9 仕事
優里は遥斗に連れられて中庭を通過し、鉄製の工場の前に立っていた。
大きなスライド式の扉があるが、遥斗はその扉を開けず、横にある小さなドアを開けた。
「さぁ、どうぞ。」
案内された場所は事務所という言葉が相応しい部屋だった。
揃えられてるスリッパに履き替え、部屋の中に入る。
「ここは、事務所だね。特に何もない。」
部屋の中央にある机の上にはハンコで済と押された紙が散らばるように置いてあった。
「あ、ごめんね。結構散らかっているんだ。」
遥斗が急いで机の上の紙を束ねる。
「・・・それ、全部仕事?」
優里の言葉を聞いた遥斗の手が止まる。
その地点で机の上にはまだ用紙があるのにも関わらず、遥斗の手には50枚近く束ねられている様子だった。
「・・・そうだね、昨日水野さんが届けてくれた届け物もそのうちこれに纏められる。」
「すごい、量だね。」
「ひと月で出来る量は限られているけどね。」
遥斗は机の上の用紙を全て束ね、トントンと端を整えた後、机の上に置いた。
「・・・よし、じゃあ、工場の中を案内するよ。」
遥斗は部屋の奥にあるドアを開けた。
ガチャッ。と音を立てて開くドアに重みがあるように感じる。
優里は遥斗の後ろに続いて工場の中に足を踏み入れた。
「・・・。」
優里は開いた口が塞がらなかった。
なぜなら、ドアの先にあった工場と呼ばれる空間が事務所のサイズとほぼ変わらない大きさの部屋であったからである。
外観の割には余りにものあっけなさにハトが豆鉄砲を喰らったような表情をしている優里を見て、遥斗は笑っていた。
「どう?がっかりした?」
「い、いや。」
優里は必死で隠そうとしたが、その反応は更に遥斗を笑わせた。
「まぁ、安心して、ここは仕事場だけど、僕が作業をここでしているだけであって、もっとすごいものが中にある。」
そう言って遥斗は作業部屋の奥にあるドアに向かって歩き出した。
優里もそれに続いて歩き、ついでに作業部屋の中を観察する。
部屋の角には作業台が置いてあり、その上には模作品であるのだろうか、金属で作製された腕の骨格がある。そして、作業台の周りには道具箱だろうか、空いた状態のものが足の踏み場もない程に散らばっていた。
それ以外は特に何もなく、優里が呆気にとられた表情をしてしまった原因がそれでもあった。
「ここから奥は企業秘密ってやつ。」
遥斗はそう言いながら、ダイヤル式の南京錠の数字をクルクルと回し、カギを開けた後、優里を先に部屋の中に入れさせた。
薄暗い空間にほんのりと淡い緑の光が辺りを照らしていた。
優里が部屋の中に入ると隣で遥斗がパチンと部屋の電気を点けるスイッチを押す。
点灯管が付いている蛍光灯だったため、光が点くのに間があるが、部屋の不気味さも相まって光を放つ時間が長く感じられた。
「!!!。」
光が部屋全体を照らした瞬間、優里はその光景に動くことができず固まってしまった。
思わず唾を飲み込み、気づけば少しの間呼吸することさえ忘れていた。
「こ、これは・・・。」
高さが1m程の液体の入ったカプセルの中に腕の骨格と思われる形をした金属の模型品が入っている。しかし、その金属が普通ではなかった。
その金属の模型品にある程度の大きさをした細胞が接着し脈を打っていたのだ。
しかも、それが入ったカプセルは一つだけではなく、模型品の型が変わるごとにカプセルに一つずつ入れられて、それぞれに細胞が接着し脈を打っていた。
そのカプセルは見えている範囲で少なくとも50程稼働しているようだった。
全てのカプセルには外側から細いチューブが中に入っており、それが細胞と繋がっているように見える。
チューブの中には赤い液体が流れており、いかにも血液といった代物に近いように見えた。
