7 一泊
優里と聖子が聖子の家に到着した。
まだ、近衛遥斗と別れてから10分も立っていない。それほど、聖子の家は奏山駅から近かった。
「到着しました。ここが私の家です。」
そう言われて、優里の目に映ったのは、1階建ての横に長い集合住宅だった。
建物の正面には一部屋に一組ずつスライド式の縦に長い窓が2枚付いており、そこに木製のベランダがついていた。
ベランダは背もたれのないベンチのようで、そこに立つことで上にかけている物干し竿に洗濯物をかけるようになっていた。
部屋ごとに区切り板がついており、ベランダを部屋ごとに分けている。
「私の家は電気が付いている部屋ですよ。もう3部屋あるんですけど、今は空いています。」
「そうなんだ。」
聖子の家と思われる部屋には電気がついている。向かって一番左側の部屋だった。
「昔は駅員さんの宿舎だったんですけど、必要なくなってしまったので売りに出されていたんです。そして、使われなくなっていたところを遥斗が買って、私に貸してくれているんです。」
「学生が買うものでもないような気がするけど・・・。」
しかし、車を運転していた時点でそれを考える必要もないと思う自分がいた。
「結構格安だったらしいですよ。それで、この住宅を管理する代わりに光熱費や水道代を含めてタダでここに住ませてもらっています。」
「タダ?」
「はい。タダです。」
「聖子が管理しているの?」
「はい。・・・?」
「・・・聖子は一人で住んでいるの?」
「・・・はい、そうです。両親は今海外にいますね。」
「そ、そうなんだ。ごめん。」
「?・・・あ、そういうことですか。いえ、大丈夫ですよ。気にしないで下さい。私、・・・両親嫌いなんで。」
優里は聖子の家でご飯を食べ終え、居間で流れるテレビを眺めていた。
立方体の形をした小さな棚に乗っているテレビは、今流行りのバラエティーをしているようだ。
聖子は玄関から入って、すぐそばにある台所で食器を洗っていた。
夕食をご馳走してもらったが、その腕前は確かなものがあった。
聖子は生活費を抑えるために自炊をしているそうだ。その為、外食などはほとんどすることはないらしい。聞いた話によると、生活費も近衛遥斗が出しているとか。
不意に聖子の言葉が脳裏をよぎる。
「両親嫌いなんで。」
その時の聖子の表情に迷いなど全くなく、気持ち的にもためらいはなく、ただ聖子自身の本心を言っているようだった。
反抗期であったとしても、何の迷いもなく両親のことを他人に嫌いだと言えるものだろうか。
「先輩、どうでした。私の料理。」
洗い物を済ませた聖子が湯呑にお茶を淹れて二人分持ってきてくれた。
「すごいおいしかった。お店で出てもおかしくないくらい美味しかったよ。」
「へへへ~、ありがとうございます。私の得意料理なんです。遥斗も美味しいって言ってくれたんでこれなら先輩も気にいってくれるかなと思ったんです。」
「そうなんだ。ありがとね聖子。」
「いえいえ、久しぶりのお客さんなんで、私も嬉しいです。」
そう言って聖子はにんまりと笑った。
彼女の笑顔を見るたびに彼女が両親嫌いだとは思えなくなるほど、女の子としての天真爛漫さが際立っていた。
「聖子、ちょっと聞きたいんだけどいい?」
「はい、なんでしょう?」
「さっき、今は部屋が空いているって言っていたよね。」
「はい。」
「誰かが泊まりに来るの?」
「あぁ、はい。この住宅はですね、遥斗や遥斗のお父さんに用事のあるアンドロイドさん達が泊まる場所なんです。」
「あ、そうなの。」
「はい。」
聖子の言っていることを聞いた優里は、頭の中で、ある程度の推測ができた。
