13 悪戯
午前十二時を少し過ぎたころ、奏山駅に電車が停車した。
その電車からはアンドロイドの影が一つ、人の影が一つ降りて来る。
電車が発車するのを確認した後、二つの影は無人駅に向かってホームを歩き出した。
先を歩くアンドロイドは上機嫌だった。
理由は本日彼女の、身体の体調、心の気分、肌の艶、全てが絶好調の日であったからである。
二人分の荷物を軽々と背負いながら、ゆとりを持って堂々と歩く姿がそこにあった。
一方で、アンドロイドの後ろに付いて歩く人は今にも躓いて転びそうなほど、フラフラと千鳥足になっていた。
「遥斗様、大丈夫ですか?」
「あぁ・・・、イロハ、・・・あれ、・・・ここ駅?」
「そうですよ、私にゆっくり連いてきてください。」
「・・・うん。・・・イロハ、僕、昨日の夜から、ほとんど記憶無いんだけど、・・・大丈夫だった?」
サーチでイロハの記憶を見れば、一瞬で分かることではあるが、今はそれすら出来そうもない。
記憶が飛ぶくらい疲弊していた。
体重も二日で3㎏は落ちただろう。それほど運動量があったのだ。
「大丈夫でしたよ。とても満足できました。」
「そう、良かった。」
二人は無人駅の中に入り、歩き疲れた遥斗は壁に固定されている座席に座った。
「遥斗様、すみません、欲張り過ぎました。」
「いいよ。大丈夫。でも、ちょっと休ませてね。今、車運転できないや。」
「はい。分かりました。」
イロハも遥斗の左側に座り、二人の荷物を自分の横に置いた。
「・・・。」
草を揺らしている穏やかな風が戸が開いている無人駅を通過する。
その風を感じながら時間を待っていると、隣の遥斗がイロハの右肩に頭を乗せた。
遥斗はイロハの肩に寄りかかる形でしばらくじっとしていると、そのまま瞳を閉じ眠りに入るのだった。
余程、疲れていたらしい。
二人が座ってからはまだ五分も経過していなかった。
「・・・。」
イロハが自分の肩に寄りかかる遥斗の顔を眺める。
すぅー、すぅー、と寝息を立てる彼の顔は幼さがまだ抜けきっていなかった。
人間の黒い場所を見ているであろうが、それを全く感じさせない、もしくは全く気付いていない、愛着が湧き、幼さがちらつく無垢な表情。
そんな表情をされると、見ている側も思わず笑顔になってしまう。
「本当にマイペースな人ですね。」
イロハは左手の人差し指で遥斗の鼻先を優しくつついた。
何回かつつくと、遥斗の眉間にシワが寄ったので、イロハは静かに笑いながらつつくのを止めた。
「さてと、どうしましょうか。」
遥斗をつつくことができなくなってしまった今、イロハがするべきことは無くなってしまった。
仕事としてするべきことも特にない。
イロハが隣で気持ちよさそうに眠る遥斗を見る。
頭の脳波を観測すると、しっかりと熟睡しているようだったので、遥斗はしばらくの間目を覚ましそうではなかった。
「まぁ、たまにはいいですね。」
イロハも遥斗と同じように目を瞑り、無人駅に流れる穏やかな時間をゆっくりと味わうのだった。
「パラッ。」
紙をめくる音が静かな空間に響き渡る。
音がたまたま鳴ってしまったが、普段は鳴ることなどほとんどない。
その空間では人々が紙をめくり、掛かれている活字を読んでいた。
中にはノートを開いて書き物をしている人もいる。
勉強用としても使え、読書用としても使えるその空間は図書館もしくは図書室と呼ばれていた。
しかし、普通の一般人では使うことができない。
理由は図書室でも学校の敷地内にある図書室だからだ。
疎らに居る人全員が学生服を着ている。
市営の図書館の方が学校よりも多くの本を所有しているが、今は夏休みというのもあって子供が一気に増えている。
人の多い場所があまり好きではないので、優里は市営の図書館より学校の図書室に来ていた。
とどのつまり、夏休みでも開いている学校の図書室は優里のような生徒にとっては貴重な場所であった。
「・・・。」
優里が無言のまま再び本のページを捲る。
今、優里が椅子に座って読んでいる本は、アンドロイドについて書かれている本だった。
アンドロイドが生まれた日、アンドロイドの歴史、アンドロイドの性能、アンドロイドの法律等々。
