、祥太の瞳からは、大粒の涙が止めようとしても、止まらない状態だった。

 そのまま実家に着いて、家の中に入ったものだから、母親は驚き訳を聞かずにはいられなかった。

 最初は言い出し辛かったが、次第に話せるようになり、事の次第を伝えきった後、祥太は2階にある、自室に籠った。



 その後も、相変わらず祥太のスマホは鳴り続け、メッセージの着信音、通話の着信音が、ひっきりなしに来ていた。

 だが、到底メッセージの返しも、通話も出る事が出来ず、スマホから出る音に嫌悪感が走り、堪えられなくなった祥太は、スマホの電源を落とした。



 1階では、母親が心配していたが、そんな時、玄関のドアチャイムが鳴る音がした。

 その後すぐに、母親と来客とのやり取りが、インターホン越しで喋っているのが、何となく2階からも分かった。 どうやら、電話にもメッセージにも答えない祥太に、彼女からの玄関突入と言う事らしい。

 暫くのやり取りから、次第に声が大きくなってきて、その後は、家の外からも聞こえるような大声になった。

 母親の 『警察呼びますよ』 の声に、一気に黙り込む来客。 そうすると、少し間を置いて、泣き出す声が始まった。

 さすがの祥太もコレには参ったと、1階に降りて、インターホンの前に行き、来客に言った。

「これからオレが外で話をしよう、だから、そこで待ってろ!」

 多少の怒気を含む声で言うと、相手からは、一瞬静寂があり、すぐに小声で返事が返って来た。

『わかりました』

 と。


 約3分で身支度をし、祥太が玄関ドアを開けると、そこには涙顔から一瞬で笑顔に変わった彼女が居た。

「話し合いに行こう」

 そう彼女に言って、彼女の歩幅も考えず、急ぎ足で何処かに向かって行った。










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