「遥斗や遥斗のお父さんが業者さんに部品を発注した時、いつも届けに来てくれるのはアンドロイドさんなんです。イロハさんが届けに来てくれたら問題ないのですが、イロハさんに渡せなかった部品があった時、代わりに他のアンドロイドさんがここまで来るんです。それで、まぁ、アンドロイドはイロハさん以外、遥斗の家付近まで近づくことができないので、帰る便がなかった時にここに泊まって貰っています。電車でここに来たら帰ることも結構大変ですからね。」
「あ、なるほど。」
「私は2年くらい前まで遥斗の家でお世話になっていて、中学の三年になった時に受験勉強できる環境とさっきの件を含めてこの物件を購入後に貸してもらったんです。」
「へ~、すごい。でも一人で管理とか大変じゃない?」
「いえいえ、そんなことないですよ。アンドロイドさんが泊まった後は、立つ鳥跡を濁さずと言うのですかね、掃除する所がほぼないんです。一応、シーツとかは洗うんですけどね。でも、アンドロイドさんは可能な限り使ったものを綺麗にして帰ってくれるんです。」
「なるほどねぇ。」
そして、届けてもらった部品を近衛遥斗は車で取りに来るのである。
「宿泊費とかも必要ないです。言ってしまえばここは遥斗の別居みたいなものなので。」
「・・・近衛君って、一体何者なの?」
「遥斗はですね、アンドロイドの整備、製造及び部品の作製を許された国家資格を持っているんです。そしてこれは特殊公務員でもあるらしくて、年齢とかは関係ないそうですよ。」
「・・・初めて聞いた。」
「結構難しいらしいです。受験する人の合格率が0.1%を下回っているとか。」
「車を運転しているのもそういうこと?」
「そうですね、特殊公務員なので普通の人が資格を取るように、取るべき順序を踏めばとれるみたいです。」
「・・・。」
理由には納得ができた。しかし、優里には納得できないものもあった。
優里は努力をして得てきたものは、近衛遥斗にとっては簡単に得られるものだったようだ。
「すごいね、近衛君って。何でもできる人みたい。」
「・・・昔は普通だったんですよ。でも・・・。」
「でも?」
「・・・いえ、何でもないです。」
「?」
「あ、そうだ。お風呂作ってきます私。」
そう言って聖子は風呂場に向かった。
浴場は居間から近いらしくゴトゴトと準備をする音が聞こえた。
近衛遥斗は一体何者何だろうか?
如月によって、クラスの誰も見たことのない近衛遥斗の住んでいる場所まで来て、彼に会って、彼が住んでいる地域に泊まって、彼女は私に何を伝えたいのだろうか?
確かに、今回は如月の都合が合わなかったので代わりに自分が訪れたが、これまでの経緯に不思議な縁みたいなものを感じた。
聖子だってそうだ。
彼女とは今日初めて会った。しかし、ここまでの仲になるとは思えなかった。
偶然なのか、それとも・・・。
「・・・。」
優里は微笑み、ため息を吐いた。
考え過ぎだ。全部偶然に決まっている。
こんなことをいちいち考えていたら、身が持たない。
在るべきことを受け入れてそれに反応するだけ、多少考えることも必要であるが、考え過ぎることは良くない。
優里は机の上に置いてあるリモコンを手に取り、テレビの局を変えた。
ニュース番組を映してみる。
「本日のニュースは、最近増えているアンドロイド達が突然スリープモードになるという現象について、専門家の方々に話をお伺いして行こうと思います。本日ゲストとしてお呼びしたのは・・・」
珍しいもの見るものではない。
ニュース番組でのコメンテーターの話を聞くのは余り好きではなかった。
リモコンで局を変えようとすると、専門家らしき人がコメントをしていた。
白髪で肌が色濃い、スーツ姿であったが、禍々しい雰囲気が体中から溢れ出ている。
言っていることは聞き流していたが、喋り方には人を引き付ける力があるように思えた。
無言で局を変える。
今度は洋画が流れた。
「あ、この映画知っています。」
優里が声のした方向を向くと聖子が浴場から帰ってきた。
「知ってるの?」