その後も何時間かかけて色々な資料を読んでみた。
その中で、アンドロイドの電波が入らない場所では動くことができないという記載は目にすることができた。しかし、スリープモードに関しての記載は詳細が聞いた話とは全く異なっており、また、イロハのような特別な機体等についてはそもそも記載すらなかった。
「ふぅ~。」
優里がまた一冊読み終わり、その本を横に置く。
「・・・。」
優里は座ったまま腕を上にあげ、背筋を伸ばす。
パキパキと背中から音が鳴ると優里は伸ばすのを止め、背もたれにだらしなく寄りかかり、なんの変哲もない天井を見上げた。
何時間経過しただろう。
図書室での音が一切しなくなった。
背もたれに寄りかかったまま辺りを見回すと、先ほどまでいた人全員が図書室から退出していた。
フロントにも人がおらず。事務員の人も退出をしているようだった。
「・・・ん?。」
優里が机の上で無造作に積み重なっている本に気づく。
「片付けないと。」
そう小言が出たが、すぐにやる気が起きなかった。
読書に夢中になり長時間集中し続けた結果、今は少し休憩したい。
優里が目を瞑りながら天井を向く。
背もたれが少し後ろに下がる椅子なので、思う存分に寄りかかり休息をとった。
「・・・。」
目を瞑りながら、しばらく休んでいると、何の前触れもなく突然、額に冷たさを感じた。
「!?」
優里が驚いて背もたれから起き上がると、膝の上に冷たいコーヒーの缶が現れるのだった。
「えっ?」
「フフフッ」
困惑している優里の隣で笑いを堪えている声が聞こえた。
優里がその方向を向くと同時に優里の顔に自然と笑みが浮かぶ。
「如月先生、脅かさないでくださいよ。」
「ごめん、ごめん、ちょっと悪戯したくなっちゃった。」
如月は校内で知らない人などいない、容姿端麗な教師である。
性格も穏やかで優しいので多くの男子生徒から好まれていた。
先程優里がされたことは男子生徒なら好むシーンであるが、残念ながら男子生徒に如月がこういったことをしないのは有名な話であった。
理由は勘違いの防止だとか。
「それ、あげる。ブラックがよければ、交換する?」
そう言って如月は手元のコーヒー缶を見せた。
「いえ、大丈夫です。ありがとうございます。・・・あっ、飲食禁止ですねここ。」
「じゃあ、屋上に行かない?勉強の休憩がてらに。」
如月は机の上に置いてある本の塔を横目で見ながらそう言うのだった。
数十分後、優里と如月は屋上のベンチに座っていた。
如月が本を片付けるのを手伝ってくれたので、思っていたよりも早く屋上に到着できた。
「元気が出たみたいね。」
如月が缶コーヒーの蓋を開けて、一口飲む。
「はい、何とか。」
「水野さんが図書室に篭るのを久しぶりに見た気がするわ。」
「三か月ぶりくらいですね。読みたい本があって。」
優里がそう言うのを待っていたと言わんばかりに如月はにっこりとした表情を優里に見せる。
如月は生徒を思っていたからこそ出てしまった表情ではあるが、その笑顔を見た優里は如月にジト目を向けてしまう。
「あはは、ごめんごめん。最近元気ないから心配しちゃって。・・・それで、近衛君のところに行って、気になってたことは解決できた?」
優里は大人しく目を元に戻す。
「気になったことが全て解決できたわけではないですけど、私自身があることに気づけました。」
「というと?」
「・・・はい。私が焦りすぎていたということです。私にはまだ時間がたくさんある。だから自分が対応できる数まで絞ってから、それらを確実に納得できるまでやり遂げればいい。・・・近衛君に会いに行って、その地区で流れる時間を経験して、そう感じました。・・・焦りすぎていたから、数を絞ってから集中すればできることなのに、目に着いたもの全てを取り入れようとして、手に負えなくなって、私自身が勝手に疲れていたんです。それに気づくことができました。・・・そして、その時に思ったんですが、」
優里が如月に目を向ける。
「もしかして、先生、・・・このことを気づかせるために、私に近衛君のところへの届け物を頼んだんですか?」
「ん?ん~。」
如月が恍ける。
その態度は再び優里にジト目をさせることに十分だった。
