7.現実世界は別腹なのデス!
リトス平原には、野獣型の魔物が数多く出現する。
その中で最も危険とされているのは、まだら模様の体毛をしているレオポンだ。
動きが俊敏な上、鋭い牙や爪の打撃力も油断ならない。
しかも、単独ではあまり遭遇せず、群れを成して狩りをする習性があるのが厄介だ。
「ダリアとシュンは一匹ずつ頼む! ユート、俺の前の奴を一匹ずつやってくれ! レモンは前に出過ぎるなよ!」
群れには群れで。
「オッケー! 《投擲・手裏剣》……もう一丁! 《投擲・手裏剣》」
徒党を組むのは、レオポンだけではない。
戦う力を持つ者たちが適切な対応を取れば、魔物たちは、狩る側から狩られる側になる。
「グギャァァッ⁉︎」
「ギャウゥゥッ⁉︎」
ユートが放った手裏剣が、二匹のレオポンの眉間を正確に貫く。
それらは、断末魔の声を上げた後、ビクリと痙攣すると、塵となって消えた。
「急所を一撃かぁ。ユートさんと一緒にパーティー組むの初めてだけど、本当に強いね。」
魔物を処理した一行は、再び湖へ向けて歩き出した。
厄介なレオポンの群れにも苦戦しないことで気が緩んでいるのか、ピクニックのような雰囲気だ。
ダリアなんかは、スキップまでしている。
「ユートは、バシュッ! シュバッ! ってなってすぐ終わりマス!」
「ダリアちゃんも、ズバッ! ザクザクッ! ってスゴかったよ!」
陽気な女子二人は、全身でジェスチャーまでしてハイテンションだ。
「キミたち二人の会話は非論理的だな。僕にもわかるように言ってくれ。」
「おやおやぁ? ムッツリメガネさんは、アタシとダリアちゃんの仲に嫉妬してるのかなぁ?」
シュンが肩をすくめて言うと、レモンが茶化しながら彼の腕に甘えるように抱きつく。
「今日は、ユートさんとレモンさんもいるから賑やかね。」
「ジューシローたち、いつも四人で組んでるんだね。」
「ああ、一度組んだら、レモンの危なっかしさに、ササミが放って置けないって言い出してな。」
「あー、あの時はー。レモンさんやられまくりだったね……。」
ササミが少し遠い目をして言う。
「そうなの! ササミちゃんたら、スゴいの!」
恋人とイチャついていたレモンが、突然ユートたちが話しているところへ飛んできて、ササミに後ろから抱きつく。
「アタシを吹っ飛ばしたモンスターを杖であしらいながら、回復魔法かけてくれたり……あとはー、ササミちゃん、ココもスゴいの! ウリウリ〜!」
「ちょっ、だめ。レモンさ……んあっ!」
「ユニヴェールまで来て、何やってんだよ……。」
目の前で行われている過剰なスキンシップから、ユートは目を逸らしたが、そこに回り込んだ者がいた。
「ユート、羨ましそうデスネ! ……ユートなら、してくれてもいいデスヨ?」
「……またにさせてくれ。」
羨ましくない、しない、とは言えない、ある意味正直なユートであった。
その湖は、意外なことに、リトス平原のちょうど中央に堂々と存在した。
「まさかこんなど真ん中にあるものを見落としていたなんて……。」
湖に釣り糸を垂らしながら、ユートが呟く。
「盲点だったようだね。外周を一周探索したから、全部見た気になってしまったんだろう?」
隣で同じように釣りをしながら、シュンが言う。
「思い込みって、ヤバいな……。ところで、かれこれ何時間か釣ってるけど、噂のヌシは全然かからないな?」
「そうだな。餌なんかも昨日と同じものを使ってるんだが、何か出現条件でもあるのかもしれん。」
「ま、普通の魚は順調に釣れてるし、たまにはほのぼのライフもいいかも。」
「……目的を忘れてあそこまで気を抜いてるのもどうかと思うけどな。」
ーー水切り十回できマシタ!
ーーダリアちゃんスゴーい!
ーーササミ、薪はこのくらいでいいか?
ーーうん、ありがとう、ジューシローさん。レモンさんとダリアさんも、お肉を串に刺すの手伝ってくれる?
仮名・未知の怪魚のことは完全に頭から消え失せたのか、どう見てもバーベキューの準備をしている仲間たちの姿を見ながら、シュンは呆れて言った。
それから、日が落ち薄闇が辺りを覆い始めるようになるまで粘ったても、未知の怪魚はヒットすることはなかった。
ユートたちは、この日は結局、湖畔でバーベキューを楽しむだけになったのである。
「いやー、食った。食った。」
「これだけお腹いっぱい食べても太らないなんて、ユニヴェールは最高だよね! アタシ、紫陽花学園に入ってホントに良かった!」
「逆に、VRでこれだけ食べても、お家に帰るとちゃんとご飯食べられるから不思議よね。」
「今は何ももう腹に入る気はしないけどな。」
「ユート! 駅前の屋台でクレープ食べて帰りマショウ!」
「ダリア、この流れで、今それを言う?」
「モチロン! 現実世界は別腹なのデス!」
ダメだコイツ、とばかりに肩をすくめる男性陣。
その裏腹、いいわねー、アタシバニラストロベリーにするー、などとノリノリの女性陣。
女子高生は、例外なく全員スイーツ女子だ。
男子の意見は聞かれることもなく、放課後クレープ計画がまとまってしまった。
「そうと決まれば、ログアウトして帰りましょう。今何時頃かしら?」
「おしゃべりしてたら、『予鈴』気がつかなかったね!」
「ま、もう夜だし、十七時は過ぎてんだろ。」
メラメラと揺れる焚き火の温かな光が眩しく感じる程、辺りは真っ暗だ。
「じゃ、ログアーウト! ……ってアレ? ねぇ、みんな、まだログアウトできないみたいだよ?」
【ログアウト不可能です。VR生活課題を続行して下さい。】
レモンと同様に、試してみてもログアウトできなかったのか、シュンが首を傾げた。
「僕も気づかなかったけども、いつも日が落ちる頃に予鈴鳴っていたよね?」
「そう言えば、俺も予鈴聞いた覚えがない。」
「私も。」
「ワタシもデス!」
どうやら、ここにいる全員が、十七時の鐘の音を聞いていないようだ。
「じゃあ、もう真っ暗だけど、実はまだ十七時前ってことなのかな?」
「そうなんじゃねえか? 夜のモンスターはメンドイし、とりあえず街に帰ろうぜ。」
「そうだね!ササミちゃんお願い!」
「わかったわ。《月魔法・次元の扉》」
ぽわん。と音を出しながら、魔法の姿見が出現する。
瞬間、早速犬獣人がそれに飛び込んでいった。
「アタシいっちばーん!」
「あ、てめ⁉︎ レモン、ずりぃぞ!」
「ワタシ二番デス!」
「ジューシロー、お先。」
「なっ、お前ら⁉︎」
ーーはしゃいでいられたのは、この時までだった。
ジュピターの街に帰還したユートたちは、有り得ないものを見て呆然と立ち尽くすことになるのである。
街の中央に位置する、双子の尖塔を持つ教会。
その建物に設えられた時計が。
ーー二十二時を指していたのだ。
この話までが、全体のプロローグという感じです!
VR世界からログアウトできなくなってしまったユートたち。
彼らは、いつ駅前の屋台でクレープを食べることができるでしょうか!?笑
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