19 地下
先程アレックスが開けた扉に優里と河合の二人が乗った全自動車がゆっくりと入って行く。
「ここは、一体?」
全自動車が扉の奥に入った後、扉の先にある部屋を見渡して優里が呟いた。
何もない部屋。
普通車が横並びで2台程止められるような直方体の形をした部屋が、薄暗いネオン灯で照らされる。
「ここは、まぁ、・・・驚くからじっとしてな。」
気付けば、部屋に入る扉を閉めたアレックスが全自動車の後ろに立っていた。
いつの間にか優里の座席側の窓が開けられており、アレックスは全自動車を動かすだけではなく全自動車自体を操作できるようだった。
部屋に入る前と違いアレックスの声が良く聞こえる。
「今から華月家の庭に行くからな。」
「え?」
アレックスがそう呟いた直後、ガコンッと大きな音を立てて、部屋が下降を始める。
動くまで気づかなかったが、この部屋はエレベーターのようだった。
立体駐車場の地下にあると河合が言っていたので、てっきり坂を下って行くのかと思っていたが、確かに地下20階などを坂で下っていたら、乗っている人は目が回る。
優里がそう考えていると嬉しそうな表情をした河合が優里の肩を叩き、前を指さして言った。
「優里ちゃん、壁を見てごらん。」
「壁?」
至って普通の壁だ。
しかし、よく見ると何かが違う。
まるで部屋の明かりを跳ね返しているような。
「え!、全部透明?」
優里がそう呟いた直後だった。
目の前に広がる景色に優里は言葉を失った。
透明な板の向こう側に、紫色に染まりかけたオレンジ色の空と静けさと闇を吸収するように暗くなっていく緑色の自然が広がっていた。
山があり、川があり、雲は流れ、日は沈み、星は瞬き、遠くの町の光が灯り、地上の一日の一部がそこにあった。
見渡す限りに広がるその世界は、驚きという感情を遥かに超え、感動という色で優里の心を一色に染める。
ここが地下だということを忘れるくらい奥行があり、目がおかしくなりそうだった。
地下だというから窮屈な感覚がぬぐえないが、少なくとも優里が今見えている範囲は、少なくとも一キロ以上先が見えている。
そして、何よりも景色が美しい。
山際に見える日の光とそれを侵食するように空から迫る紫色。
河合が好んでいる景色もこういう世界だったことを覚えている。
「どう、驚いた?」
河合が広がる世界の色を瞳に映しながら、優里に尋ねる。
「は、はい。とても綺麗です。」
「すごいよね。」
「は、はい。」
優里と河合が入ったエレベーターはただのエレベーターではなく、後ろと床以外の面が地下の世界を映す展望エレベーターだった。
確かに驚くのも無理はない。
こんな世界が地下に広がっていると誰が予想できるだろうか。
「・・・まぁ、ネタバレすると、これは全部液晶画面なんだけどな。」
「アレックス、せっかく人が感動しているのに台無しなこと言わないでよ。」
「え、液晶?」
アレックスの言葉を聞いた優里が目を凝らして広がる世界を見つめる。
優里の反応を楽しみにしていたかのようにアレックスが地下の説明をする。
「この地下空間は半径が300メートルの半球状のドームになっている。ドームの全面には液晶画面が付いていて、こんな感じの景色が映しだされるようになっているんだ。つまり、今見えている世界は映像だ。ついでに、この展望エレベーターは地下20階までなんだが、上の立体駐車場の地下3階から地下19階までが、この空間の映像を映し出すためのシステムや機械、ここで生活するための水や電気を蓄える施設、華月家の使用人が寝泊りする宿とかになっている。そして、ドームの地面である地下20階とその上の階にあたる地下19階とでは750メートルくらい離れているんだ。」
アレックスが地下の世界を説明するが、優里はそっちのけで画面に映し出される映像を見ていた。
「すごいよね、半径が300メートルの、半球状の表面積が全部液晶とか、しかもそれが地下にあるとか、やっぱり豪族だね。華月家は。」
河合が呆れ交じりに褒め言葉を放つ。
「そりゃ、俺たちの思考の根本を創ったんだから、これぐらいはな。」
「羨ましいくらいだよ。」
景色から目を離した優里がアレックスに尋ねる。
「あ、あの、アレックスさん。」
「ん?どうした。」
「この世界は朝とか昼とか、太陽光は入ってくるんですか?」
「いや、ここには外の世界の光は入ってこない。でも、問題ない。」
「どうしてですか?」
