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ある朝、テーブルに向かい合い私は数学の勉強を、ニムは課題図書を読んでいた。

いずれもボードから出された課題であり、旧世代の私たちくらいの年齢の人間は通常であれば「ガッコウ」に通い毎日勉学に励み、あるいは「スポーツ」というものに打ち込んでいたそうだ。

穴蔵で2人で黙々と課題をこなしている我々には想像し難く、信じられないことだが、旧世紀の人間たちは毎日定時に起きてひとところに集まり、場合によっては1000人以上が同じ場所で勉学に励んでいたらしい。

……う〜〜ん、想像し難い


ひと段落ついた私たちはアンドロイドが入れてくれたお茶を飲みながら談笑する。


「ニム、今日のお昼何にしようか」


「ワユカに任せるよ」


「……そういう答えが一番困るのよ」


そんないつもの会話の途中、珍しいことに人間型のアンドロイドの一体が割り込んできた。

システマチックな彼らが私たちの会話を遮るなんて余程の急用らしく、私たちは居住まいを正しながらそのアンドロイドに向き直る。


『ニム、ワユカ、緊急事態発生です』


「どうしたの、ボード。何か問題が起きたの?」


アンドロイドのAIは全てマザーコンピューターであるボードに統合されているのだ。

アンドロイドは目をペカペカと光らせながら合成音声で説明を続ける。


『問題と言って良いかどうか……

先人達が建設した、あなた達人類が生存する為の施設である基地は地球にいくつかあり、そこにはそれぞれあなた達のようなつがいが生活している。そしてここは座標で言えば緯度△×度経度○○度に位置するラタク基地であることは認識していますね』


私たちは同じタイミングで頷く。

周知の事実であり、これは会話のとっかかり、ただの確認だろう。

部屋が薄暗くなり、アンドロイドの目から照射される光が地図を映し出した。


『ここより遥か数百キロ北方に存在していた同様の施設であるノルン基地より1組の番いが68日前にボードの意思に反し、基地を出て旅に出ました。

……我々も戸惑いました

コミュニティーに混乱を招くとしてこの情報を伏せていたことをここに謝罪します。

そしてその彼らが推測で31時間後にこの地区に到達することが計測されたのです』


私たちは顔を見合わせる。

我々人類は生まれた時から与えられたこの基地を出ては生きられない。

そんな事は物心ついた時から教え込まれてきた事実であり、当然その基地を出たという2人だって知っているはずだ。

……理解し難い


そして彼らがこの基地に接近しているという事で別の懸念も出てくる。


「違うコミュニティ同士の人類が出会ったケースってあるの?」


私たちはボードにより、他のコミュニティーがどう生活しているか、どんな物を食べどんな研究をしているか、といったニュースを定期的にもたらされている。

しかし、情報を提供されてはいても違うコミュニティー同士との交流はなく、ましてや対面で出会ったなんてニュースは聞いた事がない。

なんとも形容し難い困惑に包まれながら私たちは無機質なアンドロイドの語る声に耳を傾けるしか無かった。


『あなた達は第一世代。つまりは文明が滅びてから初めての世代ですから、絶対数が少なくコミュニティー同士の邂逅は今回初めてのケースです。

あなた達は彼らを受け入れる事も拒絶する事も出来ます。

お二人でよく相談される事を推奨します』


……私たちは再び顔を見合わせて考え込む

こんなマニュアル外の事態にもボードは主導権を私たちに委ねようとする。

だからこそ脱走なんて事態もおきたのだろう。


「……どうする? ニム」


「うーーん? よく分からない。何かを判断するにはデータが少な過ぎるよ。彼らはどういう人間なの?」


眉を顰めながら尋ねるニムにボードは再び部屋の明かりを灯す。


『基地を出る前の彼らのデータなら残っています』


そう言ってアンドロイドから手渡された小型のデバイスには脱走した彼らの個人情報がつらつらと表示されていた。

私たちは時間をかけそれらの情報を吟味する。

それから人種、性格、性質、特殊技能、専門分野などなど、多くの角度からなぜ彼らが基地を脱出し、旅を続けているのか、我々と出会ったとき起こりうるシチュエーションなどについて話し合った。

