12 異変
優里は河合と共に、郊外にある高級和食店の個室で料理を待っていた。
広い和室の中央に10人程が囲えるテーブルが設置されており、優里は河合と向かい合うように座っていた。
真新しい畳からはイグサの香りが部屋に放たれ、部屋を仕切っている障子には散りばめられた金箔が点々と瞬いている。
床の間には屏風が置いてあり暴れる虎が描かれていた。
独特な気迫があり、色んな角度から眺めても立体的に見えてしまう。
外からは「コンッ。」と竹の石を叩く音が聞こえてくる。
鹿威しと思われるが、この辺りにはまだ自然が少なかったので、今外で音を鳴らしている物体は雰囲気を感じ取ってもらうための置物だった。
客人をもてなし、歓迎するための高級な料亭。
余りにも格式が高いので、優里自身も思わず怖気づいてしまう。
ジャージとTシャツを身に着けている河合が言う。
「いや~、久しぶりに来ちゃった~、ここ美味しんだよね~。」
料理を待つ河合は八重歯が見えそうな程にんまりと笑顔を見せている。
今の河合は料理を食べに来たというよりも、学生が旅館に泊まりに来て風呂上りに夕食を取っている、そんな雰囲気を漂わせていた。
「いっぱい食べてね、今日は奢るからさ。」
「・・・あの、ここ、すごい高いんじゃ。」
「ん?あぁ、いいの、いいの、こう見えて結構稼いでいるからさ。後、使える物も貰える物もしっかりと手にしとかないと後で後悔するよ。だから、気にしちゃダメ。」
「あ、ありがとうございます。」
器がでかいのか、マイペースなのか、初めて挨拶に来た時の河合は見る影も無かった。
料理を待っている河合がポケットから煙草を取り出す。
「中庭で吸ってくるけど、優里ちゃんはどうする?」
「中庭ですか?」
「鹿威しが鳴ってるとこ。気になるならついて来るといいよ。」
「あ、はい。」
河合は立ち上がり、鹿威しの音がなる方へ部屋を進む。
優里も河合の後を付いて歩いた。
河合が障子を開けて縁側に出る。
するとそこは、縁側ではあったが戸が一つもなくそのまま中庭と繋がっていた。
外の冷たい外気が室内に吹き込んでくる。
河合はというと、縁側に座って胡坐をかき、煙草を加えて火をつけた。
「フー。」
河合が吸った煙を吐き出し、縁側より外側にある細長い灰皿の上で煙草を弾く。
「結構よくない?落ち着くでしょ。」
「・・・はい。そうですね。」
中庭には白い玉砂利が敷かれ、波のような模様が描かれていた。
疎らにある灯篭に燈された炎が揺らめき、その明かりで庭に置かれている苔の生えた石が薄っすらと見える。灯篭の位置が絶妙で、暗い場所と明るい場所が造りだす庭の景色は幻想的な世界を表現しているように感じた。
少し離れた場所からは水の音が聞こえる。
そこでは、先ほどの鹿威しが「カンッ。」と甲高い音を鳴らして存在をアピールしていた。
「フー。・・・優里ちゃん。」
「何ですか?」
「不思議なこと聞くけどいいかい?」
「?、・・・はい。」
「何かいいことでもあった?」
河合の言葉を聞いて優里は目を点にする。
「え、何でですか?」
「ん?いや、最近元気無いなって思ってたけど、今日は何か雰囲気が明るいよ。」
雰囲気が明るい。不思議な言葉だった。
いつも通りの自分だと思うが、他の人の視点だとやはりそう言ったことも含め見方も変わるのだろうか。
隣の河合は無表情で煙草を吸いながらその三白眼に優里の姿を映していた。
「・・・。」
「・・・。」
しばらく沈黙が続く。
その間も河合はその目に優里の姿を映し続ける。
「・・・昨日と今日で良いことがあったんです。」
結局、その沈黙を破ったのは優里だった。
「へぇ。というと。」
「気持ちにゆとりができたから、ですかね。」
「悩み事があったんだね。」
「はい。情けない話なんですけど、嫌になったことがあって、何もかもやる気が起きなくなっていました。でも、今日少し元気がでたんです。・・・まるで、心の火が再点火したというか、それなのに、気持ちが落ち着いている感じですね。」