「ドームの面になんだが、液晶画面の他に太陽光に近い光を放つ照明が沢山付いている。照明の色は映像に合わせることが可能で、しかも、外の世界に合わせて光の強さを自動で変えているんだ。だから、朝昼晩の一日がここにはある。」
「す、すごいですね。」
あまりのスケールの大きさに、優里も呆れが入りかける。
しかしながら、優里はあることに気づいてしまった。
「そう言えば、アレックスさん。」
「ん?」
「ここは地下ですよね?電波が届かないところでは、アンドロイドがスリープモードになるって聞いたんですけど、アレックスさんはどうして動けているんですか?」
「お、そのことを知っているとは、結構詳しいんだな。」
「はい、ありがとうございます。」
「まぁ百閒は一見にしかずだ。電子メガネかコンタクトレンズ、携帯か何かで電波の入りよう見てみな。」
優里は疑問を浮かべながらスマートフォンを取り出し、電波を確認した。
「!!。えっ、電波が。」
スマートフォンに映し出される電波マークは絶好調だった。
奏山駅にいた時の方がはるかに電波が繋がりにくかった気がする。
「このドームの頂点付近だな。そこには電波を拾ったり放ったりする地下専用のアンテナが付いているんだ。そしてそれは地上にある電波を拾うアンテナと直接つながっている。だから、地上の電波も地下に入るし、俺たちもその電波を拾うことでスリープモードにならない仕組みだ。」
「な、なるほど。」
完全に優里に呆れが入った。
「驚き疲れしてるね、優里ちゃん。」
「え、ええ・・・まぁ。」
河合が初めてここに来た時に驚いたと言っていたが、確かに驚かずにはいられない世界だった。
都市に近い立体駐車場の地下空間に別世界が存在しているなど、上を歩いている人たちは関わりが無ければ、死ぬまで気づくことは無いだろう。
そんな特別な空間に招待されたことは、優里にとって嬉しくもあったが、逆に自分が場違いだということも感じ始めていた。
「さて、そろそろ、到着するぞ。」
アレックスがそう呟くと、優里たちが乗っていた展望エレベーターがゆっくりと減速を始め、地下空間の地上で停止をした。
エレベーターに乗っている時は景色に見とれて下の状況を確認していなかったが、現在、優里たちの目の前には、50台近くの全自動車が停まった駐車場があり、その奥には優里が通う学校と同等かそれ以上のサイズの欧風な豪邸が聳え立っていた。
優里たちの真正面にある透明な壁が、下に沈む形で地中に消える。
「ようこそ、華月家へ。」
アレックスがそう言って、全自動車を前方に動かし始めた。
「これが、華月家。」
優里達がエレベーターから降りる頃には、地下の太陽は沈み、空が紫色に染まっていた。
そして、空には星が瞬き始める。
「すごい、星が、本当にあるみたい。」
優里が全自動車の中から覗き込むようにして空を眺める。
「プラネタリウムみたいなもんさ。」
全自動車の隣を歩いていたアレックスが言う。
「空の星は最近導入したんだ。前は夜になっても家の周りが明るいから星は見えないだろうってことで、映してなかったんだ。」
「すごいリアルですね。」
「まぁな。それで、今回みたいにパーティーの時には家の周りの明るさを下げるから、その時に空に何も無いのはおかしいだろうってことで、導入されたんだよ。ちなみに、俺も気に入ってる。」
「星とか好きなんですか?」
「あぁ、まぁな。一番気に入っているのはオリオン座の星だ。」
「どうしてですか?」
「力強い男を模して形ができたと聞いたからな、だから気に入っている。」
「いくら力強くても、油断して蠍にやられるっていう点はアレックスに似てるよ。」
「それはちょっと違うなミス河合。」
「?」
「俺は例えどんなに小さな生き物でも、勝負を挑まれたら全力で戦う。それがいくら小さな蠍でも油断などしない。」
そう言ってアレックスは上腕二頭筋に力を入れて河合に見せつける。
「はいはい、そうだね。」
アレックスの肉体に興味を示さない河合の返事は棒読みだった。
全自動車が駐車場に停車し、車のドアが開く。
二人が車から降りると、アレックスが二人に向けて言った。
「さぁ、ミス水野、そしてミス河合、パーティーを楽しんでくれ。受付はあそこの門で出来る。俺に見せてくれた招待状やメモ用紙を受け付けの人に渡してくれたら、パーティーの参加完了だ。」
「ありがとうございました、アレックスさん。」
「お安い御用さ。それが俺の仕事だからな。是非楽しんでくれ。」
アレックスが河合に言う。
「じゃあな、ミス河合。パーティーを楽しんでくれ。」
