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紫夜の眺望  作者: 伊倉 夕
6/20

5 車内

 

 駅で小山聖子とわかれた後、優里は近衛遥斗が運転する車の後部座席に座っていた。

 イロハは助手席で目を開けたまま静かに座っている。


「・・・。」


 未だに、聖子の元気よく手を振る姿が忘れられない。学校で初めて会った時と比べると別人のようだった。

 何かに怯えていて、周りを常に気にして、落ち着きがなかったようだったが、彼女がこの地区に帰ってくると、元気で、活発で、意気揚々としていて、とても天真爛漫が似合う女の子に変貌した。


 イロハが言っていた特別な場所、彼女にとってもそういう場所なのだろうか。

 

 ガゴッ。


 近衛遥斗が左手でレバーを違う方向に傾ける。

 エンジンの音が少し小さくなったかと思うと車の速度が段々と早くなっていった。

 優里が普段いる場所ではなかなか見ることのない車の性質に、近衛遥斗の運転をする姿が優里の目に止まった。


「珍しい?この車。」


 近衛遥斗の目とその真後ろに座っている優里の目がバックミラー越しに合う。


「うん。初めて見る。」

「この車はミッション車って言って、変速を手動でする車なんだ。」


 言っていることがよく分からなかった。


「遥斗様。その説明では初めて見た人には難しいと思います。」

「そう・・か・・・。今学校の周りはどんな車が走ってるの?」

「全部自動で走ってる。運転する人なんていないよ。」

「それは、全自動車なんだ。行き先を決めれば勝手に連れていってくれる車でしょ。」

「うん、だから自分の車を持っている人はとても少ない。走れる道も少なくなってるから。」

 

 全自動車専用の道路がある。昔、国道や県道、そして高速道路と呼ばれていた道路は、現在その全てが全自動車が走る専用の道になっていた。その為、ドライバーが運転する車はその道を通行することは許されていない。


 もちろん例外もあり、限られた人にしか許されていないが全自動車専用の道路をドライバーが運転をする車で走らせることもできる。

 しかし、その許可をもらうのは非常に困難で、余程の理由がないと走ることを許されない。

 しかも、その許可を貰う申請を出すのにドライバーが一定の審査基準を満たしていないと不可能なようで、その基準もかなり高いと言われている。


 車を持っていたとしても、環境が優先順位のトップになってしまった為どうしても掛かってしまう高い維持費、過疎地区にまで進出した便利すぎる公共交通機関の発達、自分で車を運転できる道の大幅な減少。

 挙句の果てに、車を持つ人は物好きな人と言われる始末である。


 その為、はなから車を持つこと自体を諦めている人が多かった。


 優里が住んでいる街の中であれば尚更である。


「そうなんだね。でも、その車は一つだけ欠点があるんだ。」

「何?」

「電波が届かない場所では動かないこと。」

「へぇ、そうなんだ。」


 学校で如月先生から聞いた話と同じみたいだった。


「アンドロイド達と同じようでしょ。」


 近衛遥斗が言った。


「うん。・・・あの、電車に乗っているときに聞いたのだけど、イロハさんはなぜスリープモードにならないの?」

「・・・・・・・。」


 車の走る音だけが少し続く。

 その間、優里はもちろん近衛遥斗もイロハも誰一人口を開くことがなかった。


 しばらくして優里が口を開く。

「ごめんなさい。だめな質問だった?」

「いや、・・・イロハ、いいか?」


 近衛遥斗の言葉を聞いて優里は車の中での居づらさを感じてしまった。

 しかし、そんな気まずい状況を壊すような平然としたトーンでイロハが喋った。


「はい、大丈夫ですよ。そもそも、それは私が電車の中で話したことなので。それに優里は良い人です。だから、そんなに心配しなくても大丈夫です。」

「そうか、・・・分かった。」


 車の走る音が少し遠くなった。考え事をしてしまうと周りの刺激を遮断してしまう、あまり良い心地ではないが、嫌いではなかった。


「水野さん。」

「ん?」

「これから話すことはできるだけ秘密にしておいて欲しいことなんだけど、約束してくれる?」

 

