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薄灰色の雪がちらほらと降りしきる夕闇に見惚れながら私は検測機を片手に辺りを見回す。

キャンプから数十キロ南下した所にあるこの丘は物心ついた時からの私のお気に入りだ。

今日の調査でも土質や動植物の生態に異常は見られない。

グワガァガァ、と肉食獣らしき唸り声も遠く藪の底から聞こえる。

今、私の生命を守るのは背中に抱えた一丁の小銃のみだ。もっと安全な調査法もあるがあえて私はそうしている。

数分ほどの調査を終えた頃、懐のデバイスがアラームを鳴らし私に話し掛けてきた。


『ワユカ、そろそろ予定時刻を過ぎる。帰投しよう』


「わかってるよ、カトル。キャンプに戻ろう」


季節は冬。

白い息を吐きながらカーキ色のコートから取り出したもう5年ほどの付き合いとなる掌に収まったカトルと名付けたデバイスに返事する。

帽子を少し引き上げ、我らが棲家へと踵を返しながらオレンジに染まる森を見下ろす。

深い緑から緑へと鳥の群れが高い鳴き声を上げバサバサと飛び立っていくのが見えた。

私としてはもう少し眺めていたい景色だが、夜になればここらの森林地帯に棲息する危険な猛獣との遭遇率が上がる。

私は素直にカトルの言うことを聞き、輝き始めた金星を見上げ、丘を降り始めた。

キャンプ基地では相方のニムも待っていることだろう。




──人類の文明というやつが滅びてからもう500年が経つらしい

少なくとも私はそう教わった。

大国間の戦争に端を発し始まった大戦で見る見るうちにその数を減らした人類は、辛うじて生き残った学者たちが知恵を出し合い、地下深くに生存圏を拵えるとDNA情報とそれを管理するためのシステムを構築した。

そして次世代へと人類生存の希望を託し地上の人類は滅びていったそうな。

それから旧世代が言うところの約5世紀が経過し、地上に僅かながらの生存圏が復活しつつあるとマザーコンピューターである「ボード」が判断し、新世代である我々が生まれた訳である。

……久々に地上に生み出された人類

我々はいわゆるデザインベイビーというやつだ。

まずはボードによって生存に適すると判断された圏内50箇所に男女50組100名の番いが実験的に生み出された。

遠く離れたコミュニティー同士は未だお互いに出会ったケースは無い。

ボードにより衣食住を管理され、人間として生きる為の全ては生まれる前から御膳立てされている。

人類が自らの手で滅びた際に巻き添えで多くの生物も絶滅したけど、生き残ったものもいれば新しく生まれたものも多い。

そして今、地上を闊歩する獣たちは大体が旧世紀よりも大きく、凶暴だそうだ。

幼い頃からボードによる教育を受け私たちはそういった教養や歴史、それぞれに特化した分野の知識は身につけている。

とはいえ、生活様式や考え方までがボードに完全に支配されているわけではなく、趣味ややりたい事などは個々人の裁量に任されている。

それも「多様性無くしては人類の繁栄なし」という私たちの遠い遠い生みの親である学者達の方針によるものだそうだ。

ちなみに私のライフワークはこの辺りの散策と生態系の観察だ。



山の麓に隠れるように設えられた地下への扉を開けると玄関先では相方のニムが汚れた青い繋ぎをはたきながら私を待っていた。

土いじりで汚れた手で顎を拭いながらいつものように私を笑顔で出迎える。


「おかえり、ワユカ。外はどうだった?」


見るとその黒々とした髪も腰くらいにまで伸びてきたし、そろそろ切ってあげようかな、と思う。

ニムは生存に直接関係しないことにはとんと無頓着だ。


「ん、いつも通り。夕焼けはやはり綺麗。ニムは今日は花の研究?」


私は被っていた防寒用の帽子を取って小銃を壁に立てかけると、赤い癖っ毛を弄りながら肩まで伸びた髪を紐で纏めてそっとストーブに手を伸ばした。


「うん。でもどうしても咲かない花があるんだ」


そして、花の研究成果を嬉しそうに語り始める。

話を聞きながらリビングに入ると互いにソファーに腰掛け、私はしばらくニムの話に耳を傾ける。

どんなに熱っぽく語られても詳しいことはよく分からないが、私はニムが楽しそうに話している顔と目は好きだ。


漸くニムの話が終わり、一息つくと二足歩行で白い金属質で出来たアンドロイドがスープを運んでくる。

基地内には用途別のアンドロイドが21体私たちの為に稼働している。

机に置かれたスープを啜り今度は私が趣味の話を始める。


「ねえ、今度ボードの許可をとったらまた星を観にいかない? 今の時期、冬の大三角が綺麗なのよ」


ニムがコーヒーを啜りながら片眉を上げる。

基本的に彼はインドア派であり、花や土いじりもこの基地内に設けられた施設内で行っている。


「……うーーん

僕寒いの苦手だからなあ。それに夜間の外出なんてボードもなかなか許可してくれないよ」


私は身を乗り出して尚も粘るようにニムの顔を見つめた。

こうしてお願いすればニムは大抵の私のお願いは聞いてくれる。


「結局、主体は私たちじゃない。行きたいと思えばその意思をボードだって止める事は出来ない。ね、いこうよ。外の獣は私も怖いけどアンドロイドに警護させればそんなに危なくないよ。今度アンタの好きなゲームとかいうやつに付き合ってあげるからさ」


ニムは根負けしたように小さく笑みを浮かべると傍らのアンドロイドに夕食の支度を命じた。


「わかったよ。それにしてもまったく、僕と君は真逆だよね」


私はニムの言葉をおかしく思い指を顎に当てながら笑みを浮かべて頷く。


「そうね。だからこそつがい・・・として私たちが選ばれたのかもね」


ボードはコミュニティーを作るにあたり、出来るだけDNA情報が似ていない個体を選んで番いとした。

子孫を遺すに当たってはDNA情報は遠い方がいいらしい。

例えば外見の情報だけとっても、私の肌は白く背丈も低いが、彼の肌は浅黒く身長も高く筋肉質だった。

もちろん中身はもっと違う。

でも、生まれた時から15年間一緒のコミュニティーで暮らしてきてお互いのことで知らないことはない、私はこの時はまだそんな事を信じていた。

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