14 一週間
優里は今日も学校の図書館にいた。
他に生徒はおらず、図書館を開けている事務員と優里しかその空間に人がいない。
その為、優里は4人がかりの机を一人で独占し、本を机の上に積み重ね、本を読み漁っていた。
ただひたすら、本のページを捲る音がほぼ一定の間隔で図書館に響き渡る。
「ふぅ。」
優里が姿勢を保つ為の空気を吐き出し、読み終わった本を積み重ねた本の上に置いた。
「・・・・・・・・・・・・・・。」
優里が近衛遥斗の家を訪れてから、一週間という時間が経過した。
あれからほぼ毎日図書館に通い詰めて、本を読んでは帰るという日々を繰り返している。
自分が満足するまで、調べたいものを調べる。
こんなことができるのは学生のうちだけなのかなと、近衛遥斗の働く姿を思い出してはそう感じてしまう。
「よいしょ。」
ゴッ。
姿勢を崩すために優里が足を伸ばすと、机に当たってしまった。
その直後、積み方が悪かったのか、本の塔が雪崩を起こし、読んだばかりの本が優里の目の前に流れ着く。
「・・・・・・・。」
無造作に横たわった本たちは言葉を発することなく、ただひたすら優里が動くのを待っているようだった。
「?」
優里がふと時計を見る。
時計の短い針は3の数字を指していた。
昼過ぎに、そろそろ休憩しようかと考えていたが、もう少し読んで終わろうと思っていたらそれを繰り返してしまい、気付けばそれから三時間経過してしまったようだ。
「お腹空いたなぁ。」
昼から何も食べていない。
優里は隣の椅子に乗せているバックから財布を取り出して残金を確認した。
財布の中には3千円程入っている。
今日は弁当を作ってきていないので昼食を購入する必要があるが、十分な金額が懐にはあるようだった。
「動こうか。」
優里は立ち上がり、読み終えた本を抱え、図書館内を歩き始める。
優里が読んでいた本は限定的な一分野であったため、返す場所は一箇所に固まっていた。
その為、返すこと自体は簡単であったが、雪崩を起こす程に積み上げていた本は一度の往復では返しきることができず、何度も机と本棚を行き来する。
最後の本を元の位置に戻すと、その棚内に置いてあるもので自分が読んだ本を確認した。
「・・・・・・。」
どうやら、ここに置いてある本は全て読破してしまったようだった。
少々歯がゆい思いが残ったが、仕方ないと諦め、本棚に背を向ける。
優里が大人しくバックを置いている机に戻ると、そこに身長の高いメガネを掛けた女子生徒が立っていた。
見覚えのあるその姿は、バックの持ち主が返ってくるのを待っているようだった。
「聖子。」
「ん?あ、先輩だったんですね。」
「どうしたの?」
「私、図書委員をしているんですけど。昨日、部活終わりに如月先生から言われたんです。ある女子生徒が熱心に本を読んでいるから、時間がある時に行って、どんな本を読みたいか聞いてあげてって。」
「・・・あの先生・・・夏休みの間何してるんだろう?」
「いやぁ、分からないですねぇ。」
聖子が苦笑いをする。
「それで、先輩は何の本を読んでいたんですか?」
「ん?え~と、アンドロイド関係の本かな。」
「お、そうですか。」
聖子は右手で軽い握り拳を作り、その上に顎を乗せ、探偵が考え事をする時と同じポーズをとる。
安定しやすいのか左手の甲は右手の肘を支えていた。
「・・・その分野は確か、結構詳しいことを書いた本が揃ってるはずですけど、疑問は解決できました?」
「ん~、読んでみたけどね、全部は解決できなかった。」
聖子が肩を落として分かりやすく落ち込む姿を見せる。
「そうですか~、入荷する本は結構こだわりを持って選んでるんですけどねぇ、残念です。」
「ん?聖子が本を選んでいるの?」
「はい。でも、私だけじゃなく、各学年とそのクラスの図書委員が入荷する本を選定していますよ。この学校の図書室はそうやって入荷する本が決まっています。ただ、」
「ただ?」
「アンドロイドの分野は私達の学年が担当していたんで。」
「あっ、ごめん。」
「いえいえ、大丈夫です。逆に先輩がどんなことを解決できなかったのかという方が気になってしまって、・・・教えてもらっても大丈夫ですか?」
聖子の期待を裏切ってしまったので、隠して追い打ちをかけるような選択を取ることなど優里にはできなかった。
「アンドロイドでも、イロハさんのような特別な機体について詳しく書かれている本が無いかなって探していたの。」
「ん~、そうですね。それは参考書自体がちょっと無いかもしれません。」
「え?そうなの?」
優里の声が閑静な図書館の中に響き渡る。
その声はフロントにいる事務員の気を引くのに十分すぎる音量だった。
聖子が囁く声で優里に言う。
「先輩、ちょっと屋上で話しませんか?ここ、図書館ですし。」
