大掃除は命がけ! 2
仕方ない、俺一人で何とかするしかないな。
地面を這う黒い物体に近づき、箒の一撃をお見舞いしようとした瞬間。
思い出す。
「そういえば、潰したらいけないんだった」
ピタリと振り下ろそうとした箒を制止。なんとか塵取りに入れようと必死に誘導する。
しかし、先程までノロノロしていた動きが、急に俊敏になり、塵取りから脱兎の如く離れていく。
向かった先にはリビングの入口。
扉の下の隙間からスッと、逃げ出していく。
「あ、やばい」
数秒の静けさの後。
キャアアア! という絹を裂くような悲鳴が扉の向こうから聞こえてきた。
どうやら、夏目があれと接敵したようだ。
ガシャン、バリン! ドガガガ! というすさまじい騒音が聞こえる。
そして、こっちに騒々しく向かってくる足音。
バン! と勢いよく放たれた扉から現れたのは、必死の形相で両手に殺虫スプレーを構えた夏目の姿だった。
はぁ、はぁ、と肩で息をして、その顔色は真っ青だった。
そして、当然俺を睨んで凄んできた。
「まぁ、あれだ……夏目すまん」
「すまないで済んだら警察要らないのよ」
「潰せるんだったら直ぐに終わってたんだけどな」
「潰すぐらいなら家を焼くわ」
「その発想は無かったが、絶対やめてくれ」
「次、会ったら刺し違えてでも仕留めてよ」
「刺し違えるという言葉の意味をお前は知ってて言ってるんだよな?」
とりあえず夏目から殺虫スプレーを受け取り、再度Gを探すことに。
しかし、今度は中々見つからない。
薄々、夏目も気づいているとは思うが、それを口に出さない。
このままじゃあ埒が明かないので切り出すことにした。
「なぁ、一ヵ所を除いて全部見たぞ」
「ま、まだ分からないでしょ? 隠れている可能性が高いし」
「それでも、確認するべきじゃないか? 夏目の部屋を」
二階にある夏目の部屋。
一階のリビングから二階に上がる事が出来るかは分からないが、他の部屋はしらみつぶしに調べて何もないので、もう残ったのはそこしかないのだ。
「俺が入るのが嫌って言うなら、夏目が確認すればいい」
「もし、居たらどうするのよ」
「その時は夏目がなんとかするしかない」
「私を生贄にする魂胆ね!」
「さっき生贄にされたのは俺なんだが……」
夏目は指を唇にあてがい、悩む。
そして、よし! という威勢の良い声が出る。どうやら、意を決したようだ。
「分かったわ、十万で手を打ってあげる」
「ふざけんな」
提案された要求を言下で突っぱねた後、二階へと向かう俺と夏目。
階段を上り、フローリングの廊下を歩いて夏目の部屋の前に来る。
扉の前には『夏目』というハート型のネームプレートがかかっていた。
こういう時にあれだが、ドキドキしてきた。今から好きな女の子の部屋に入るとなると。
「じゃあ、入るぞ?」
「ちょっと待って」
何処からともなく取り出したのは細長いスポンジ。
それを使って、扉の下にある隙間を埋めていく。
「なんでそんな事してるんだ?」
「これでもし、中に居たら逃げる事は出来ない。仮にいなかったとしても、二度とこの部屋を調べなくても良い。一石二鳥ってわけ」
「なるほど……じゃあ開けるぞ?」
夏目の部屋にある扉のノブに手を掛ける。
「あ、待った。言っておくけど、アキトだけで入ってよ?」
「分かったよ。一応聞くけど、部屋の中の物に殺虫剤かかっても文句言うなよ?」
「文句は言わないわ」
「そうか」
「手は出るかもしれないけど」
「尚更ダメだろ!」
とりあえず、夏目を納得させた後、気を取り直して扉のノブに手をかける。
そして、ゆっくりと中へと入る。
バタン、と部屋の入口が閉まると、そこには勉強机とベッドがあり、角には衣装棚。ベッドの上には抱きしめれるぐらいの大きなクマのぬいぐるみがあり、後はアイドルのポスターが壁に貼られていた。
部屋の臭いに気を使っているのか、アロマか何かの芳しい臭いが漂っている。
少し、部屋の新鮮さに気を取られるが、その中央に、まるで部屋の主と言わんばかりにふんぞり返っているGを発見する。
「夏目、中にいるぞ!」
「早く、早くやっつけてよアキト!」
Gに向けて俺は殺虫スプレーを向け、思いっきり噴射させる……が。
シュッ、シュッという空しい音が響く。
「……夏目、悲しいお知らせがある」
「なによ! まさか、逃げられたの?」
「殺虫スプレーの中身が無いぞ」
「…………」
沈黙が訪れる。
中身がないならどうすることもできん。とりあえず部屋を出ようとノブを回すと。
「ん? あれ?」
回らない。
思いっきり回すが、ビクともしない。
見れば鍵がかかっている。なのに、鍵が回らない。
「おい、夏目! どうなってるんだよ」