しかし、深夜にまで及んだ話し合いも結論は出なくて結局は疲労に負けて今日のところは眠ることにした。


2つのベッドが設えられた橙色の薄明かりが包む寝室で私は微睡みながら傍らのニムに問いかけてみた。


「ねえ、ニム起きてる?」


「……何だよ、ワユカ。もう寝ようよ」


返ってきた怠い声にそれでも私はぼうっとしながら話を続ける。


「彼らって何を思って基地を出たんだろね。気にならない?」


「これだけ話し合っても結論が出なかったんだし、今更眠い頭で考えても無駄さ。気になるなら明日会って聞いてみればいいじゃない」


ニムはこんな調子で先ほどの話し合いの際も大体ドライで楽観的だった。


「……相変わらずね、ニム。彼らにもっと強い興味を惹かれたり不安になったりはしないの?」


それから目蓋が重くなり、ニムが何と答えたのかは覚えてない。




完全防寒のコートを着込むとこんな真冬でも少し暑いくらいだ。

薄灰色の空を見上げながら私は通信機を片手に相方に呼びかける。


「あー、こちらワユカ。聞こえる?ニム」


『はいはい、こちらニム。聞こえてるよ』


こちらの風も強いが、ニムの声に混じりびゅうびゅうと寒風の音も機械越しに聞こえて来る。

私たちは「何にしろ2人は疲れてるだろうしお腹も空かせているだろう」という結論に達し、アンドロイドの一部にも手伝わせ、朝から基地周りを哨戒する事にした。


「こちらは客人の姿は確認できず。そちらは?」


『こちらも同様。雪もちらついてきたのでこれ以上強くなるようなら撤退も考えよう。彼らも動きにくいだろう。じゃまた、定時に連絡して』


「了解」


通信を終え、私は双眼鏡の奥の彼方をじっと見つめる。

灰色が深々と緑を覆い尽くしている。

ギャア、ギャアと大きな鳥の鳴き声が遠くに聞こえた。

それにしてもこんな大自然に人間2人で飛び出すなんてどうかしている。


「メルシィさんとパズさん、無事だといいけど」


漏れ出たのは感嘆の声。


「……無茶するなあ

唯一の生存圏である基地を出るなんて」


考えれば考えるほど不合理だ。

きっと2人とも後悔しているだろう。

元の基地に帰りたいというなら手伝ってあげても良いし、これから4人で暮らす、というのも楽しいかもしれない。


そんな思考に耽っていたところへ手元のデバイスが反応を見せ私に新たな情報をもたらした。


「……これは」


私は逸るように隣の馬形のアンドロイドに飛び乗り駆ける。

鳥型のアンドロイドが件の2人を発見したらしい。

ニムにも確認をとると当然同じ情報は向こうにも届いていた。

私の方が彼らには近いようだ。

ちらほらと降る雪を掻き分け、5分ほど野山を駆けると地図が示す地点に人影を認めた。

これは新人類初の邂逅になるのだろうか。

……何だか感無量ではあるが今はそういう状況ではない

近づくにつれその状況は明らかになる。

髪の長い細身の女性が心配そうに傍らで仰向けになった白い髪の青年を気遣っているようだった。


「怪我してるんですか?」


はっと気づいたように女性が馬上の私を見上げる。

情報によれば確か彼女は私より年上だった。

実際に目の当たりにしてみると彼女は艶とした大人の魅力というものが同性の私にも感じられる女性だ。


「あなたは……」


寒さの為か緊張の為か、声と肩を震わせながら女性はおずおずと口を開く。

私は緊張を押し隠し努めて明るく笑顔を作りながら答えた。


「ラタク基地のワユカと言います。メルシィさんとパズさんよね?」


仰向けになって眠っているパズさんからは返事がない。

よく見ると肩に巻いた布には赤い血が滲んでいる。

思ったより逼迫した状況のようだ。

一拍置いて女性こと、メルシィさんがはい、と答えた。

私は慌てるように馬を降りると早速2人へと駆け寄っていった。


「挨拶はあと。基地まで案内するわ。その怪我を治療しましょう」

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