6 Uターン
イロハが聖子に連絡をした後、三人は聖子の家が近い奏山駅に引き返していた。
電話で話をした結果、今日はもう日が暮れ始めてしまったので、近衛遥斗の家には明日出直すこととなった。
近衛遥斗の帰路とは真逆の道を近衛遥斗の運転する車が進む。
「なんか、みんな色々とごめんね。」
「いやいや、謝らなくていいよ。今日は出直すことを提案したのも聖子だったし。僕もそれには賛成だよ。もう暗くなってきたし、初対面でしかも異性の人を家に泊めることは僕も少し気まずいし。」
「遥斗様は初対面で異性の方と話すことがちょっと苦手なんです。訓練したらいいのに。」
意地悪そうな笑みを浮かべたイロハが、わざと近衛遥斗に聞こえるように近衛遥斗を優里に説明した。
「そういわれると痛いな。」
「・・・そうかな、そんなことないと思うけど・・・。」
「・・・実は会う直前、とても緊張してたんだよ。」
近衛遥斗は初対面の人と喋ることが苦手、意外なことを知った。
最初に会った時、そんなことは微塵も感じさせない振る舞いをしていたが、実は内心、心臓がバックバックだったとか。
そんなことを聞くと近衛遥斗という人物が特別ではなく、どこにでもいそうな普通の高校生のように見える。
車を運転しているということを除いて。
「もうすぐ着くから、降りる準備して。あぁ、そうだ、届け物ありがとうね。」
イロハが聖子に電話をかけ終えた後、優里は忘れまいと如月から預かった届け物を助手席にいるイロハに差し出した。
イロハは袋の中を覗き、期末テストの問題用紙と学級の連絡事項が書かれた用紙を確認し、そして袋の中に入っていた例の青い封筒を取り出した。
この作業に慣れているのか、イロハに近衛遥斗からの指示はなかった。
恐らく、何度も学校から届け物を渡されて来たのだろう。そうでなければ、イロハが勝手に様を付けて呼ぶ人の荷物を開けることになってしまう。
イロハには今日初めて会ったが、彼女が勝手にそんなことをするなど優里には到底思えなかった。
イロハが青い封筒を近衛遥斗に差し出すように見せた。
それを見た近衛遥斗は封筒をすぐにイロハに開けさせて、中に入っていた1枚の紙を二人で覗き込むように確認した。
「・・・そっか、困ったな。ここからじゃあ難しいや、操作が多分上手くできない。・・・イロハ、明日の夕方から、この地区まで行ける特急電車の席とその日泊まる場所を予約してくれないか?希望は治安がいい場所。金額は多少高くてもいいから。後、一人部屋か二人部屋かはイロハに任せるよ。イロハにもついてきて欲しいから。全部二人分で予約して。」
「了解しました。検索してみます。・・・・・・・・・・・・・・・・・・はい。電車の席の予約はできました。しかし、泊まる場所ですが、一部屋だけしか残っていません。・・・少し派手な場所になると思いますが、ツインルームなので二人で泊まることができます。予約しますか?」
近衛遥斗が目を閉じて、黙り込む。そして、すぐに目を開けてイロハに尋ねた。
「・・・・・・えっ、高校生入れるの?」
「本来はNGですが、黙っていれば何とかいけるかもしれません。ごまかして予約しましょう。急遽なので仕方がないと思います。」
「・・・。いや、ちょっと待って。」
再び近衛遥斗が目を閉じて黙り込む。そして、また、すぐに目を開けてイロハに言った。
「・・・イロハ、あるぞ・・・。一部屋しか残ってないけど、普通に泊まれるツインルーム。・・・・・・・・もしかして・・・この部屋、検索かけた時わざとスルーした?」
そう言って、近衛遥斗が横を向くと、じと目のイロハが近衛遥斗を見ていた。
近衛遥斗は苦い汗を滲ませながら言った。
「ごめんなさい、イロハさん。普通の方の部屋を予約して下さい。」
「・・・分かりました。」
近衛遥斗の目をずっと見ているイロハは、そう言うと今度は素っ気ない表情になった。
その表情を真近でみた近衛遥斗は、イロハから視線をそらすように前を向き、苦い汗を掻きながら車をUターンさせて駅に向けて出発した。
二人の会話は自分には関係のない話であることは理解したので、聞いて聞かぬふりをしていたが、このやり取りの中で気になってしまったことがある。
近衛遥斗だ。
彼は一体何をしたのだろう。
その疑問が、優里の頭の中にずっと残っていた。
簡単に状況を整理する。
イロハは明日に乗る電車の席の予約を済ませた後に泊まる部屋を探していた。
探し出したのち、泊まる場所の詳細などを近衛遥斗に見せず、予約の確認を近衛遥斗にした。
近衛遥斗は考え事?をした後に、イロハと会話を成り立たせ、予約する部屋を変えた。
おかしい部分がある。
少なくとも優里の目が見た限りでは、イロハが予約しようとした部屋の詳細を、イロハが近衛遥斗に見せたという動きは一切なかった。
それなのに、どうして近衛遥斗はイロハが予約しようとした部屋の内容を知ったのだろうか?