「ありがとね、アレックス。・・・アレックスはパーティーには参加しないのか?」
河合から思いもしない言葉を聞いたアレックスは驚いた反応を見せると笑みを溢しながら言った。
「いいんだ。確かに色んな人と酒を飲みながら話したいと思う気持ちはある。でも、全員が全員楽しい思いをすることなんてできないし、俺は華月家の門番で、仕事がある。・・・辛いとは思ってないさ、逆に俺は嬉しいんだ。」
「嬉しい?」
「ああ、自分が守っている世界で笑顔が生まれることがな。」
アレックスが明りが灯る会場での人々の笑い声を眺める。
その表情には満足の色が表れ、河合もそれを察した。
アレックスは笑い声が一旦治まった際に笑みを溢しながら、優里と河合に背を向けて歩き出した。
アレックスの後ろ姿に河合が語りかける。
「・・・また、休みの日にお酒でも持ってくるよ。その時に私の相手をしてくれ。」
「ああ、勿論だ。」
後ろ姿で手を振ったアレックスはそのまま自分の仕事に戻って行った。
アレックスを眺めている河合に優里が声を掛ける。
「河合さん?」
「ん?」
「アレックスさんって、とても優しいんですね。」
「ああ、そうなんだ。ああ見えて心は傲慢なんかじゃないんだよ、あいつはね。・・・さぁ、行こう。」
「・・・はい。」
二人は踵を返し、受付場に向かった。
受付場は華月家の門がある位置で構えていた。
茂った木が石垣の様に門の左右から伸びており、高さも2メートル程あったので門以外を通って中に入ることはできそうになかった。
受付場ではメイド姿の女性アンドロイドと整った格好をした青年の2名で対応をしていた。
優里と河合の二人が受付に到着すると、アンドロイドが声を掛ける。
「ようこそ、華月椿様の誕生日パーティーへ。受付を行いますので、招待状のご掲示をお願いします。」
アンドロイドの指示に従い、河合と優里はアレックスに見せた提示物をアンドロイドの手元に差し出した。
「ありがとうございます。」
アンドロイドが河合の提出物を受け取ると、優里の提出物は隣にいた青年が受け取り確認作業を行った。
「はい、ありがとうございます。最後に貴方のお名前をお願いします。」
アンドロイドが河合に向けて言う。
「河合鈴です。本日は素敵なパーティーにお招きいただき、誠にありがとうございました。」
突然礼儀正しくなった河合の姿に違和感を覚えつつ、優里は受付係からの返答を待っていた。
受付係の青年が口を開く。
「本日は華月椿様の誕生日パーティーにお越しいただき、誠にありがとうございます。」
「あ、こちらこそ、ありがとうございます。」
周りに流されてから出てくる曖昧な敬語が経験の少なさを物語る。
「大変恐縮ですが、確認の為にお名前を教えて下さい。」
「はい、水野優里です。」
「承知しました。ありがとうございます。」
受付の青年がが深々と頭を下げる。
頭を上げると、青年はメモ用紙と名刺を優里に返した。
優里が受け取った提示物をバックの中にしまうと、青年が声を掛ける。
「水野様。」
「は、はい。」
「椛お嬢様からの要望で、水野様を客間に案内してほしいと頼まれております。ぜひ、こちらにお越しください。」
「え、椛ちゃんが。」
「はい。」
優里が河合を見ると河合は「行っておいで。」と言うのだった。
優里は青年の要望を承認した。
「わ、分かりました。」
「では、こちらにお越しください。」
受付係の青年がエスコートし、優里は河合より先に門をくぐって、パーティー会場の中に入っていった。
青々とした芝生が広がる広大な庭で行われていたパーティーには、既に何人かの招待客がその中を歩き回っていた。
庭の至る所に丸いテーブルが置いてあり、それを囲むように華々しく輝く色鮮やかなドレスを着た女性やタキシード姿で女性と会話を楽しむ男性がいた。
メイド姿をしている使用人や飲み物を運んでいるジェントルマンがいたが、どうやら彼らはアンドロイドのようで、アレックスと同様に華月家に雇われているようだった。
人数も多く、参加者にパーティーを満足してもらえるように必死に仕事をこなしている。
庭を照らしている薄暗い照明が雰囲気を良くしている。
薄暗い世界で照らされるイブニングドレスはその衣装が持つ華やかさと肌の露出度で女性としての魅力を引き立てることにより、男の本能を擽らせているようだった。
大人の世界の片鱗を見ているようだ。
ドラマや漫画で見ていた世界でもあり、憧れも少々あったが、実際に体験してみると余り良い心地ではなかった。