「ここは、人工細胞と金属の骨格を繋げる作業現場。これは、信頼できる人にしか教えていないよ。前に少し痛い目に合ってね。・・・父さんがこの関連の仕事をしていて、僕も手伝ってる。とはいっても、僕はまだ細胞を接着することができないから、金属の骨格を作ることしかできないんだけどね。」
遥斗が苦笑いをした。
「す、すごい数。」
「今日の昼頃に納品するんだ。ここにある物全部。・・・どう、驚いた?」
「う、うん。」
この工場の外は、至って普通の穏やかな田舎の世界が広がる。
そんな中、この工場の中はハイテクな機材が多くそろっており、ゲームや映画でしか見たことのない、生物を研究する施設とほとんどそのままであった。
外側と内側のその差が余りにもかけ離れていた。
それが、まず驚いた理由の一つ。
二つ目は、遥斗がそう言った仕事に携わっていたことに確信を持てたからであった。
ここに来るまでに如月や聖子、そしてイロハの話を聞いて、遥斗はアンドロイドに関わる仕事をしている、ということが分かっていたものの、それが本当なのかと心の中で少し疑ってしまっていた。
理由は、余りにも具体的な例がなく、夢のような内容であったからである。
しかし今、目の前に現れた光景と、それを焦りもなくただ紹介することに徹していた遥斗を見て3人の話が本当であったことに確信が持てたのだ。
百聞は一見に如かずという言葉を身を持って知った瞬間でもあった。
三つ目は、その量である。
「このカプセル一つはどれくらいで造れるの?」
「えっと、ゼロからだと早くて1週間かな。僕が2日で骨格を作って、父さんが5日で細胞を接着させる、感じだね。でも、急激な作製は逆に細胞と金属に負担をかけるから、あまりよくないんだ。ゼロから作るなら最低でも2週間以上はかけたい。」
「これ、全部作るのにはどれくらいかかったの?」
「えっと、4月の始め頃からかな。それで、一昨日ようやく終わったよ。」
丁度、新学期が始まった頃であった。そして、全て終わったのが一昨日ということだった。
つまり、遥斗は学校に行かない、ではなく、行くことができない。そういうことだと優里は知った。
「昨日くれた手紙があったでしょ。あれが多く来るようになったのが4月の始め頃、その時から、現状のアンドロイドを更新、要するに新品にするために、部品の発注が増えてね。まぁ、学校に行く時間が無かった。多分今、他の業者もヒィヒィ言いながら作ってると思うよ。需要量に対して、供給できる量が少ないからね。でも、ようやく終わったよ。だから、今はゆっくりしている。あっ、昨日サボったことは学校には内緒でお願い。」
そう言って遥斗は優里に向けて手を合わせた。
「大丈夫、言わないから。」
「ありがとう。・・・あれなんか、水野さん顔色悪いけど大丈夫?」
「う、うん大丈夫。」
そして、驚いたこと四つ目。
ゲームや映画の中で見ることはあったが、実際にそれが目の前に現れるとやはり気分的に捉え様が異なるようで、自分自身にその耐性が無いことに気づいてしまった。
カプセルの中にある細胞の脈動が徐々に同じタイミングで揺れるように見えてくる。
それはまるで、目に映る脈動が自分の心臓を揺らしているように感じ、呼吸もしづらくなり、口がひどく乾いてきた。
我慢すればするほど、細胞たちの脈動は優里の耳元に近づき、大きな音を立てて揺れ、胸の中心辺りが一気に熱くなった。
食道へと熱いものが持ち上げる。
耐えようと我慢をするが、更に胸が熱くなり、その熱がついに限界点を越えてしまった。
「ゲフッ、ウプっ。」
今までに出たことのない声が喉の奥から発せられた。
その声にビクッとした遥斗だったが、水野の様子を見て次に何が起こるかを察した遥斗は急いで容器を持って来ようとするが。