「やっぱり、そうですか。」
「まぁまぁ、元気になったからいいじゃない。」
「気づいていたなら、教えてくれても良かったんじゃないですか?」
「そうねぇ、教師だから教えるのが仕事なんだけど、・・・私はね、教えることだけが全てじゃないと思うの。」
「?」
優里のジト目が元に戻る。
「もちろん、勉強のことは教えるよ?学業に関してのことはね。でも、水野さんのように心の勉強が必要な時は、教えるのではなく気付かせてあげるっていう方が、これから生きていくうえできっと力になる。だから、それをサポートすることが私の教師としてするべきことだと思っているの。」
この時、如月は校舎の屋上から午後2時の青い空を眺めていたが、その空を眺める姿が、昨日に夕焼けの景色を眺めていた河合の姿と重なった。
「先生は、どうして私にそこまで親切にしてくれるんですか?」
「別に水野さんだけ特別にしている訳じゃないよ。私は頑張っている子を応援するのが好きなだけ。」
「・・・そうですか。」
「そうそう。」
「・・・ありがとうございます。」
「どういたしまして。」
優里は如月の言葉を聞いた後、手に持っている缶コーヒーの蓋を開けて飲み始める。
この時のコーヒーは微糖であったのにも関わらず、無糖並みに苦かった。そして、余程喉が渇いていたからなのか、開けたばかりの缶コーヒーは一気に無くなってしまった。
如月は隣で優里の一気飲みする姿を横目で見ながら自分も缶コーヒーに口を付ける。
すると、コーヒーを飲み終えた優里が如月にあることを尋ねた。
「先生、一つ気になったことがあるので、聞いてもいいですか?」
「何?」
「変な話なんですが、・・・何千万という絵の中の一枚の絵を、それが目で見えるものとして存在していないのに、二人の人がその絵を共有して認識できると思いますか?」
「?」
如月が目を点にする。
「どういうこと?」
「・・・実は、」
優里は近衛遥斗に会いに行った際の、不可解な出来事を如月に話した。
アンドロイドであるイロハと近衛遥斗の不可解に成立していた会話、ついでに父からの電話の予知。
今回優里が学校の図書室を訪れたのは、アンドロイドに関しての資料を読みに来ていたのだが、そのついでに近衛遥斗の不可解な現象を説明できる資料も探しに来ていたのだ。
優里は自分が体験した情報を自分の推測も含めて如月に伝えた。
「なるほどねぇ。」
優里から近衛遥斗の情報を聞いた如月が腕を組む。
「近衛君は通信機器の電子メガネや電子コンタクトレンズをしていなかった?」
「はい、メガネはしていなかったし、コンタクトレンズの方も操作したところを見ませんでした。例え、コンタクトレンズをしていたとしても、それなら、私の父さんからの電話をどうやって予知できたのか、説明がつかないんです。先生はどう思いますか?」
「分からないわ、本人に聞いたことないから。」
「そうですか。」
「でも、」
「?」
「もし、水野さんの推測通り、近衛君がネットワークとか電子?的な世界が見えるって言うのなら、どんな世界が見えているんだろう。そして、その世界でアンドロイド達と関わることができるならどんなことができるのだろう、・・・とても気になるわね。そう思わない?」
如月が笑みを優里に向ける。
「ね、水野さん?」
その笑みには言葉が含まれていた。まるで、もう一度近衛遥斗に会いに行けばいい、という意味があるかのように。
そして、そのことを自分が察してしまっているということに優里自身嫌気がさした。
しかし優里自身、そのことが気になっていたのは事実である。
如月は優里の心情を見抜いた上で、優里に問いかけたのだった。
「・・・先生、もしかして態とやってます?」
「あら、私は何も言ってませんよ。」
先程のように優里の目がジト目に変わる。
「ふふふ、調子良くなったね、少し前はもっと暗い顔してたのに。それに、今水野さんが気になっているアンドロイドに関しての知識は、近衛君が一番詳しいと思うけどな。」
如月に読んでいた本を見られたので、言い返す言葉が見つからない。
「・・・まぁ、自分なりに調べますよ。」
ふて腐れたような優里の返事が再び如月に微笑みを与えた。




