星々の価値
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共に、この場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
うげえ、炎天下での草むしりはやっぱしんどいわ。夏場は緑が元気よく背を伸ばす時期だからって、俺たちまでこんなかっかしながらやらなくてもいいのによ。しかも、引っこ抜いても引っこ抜いても、きりがない。
「雑草という名の草はない」って言葉があったっけ? どの草も、名もなき雑草って捨て置けない生命力を持ってんよ。何度、取り除いたとしてもにょきにょき生えてくるんだぜ?
とんでもないモチベーションを感じるが、こいつら漏れなく、「間引かれる」ものなんだよな。選ばれた作物を、より大きく育てるためのよ。
語弊があるかもしれんが、つくづく人間の思惑って差別ありきだよな。
除草作業なんて最たるもの。「てめえらの飯、ねえから!」って、おこぼれにあずかって仲良く根を生やしている連中に、力づくで教え込んでいく。俺たちにとって、都合のいい展開に持っていくためだ。
そんで自分たちのことになると、「えこひいきをやめろ!」とか「万民平等!」とかほざいてんだよ。とんだ博愛主義があったもんじゃねえ?
結局は、自分が価値あるものだっていう確証が得られないと、不快で不安でたまらないのさ。無価値なものをどんどん片付けている現実の姿に、自分の将来像を重ねてんのかなあ? 価値さえ認められりゃ貢がれる立場だし、甘い汁吸えるし……とか考えちまうんだろう。
バリュー。こいつを保つために、影の努力を続ける者はいつの時代にもいる。その中でも、ちょっと神秘の混じった昔話を聞いたんだが、休み時間にでも聞いてみないか?
むかしむかし。日本で一番天に近いといわれる、富士の山の下にあったいくつかの町で、それは起こった。
町のはずれにある森の一角で、木々が突然に枯れてしまったというんだ。夏の暑いさなかだから、水不足の影響もあったかもしれない。だが、昨日までは青々とした葉を大いに茂らせ、まさに盛っているという表現がぴったりくる木々ばかりだったんだ。
それが一夜を明けた今は、まるきり両手を大きく広げた、逆さまのほうきのごとき有様で、多くの木が枯れている。そしてその葉は周囲に落ちておらず、焦げたような跡も残さず、ことごとくがきれいに消えてしまっていたんだ。
泥棒の仕業にしても、葉はとてつもない数があったはず。それを誰にも悟られないまま一枚も逃さず、足跡をはじめとする手がかりも一切残さない、などという真似が本当にできるだろうか?
それからも毎晩、同じように葉を奪われる木の姿は現れる。情報をすり合わせた結果、同日にいくつもの場所で起こっていることが判明した。
夜通しの監視を行った場所もあったらしいが、たいした成果はない。その場に居合わせた誰もが「木々に生えていた葉が、幹に近い側より、ずるむかれるようにして枝先までおのずと外れたのちに、空へと消えていった」と証言するばかり。そこに人も獣もおらず、木に触れる存在は視認できなかったという。
この奇妙な現象が広がる中、有識者たちは各地域の古文書を漁っていた。同じような奇怪な出来事が、過去に起こったことがないか調べていたんだ。その結果、時をさかのぼること、300年ほど前にも、同様のことが同範囲内で起こっていたことが判明する。
その時は、今よりもずっと、ここに住んでいる人の数は少なかった。だが、木々のことごとくが同じような目に遭った後、家屋にまで被害が及んだという。当時の八割に及ぶ建物たちが端から粉々になっていき、中にいた人も巻き込みながら中空へと消えていく。いずれもわずかな風さえない、晩のことだったらしい。
有識者たちは、夢中で古文書を読み進める。きっとこの先に事態を食い止める、何かしらの方法が記載されているはずだ。そうでなければ自分たちの身体に流れる血は、件の時期に絶えているはずなのだから。
そして、ついに対策の記述が見つかり、住民に内容が通達されるのだった……。
