17 前日
河合の言葉を聞いた優里は驚いた。
「え?河合さんもですか?」
「ああ。まさか優里ちゃんも招待されるとは、偶然って怖い。」
河合はそう言ってコーヒーを一口飲む。
「あの、華月椿さんってどういう子なんですか?」
白い服装に包まれた先程の椿を思い出す。
丘で風に吹かれていれば、まるで白い花が左右に揺れているような錯覚を覚えさせる人物。
「ん?えっとね、なんていうのかな・・・大人びてる。本当に。まだ子供とは思えない。」
「それは、分かる気がします。」
優里の脳裏で、ある男が思い浮かんだ。
その男は自分と歳は変わらないのに、自分より少なくとも10年以上は生きている雰囲気を出していた。
椿と言う女の子も同様で、その男が持っているものとかなり近いものを感じた。
「椿ちゃんが11か12歳位の時かな、その時に一瞬だけ会って名刺を渡した記憶があるんだけど、それからは会ってなかった。でも最近、仕事でその家に行った時にね、椿ちゃんが私の顔を覚えていた時はびっくりしたよ。相手が大人なら分かるけど、まさか子供が一目しか会っていない人の顔を覚えてるなんてね。」
優里は先程、まだ幼い椛に会計を実践で体験させていた光景を思い出した。
他の子ども達とは違って、早い時期から体験と言う勉強をさせているようだった。
「それも、なんとなく分かる気がします。椛ちゃんがさっき一人で買い物をしていたんです。」
「え、本当?まだ5歳じゃなかったっけ。」
「はい、歳は聞いてないですけど、多分そのくらいだと思います。それなのに、ちゃんとお礼は言えるし、終始敬語だったし、できない大人に見習って欲しいです。」
「ははは、優里ちゃんも言うね~。」
「まぁ、たまには。」
「いいんじゃない。」
河合がニタニタと笑う。
「まぁそれで、仕事が終わった後に会って話してみたら本当に面白い子でさ、それで仲良くなったんだ。ほとんど最近の話だけどね。」
それは河合の性格もあるだろうが、椿も悪い人ではなさそうだった。
お互いに人から好かれそうな性格をしているからこそ、互いに気が合うのかも知れない。
「それで、華月家ってどんな家なんです?」
「すごい豪邸さ。お風呂でさえ私の家より大きいと思う。」
それはつまり、優里の家よりも華月家のお風呂の方が大きいということでもある。
「銭湯みたいですね。」
「ああ、本当に広いよ。家の大きさはそうだな、庭を含めて、優里ちゃんが通っている高校と同じかそれより広いかも知れない。」
「それは流石に引きますね。」
「この近くに家が在ってね、私も初めて行った時は驚いたさ。家が広いなら普通は門番がいて、その人に荷物を預けるんだけど、私もその時は初めてだったから、これからお世話になるし、顔合わせついでに荷物を持って家の主人さんに会いに入ったんだ。」
「どんな人なんです?」
「普通の人だよ。多分、町歩いていたら富豪なんて分からないと思う。」
「へぇ~。」
ここで優里にある疑問が一つ浮かぶ。
学校と同等かそれより大きい豪邸がこの近くにあれば、それなりに知名度があるのではないのか、と。
ましてや、先ほどの白くて車長の長い車だって明らかに閑静な住宅街とはミスマッチ過ぎて、ここら一帯では目立つ存在となってしまう。
優里はこの町で生きてきて、ここらの一帯の近辺に豪邸があるなど一度も聞いたことが無かった。
「あの、河合さん?」
「ん、なんだい?」
「それだけ広いと、結構、有名になりません?私、この町で生活してますけど、近所で豪邸があるなんて聞いたことありません。」
「あ~、まぁ優里ちゃんの言いたいことは分かるよ。確かにその通りだね。」
「え、どういうことですか?」
「地図アプリで貰ったメモの住所を検索してごらん。」
「?」
優里は疑問を浮かべながら河合に言われた通りに、地図アプリでメモに書かれた住所を検索した。
「え、これって。」
「何が映った?」
河合が優里の驚いた反応を楽しみながら問いかける。
「町中の立体駐車場だ。」
優里たちが居る家から都市方面に向かい、都市と呼ばれる場所には、まだ触れない位置に存在する立体駐車場。