「そうなんだ。・・・良かったね。・・・優一さんも優里ちゃんの元気な姿を見れば、それだけで頑張るエネルギーになるから、元気は絶やさないようにね。」
「はい。」
河合はその後、優里に質問をすることは無かった。
過去の話を教えてくれたのにも関わらず、他の人が余り話したくないことについては詳しく言及しない。
そんな人柄なので、優里も個人的にかなり接しやすい人だった。
河合が吸い終わった煙草のフィルターを灰皿にいれる。
「さぁ、中に入ろうか、そろそろ料理が来るから。」
「はい。」
二人は部屋に戻った。
その後優里は河合と一緒に料理を食べ、会話を楽しみながら、一緒に家まで帰宅し、二人の今日は何事もなく幕を下ろすのだった。
東の地平線から地表に光が照らされ始める。
光を放つ円はみるみると高度を上げていき、時間も経たないうちに目に優しい日差しへと変わった。
空は快晴に包まれ、少し乾いた空気が風に乗りながら殺風景な平原に吹き込む。
平原の中央に全自動車専用道路が敷かれ、その両端の土地は緑黄色の短い草と乾いた地面が乱雑的に色を付けていた。
「あっ、いた。」
道の端を歩いている高校生がそう言った。
その声を放った高校生は、朝であるのにも関わらず疲弊していた。目元に少しクマができ、頬は痩せこけ、活力がほぼ無くなっているように見える。
「大丈夫だと思うけど、一応周囲の状況を確認して、イロハ。」
「はい、分かりました。」
イロハというアンドロイドは遥斗の要望を承諾し、周囲に異常が無いか確認を始めた。
イロハはアンドロイドであるが、人間で言うと美人という分類に入ってもおかしくない程端麗な容姿をしている。
色白な肌は潤いを保持し、唇は艶かしく淡いピンクに染まり、髪は艶を蓄えて滑らかな感触をしていた。
太陽に照らされるとその姿は更に美しさを増し、街を歩けば振り向く人も少なくないだろう。
「・・・・・・・・・・・・・。はい、大丈夫です。周囲に被害はありません。ここら一帯は異常なしです。」
「了解、ありがとう。」
遥斗とイロハがあるものに近づく。
「遥斗様、やっぱり、昨日のうちにシステムチェックと復旧作業をしたんですね。」
「うん、ごめん、問題はなかったけど気になっちゃって。遠隔で終わらしちゃった。」
「・・・・そうですか。」
「・・・昨日、注意してくれたのにごめんね。」
「いえ、誤らなくていいです。それより、体調の方はどうですか?」
「今の所大丈夫。」
二人が目標の目の前に到着する。
動かなくなって、その場に座り込んでいる女性のアンドロイド。
イロハと同じスーツ姿なので、この周辺を見回っているパトロール専門のアンドロイドだ。
パトロール専門のアンドロイドは自身が管轄する土地でトラブルがあった際に、真っ先にその場に駆けつけ、状況を確認し最善の解決策を行ってくれる便利屋である。
全国の至る場所で生活をしており、非常電話を受信すれば、電話を発信した場所を管轄する、もしくはそこから一番近いアンドロイドが現場に駆け付け、問題を解決する。
今、遥斗たちがいる穏やかな地域では女性アンドロイドが管轄を任されたりすることもあるが、治安が悪い地区では屈強で戦闘に特化した、強靭な肉体を持つ男性アンドロイドがその地区の管轄を任されている。
とはいえ女性アンドロイドでも、生身の人間に蹴りを喰らわせば即死させる程の力は持っていた。
しかし、これは、活動していたらの話である。
今遥斗たちの目の前にいるアンドロイドは、頭を少し傾け、目を閉じており、呼吸はしているようで、身体をゆっくりと小さく上下させていた。
何も知らない人から見れば、ただ座って寝ているようにしか見えないが、アンドロイドの機能を知っている人にとっては冷汗が出そうになることもある。
なぜなら、この状態こそがスリープモードだからだ。
