18 当日
華月椿の誕生日パーティーが開催される場所に優里は向かっていた。
優里は全自動車の座席に座っており、隣には河合が座っている。
全自動車は行き先を決めたら運転をすることなく、自動で目的地まで行く車である。
近衛遥斗の運転していた車と同じ位の大きさで最大4人乗車することができる代物だ。
運転手はおらず、ダッシュボードにはタッチパネルと音声ガイドのスピカ―が設置してあり、ハンドルやシフトレバーなど近衛遥斗が使用していた機器は一切なかった。
ちなみに、全自動車には金額を払う必要があるが、会計はもう済まされている。
理由は、目的地を設定し、距離によって算出される金額を払わなければ、走ることができないシステムになっているからだ。
会計はカードや電子マネーしか使えないという制約があるが、財布が電子の中にある時代、硬貨や紙幣を使っている人は限りなく少ないので全然問題は無かった。
全自動車は電波が入る場所でのみ使用可能で、この車が走るための専用道路がある。
その道路には信号はなく、また、渋滞や事故などが起こることは無い。なぜなら、全てが自動であるため、そうならないようにプログラムがされているのだ。
つまり、車の数は多数であってもスムーズな移動が可能なのである。
隣に座る河合は全自動車の専用道路を走れる免許を持っているが、今日は自動車を運転するつもりはない。
理由は河合自身の服装だった。
河合と優里は現在、ある屋敷で開催される誕生日パーティーに向かっている。
参加者の中に富裕層がいるらしく、普段着みたいな恰好では行くのも失礼なので、二人は着飾っていた。
河合は車の運転が可能かもしれないが、正直な所とても面倒なのだ。
その為、今日は大人しく全自動車を使用することにした。
自動車がトンネルの中に入ると、トンネル内では数多に並んだ薄暗いネオン灯が二人を照らしては暗くした。
その際優里が横目で河合を見た。
河合の肌は日焼けだと思っていたが、それは誤りで、もともとが健康良く見える薄い褐色だったのだ。
優里は河合の素肌を何度も目に入れることがあったが、今日のドレスを着た河合の姿を見てその変わりように驚いた。
ドレスの色は少し濃いめのパープル。
若干筋肉質な身体をしているが、ドレスの丈の長さの影響もあって全体的に細く見える。
ちなみに河合の着ているイブニングドレスは昼に着るアフタヌーンドレスに比べて上半身の露出が少し多い。
露出を隠すためのにパープルの羽織物を肩にかけているが、生地が薄いので、距離が近くなるとその効果は消えてしまう。また、河合が身に付けた肘まで覆う漆黒のグローブは、もともと細長い指を余計に細長く見えさせていた。
本人には自覚がないかもしれないが、河合は持っている物はある程度持っている側の人なので、河合自身を含めた全体の色合い兼華やかさのタッグは抜群の効果を発揮した。
結局何が言いたいかというと、昨日男のようなガサツな生活を見せていた河合は現在、薄暗い光を浴びれば妖艶な輝きを放ち、まるで砂漠の女王を錯覚させるように華やかなドレスを着飾って褐色肌をさらけ出し、異性の欲を沸き立てるような大人の姿に変貌していたのだ。
「?。どうしたの優里ちゃん?」
優里の視線に気づいた河合が言った。
「河合さん、今日のパーティーで男を捕まえるんですか?」
「?。いやいや、そんなわけないじゃん。」
「でも、その恰好、私が言うのもなんですけど、結構攻めてません?」
「えぇ、そうかな。・・・まぁ、優里ちゃんも攻めてるか攻めてないかって言われたら攻めてる方だと思うよ。」
河合がにんまりと笑いながら言った。
「・・・貰った立場ですが、まさか選択肢全てが背中あきとは。・・・しかも、こんなに。」
優里は河合の後輩から昨日貰ったイブニングドレスを着用していた。
色は濃い目のブルー。