ドンドン、扉を叩いていると、扉の下から何か管のようなものが出てくる。
そこからまさかの煙が噴き出してきたのだ。
刺激臭のある煙。明らかに、殺虫成分の含んだ煙だった。
「おい! 何やってるんだ! 開けろ!」
「こんなこともあろうかと、入った瞬間、アキトが逃げないように鍵を掛けてその鍵穴に瞬間接着剤を流し込んだのよ」
「何が、こんなこともあろうかと、だよ! 俺を巻き込んでどうするんだよ!」
「貴方の命と引き換えなら安いわ」
「俺の命、安すぎませんかね?」
煙が充満してきて苦しくなってきた。
このままじゃあ、G共々夏目に殺される。
仕方ないので、部屋についてある窓を開けようとするが……あろうことか、窓の鍵が溶接されていた。
「何で窓の鍵が溶接されてるんだよ!」
「こういう事を想定して窓の鍵を溶接しておいたわ」
「何を想定してるんだよ!」
ええい、仕方ない。
俺は机の椅子を持ち上げ、勢いよく窓のガラス部分にたたきつけた。
ガン! という音がするだけで割れない。
「……おい、夏目。まさかと思うが」
「こういう事を想定して窓ガラスは銃弾を通さない強化ガラスにしておいたわ」
「おまえ、本気で何を想定したらこんな改造に辿り着くんだよ」
狭い部屋の中では逃げ場はない。
もう、部屋の中に白い煙が充満し、中央に居たGはもがき苦しむように部屋中をカサカサ動き回ると、途端に身動き一つしなくなり、やがてひっくり返る。
「おい、夏目。もうGは動かなくなったぞ。早く開けてくれ」
こっちもヤバイ。
ゴホゴホと咳込みながら扉を叩く。
「まだ早いわ。成分が浸透するにはあと24時間放置する必要性があるらしいから」
「悪魔か、お前は」
流石にあと三十分とかならまだ何とかなるが、24時間は無理だ。
打開策を講じる必要性がある。
この命の危機に、俺は咄嗟に閃いた。
「夏目、お前が俺を開放する気がないなら考えがある」
「何よ? 急に脅し?」
「脅しっていうか、俺の命が危ないから仕方なく、だ。もし、俺を開放する気がないなら即その手段をとる気がある」
「残念だけど、そんな並大抵の事じゃ私は決して開ける気は――」
「夏目の下着を全部写真に撮ってネットにばら撒く」
「ごめん、本当にごめん。今すぐ開けるわ」
掌をあっさり返した後、夏目は開ける事を了承する。
やっと出られると、思った時。
がちゃ、がちゃ、とドアノブが動かない。
「おい、もしかして……」
「瞬間接着剤が入ってて、こっちからも開かないわ」
ごめんね、と反省の色がない声が扉越しに聞こえる。
「ネットにばら撒く」
「止めて! 本気でやめて! あ、そうだ!」
ドタドタ、とその場から離れていく音が聞こえる。
そして、再び足音が聞こえて扉の前で止まる。
「おい、夏目?」
「良いものあったわよ。掃除道具の一式で置いてあった火炎放射器を使えば、この扉を破壊できるから!」
「火炎放射器……っておい、バカやめろ!」
現在、この部屋は殺虫剤の煙で充満している。
そこに火が入ったら――。
「いくわよアキト!」
一か八かで夏目のベッドの下に潜り込み、目と耳を塞ぐ。
次の瞬間、目をつむっていても分かるぐらいのすさまじい光と音が部屋に鳴り響く。
恐る恐る目を開けると、部屋の家具がぐちゃぐちゃになっていた。
見れば扉が吹き飛んでおり、その衝撃の凄まじさを物語っている。
そこに夏目の姿は無かった。
「まさか……」
と、思ったら、直ぐに顔をのぞかせる夏目。
けほ、けほと咳込んでいた。
「夏目、よく無事だったな」
「いや、防護服無かったら死んでたと思う」
自分の着ている白い防護服を指さす。
ぶすぶすと焦げ付いてはいるが、無事である。
「まさか、これも想定してたのか」
「と、当然でしょ。こんなことも想定していたのよ」
えっへん、と胸を張る夏目。
いや、本当にどういう思考をしているのか。
「とりあえず、Gも居なくなったし、これでやっと大掃除できるわ」
「いやぁ、長かったな……」
一体どれぐらい時間が経っただろうか? 一匹退治するだけで一時間以上費やした気がする。
しかも、部屋の扉が吹き飛んだし。
「ありがとう、アキト。貴方がいたからこうして――」
夏目の視線が下に動くと、その顔がみるみる青ざめていく。
一体どうしたのだろうか? と、下に視線を動かすと。
踏んでいた。
あの、忌々しい黒いものを。
額に青筋を立て、笑顔で手に持っている火炎放射器を構える夏目。
「ま、待て夏目! これはワザとじゃない!」
「問答無用!」
それから鬼の形相をする夏目から逃げるのに必死だった。
こんな掃除はコリゴリだ!
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