心臓部にある小さな原子力発電所を暴発させないために機能する緊急維持システム。
アンドロイドが電波の範囲外もしくは、身体の重要な部位に致命的な欠損があった際に発動する。
発動した場合、遥斗のような修理・復旧担当者がシステムのチェックを行い、活動が不可能と判断された場合は維持システムを機能させたまま、業者に運んでもらい、特別な場所で解体処分を行うことになる。
逆に、活動に対して異常が無いと判断した場合は、最後にあることをして復旧作業が完了する。
それをいざ実行しようとした遥斗にイロハが言う。
「・・・どうしても、必要なんですか。その仕上げ。」
「まぁね、本来なら修復作業自体はここでしないといけないから。」
遥斗はしゃがみこんで、スリープモードになっているアンドロイドの両耳たぶを5回優しく引っ張った。
遥斗が耳たぶから手を離すと、スリープモードのアンドロイドはゆっくりと瞼を開き、頭を上げて目の前にいる遥斗とイロハを自分の目に映した。
スリープモードを解除した相手を認識し、それがアンドロイドの復旧作業に許可の下りた人物であるか確認する為だ。
確認に時間がかかるため、アンドロイドはその間ずっと二人を見続けた。
「・・・・・・。」
「・・・。」
「・・・。」
「・・・・・はっ!」
アンドロイドが突然、自我を取り戻す。
「あっ、起きた。」
「良かったです。」
アンドロイドの光を宿した目が二人を映す。
「・・・あわわわ・・・。」
するとアンドロイドはひどく困惑を始めた。
無理もない、いつの間にか意識を失って、気づけば目の前に二人の見知らぬ人物が立ち塞がっていたのだ。
また、アンドロイドは頭の中で日付と時間を常に確認することができる。
その為、自我を取り戻した瞬間、時間が飛んでいるということに気づけるのだ。
不規則過ぎる出来事が突然起きてしまえば、いくらアンドロイドと言えど対応には困ってしまうようだ。
「体調の方は大丈夫ですか?」
止まっていたアンドロイドの様子を見かねたイロハが尋ねる。
「は、はい。異常はないです。あなたは・・・・・・アンドロイドの168‐A001号さんですか。」
「はい、そうです。」
「お、お隣の方は・・・あ、私の復旧をして下さったんですね。・・・近衛遥斗さん・・・ですか?」
「うん合ってる。・・・僕たちを認識できるなら、大丈夫そうだね。」
「は、はい。ありがとうございました。」
「いいよ。元気になって良かった。」
「あ、あの・・・。」
「?」
「もしかして、私はスリープモードでしたか?」
「うん、さっきまでそうだった。」
「・・・そ、そうですか。」
アンドロイドは遥斗の返答を聞いて気を落とす。
俯いて、自分の両手を眺め、その目からは先程宿った光が徐々に抜け落ちているように見えた。
ズリープモードに入ったということは、身体の何処かに重大な欠陥があるという可能性を示唆されることになる。その為、安全安心という言葉を製造元に証明するためには身体の更新が必要であった。
しかし更新するとなれば、アンドロイドの記憶は維持されたまま別の機体に移ることになる。
特に何もなければ身体が新しくなる良い機会であるのだが、今の身体に特別な思い出があったとしても更新は強制で行われてしまうのだ。
アンドロイドの反応からして恐らく後者に対して当てはまることがあるのかも知れない。
「聞いて欲しいことがあるんだけどいいかい?」
「は、はい。」
アンドロイドの声が少し震えていた。
自分の身体のことを言われると思い、身を構えているのだろう。
しかし、遥斗はアンドロイドが思いもしない言葉を発した。
「今回のスリープモードになった件だけど、身体の何処にも異常はなかった。システム、機械部位、細胞、心臓部、身体の隅々まで見たけど、全部正常だったよ。僕が保証する。更新する必要はないと会社にそう言ってくれたらいい。」