都市のど真ん中よりは駐車料金が安いが、便利な位置に存在しているので、それなりに金額は取られるようだった。
ちなみに、周りは民家やアパート等で敷き詰められている。
「うん、その通り。」
「どういうことですか?」
「私は言ったよ、華月家は学校より広い敷地だって。」
「え、でも、そんな所どこにも・・・。」
優里は携帯の画面を覗き込んで唇に自分の人差し指を当てる。
そして、そのまま何も喋らずひたすら考え始めた。
そんな光景を見た河合はコーヒーを一口啜り、頬杖をつきながら優里の考える姿を眺める。
「!」
ふと、優里があることに気づく。
「お、分かった?」
優里の反応に河合も興味を示す。
しかしながら、優里はまだ自分の考え自体を受け入れることができ無さそうに見えた。
半信半疑で、思いついたことを河合に喋る。
「もしかして・・・地下、ですか?」
腕を組んで優里の回答を聞いた河合は口角を釣り上げた。
「流石優里ちゃん。大正解。」
「ほ、本当ですか・・・少し怖くなってきました。」
「信じらないと思うよ。でも、目で見てみたら、案外受け入れられるものさ。」
「は、はぁ。」
河合の言葉に曖昧な返事を優里がする。
華月家のことについて色々と考えたいが為に意識が全て華月家に流れていた。それに、河合が言ったことを自分に納得させるために時間が必要だったのだ。
「あ、ところでさ、優里ちゃん。」
「・・・・・・。」
「お~い、優里ちゃ~ん。」
「・・・!は、はい。」
「明日、誕生日パーティーに行くんでしょ?服は持ってるの?」
「へ?」
優里の目が点になる。
「まさか、制服で行こうと思ってたんじゃないよね。」
「い、いえ、そんなことは無いですけど、やっぱり着飾って行った方が良いんですか?」
「ん~、結構上品な人達が来るからね。ある程度の物は着ていった方が良いかもしれない。」
「ドレスなんて持ってないです。」
「その歳で持ってると逆に何者って疑うよ。でも、私が持ってるのは一着しかないし、どうしようか?」
「安くレンタルできますかね?」
「いや、優里ちゃんがそれを払うのも可笑しい話だし・・・、あ。」
「?」
「昨日、深酒に付き合った後輩なら何着か持ってたから貸してくれるかも。」
「え、いや、その、それは流石に申し訳ないです。」
「いいのいいの、とてもいい子だからすぐ貸してくれるよ。背丈も丁度、同じくらいだし。」
河合は目の前の空間で何かを動かすように手を泳がせた。
どうやら電子コンタクトレンズを装着しているようで、今から昨夜深酒に付き合った後輩に電話を掛けるようだ。
電子コンタクトレンズはコンタクトレンズの役割を果たしながら、合図を送れば目の前の空間に使用者にしか見えないアプリケーションソフトウェアを映してくれる代物だ。
アプリには優里が使っているスマートフォンと同じように様々なものが用意されており、電話はもちろんのこと、ゲーム、動画視聴、電卓などの便利ツール、ネットワークなどの機能で充実している。
言ってしまえば、コンタクトレンズ自体に携帯端末と同じ機能が付いているのだ。
ちなみに電話をする際は、自分の掌を耳に当てる必要がある。
身体の一部分であればどこでも良いのだが、スタンダードは掌だ。
逆に、電子メガネであれば掌を当てる必要は無くなり、耳に掛けたフレームから使用者にしか聞こえない音を聞くことができる。
ちなみに、電子コンタクトレンズは無線イヤホンが対応可能で、動画等を見る際はイヤホンを付けることにより、音を聞くために耳に掌を当てる必要が無くなるのだ。
河合は空中での操作を済ませると、掌を耳に当ててしばらく待ち「もしもし、」と話し始めた。
隣で河合が後輩と通話をしているその間、優里は華月家のことを頭に浮かべていた。
地下に家がある理由、地下に豪邸を築ける程の資産がある理由、その土地に住んでいる一般人が知らない理由。
考えれば、考えるほど出てくる疑問は優里の頭の中をループして回り続ける。
そんな中、河合のある言葉を聞いて優里は我に戻された。
「え、本当にいいの?」
隣から言葉が聞こえた。
「分かった、今日取りに行くよ。・・・・・・うん。・・・・ありがとう。じゃあ、また。」