黒色でシルク生地の羽織物をしており、それは肌を露出させるドレスにとって隠すというよりは防寒に近い代物であった。また、河合と同じように黒いグローブを身に付けたが、肌に生地が密着する感覚は、ラフな格好が好きな優里にとっては良い気持ちはしなかった。
そして問題のイブニングドレスだが、前側から見ると至って普通のドレスで、優里が想像していた物そのものであった。
しかし、それを着た優里が一番驚いた。
なんと、背中から腰にかけてその部分を覆う布地が一切なかったのだ。
つまり背中が完全に露出していた。
羽織物をしても半分しか隠れず、冷たい外気が余計に冷たく感じてしまう。
全自動車の座席シートに肌が直接当たる。
メッシュの通気性が良いクッションであるが、少しむず痒くなってしまう。
汚いとかは思わないのだが、自分の肌が当たった座席を次の人が余り心地良くないと思うかもしれない。
「大丈夫ですかね、私。似合っています?」
「もちろん、とても似合ってるさ。だから自身持って。」
「は、はぁ。」
いまいち大人達の価値観がよく分からない。
そもそも、こんなに華やかでなくても普通の恰好が良かった。
しかし、これが大人達の考える普通となると自分の価値観を考え直す必要があるようだった。
優里がトンネルの光で妖艶に照らされている河合に言う。
「あの・・・ありがとうございます。」
「ん?」
「イヤリングを貸してもらったり、お化粧までお世話になってしまいました。」
「あはは、いいさ。それより、今日をしっかりと楽しんだらいいよ。きっといい経験になるからさ。」
「・・・はい。分かりました。」
優里が河合の言葉を承諾すると再び河合はにんまりと笑った。
全自動車がトンネルを抜けると、おおよそ都市と言えるような場所に出た。
道路以外の場所に無駄な地をあけないように民家やマンションが犇き合う姿は、優里が住んでいる場所や通っている高校では考えられない景色である。
公園がまれに建物の間から見えたが、かなり小さい。
近衛遥斗の家の庭の方が普通に大きかった。
「そろそろだよ。」
河合がそう言うと、河合はある建物を指さした。
その建物はマンションなどの影に隠れて見えづらかったが、地図アプリで見た外観と同じ色と形をしていた。
「あれに向かってるんですね。」
「そうそう。・・・あの駐車場は一つの階で80台近くが駐車できる5階建ての立体駐車場なんだけど、地下にはその4倍の20階あるんだよ。」
「収納できる数が多すぎません?」
「あはは、車両が駐車できるのは、地下2階までさ。」
「・・・それ以外は?」
「華月家の私有地。」
「え?業者の駐車場じゃないんですか?」
「あれ、言ってなかったけ?あの立体駐車場自体も華月家の私物だよ。」
「・・・もう、何でもありですね。」
「まぁ、豪族だから。」
一般人には到底理解できないスケールの大きさが華月家の力を象徴させる。
どこにでもある薄暗い灰色をした立体駐車場はその内部にとんでもない秘密を抱えているのにも関わらず、何食わぬ顔で街の中に蹂躙していた。
「後、五分くらいだな、降りる準備をしよう。」
河合は隣に置いているドレスバッグを自分の膝の上に置き、バックの中から手鏡を取り出すと、髪型の最終確認を行った。
優里も降りるためにドレスバックを自分の体に近づける。
河合の後輩からドレスのついでに貰ったバックには財布や携帯、化粧ポーチ等が入っており、非常に使いやすい鞄だった。
ただ、これも元彼から貰った代物であり、河合の後輩さんは惜しみなく手放していたことが別れたことへの決意を強く感じさせた。
そうこうしている内に、二人が乗った全自動車は華月家の立体駐車場に到着し、中に入って行く。
駐車スペースには優里と河合が乗っている全自動車が沢山駐車されていた。
車の種類は色々あるが、全て全自動車のようだった。
「全自動車ばかりですね。」