「あ・・・。」
アンドロイドは遥斗の言葉を聞いて自分の目を潤わせ始める。
「あ、ありがとうございます・・・。」
「さぁ、手形スキャナーを出して。・・・僕の手形を読み取ったら、そのデータとさっき僕が言ったことをそのまま会社に連絡してくれたらいいよ。これで本人が確認したっていう証明ができる。一応、会社からの返答をイロハに送って教えてくれ、何かあったら力を貸すから。」
「・・・はい。ありがとうございます。」
アンドロイドは涙を頬に流しながら自分の右掌を遥斗に向けた。
「・・・ここに右手をかざして下さい。」
「分かった。」
遥斗はアンドロイドに手を合わせる。
細く、なめらかで、とても柔らかい、女性の手をしていた。
手を合わせている間、アンドロイドは涙を流し続けており、その表情を見ている遥斗は彼女を優しく見守ることしかできなかった。
「・・・少し時間がかかりますので少々お待ちください。」
「分かった。」
「・・・・・。」
遥斗はじっと涙を堪えようとする彼女を見ていた。
それ以外に自分のできることが無かったからだ。
しかし、アンドロイドがあることを喋り始めたので遥斗は彼女の声に耳を傾ける。
「私・・・・、今はパトロール専門として稼働していますが、6年くらい前はここから少し離れた場所にある屋敷でメイドとして仕えていました。」
「そうなんだ。・・・主はどんな人だったの?」
「ご主人様はとても寛容な方で、器が大きく、そんな人柄から親しい人も多かったです。しかし、ある日病を患ってしまって、余命宣告をされてしまいました。」
「・・・。」
「そんな中、突然、ご主人様は私を連れて世界の旅行を始めたんです。・・・色々な場所に連れて行ってくれました。・・・訪れた場所の感動や興奮は今でも肌にその時の感覚を思い出させます。彼は旅行の間ずっと私の手を握ってくれていました。・・・私もそれがすごく嬉しかった。・・・あの人の手の感触と体温が私の手にずっと残っています。しかし、もう同じ感覚を味わうことはできません。・・・旅行から帰宅して2か月後、彼は亡くなってしまいました。・・・両親もおらず、妻もおらず、子もいなかった彼の屋敷は売り払われ、今はホテルとしてこの地区のリゾート地となっています。」
「・・・。」
「あの人と触れ合った、同じ時間を過ごした、この身体を捨てたくない。私はそう思ってしまいました。・・・感覚も頭のメモリーに分類されるので、現実的な話ではないですね。」
涙を流しながら語っていたアンドロイドは無理に笑顔を作る。
無理に笑顔を作ることは自分がよくしていたが、涙を流されながらやられると心が砕けるほど悲しくなってしまう。
「・・・。」
しかし、彼女の言葉を目を逸らさずに聞いた遥斗にとって、彼女に対してこれだけは伝えたいという言葉があった。
「そんなことないよ。」
「?。」
「現実的とか、理論的とか、そんな言葉達なんかで語れない大切なものを君は持っている。それは、君の一生の宝だ。君は間違ってなんかいない、おかしくもない、だからこそ、君の中で生き続ける主様をしっかりと忘れないであげて。」
遥斗の言葉を聞いたアンドロイドは目を大きく開き、遥斗の真剣な目を見つめる。
すると、彼女の目元にある涙は晴れあがり、満面の笑みを遥斗に見せてくれるのだった。
「・・・・・・。」
一仕事を終えた遥斗は少し歩いた後、道端で営業していたファストフード店に入り、昼食をとった。
今は食べ終わり、天井を見ながら休憩をしている。
遥斗のトレイの上には食べ物の包み紙と紙コップ、そしてアイスクリームが入っていたカップが置いてあった。
目の前の席ではイロハがまだ食事をしている。
イロハのトレイの上は綺麗に整理されており、食べかすなどは一切なく、包み紙は丁寧に畳まれていた。
「・・・・・・・・。」
「・・・何を考えているんですか。」