優里の頭の中にはその疑問がずっと付きまとっており、結局、奏山駅付近までそのこと以外を考えることができなかった。
「そろそろですね。優里、忘れ物はないですか?」
近衛遥斗の頼みを聞いた直後に素っ気ない表情をしていたイロハが、久しぶりに声を出した。
声の様子からみて機嫌は治まったらしい。
それを確認したのか近衛遥斗も安堵したようだ。声を聞く前より、今の近衛遥斗には随分余裕があるように見える。
「うん。ないと思う。」
優里は一応自分の身の周りある持ち物を確認した。
そして、一通り目を通した後、優里の口から自然と言葉が出ていた。
「・・・なんか、みんな色々とごめんね。」
「いやいや、謝らなくていいよ。今日は出直すことを提案したのも聖子だったし。僕もそれには賛成だよ。もう暗くなってきたし、初対面でしかも異性の人を家に泊めることは僕も少し気まずいし。」
「遥斗様は初対面で異性の方と話すことがちょっと苦手なんです。訓練したらいいのに。」
「そういわれると痛いな。」
「・・・そうかな、そんなことないと思うけど・・・。」
「・・・実は会う直前、とても緊張してたんだよ。」
気持ちを隠すことが上手いのか、彼が緊張しているという動揺や素振りなどを全く見ることがなかった。
上がり症で苦労する人もいるが、そんな人達にとって彼の才能は羨ましく思われるだろう。
近衛遥斗が言った。
「もうすぐ着くから、降りる準備して。あぁ、そうだ、届け物ありがとうね。」
「いえ、こちらこそ、色々とありがとう。」
「明日は、そうだな、朝の9時くらいに聖子の家に迎えに行くから、そんな感じでよろしく。」
「分かった。用意して待ってる。」
「後、僕は朝が弱いから、遅れたらごめんね。」
「あはは、気長に待ってるから大丈夫。」
軽いジョークを話せるくらいの関係が丁度良いのだが、近衛遥斗は優里にとってすぐにそういった人になった。
そのため、彼が人と話すことに抵抗があるなど、全く感じないのである。
駅の近くまで来た。すると、駅からはまだ少し離れた場所であったが、遠くで手を振っている聖子の姿が三人の目に映る。
相変わらず目立ちやすいということだけは、初めて会った時から変わらなかった。
その目印を頼りに近衛遥斗は聖子の近くで車を止め、聖子はゆっくりと車に近づき運転席の真横で窓が開くのを待った。
近衛遥斗は車をニュートラルにしてサイドブレーキを引いた後、優里の方を向いて「じゃあね。」と軽く手を挙げる。
優里はそれに頷き「ありがとうね。また、明日。」と伝え、自分の荷物と一緒に近衛遥斗の車から降車した。
車のドアを閉めると、近衛遥斗は車に乗ったまま、明日の内容を窓越しで聖子に伝えていた。
その間にイロハが窓を開けて優里に挨拶をした。
優里がイロハに挨拶を返した後、聖子と明日の内容を確認し終えた近衛遥斗は車を後進させて向きを変え、優里と聖子に手を挙げる挨拶をして帰って行った。
先程乗っていた車の後姿がだんだん小さくなっていく。
それを眺めていると聖子が優里に声をかけた。
「先輩、荷物持ちましょうか?」
「いいよ、大丈夫。・・・今日はごめんね。結局、泊めてもらうことになっちゃった。」
聖子が笑顔で優里に返した。
「いいですよ~、気にしないで下さい。ささっ、行きましょう。」
「あはは、なんか最初会った時に比べてすごいキャラ変わったね。」
「そうですか?・・・ん~多分、ここに帰ってくると気が楽になるからですかね?まぁ、何もないですけど。」
聖子が自分の住んでいる場所をネタにして笑った。
「いや、私、初めてここに来たけど、ここは確かに、気が楽になる。何だろう、こんなに開放的な気持ちは初めて。」
優里は今まで街の中で育ってきた。一人旅などもしてきたが、時代に対応した便利な機械が使えない、もしくは使わない世界、言い換えればその時代の文明から外れた世界で生きた経験は少なかった。
今の時代、森の中を歩いても、海のど真ん中に居ても、文明の利器さえあればどうにかなる。それに加えアンドロイド達が世界の至る所を歩き回り、困った時は彼らに伝えれば、最善の方法で問題を解決してくれた。
その為一人旅で困ったこともあったが、大抵の問題はすぐに解決ができた。