「はい。確か、アンドロイドが人間を守るため、未知の生命体とその生命体によって生み出された人間を改造した化け物と戦う映画です。戦っているアンドロイド達の心情がとても印象強く表現されていて、かなり面白かったですよ。」
「へぇ~、そうなんだ。」
「確か、アンドロイド達に対して不平等な差別が行われていた時代に造られた映画で、製作に関わった人たち全てがアンドロイドを擁護する人達だったらしいです。世間に対してのメッセージとして、この映画を作ったらしいですよ。」
「知らなかった。」
「先輩、お風呂が出来上がるまで少し時間が空きますのでこの映画を見てみてください。おすすめしますよ~。」
「うん、分かった。見てみる。」
しばらくその映画を見てみる。内容に難しさはあったものの、聖子の言ったとおりで見始めるとすぐに引き込まれてしまった。
あっという間に時間が経ってしまい、気づけば、聖子が準備した浴場に湯船が張っていた。
「あ、先輩そろそろお風呂ができましたよ。」
「ん?あ、本当?」
「はい。先輩、お先にどうぞ。私は最後片付けをしますので。」
「うん、ありがとう。じゃあお言葉に甘えて・・・。あっ。」
この時点で優里は致命的な点に気づく。
「・・・着替えがない。」
「あ、そういえば、学校からそのまま来てますもんね。ちょっと待って下さい。」
そう言って聖子は立ち上がり、テレビの横にある押し入れを開けて衣装ケースの中を探り始めた。
押し入れは二段構造で、一段目は衣装ケースが整頓された状態で詰めてあり、2段目は聖子が寝る用の布団が畳まれて入っていた。
押し入れの中から布団に吸収された聖子の甘い果実のような香りが部屋に広がる。
「あった。」
聖子が優里にある物を手渡した。
受け取った優里は聖子に尋ねた。
「これは?」
「新品の下着と浴衣ですね。多分このサイズかなと思うんですけど、サイズが違ったら他にもあるんで私に言ってください。」
「あ、ありがとう。・・・あの、聖子?」
「はい?」
「後でお金払うね。」
「いえいえ、遥斗からのお願いでお客さんからはお金は受け取らないようにしていますんで、気にしなくて大丈夫です。後、今日の洗濯物は今から洗濯して、乾燥させれば、明日の朝までに間に合いますんで洗濯機の中に入れといて下さい。あっ、私の洗濯物と一緒に洗っても問題ないですか?」
「あ、うん。全然問題ない。」
聖子の準備の良さに優里は関心しかできなかった。
恐らく何人もの客人をもてなして来たのだろう、そうでなければ、ここまで予定外のことが起きても対応することができない。
聖子は近衛遥斗に住み場所を提供してもらっている。
その為とは言え、いくらなんでも、優里には今の聖子が近衛遥斗の為に少し尽くし過ぎているように見えた。
「ねぇ聖子・・・。」
「ん、はい、どうしました?」
僅かな時間であったが、聖子の素振りをずっと見ていた優里だからこそ、自然と言葉が優里の口から出てしまった。
「少し無理していない?あなた自身。今の生活に。」
「・・・。」
聖子は黙り込む。そしてじっくりと考えた後に聖子が口を開いた。
「そうですね。正直言うと少し辛いところはあります。」
「・・・。」
「・・・昔のことなんですけどね、私はとても信頼していた人に裏切られました。その裏切りで、ある人を殺しかけてしまったんです。意識が不明のまま一週間以上ベットに横たわり、心肺停止をなんども繰り返しました。そんな目にもあったのにも関わらず、その人は私を許してくれました。ただ、その人はもう普通のその人ではなくなってしまったんです。・・・私はその人のことが好きだったんです。幼いころから一緒に遊んでくれている数少ない友人でもあり、今でも困ったことがあったら真っ先に話を聞いてくれます。けど、私はその人を見るたびにこうなってしまったのは私のせいだと責任を感じてしまいます。だからこそ私は少しでも力になれたらいい、そう思っているんです。・・・・・・・あはは、すいません少し変な話をしちゃいましたね。ごめんなさい先輩。」