イロハが食事の手を止めて天井を見上げている遥斗に尋ねる。
「気になること。」
「さっきの子が言っていたことですか?」
「うん。」
先程助けたアンドロイドが別れ際に不可解なことを教えてくれたのだ。
普通アンドロイドはスリープモードが発動した瞬間に最低限のシステム以外が全て停止するので、そこからの記憶が一切無くなってしまう。
その為、スリープモードになったアンドロイド達に自分の身に何が起きたか説明を求めても、覚えていない、もしくは自分の身に何が起こったか分からないのだ。
しかし今回復旧させたアンドロイドは、スリープモードを発動した後、そこから意識が無くなるまでの数秒間の出来事を覚えていた。
どうして彼女だけがその時の記憶を覚えているのかわからないが、今まで有益な情報を得られなかった遥斗にとって彼女の情報は非常に有難い話だった。
そして、彼女は意識が途切れる瞬間の記憶をこう言った。
「「足元しか見えなかったのですが、何者かが私の前に立っていました。黒いズボンと黒い靴を身に着けていましたよ。」」
「・・・・・・・・。」
仮に犯人が人間だったとしよう。
もし、彼女がその人に襲われたとしたら、犯人はパトロールを行うアンドロイドに気配を気づかせることなく近づく必要がある。
しかも、周囲は隠れる場所のない殺風景な平原だ、隠れる場所など、ほとんどないに等しい。
そもそも、蹴りで人を殺せるほどの力を持っているアンドロイドが生身の人間からスリープモードになるまで追い込まれること自体、おかしい話だった。
逆に犯人がアンドロイドだったとしよう。
電波が届く範囲でのイロハも含めて、全てのアンドロイドはいつ、どこで、どの付近を歩いていたか、位置情報から簡単に行動を追跡できる。
その為、彼女がスリープモードになった際、付近にアンドロイドが通過しているかを確認すれば、簡単に犯人を見つけることができるのだ。
しかし、止まっていた彼女から管理局に問い合わせをして貰ったところ、スリープモードが発動してから付近にアンドロイドが近づいた形跡はなく、一番最初に近づいたアンドロイドはスリープモードを解除した際のイロハだったという回答が帰ってきた。
つまり、スリープモードが発動した際、アンドロイドが近くにいたとは考えづらい。
「・・・・・・。」
復旧した彼女から話を聞いた後、一瞬だけ考えてしまった最低な推測を突発的に思い出す。
それは、イロハが電波を妨害する物体を身に纏い、彼女に近づくことだ。
電波が無い状況で動けるイロハなら、その状態で彼女に近づき位置情報を残さないで襲うことができる。
しかし、イロハは電波が無い状況ではまともに歩くこともできず、そんな状態なら、いくら不意を突かれたからといってもアンドロイドは十分に反撃ができる。
極めつけに、あのアンドロイドがスリープモードを発動した際、イロハは全く違う場所で遥斗の為に動いてくれていたことを、イロハのデータをサーチして確認した。
そのデータを見た時、自分が余りにも最低な考え方をしてしまったことに気づき、大切な人を一時でも疑ってしまった自分が許せなかった。
「はぁ〜。」
遥斗が大きなため息を吐く。
その姿を見たイロハは今度はストローで飲みかけていたドリンクを中断して遥斗に尋ねた。
「どうしたんですか?」
「ん?・・・いや、彼女は嘘をついてはいなかった。・・・足だけ映った人が気になって。」
遥斗の言葉を聞いたイロハが眉を顰める。
「話を聞いた後、彼女の記憶を見たのですね。」
「あっ、・・・うん。」
「いくらアンドロイドだからと言って、メモリーを勝手に覗かない方がいいですよ。誰にだって隠し事はあるんですから。見られたくないことや知られたくないこと、遥斗様にもあるでしょう。」
「分かってる、これでも自分勝手な使い方は控えてるつも、・・・・・・そうだね。ごめん。結構自分勝手に使ってる、極力控えるよ。悪かった。」