河合は耳から手を離して少し操作をする動きを見せた後、優里の方を向いて言った。
「良かったよ優里ちゃん。いらなくなったドレスがあるから、欲しいものあげるってさ。」
「本当ですか。」
優里の声に安堵の気持ちが入る。
「ああ、今日取りに来てくれって言われたから、取りに行こう。」
「了解です。ありがとうございます。」
「捨てるのはもったいなかったから、受け取ってくれるのは嬉しいって言ってたよ。」
「そうなんですね。・・・でも、本当にいいんですかね?」
「あ~、まぁあの、正直なこと、言うんだけど・・・。」
珍しく河合が言葉を詰まらす。
余り見ることのできない河合の反応に優里も困惑をした。
「ど、どうしたんです?」
「別れた彼氏さんが買ってくれたドレスがあって・・・処分したいんだって。」
「・・・あぁ、なるほど、ですね。」
「それでも大丈夫?優里ちゃん?」
「もちろん大丈夫ですよ。願ってもないです。」
「そうか、良かった。」
余り縁起の良いものでは無さそうな感じはあるが、背に腹は代えられない状態であったので、優里は河合の恩恵に頼る他の選択肢が無かった。
スッと河合が立ち上がる。
「ごめん、ちょっと休憩するね。」
河合は思いついたようにそう言うと、机の上に置かれた煙草を拾い上げ、そのままベランダに出ていった。
河合がベランダに出て煙草に火を点けたのを確認した優里は、視線を落として自分の服装をざっと観察する。
優里は、ドレスなどの自分を見せるための服を今まで着用したことが無かった。
その為、着たことが無い種類の服を着ることに抵抗があった。
「「「・・・・・ドレスなんて服・・・着れるのかな?」」」
優里が感じてしまった、心の曇り。
ベランダにいる河合は煙草の煙を吸いこんで空に吐き出す。
吐き出された灰色の煙は風に運ばれ、やがて色も分からなくなるほど青い空に薄まっていくのだった。
果てしなく広がる青い空の下、周囲の草が穏やかな風で揺れる近衛遥斗の家。
その家の居間でイロハは座布団に座りながら本を読んでいた。
服装はいつものスーツ姿でなく寝間着としても着用しているスウェットで、完全にリラックスする際の恰好である。そもそも、起きてから着替える気などさらさらない。
「麦茶居る?」
遥斗がそう言って、イロハのいる居間に入ってくる。
手には丸い木製のお盆を持ち、その上には冷えた麦茶が入っているポットと二つのガラスコップが載せてあった。
ポットには結露した水滴が幾つも付いており、集まって垂れてはお盆の上を濡らしていた。
「はい、ありがとうございます。」
いつもとは違い、イロハの態度は素っ気なく、これは昨日の夕方から続いていた。
「まだ、怒ってる?」
「いえ。」
イロハはそう言うが、声のトーンで機嫌の悪いことぐらいすぐに分かった。
遥斗は読書をするイロハの隣に座り、お盆を二人の間に置いた。
そして、ガラスコップに麦茶を注ぐとイロハの膝元にそっと近づける。
いつも仕事以外のことは大雑把な遥斗が、いつもとは違って大人しい行動をしているので、逆にそれがイロハに不快感を与える。
「何で、そんなに静かなんですか?」
「ん?イロハの邪魔したくないから。」
遥斗の言葉を聞いたイロハは余計に表情が険しくなる。
「・・・・・そうですか。」
イロハはそう言って読書を続けた。
しかし、ページを捲るたびに、少しづつ心にストレスの塊が蓄積されていく。
全然リラックスできないのだ。
「遥斗様、少し一人にして貰っていいですか?」
「・・・そう。分かった。」
少しキツめに言ってしまった言葉を遥斗は少し寂しそうに聞き入れたので、それが更にストレスを蓄積させた。
そんなイロハにはお構いなしで、遥斗は二人の間に置いていた盆を後ろに下げた。
イロハは読書に戻ろうとするが、全然集中できない。
本の見開きを自分の額に当てて、目を瞑る。
違う。そうじゃない。
この気まずさの原因は自分なのは分かっている。ただ、ほんの少しでいいから頭を冷やすための、時間が欲しかっただけだ。
それなのに、自分の信頼する人にキツく言ってしまった。
それが尚更自分を怒らせる。