 近衛遥斗はまるで小学生が指切り約束をするような口調で優里に告げた。


「う、うん分かった。」

 

 優里がそう返事をすると近衛遥斗は喋る言葉を選びながら、ゆっくりと語り出した。


「えっと、・・・まず、アンドロイドは全て人工物で出来ている、っていうのが定義なんだけど。・・・細胞自体は人間とほぼ変わらないんだ。人の遺伝子情報さえあれば、後は人工的に細胞を作ることが可能だからね。・・・違う部分は人の部位でいうと、脳と脊髄、身体中の骨、そして心臓。これらの部位がアンドロイドは機械でできている。」

「そ、そうなんだ。」

「身体を動かすために指令を出す場所と、その指令を身体の神経に伝える場所、身体を支えるもの、そして身体中の血液を循環させるもの。・・・これらの部位は昔、作製不可能だと言われたらしいけど、今では人の細胞よりも長持ちする。」

「そういえば、最近、必要がないのにわざと身体に機械を入れている人がいるって聞くけど、それもアンドロイドに含まれるの?」

「・・・・・・医療用としてあるものを身体に入れている人のことだね。・・・元々は身体の部位に異常があって、その部位を変えなければならない人の為に作られた、その部位の代わりになるための機械なんだけど、性能が良すぎて、今は金持ちの人が身体を強化するためにわざといれてる。」

「そういうのって、必要な人が使うべきものだと思うけど。」

「そうだね、僕もそう思う。代える必要のない人が身体に機械を入れている場合、その人の首筋にバーコードが掘られているよ。理由は、入れている機械の識別が簡素化するから、・・・・・・というのは建前で、実際は身体が正常なのに機械で改造した異常者ということが医療の現場で分かるっていう暗黙の了解である。みんながそのことを言わないのは、その人たちがいい金鶴だから。当の本人達は、影でみんなにそう思われているって気づかないんだろうね、誰もバーコードに文句なんて言わないし、そもそもの用途を知らないし。・・・・・・世間ではその人達のことをサイボーグって呼んでる。」

「サイボーグ・・・か。」


 なぜか浮かばれない気持ちがあった。納得がいかない、胸の中にある生温かい気体が優里の心を揺さぶる。その気持ちが思わずため息となって優里の口から出ていってしまった。


「・・・なんか、その人達って、改造していない頭でも鉄より固そうだね・・・。」


「っふ。」

 イロハが吹き出しそうになった笑いを堪え、助手席の窓から外を眺めた。近衛遥斗も優里の言葉を聞いて声を出さずに少し俯き笑いを堪えていた。

「・・・水野さん、結構・・・毒舌なんだね。」

 近衛遥斗が笑いを含んだ言葉を優里に返す。


「ごめん、少し言い過ぎたかも。」

 近衛遥斗の言葉で我に返った優里は先ほどの言葉を謝罪した。


「いや、いいよ。気にしないで。なんとなく、そう思う理由が分かる気がするから。」


 どうやら、自分が思っていたことが、微微ではあるが近衛遥斗に伝わったらしい。

 内心ホッとした。


「で、話を戻すよ。」

「う、うん。」

「それで、アンドロイドの心臓部、つまり動力源のことなんだけど・・・実は圧縮された核エネルギーが使われてる。言ってしまえば、アンドロイドの心臓部は超小型の原子力発電所なんだよね。」

「!!?」


 近衛遥斗の口から飛び出した驚愕的な事実に、優里は言葉が詰まってしまった。


「ね、知らないって、怖いでしょ。」


 その時のバックミラー越しに映る近衛遥斗の表情は優里の脳内に鮮明に残ってしまった。

 とても不気味な表情をしているわけではなく、むしろ哀しみを隠すような笑顔だったのだ。

 