「・・・・・・分かってくれたなら、いいですよ。」
イロハは止まっていた手を再び動かし始める。
すると遥斗は食事をするイロハの姿をじっと眺めた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「何ですか?」
「・・・イロハ。」
「はい。」
「・・・イロハは自分の身体に限界が来て、更新が必要になった時、進んで更新をする?」
食事の為に動かしていたイロハの手が再び止まる。
イロハは首を少し傾けて目を瞑る、時間が少し経過して再び目を開けるとイロハはその質問に答えてくれた。
「・・・状況によります。遥斗様が存命でおられるなら更新しようと思います。しかし、遥斗様が亡き人となっていれば更新はしないと思います。そのまま、自分の命が尽きるのを待つと思います。」
「そう・・・なんだね。」
「はい。」
「・・・イロハ・・・ごめんね。」
「?。どうして謝るんですか?」
「・・・謝らないといけない気がした。」
「?。」
遥斗は一言一句漏らすことなく、先程自分が考えた推測をイロハに話した。
イロハは遥斗から目を逸らすことなく、遥斗からの言葉と謝罪を受け取り、遥斗が話し終わると、イロハは目を閉じてしばらく静止した。
イロハが何も喋らない間、遥斗はずっと下を向くことしかできなかった。
しばらく沈黙が続く。
店内に流れるBGMがどんどんと遠くなっていく感覚がした。
イロハの言葉が怖かったが、何を言うのか気になってしまい、そこに全部の意識を集中しているようだった。
早く喋ってほしい。
沈黙が続けば続くほど、額に汗を掻いてしまう。
しかし、その瞬間はあっけなく訪れた。
「・・・バカな人ですね。」
イロハが笑いを含んだ小声でそう言った。
「えっ?」
「言わなければいいのに・・・私が感情的なアンドロイドだったら今頃、大喧嘩していますよ。」
「え、イロハ?」
イロハは呆れたような笑顔を作っていた。
その反応に遥斗が戸惑う。
「大丈夫です。サーチされたことは問題ですが、先程のお話しではそれ以外のことで遥斗様を蔑んだりなどしません。寧ろ、遥斗様が考えたことは理に適っています。私も同じ立場なら一瞬その考えが浮かぶと思います。だから、安心して下さい。」
「・・・イロハ・・・ありがとう。」
遥斗はイロハに頭を下げる。
誠心誠意の感謝だった。
声のトーンからしてイロハもそれが遥斗の真剣な想いだということに気づく。
そして、だからこそイロハは今、自分が優位な立場に立っていることを認識した。
「・・・。」
頭を下げている遥斗を見てイロハに悪戯心が湧く。
「・・・ただ、疑われたのはショックですね。あれだけ遥斗様のために動いていたのに。」
「うっ。」
「・・・それに、他人のメモリーを勝手に見るというのも、先程注意したことを素直に聞いたのはそういうことだったんですね。」
「ぐっ。」
「長い間一緒にいるのに、信じてくれなくて悲しいです。」
「がっ。」
イロハの一言一言が胸に突き刺さる。
そんな遥斗の反応を見てイロハは楽しんでいるように見えた。
「と、まぁ、冗談はさておき、遥斗様、私は今とても傷つきました。約束は既に破られていましたし、意識されていた好きな異性を自分の信頼していた親友に奪われる気分を味わいました。これで終わりなら、それこそ私はもう立ち直れませんね。」
「例えが独特だね・・・。分かってる。埋め合わせはする。何でも言って。」
すると、その言葉を待っていたと言わんばかりにイロハの不気味な笑顔が遥斗の目に映る。
「そうですか。では、ここを出た時にお願いしますね。」
「あ、はい。」
遥斗が承諾すると、イロハは目を瞑りサーチを始めた。
遥斗が少しイロハのサーチを除くと、イロハは本日外泊する場所を探しているようだった。
「・・・。」
イロハがサーチを終わらせるまでの間、遥斗は明日の自分の身体のことを心配した。