「あ、そうだね。」
優里は自分の荷物を持ち、大人しく聖子の後を付いて歩くのだった。
屋上に二人が到着すると、爽やかな風が二人を包みこんだ。
青い空には雲が一つもなく、真上から少し下がり気味の太陽はまだ目に優しい色をしていた。
遠くにあるグラウンドで野球部の活気のある声が響いてくる。
非金属の堅い白色の物質を金属の棒で叩く音が、見晴らしの良い世界に時々強く響き渡っていた。
聖子と優里は日差しが優しく照らされる屋上を歩き、設置されているベンチまで近づく。
「休みの日に開放してくれるのは良いですけど、せめて自動販売機くらい欲しいですよね。」
聖子はそう言ってベンチに座ると、屋上に向かう途中に自動販売機で買った炭酸ジュースの蓋を開けた。
透明な液体に気泡が現れて、そのまま浮いてくると同時に水面で小さく弾けている。
そんな、気泡が溢れ出す液体を聖子は勢いよく口に流し込む。
「まぁ、ここまで商品を持って上がるのも結構ツラいはずだから、エスカレーターもエレベーターもないし。」
「ぷはっ。確かにそうですね、ここ4階建ての屋上ですし。・・・先輩は飲まないんですか?」
「ん?ああ、飲むよ。」
優里は聖子が座っているベンチの右側に座って、缶コーヒーの蓋を開けた。
「先輩って無糖派なんですね。」
「ん?いや、その時の気分で変わるよ。」
「例えばどんな時です?」
「例えば・・・落ち着きたい時、休憩したい時、冷静になりたい時、何も考えたくない時、ぐらいかな。」
「リラックスしたい時に飲むんですね。」
「うん、始めは目を覚ますものとして飲んでいたけど、最近じゃ、飲んだら落ち着いちゃう。」
「そうですか。」
それから、少し間が空いた。
二人とも何も喋らず、その間もグラウンドで部活動を続ける高校生たちの声が優里たちのいる屋上まで響いてくるのだった。
「先輩は、調べても記載の無いイロハさんのこと、気になります?」
誰も喋らない空間に耐えられなくなった聖子が優里に尋ねた。
「イロハというより、気になっているのは、アンドロイド全般かな。まぁ大方、どういうものなのか図書館の本で分かった。・・・すごいよ。全然知らなかった分野だったのに・・・勉強になった。」
「購入する本については校長先生まで話がいって、それで、校長先生も調べることが大好きなので、余程の物を用意しないと購入できないんですよ。ノルマを設けてるくせに。・・・まぁそのおかげで、学園祭の時に他の学校の先生が、図書館に入れている参考書を見に来るほど充実したラインナップになっています。」
「へぇ~、すごいじゃん。」
「でも、私だけではどの本を選んでよいか分からないので、専門分野の人に話を聞いて本を選んでいます。」
専門分野という言葉を聞いて優里の脳内にある人物が浮かぶ。
その人物は男で、アンドロイド専門と言えば他に思いつく人など今の所いない。
「すごい力が入ってるね。」
「力が入ってるのは、校長先生ですよ。自分で探せやって思うんですけどね。」
「あはは、確かにそうね。」
「全くですよ。・・・本について、他に気になったことはありますか?」
優里がベンチの背もたれに寄りかかり、青い空に流れてきたポツンとした小さい雲を見ながら聖子の質問に答えた。
「他に気になることと言えば、スリープモードの記載が、近衛君の言っていたことと違った。それが少し気になる。」
「遥斗の言ってることが本当は正しいです。けど、それは周囲には知られてはいけないことなんです。でも、修理業者は知っています。変な話なんですが、遥斗が受けたアンドロイドの国家試験は参考書通りの回答を書いたら、必ず落ちるんですよ。マークではなく記述っていうのも、本当にアンドロイドのことを理解しているかというのを試すためなんだと思います。」
「!!」
優里が起き上がる。
「ちょっと待って、じゃあ、私が読んだ本の中にも、」
「あ、そこは安心して下さい。この学校の図書館に入れているアンドロイド関連の本は、全て遥斗に確認をして貰っていますんで、事実と異なる部分はスリープモードくらいです。」
聖子の言葉を聞いた優里は安堵して再び背もたれに寄りかかった。
「良かった。・・・でも、そんなことがあるんだ。事実と違うことを参考書に書くなんて。」
「ほとんどそんなことは無いんですよ。でも、アンドロイドは生活に必要不可欠な存在となっているので、多少なりは不都合なことを書き換えないといけないのだと思います。」
「・・・そうなんだ。色の濃い所があるんだね。」
「まぁ、どの分野でもありますよ。もちろん、アンドロイドという分野にも一般人が知ってはいけない部分があったりします。今回のスリープモードの件もその一部ですね。」
「そうなんだ。」
濃い色。