数日後。各地域より集められた男たちが一路、富士の山の頂へと進路を取った。いずれもこれまで数回、富士の登山を経験している者ばかり。彼らは順調に歩を進め山頂へとたどり着いたが、そこから更に歩く。
剣ヶ峰。富士の山の、文字通り最高峰を彼らは目指した。禁足地とされる富士の火口、「大内院」を右回りに歩いていく一同。これは古文書に書かれてあった手順で、仏教の礼法である「右繞」にかなったものだったらしい。
剣ヶ峰直前の「馬の背」で足を滑らせないよう、一同は慎重に歩を進める。ようやく着いた時には長い夏の陽も、いよいよ暮れようかという時間になっていたそうだ。
この時点で、剣が峰に訪れた経験のある者は違和感を覚える。彼らの記憶にあるものより、ずっと転がっている岩の数が多いんだ。大人数人が並んで寝そべることができるほどの巨岩たちの上部には、それぞれの足がすっぽり埋まってしまうくぼみが、いくつかあいている。これもまた古文書にあった通りだ。
一同がめいめい、岩の穴の中へ足を突っ込んで固定すると、それを待っていたかのように、身を刺す強い横風が吹き寄せ始めた。平時であれば、真っすぐに歩けずに半ば飛ばされてしまうかと思うほどの勢い。
しかし今は違う。岩もそこに固定された足たちも、まったく動く気配を見せなかった。
空を見やる彼ら。視界の下にかすかな残光の漏れる、深い蒼の空には一番星が瞬く。それを追うように、二番手、三番手と別の星が次々と現れた。
――星々の中でも、緑色に光る星を探すのだ。見つけたら手を伸ばし、思い切り、つかみ取れ。
やがて白く光る星々の中へひとつ、緑に光る星が現れた。黒みを一段と増した空の中でも、その光は少しも溶け込む様子を見せず、輝きを放っている。
気づいた者から手を伸ばす。広げた手のひらの中に星を収めると、ぐっと握りしめ、そのまま乱暴に果実をもぐように、腕を薙ぐ。
星の光がわずかに弱くなった。更に何度も繰り返すうちに、緑は紺になり、茶色になり、灰色になり、そして消える。
その最期を看取ると、彼らはもう思い思いの方を向き、手を動かしていた。緑色に光る星は他にもたくさんあったからだ。
――夜を徹し、星の緑を奪い取れ。すべてを絶やした時、ここに緑が戻ってくるのだ。
古文書には、そのような旨が記述されていた。
ひとつを消してしまうと、後はもう流れで進んでいく。彼らは目につく緑色の星から、色を次々に奪っていった。
ある時にはひとりで、徹底的に掴み続けて消す。ある時には誰かと狙いが重なり、交互に手を伸ばした結果、みるみるうちに星が色も形も失っていくのが分かった。
疲れは感じなかった。星をひとつ掴むたびに、手のひらからじんわりと熱が広がり、身体の中を急速に駆け巡っていく。それが身体の中から疲労を塗りつぶし、果てない気力を自分たちに与えてくれるんだ。
身体が昂っている。そこで星を相手にする誰もが、同じことを感じつつ、色を奪い続けていたらしい。
気づくと、東の空が白み始めてきていた。星はもうほとんどが見えなくなっていき、彼らはようやく手を休める。寝ずの仕事だったにも関わらず、身体は更なる運動を求めて、うずいているのを感じるほどだったとか。
ようようと山を下り、各々の村へ戻った彼らは、散っていた木々に緑が戻ってきていることを確認する。
夜通しで見張っていた者の話によれば、陽が暮れると共に、空から葉がひらひらと大量に舞い落ちてきたそうだ。だが彼らは、いずれも地面へ着くことなく、裸になった木々の枝へ糸が引くように近づいていった。そのまま枝へ張り付いて繋がってしまい、枝と一緒に揺れ始める姿からは、つい先ほどまではがれていた葉と同じものだとは、とうてい考えられなかったとか。
試みが上手くいったことが確認され、古文書を読み解いた者たちも胸をなでおろしたが、どうやら同じ事態は、これからも起こり続ける恐れがあるようだった。
「星たちはな、いつでも自分を認めさせたいと思っている。他の星の価値を奪うことで、自分の価値を高めんとして、な。
いわば雑草取りならぬ、雑星取りだ。自分が育つために、他を奪わなくてはいかんのだ。
我らもまた雑星に堕することなく、価値を高めていかねばならぬ」