「ここの周りに沢山の民家があるでしょ。その人達が朝の通勤時に全自動車を使う時があるから、ここに沢山置いてあるんだよ。それに、全自動車に年間パスポートがあるから、契約している人の車を止める場所でもあったりする。全自動車だったら、駐車料金いらないし。」
「年間パスポートなんてあるんですね。」
「うん、結構高いよ。全自動車が公共の物なのに貸し切りにするからね。」
「そうなんですか。一般の車は止まったりすることあるんですか?」
「ん~、そう言われてみれば、ここに一般車両が停まった所見たことないな。」
「そうですか。」
確かにこんな町中を自分の車で運転する人は少ない。
なぜなら、かつて国道と呼ばれていた場所に出れば、そこには全自動車が走っているからだ。
わざわざ専用道路ではない狭い市街地の道路を自分の車で走ることなど、よほど運転の好きな人ではないとできない。大体の人は徒歩か自転車で専用道路まで出て、全自動車に乗るのだ。それが、町に住む人の生活の仕方だった。
「地下2階までは、全自動車に電波が届くみたいで、そこまでが駐車場として使えるんだ。」
「地下まで届くんですね。」
「あぁ。」
優里と河合が乗った全自動車は何事もなく地下2階に到着する。
優里は全自動車で出発する際、華月椿から貰った住所をタッチパネルに打ち込んだ。
全自動車は目的地に到着すると、停止して「到着しました。」とスピーカーから音声が鳴るのだが、全自動車が停止してその音声が鳴った場所は、普通車2台が余裕で並走できるほどの大きさを持つ扉の前だった。
「?、あれ止まっちゃった。」
「まぁ、目的地だ。」
「え?何もないですよ。」
「目的地は扉の先さ。」
「?」
優里がクエスチョンマークを出すと、目の前にある重そうな鉄の扉が少し開き、中から筋肉質な身体を持つ男性アンドロイドが出てきた。
アンドロイドはスーツ姿にサングラスを掛けており、いかにもボディガードと呼ぶにふさわしい身なりをしていた。
二人が乗った全自動車に近づくと、河合の方の窓を覗き込む。
河合が窓を開けると、アンドロイドが喋った。
「やぁ、久しぶりだな。ミス河合。」
「えぇ、久しぶり。アレックス、元気だった。」
いかつい顔にサングラスを掛けていたので怖い人物かと思ったが、河合と親しげに喋っていたので身構えていた優里はそっと胸を撫で下ろす。
「あぁ、俺はいつでも元気だぜ。それにしても、今日は気合い入ってんじゃないか。いつもの恰好よりその恰好の方が絶対受けがいいぜ。」
「ありがとうね、でも、私はあんまりこの恰好好きじゃないんだ。」
そう言いながら河合はパーティーの招待状をアレックスと言うアンドロイドに渡した。
アレックスは招待状を受け取ると、招待状を目に数秒映し、河合に返した。
「はいよ。入場許可オッケーだ。」
「ありがとう。」
「その恰好いいと思うんだけどな。今日は有名人とか来るから、いい仲になるチャンスだぜ。」
「あはは、実はこう見えて私にだって気になってる人が居るんだよね、だから今の所そんな気はないよ。」
「えっ、それって、俺?」
アレックスが柄に合わない乙女の反応を見せる。
「アレックスの冗談はすごい好きだよ。」
「おいおい、そりゃ無いぜ。」
まるでコントのような話をして、二人は笑い合う。
話に付いていけない優里は隣の席で、ただ自分が話かけられるのを待っていた。
「・・・で、そっちのお嬢さんは?」
笑い終えたアレックスが優里に話を向ける。
「あぁ、水野優里ちゃんで、今日初めてここに来たんだ。」
「あ、はい。初めまして水野優里です。」
「あぁ、俺は、華月家に仕えるアンドロイド、AR型の00EX2929だ。みんなからはアレックスって呼ばれてる。よろしくな。」
「はい、よろしくお願いします。」
「で、恰好から見ると、今日のパーティーに来たんだな。いいじゃないか、最高にクールで華やかだぜ。今度、時間ある時に一緒にお茶でも行かないか?」