しかし、今日改めて、優里は感じた。
父親の急な用事も、寝泊りする場所が近くにないのも、アンドロイドがイロハしか歩かない土地に来たのも、タイミングが悪かったのか、全てが同じ日に起きた。
文明の利器があっても、使い物にならなかったのだ。
そんな世界に身を置いて、心配の種となる悩み事も無くなった今、優里に残ったものは広がり続ける開放感であった。
自分を縛り続けていた見えない紐が解けて、視界が広がったのだ。
そして、その目が映す世界は今の文明とは程遠い、人の手が付けられいないこの世界そのものであった。
優里は正面の空を眺める。
太陽が完全に山に隠れていた。
山の際がオレンジ色に輝き、その向きと真逆の方角にある山の際は藍色が空を染めていた。
優里と聖子の真上に映る空はオレンジ色と藍色が滑らかに溶け合った、煌くような紫色であった。
緩やかな風が吹き、優里の髪を揺らす。
木と草と稲穂、そして、油分を含んだ焦げ臭い微かな香りが優里を通り過ぎて行った。
その風に乗せて小さな声で、聖子に聞こえない程微かな声で優里は言った。
「あぁ、・・・もう・・・夜・・か・・・。」
その声は様々な香りを含んだ緩やかな風と共に空の彼方に消えてしまった。
漠然と空を眺めている優里に聖子が声をかける。
「どうしたんですか先輩?ボーッとしてますよ。」
「ん?」
聖子の言葉で優里は我に返る。
「あぁ、ごめん。考え事してた。」
「先輩、な~に考えていたんですか?」
「ん・・・え~とね。・・・ごめん何も考えていなかった。ただ、ボーとしていた。」
「お~、先輩、田舎の楽しみ方を知ってますね~。」
聖子はすごくニタニタしていた。
その笑顔を見ると何故かこっちもおかしくなってしまう。
「あはは、聖子もいいキャラしてるね。」
「え~、そうですか~。」
初めて会った時は小山聖子とこんなに打ち解け合えるとは思っていなかった。しかし、今となっては冗談を言うようになったり、いつの間にか「聖子」と呼び捨てをするようになっていた。
距離が近いのだ、目に見えるものではなく、目に見えないものが。
街に住んでいるとこういった思いは薄れてしまう。それは、人が多すぎる場所で自分の目の前に立った人、一人一人に反応などしていたら身が持たないからだ。
知っている人であればともかく、知らない人であれば、いくら身体の距離が近くても、その人との心の距離は離れている。見えない壁があるというのだろうか。
その壁は人にもよるが、距離を稼ぐことに優れており、全く関わりを持っていない人とは数光年程の距離を作る。
しかし、この壁は住んでいる場所で大きく変わる。
生活をするのに助け合うことが必要な地区ではこの壁は極端に飛び越えやすくなる。それは、話会うことがその場所で住むことに必要不可欠な要素であり、そう言った状況に多く遭遇するからである。だから、同時にその性格が人柄に反映されていることが多い。
聖子はまさにその申し子のような田舎っ子であった。
だから、距離が近いのである、いい意味で。
結局、優里の荷物は力持ちな体格をしている聖子が持ってくれた。
「任せて下さい。」と優里の荷物をヒョイと持ち上げて、今は優里を自分の家まで案内をしてくれている。
肩にかけることなく両手で紐を持ち、子ともが重いものを引っ張るように運んでいる姿が何とも言えない程可愛いらしいなと思ってしまった。しかし、それと同時に、前を歩く後輩の余りにも大きな背中を見て、優里は頼もしいなとも思ってしまうのであった。
一方、その頃。
奏山駅が見えなくなってからしばらくした後、遥斗はイロハとある話をしていた。
「最近、多いな、今月はこれで8回目だ。まだ、中旬なのに。」
「そうですね、4月になる前までは多くてもひと月で3回でしたね。」
「イロハは大丈夫なのか?」
「はい、今のところ身体は問題ありません。」
「そうか。・・・でも、なんかおかしいよな、一般人が放っておけない物が入っているのに、不備が多すぎる。・・・もしかして、僕が製作した場所に不備があったのか?」