「まぁ、後はなんとなくだけど分かる?」

「・・・電波が届かない場所は要するに、管理の目が行き届かない。つまり管理できない場所でアンドロイドの心臓部に異常が出た場合、対処できないから。ということ?」

「正解。それで、イロハは、彼女もアンドロイドであるけど、心臓部は僕たちと同じ人間の細胞で動いている。特別なアンドロイドなんだ。だからスリープモードにならなくても問題はない。ただ、脳の一部に機械が入っているから、この地区の影響でイロハは真っ直ぐ歩けなくなる。だから動けるけど動かないようにお願いしてる。」

「やはり歩けないのは辛いですね。」

「この前、歩くの挑戦して電柱に頭ぶつけてたでしょ。だから、だめ。」

「分かってます。」


 二人の会話を聞いている途中に、優里に一つの疑問が浮かんできた。

 アンドロイドの心臓部が超小型の原子力発電所であるという秘密を知ったが、イロハにはそれが入っていないと近衛遥斗が言ったのである。

 アンドロイドでイロハの心臓だけが超小型の原子力発電所であるなら、近衛遥斗が秘密を言うことに渋る理由は分かる。しかし、それが違うなら、近衛遥斗がイロハの秘密を渋る理由はもっと別にあるのではないかと優里は気づいてしまった。


 しかし、それを踏み込んで聞くなどできなかった。

 優里だって他人の家の中に躊躇もせず堂々と入り込むほど常識を知らない人ではない。

 ある程度流すべきことは流すことができる。


 知らないって怖いでしょ。と、近衛遥斗が言っていた。

 これは言い換えれば、知らない方が良いと捉えることができる。

 優里みたいな一般人には知られて欲しくない秘密があるのだ、近衛遥斗はそれを言いたくない。バックミラーに映った哀しみを隠す笑顔の理由はそんな気がした。


「・・・まぁ、これが前置きで、・・・イロハがスリープモードにならない本当の理由なんだけど・・・。」


 近衛遥斗が続きを話そうとする。しかし、優里はその続きを近衛遥斗に言わせなかった。

「いや、・・・近衛君・・・いい大丈夫。・・・その秘密が私に自然と話せるようになってからでいい。・・・それまで、イロハさんの秘密はとっておいて。じゃないと私は自分自身が許せなくなる。」


 優里の言葉に驚いたのか、近衛遥斗は目を真ん丸にして暫く固まった。そして、その緊張が解けると同時に口を開いた。

「・・・そう。・・・水野さん。ありがとう。」


 隣でイロハが意地悪そうな笑みを浮かべて近衛遥斗に言った。

「ね、言ったでしょう、遥斗様。優里は良い人だと。」

「そうだね、どっちかというと今、僕は僕自身が許せないや。」


 イロハの言葉と近衛遥斗の言葉が妙に照れ臭かった。

 

「疑っちゃってごめんね、水野さん。家に着いたら全部話すよ。僕がやっていること含めて全部ね。」

「・・・いいの、大丈夫。私の方こそごめん。」

「優里は謝らなくていいですよ。遥斗様が悪いです。」

「そうだね。昔はこんなことはなかったんだけどね。・・・ん?」

 