「は、はい。ありがとうございます。時間がある時にぜひ。」
「優里ちゃん、あんな筋肉馬鹿の言うことなんか放っておいて、椿ちゃんから貰ったメモ用紙と名刺を見せてあげて。」
「あっ、はい。」
優里は鞄から椿から貰ったメモ用紙と名刺を取り出して、河合伝いでアレックスに渡す。
アレックスは河合からメモ用紙と名刺を受け取ると、数秒目に映すと、河合に返した。
河合からメモ用紙と名刺が返却され、優里がそれを鞄の中にしまう。
すると、アレックスが優里に向けて言った。
「君が椛お嬢様を助けてくれたお姉さんか、椿お嬢様から話は聞いてるよ。俺からもお礼を言わせてくれ、ありがとう。」
アレックスは深々と頭を下げる。
彼の思いがけない行動に優里は驚いてしまった。
「いやいや、そんな、私は別に特別なことは何も。」
謙遜する優里にアレックスは丁寧に説明をした。
「一昨日、椛お嬢様は買い物の練習をしていたんだ。」
「あ、そうなんですか。」
「もちろん、コンビニの店員さんにも、そのことはあらかじめ伝えておいた。子供が一人で買い物に来たら不自然だからな。それで、椿お嬢様は買う物を書いたメモ用紙とそれを買うために必要な金額を椛お嬢様の首掛け財布の中に入れていたんだ。」
「えっ。」
「実はな、君と離れた後、椿お嬢様が椛お嬢様の首に掛けた財布の中を確認したら、メモ用紙に足らなかった金額が挟まっていたんだ。」
河合がアレックスの話を聞いて「フフッ」と笑っていた。
「も、椛ちゃん。」
椛の名前を言いながら、優里も顔を隠しながら笑う。
「あはは、まぁ仕方ないさ。確か、5歳なんだよね、椛ちゃんは。」
「あぁ、今年5歳になったばかりさ。」
「本当にすごいよ、早いうちから体験を練習するなんて。」
河合が褒めたつもりで言った言葉を聞いたアレックスは少し表情を曇らせる。
「・・・でも、そんなにいいことばかりじゃないさ。」
「ん?」
「あの時は水野さんがサポートしてくれたから、椛お嬢様はスムーズに買い物を終わらすことができた。小さな体験は、積み重ねることによって本人に自信をつけさせることができる。ただそれは、成功で終わった体験だった場合だ。これが、失敗で終わると本人は心にかなり傷がついてしまう。なぜなら、今の時代の子供たちは失敗を酷く恐れているからだ。椛お嬢様みたいに幼い時なら尚更だ。」
河合はアレックスの言葉を真剣な眼差しで聞いていた。優里も同様だった。
「子供の時に付いた傷は中々治らない。大人になってもふと思い出してしまうことは普通にある。だから、なるべく幼い時に体験はさせない方が良いのではないかと俺は思ってる。・・・椿お嬢様だってすごく苦い経験をしたからな。」
「椿ちゃんが?」
「おっといけねぇ、長話をし過ぎた。ちょっと待ってろ。」
アレックスは強引に話を終わらすと、扉の前まで移動し、車の前に立ち塞がる大きな扉を開け始めた。
重そうな音を鳴らしながら片側の扉が開くと、アレックスは再び車の前に戻ってくる。
そして車のボンネットを触り、何やら独り言をブツブツ喋る。
すると、タッチパネルを操作をしていないのに勝手に車の音声が「承認しました。」と喋りだした。
「アレックスさん。これは?」
ボンネットから手を離し、河合が座っている席の窓際に立ったアレックスに優里が聞く。
「ん?ああ、全自動車に華月家の住所を目的地にしたら、ここに来るようになってるんだ。それから先は俺が車を操作するのさ。」
「アレックスさんが操作を?」
「そうさ。」
アレックスの言った言葉が僅かな間の時間を止める。
「・・・優里ちゃん、アレックスはこんな奴だけど、安心してくれ。華月家の一番大切な門番を任されているエリートのアンドロイドだ。自分の仕事はしっかりできるし、根はすごいいいやつなんだ。だから、気にしないでくれ。」
河合のフォローを聞いた優里は笑顔を隠しながら頷いた。