「いえ、遥斗様が製作している場所は人で言う脊椎以外の骨の部分です。それらの骨が割れたりして動かなくなるほどアンドロイドは脆くはありません。ましてや、骨が割れたりしただけなら、スリープモードになることはありません。」
「そう・・・か。」
「何が原因なんでしょうね?」
「・・・アンドロイドは電波が一定時間入らなければスリープモードになる。だから、電波が長時間入らないと思われる場所には自分から入ることはない。まぁ、それが今回のスリープモードになった理由だったら、頭を悩ませることはないんだけどね。」
「しかし、今回だけではなく、最近修理をした機体の全てがスリープモードになった場所は、洞窟の中でもなければ、ここのような特別な地質の場所でもない。ということですよね。」
「そう。それに、修理に行ったら問題なく動作したし、だから、原因が分からない。」
「そうですね。重大な故障だった場合は動くこと自体ができなくなりますし。」
「うん。」
二人は青い封筒に入っていた紙の内容で頭が一杯だった。
アンドロイドを修理をする業者は至る所にいる。しかし、それらはあくまでアンドロイド達が自分で修理に行く為、及び、スリープモード以外で動けなくなった場合に頼む業者である。
だから、腕が飛んでしまっても、足が壊れて動けなくても、アンドロイド自身が意識を持っていれば自分で業者に連絡をして直しに来てもらうことが可能なのだ。
しかし、スリープモードは異なる。
アンドロイドのスリープモードとは、言ってしまえば緊急事態のために活動と自身の思考を停止し、自分自身の身体の中にあるエネルギーを暴発させないために、それを守ることに専念する動作である。
その間はもちろんのこと、アンドロイドには意識などない。
その為、アンドロイドは一切動かなくなり、その場で停止してしまうのだ。
このスリープモードを解除できる人は修理業者とは異なり非常に少数なので、作業を行う人に、より一層負担をかけていた。
唯一救いだったのは、そのスリープモードの通達が青い封筒だったということである。
青い封筒での連絡は、危機的な状況に変わりはないが適切な対応をすればその場を収めることができ、その作業に対して時間制限が無いものだった。
ある程度の時間内にしなくてはならない作業ではあるが、今すぐに行かなければいけないということではない。
そう思うと少し気が軽くなるが、余りにも多すぎる原因の分からない事象に遥斗はため息を吐きだした。
「はぁ。」
「大丈夫ですか遥斗様。」
「あ、あぁ。・・・最近は特に頑張ってんだけどね、原因は分からない、依頼は増えるばかり。・・・ちょっときついな。」
珍しく愚痴に近く情けない言葉が口から出てしまう。
思わず口から出てしまった自分の言葉を聞いて、遥斗も自分自身が情けないなと感じてしまった。
しかし、その言葉を聞いたイロハは遥斗の方を向いて、まるで母親が泣きわめく赤子をあやすような声で遥斗に言った。
「遥斗様のおかげで、命が守られています。人も、止まってしまったアンドロイドも・・・。あなたの御蔭なんですよ、私達アンドロイドが人に怪我や取り返しのつかない遺産を与えることが無いのは。だから、私がずっと、常日頃、遥斗様に思っている言葉を教えます。・・・ありがとう。」
イロハの言葉が運転をしている遥斗の心に強く響き渡る。
そして、締め付けられた心から溢れ出してくる、じんわりとした温かい感情が遥斗の口から出かけてしまった。
「・・・なぁ、イロハ・・・」
「なんですか?」
「・・・いや、何でもない。」
「・・・口で言いにくい言葉なら、私に直接お伝えください。」
遥斗は悩むような表情をしていたが、横目でイロハを見た後、頬を真っ赤に染めながら、しばらく黙り込んだ。
「・・・・・・・・・・・・・。はい、分かりました。・・・・・・まだ、空いていたので予約しておきますね。」
「ありがとう。」
近衛遥斗の言葉は車のエンジン音で消えてしまう程微かな声だった。
「遥斗様から誘ってくれるのは、初めてですね。私すごく嬉しいです。」
そう言った後、イロハはシフトレバーに乗せている遥斗の手の上に自分の掌を乗せて優しく握った。
「・・・。」
イロハの言動は、遥斗の頬を更に真っ赤にさせることに十分すぎる言葉と動作だった。