 近衛遥斗は何かを感じ取ったのか、突然、車を道の端に寄せて停車した。


「・・・どうしたの?近衛君?」

 優里は突然奇妙な行動を取った近衛遥斗に疑問を投げかけた。


「水野さん・・・。携帯電話を取り出しておいて、電波は多分問題ないと思う。でも、これ以上進んだら多分電波が届かなくなると思うから。」

「?」

 彼の言ったことに納得できない部分があったが、大人しく言う通りに優里はポケットからスマートフォンを取り出した。

 画面を点けてみると、電波の受信具合を示す棒がぎりぎり一本点滅していた。

「?」

 優里がますます疑問を感じていると、突然、手に持っていたスマートフォンが鳴り始めた。


「わっ。」

 画面を凝視したまま構えていたので、突然の着信に優里は声を挙げてしまった。

「お、お父さんだ。」


「これ以上進んだら多分まともに会話できなくなると思うから、話終わるまでここで止まっとくよ。」

「あ、ありがとう。」

 近衛遥斗の粋な計らいに優里は呆気に取られてしまった。

「ほら、早く出てあげて。何か忙しそうだから。」

「う、うん。・・・?」

 最後の言葉が妙に引っかかった。しかし、結構長く着信の音を流しているので、考えることは後回しにして、優里は父からの着信に出た。

 

 その後、父と会話をしたが、その内容は、たまたま一つしかない家の鍵を父が持ったまま、急用のため家に帰れず、そのまま出張に出てしまったとのことだった。

 つまり、今日、優里は家に帰っても中には入れない。

 スマートフォンに電子マネーを入金しておくからどこかの宿に泊まってくれと言っていたので、急いで高校の周りや家の近くの泊まれる場所を検索してみたが、タイミングが悪かったのか、どこも満室であった。

 それ以外での最寄りの宿泊施設は、今居る場所から電車等を乗り継ぎ、到着するころには日付が変わってしまう程の場所に空いた宿が存在していた。


 距離はそれほど離れてはいない。

 ただ、時間が取られるおおよその原因が公共交通機関の乗り合わせが上手く絡み合わないことであり、また、その場所ごとに空いた宿が無かったことも日付が変わるまで休むことができない要因となっていた。


「やばい、どうしよう。」

「・・・何か、まずそうだね。」

「・・・うん。」


 あからさまにトーンが下がってしまった優里の声を聞いて、気まずそうに近衛遥斗が提案をした。

「え~とね。水野さんが良ければ、聖子にお願いしてみようか?」

「・・・いいの?」

「うん、大丈夫だと思うよ。・・・イロハ頼めるか?」

「はい。分かりました。聖子様と話してみます。」


 イロハは目を閉じてしばらく待ち、目を開けると同時に口を開いて小山と話し始めた。

 はたから見たらイロハが独り言を言っているように見えるが、これで電話をした相手との会話が成り立っている。


「・・・はい。それで、私達からのお願いがあるのですが、聖子様よろしいですか?・・・ありがとうございます。・・・はい、実は・・・.....。」


 イロハの話す姿を見ていると、やはりアンドロイドだとは思えない程、人間味があった。

 話す口調は相変わらず堅苦しいが、時々話す言葉が崩れたり、話す相手によって表情を変えたり、喜怒哀楽という感情を知っているように思えた。


 近衛遥斗は、イロハはアンドロイドで脳の一部が機械だ、と言っていた。

 人だって体の一部に機械を入れる時代、ここまでの彼女の姿を見ていると、イロハをアンドロイドとしては見れなくなってしまう程であった。

 人か、アンドロイドか、たった、それだけでも差別が生まれる世界。

 

 彼女は言っていた、自分が造られた側の生命体だったと知った時、と。

 人と同じようにイロハが心を持っているなら、その時の気持ちを考えるだけで心が縮んでしまう程苦しくなってしまう。

 でも、イロハはそれを乗り越えた。

 それは、逆の立場であったとしてもできる者は少ない。

 だから、彼女は今、自分に誇りがあるのだろう。


 ・・・自分の悪い癖だ。考え事をすると、すぐ周りの声が聞こえなくなってしまう。どうしても離れることのないこの癖は、いつも自分を別の人に変えてしまう。


 しかし、そんな考え事をしている優里の目に嬉しそうに話すイロハが映った。



 その笑顔を見た優里は思わず自分に冷笑してしまい、自分のことについて話してくれているイロハと聖子の会話に再び耳を傾けた。

 

 

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