「・・・。」
優里は聖子の話を聞く限り、大方その人が誰ということに気づいてしまった。
聖子の作りだした苦笑いが優里の心に益々哀しさを積み立てた。
「聖子、ごめんね、言いたくないことだったよね。」
「いえいえ。私、実は、そのことが合ってからですね、憧れや尊敬とかではなくて、本心で信頼できる人は何となく分かるようになってしまったんです。今でもまだ初対面の人と話すことは怖いですが、話してみたら本当に心から信頼できるかできないか分かっちゃうんです。だから、普段他の人には言えないことを話せたんですよ。先輩には。おかげで少し心がスッキリしました、ありがとうございます。」
そう言って聖子は優里に頭を下げた。
ジャバッ。
髪と身体を洗った後、優里は湯船に浸かりながら聖子の言葉を思い出していた。
心から信頼できる人
聖子は自分のことをそう言った。自分がそんな人であるのかと誰かに疑問を投げかけたくなるほどだ。
少なくとも今の自分にはそんなことを思わない。だから、聖子が苦い経験を話せるほどの相手に自分はなっていたのだろうかと考えてしまう。
聖子が頭を下げた後、自分がどんな返しをしたか詳しくは覚えていない。
言えることは、ただその場に合った言葉を並べることしかできなかった。
湯船に浸かりながら天井を見上げる。
「・・・。」
湯気が凝縮してできた水滴は湯船に落ち、その音が静かな浴場に響き渡る。
「・・・・・・。」
水滴が額にも落ちてきて、その上で弾けた。
「・・・・・・・・・。」
よく分からなくなってしまった。
考えれば考えるほど分からなくなってしまう。
自分が聖子に対して何か特別なことをしたのだろうか。
それをずっと考えてみたが何か特別なことをしたとは思えない。至って普通に普段通りの自分で聖子と接していただけだ。
「・・・・分からん。」
優里は湯船から出て、身体の水を少し弾き、浴場から出た。
ガラッ。
「「あっ。」」
浴場の扉を開けて最初に優里の目に入ったのは、数枚のバスタオルを抱えて扉の前で作業をしていた聖子だった。
聖子とバッチリと目が合う。
「きゃぁぁぁぁ~~。」
そう言って、聖子は持っているバスタオルで自分の視界を塞いだ。
「いや、それこっちのセリフだから。何で聖子が恥ずかしがってんの。しかも、女同士じゃない。」
「ごめんなさい先輩。私、人の裸ダメなんです。後、これを使って下さい。」
そう言って聖子は視界を塞いでいたバスタオルの一枚を優里に渡す。
「ありがとう聖子。」
「い、いえ、失礼しました。」
聖子はそのままテレビのある居間に行ってしまった。
「・・・・・。」
ただ、その姿を呆然と見ていた優里は聖子が去った後「フフッ。」と笑ってしまった。
聖子の余りにも可笑しな姿をみて、自分が考えを事していたこと自体おかしく思ってしまったからだ。
少なくとも聖子は彼女らしく、優里と居る時は自然体でいるようだった。
だから、優里が考えていたことは、結局の所そんなことはどうでも良い話で、そうなっているのなら、それでよいと気づいたのだ。
聖子の一連の動作が優里にそう教えてくれているように感じた。
優里は少し、自分に自信が湧いてきた。
ありのままの自分でも受け入れてくれる人がいるということを知ったからである。
違う意味では逃げられてしまったが、聖子は内面としての自分と付き合ってくれる、そう思ったのだ。
疑問が収まったので、思わず気が乗ってきた。
優里は鼻歌交じりに身体を拭いて、下着を穿いた。
次に上半身の下着を着けようとする。しかし、
「あれ、サイズ合ってるのに・・・。」
いくら生地を引っ張っても、それだけが収まることはなかった。