自分とパーティーを楽しんでいる人達とでは、住んでいる世界が違うという雰囲気を感じ取ってしまったからだ。
いくら見た目を仕上げても、中の自分がこの場に相応しくないと思ってしまった。
注目を浴びたくない。優里はそう思ったが、受付係の青年がパーティー会場のど真ん中を突っ切るように入っていくので、優里はパーティーに参加していた人達の視線を浴びることになった。
顔を上げることができず、下を向いたまま、青年の後ろを付いていく。
青年が進む場所を見て、仕方無いことだとは十分に承知していたが、余り良い気にはなれなかった。
周りからこそこそと声が聞こえ、視線を見なくても感じ取ってしまい、顔を上げることすらできず、場の雰囲気に怖気づいてしまった。
玄関に着く頃には額に汗が出ていた。
優里の様子がおかしいと思ったのか案内係を務める青年が声をかけるが、優里は「大丈夫。」と伝え、華月家の家に入った。
青年によって開かれた玄関の扉を過ぎると、シャンデリアが宙に輝く広いエントランスが姿を現した。
シャンデリアに目を奪われながらエントランスの中央までくると、奥から中央に向かって扇状に広がる階段が目の前に現れ、それは二階へ上がるためのものだった。
2階がどんな形をしているか気になる所だが、案内係の青年はエントランスから左の通路に向かうのだった。
優里が大人しく青年の後ろを付いて歩いていると、青年が口を開く。
「パーティー会場は初めてですか?」
青年は受付で会った時から仕草や歩き方が無駄のない機敏な動きだったので、鋭い性格の人かと思ったが、どうやら場所は選んでいるようだった。
言葉が柔らかい。
あまりにも急だったので戸惑いながら優里は答えた。
「はい。初めてです。」
「そうですか。難しいかもしれませんが、気は張らなくてもいいですよ。」
「そうできるといいんですけどね。」
「できますよ。派手な衣装を着飾っているからと言って、結局は全員同じ人間なんですから。」
「は、はぁ。」
やはり鋭いことを言う青年なのだと優里は思うのだった。
そんな青年が急に扉の前でピタっと止まる。
「・・・ここが客間になります。椛お嬢様が来るまでどうぞお寛ぎ下さい。」
「わ、分かりました。」
青年が扉を開けてくれたので優里は「ありがとう。」とお礼を言いながら部屋の中に入る。
優里が入った部屋は教室二部屋分の広さがあった。
白い壁に取り付けられたレトロな窓は、この部屋に十分過ぎる渋みを出している。
天井にはエントランスより大きさに欠けるが美しさが倍増しているシャンデリアが浮いており、床に敷かれた赤い絨毯と白い壁の部屋を華やかに輝かせていた。
欧風の城のような部屋の内装は、未だに自分が夢の中にいるのではないかと錯覚を覚えるようだ。
部屋全体から柔らかみのある花の香りが優里を包み込む。
その香りは優里が華月椿と初めて邂逅した時に漂っていた香りに似ていた。
部屋には丸いテーブルとそれを囲む椅子のセットが点在しており、各テーブルの上には結露しているポットに入った飲み物とお盆に入ったお菓子が置かれていた。
そして、部屋の出入り口にはメイド姿の女性アンドロイドがおり、誰かの要件をいつでも聞けるようにスタンバイをしているようだった。
客間で寛いでくれ、と言われたものの、平凡な世界が一番身に合っていた優里に、これほどまでの豪華な場所で落ち着いてくれと言われたところで、落ち着くことができないことなど最初から分かっていた。
とりあえず、出入り口に一番近いテーブルに座って天井を眺めてみる。
「・・・・・・。」
落ち着けない、緊張の糸が解ける気がしない。
そう優里が思った時だった。
ガチャっ、と出入り口の扉が開き、人が一名とアンドロイドが一名、優里のいる客間の中に入ってきた。
客間に入ってきた二名と客間に入って来る人に注目していた優里の目が合う。
人の方は帽子を被っていたが、苦笑いが得意そうな素顔だったので、ある人物だとすぐに分かった。そして、隣を正しい姿勢で付いて歩くスーツを着用した美人なアンドロイド、これも誰かというのはすぐに分かった。
「えっ、み、水野さん、何で?」
「あ、優里。奇遇ですね。」
遥斗はこの場での優里の存在を全く考えておらず、何も考えずに出た言葉のようだった。
「そ、そうだね。・・・あ、あはは・・・・・。」
優里もまさかの遭遇に上手い言葉が見当たらず、とりあえず苦笑いをするのだった。
ただ、優里の言葉には困惑と安堵の入り混ざった感情が含まれていた。