そして、さっきの言葉で遥斗は暫くの間、自分とは話してくれなくなる、それが何より辛かった。
その時だった。
「ポスッ」っと音が鳴り、イロハは自分の足に、正確には正座している両足の太ももに重量を感じた。
本を額から話して自分の足を見てみると、遥斗が自分の足を枕代わりに使用して寝転んでいた。
「・・・。」
「・・・。」
仰向けに寝そべった遥斗と目が合う。
「迷惑かな、だったら避けるよ。迷惑じゃなかったら、このままこうさせて。」
目が合った男は本当に身勝手な生き物だった。
「私の気も知らないで、よくこんなことできますね。」
「言ったでしょ、ダメなら避けるって。どっち?」
「・・・まぁ、・・・いいです。」
ふて腐れる表情のイロハを真下で見た遥斗は笑顔で受け入れた。
玄関の網戸から風が吹き込んでくる。
草の揺れる音しか聞こえない遥斗の家は、お互いの鼓動が聞こえるのに十分な静けさだった。
「・・・遥斗様、今思ったんですが、星ってどこで見るんですかね?華月様の家は地下ですよ?」
「ん~立体駐車場の屋上とか?」
「星が見えるんですかね。」
「さぁ、どうだろう。分からないことばかりだから。」
遥斗の最後の一言にイロハが眉をひそめる。
「実際、僕も」
「?」
「華月家についてはアンドロイドのプログラムの土台を創った家系であるとしか知らない。」
「コンピュータプログラムですか。」
「ああ。基礎的なことはもちろん、自分で学習する能力とか一番理にかなった方法を模索する力とか、そして極め付けがアンドロイドに感情を持たせれるプログラムだ。十人十色で感情を持たせることができるらしい。」
「・・・。」
イロハが遥斗の額に右手の掌を乗せた。
「?」
「・・・私は時々、自分の感情がプログラムで作られたものだと疑ってしまうことがあります。私が思ってしまう物は、・・・アンドロイドたちが思ってしまう物は、・・・誰かに作られたものなんでしょうか?」
「・・・イロハの頭に入っている機械はあくまで生活をサポートする為の機械だよ。計算とか目に映った情報を色々と処理出来たり、電話ができたりするのも全部補助的なものばかりだ。だから感情はイロハが思ってることはイロハ自身が思っていることで間違いはない。」
「・・・。」
「けど、この前の修復したアンドロイドは、アンドロイドのプログラムでも大切な人や物を思っていた。これは感情を持っていないと決してできないことだよ。だから、誰かに作られた感情とか、自分がアンドロイドだからなんて関係ない。自分がそう思ったなら疑っちゃダメだ。自分の気持ちは、誰よりも自分に正直でないといけないよ。」
「・・・そうですね。」
イロハが遥斗の額から掌を離す。
「・・・先程、分からないことばかり。って仰っていましたけど、それはサーチしても分からないということですか?」
「そういうこと。多分、土台であるプログラムとか外部に漏らしてはいけない情報とかは、全部手書きの文書で残してあるんだと思う。そうじゃないなら、華月家で独自のコンピューターのサーバーを持っているんだと思う。僕たちが普段使っているネットとは繋がらない、完全に孤立した、関係者だけが使うための機械をね。」
「なるほど、それなら致し方無いですね。」
「でも、地下に豪邸を築けるくらい儲けれるなら、案外そっちの方が仕事として良いのかな?」
「ダメです。遥斗様はアンドロイド作製において結構重要な部品を作製しているんですよ?それに、遥斗様は自分が作製していない部品の特別注文が入っても、その対応に応えれる腕を持っています。そんな器用な人材は滅多にいないんです。」
「早く人材を増やしてよ。」
「それはできません。私は遥斗様や大地様をサポートするアンドロイドなので。」
「あっそ。」
素っ気ない返事をした遥斗は寝返りをして、イロハに背を向ける。
「余りにも忙しい時は私も手を貸しますので。辛抱してください。」
イロハはそう言いながら、遥斗の髪を優しく撫でて、それを何度も繰り返す。
何回か髪が撫でられた後、遥斗が小さな声で呟く。
「・・・宜しくね。」
するとイロハは細やかな抵抗をした遥斗に笑顔で返事を返すのだった。
「はい。任せてください。」