光すら脱出できない、重力の天体が持つ色。
入ってしまったら抜け出すことのできないその世界に、一歩、足を踏み入れてしまったのだと優里は自覚した。
聖子が口を開く。
「先輩に一つだけ聞いていいですか?」
「何?」
「先輩はあの日からずっと図書館に篭って、アンドロイドの情報をかき集めていたんですね?」
「恥ずかしいけど、そうだね。」
「・・・先輩の、その探求心を動かす原動力って何ですか?」
聖子の言葉を聞いた優里は少し考え、何か思いついたような素振を見せるも迷いつつ、言葉を探しながら口から出した。
「理由はないと思う。ただ、知りたいから、知ろうとしているだけかも。・・・多分そう。」
「・・・フフフッ。」
優里の言葉を聞いた聖子の静かな笑い声が隣で聞こえた。
「あれ、何か可笑しいこと言っちゃった?」
「いえ、先輩らしいなって思ってしまいまして。純粋な好奇心、正直羨ましいです。」
「・・・?そう。」
羨ましい。
優里はこの言葉が表す意味を探ってみたが、全く思いつくものが無い。
コーヒーを一口飲んで、そして再び聖子の言葉の意味を考えてみたが、やはり思いつくことは無かった。
「先輩。私、イロハさんのことについて本に記載がないと言いましたよね?」
「ん?うん。」
「実はですね、今日遥斗が学校に来ます。そして、会った時にイロハさんのことについて、話してくれるはずですよ。」
「え、そうなの?」
「はい。」
イレギュラーな情報がいきなり加わりすぎて、一度に処理することができなかった。
苦し紛れに出てしまった言葉は「でも、近衛君は仕事中じゃ。」だけだった。
「いえ、今日は学校に来ます。」
「どうして?」
「私が呼んでいるからです。」
「?」
余計に優里の頭に?が浮かぶ。
するとその直後だった。
「あ、ここにいた。」
「?」
突然の声に驚いた優里が慌てて声がした方向を向く。
すると、屋上の出入り口に一人の男子高校生が立っていた。
髪の片側が白髪で、同じ側の眉毛も瞳の色も色素が抜け落ちた身体の片側だけ白色の高校生。
作業着で見慣れていた人物の制服を着た姿に戸惑いを覚えながらも、優里はその高校生の名前を言うのだった。
「近衛君?どうしてここに?」
「お、久しぶり水野さん。聖子から呼ばれてね。学校の図書館に置く本を探すために今日ここに来たんだ。でも、図書館には誰もいなかったし、他に休みの間解放されている場所って言ったらここかなって思ってさ。」
近づいてくる遥斗は少し息を切らしていた。
無理もない、なんせ優里たちがいる場所は4階建て建築物の頂上だからである。
運動部の生徒ならまだしも、身体を鍛えない環境に置かれてる人にとってはかなりの運動量になるはずだ。
「遥斗、少しは運動したら?」
「運動はしたくないよ、疲れるじゃん。」
「息切れてるじゃん。」
「僕の身体は運動が得意な聖子みたいに強くないんで。」
「貧弱。」
「はいはい、分かった分かった。」
遥斗の子供をあやすような対応の仕方が、長い年月をかけて造り上げられた二人の仲を象徴させる。
「で、遥斗。・・・イロハさんのこと。」
「ん?ああ、そうだ。今の内に伝えとかないと。」
話を進めていく二人に優里は置いてきぼりだった。
「水野さん。」
「ん?」
「実は、近々水野さんに会った時にイロハの秘密を話そうと思っていたんだ。」
「えっ!!どうして?」
優里が驚くのも無理はない。
なぜなら一週間前に、イロハの秘密を話すことに遥斗の躊躇いを感じ取った優里が、そのことに断りをいれた矢先のことだからである。
それなのに、今日、今ここで、近衛遥斗はイロハの秘密を優里に伝えると言っているのだ。
イロハの秘密を知りたくないわけではない。
話せるようになってからでいいと言ったのは、自分の欲を抑えながら相手にお願いした、最低限の希望だった。
話してくれることは無いと思っていた。
例え、教えてくれたとしても、三か月程かかると覚悟していた。
一週間?いくら何でも話が良すぎる。
先程、聖子の話を聞いた後だったので、何か裏があるのではないかと、遥斗の言葉に優里は少し身構えてしまった。
「水野さんが言いたいことは分かるよ。僕がイロハの秘密を話すことを躊躇してたのに、一週間でそれ水野さんに話すなんて、逆に疑っちゃうと思う。」
遥斗は苦笑いを優里に見せるが、優里は喋るべき言葉が見つからなかった。
「・・・。」
呆然とする優里を見て遥斗が更に付け足す。
「でもイロハがさ、知って欲しんだって、自分がどんな奴だったのかってこと。水野さんに。」
途切れ途切れになった言葉が優里に伝わり、その言葉を聞いた優里は何とか遥斗に向けて言葉をひねり出す。
「い、イロハが?」
その言葉を聞いた遥斗は肯定の返事を素直に優里に返すのだった。