「あっ、ちょっと待って水野s、」
オエェェェ・・・。
ベチャベチャベチャッ。
声ではない声と粘着質を持つ液体の落ちる音が工場内に響き渡る。
その後、優里の記憶はそこから途絶えてしまう。
途絶える瞬間に「水野さん、大丈夫?、水野さん。」と声が聞こえたが、優里の視界は真っ黒に染まってしまった。
ほのかに、ラベンダーの香りが優里の鼻に付く。
身体が温かい。この感触は布団と毛布の間で寝転んでいる状態だ。
カーテンが風で揺れる音がする。
誰かが本を読んでいるのだろうか、隣でページをめくる音がした。
「っ!」
カバッと音を立てて起き上がる。
「・・・。」
そこは、遥斗の家に来た時に最初に案内された部屋だった。
どうやら、そこで布団に寝かされていたようだ。
口の中が妙に酸っぱい。
「・・・あっ。」
そう言って、自分の記憶が途切れた場面を思い出した。
「優里、気分は大丈夫ですか?」
優里が横を向くと上下のスウェットを着用したイロハが座っていた。
すぐそばには何冊かの本が束ねられている。
どうやら読書をしながら、優里の容体を見ていたらしい。
「・・・。」
昨日の恰好とは余りにも差があったので、一瞬誰か分からなかったが、声と容姿で瞬時に判断ができた。
「あぁ、イロハ・・・。・・・私・・・やっちゃったよね。」
「そ、そうですね。ま、まぁ、大丈夫ですよ。」
アンドロイドであるイロハが珍しく動揺をしていた。
「そ、それより、身体の方は大丈夫ですか?」
「・・・うん、大丈夫、・・・近衛君は?」
「今、掃除してます。」
「・・・。」
イロハの言葉を聞いた優里は頭をガクッと下げる。
「だ、大丈夫ですよ、優里。あのグロテスクなものを、閉鎖された空間で、一度にたくさん見てしまったら、気分も悪くなりますよ。受け取りにくる業者の人だって、気分を悪くすることがあるんですから。」
「・・・うぅ~、ごめん。・・・私もまさか、吐いて気を失うとは思わなかった。」
「遥斗様の配慮が無かったからです。だから気にしないで下さい。」
「ありがとうイロハ。・・・はぁ~・・・。」
ため息がひどく重たかった。
そんな優里をイロハは必死に慰める。そんなやり取りが数回続くと、掃除を終えた遥斗が帰ってきた。
「あ、水野さん、気が付いた?」
「近衛君、ご、ごめんなさい。私。」
「いや、いいよ、それより起きてくれて良かった。頭から地面に落ちたから心配だったんだよ。」
「私は大丈夫。ほんとにごめんなさい。」
「優里は謝らなくていいですよ、今回は遥斗様が全面的に悪いです。」
「そうだよ、入るときに言わなかった僕が悪い。だから、気にしないで。」
「うぅ、ごめん。」
優里はそれしか言葉が出なかった。
「とりあえず今は休んでて、僕も夕方までは用事がないし、それまでは家に居ても大丈夫だから。」
「あ、ありがとう。」
そう言って遥斗は部屋を出て行った。
その後イロハが優里に言う。
「優里は、もう少し横になっててください。時間が来たら起こしますよ。」
「わ、分かった。」
正直、まだ気分が良くなかった。食べる物もしばらくの間は喉を通りそうにない。
優里は大人しく布団に横になった。
イロハは優里が横になったのを確認すると、横に置いていた本に手を伸ばし、再び本を読み始めた。
ページをめくる音が数十回、部屋に響く。
風はほとんど無風で、イロハの呼吸をする音が微かに聞こえる程、室内は静かだった。
そんな中、優里の声がイロハに向けられて発せられる。
「・・・・・・・・ねぇ、イロハ。」
本を読みながらイロハが答える。
「・・・何でしょう。」
「・・・私、本当にあの部屋見ても良かったのかなぁ。企業秘密って言ってたのに。」
「・・・安心して下さい、遥斗様はですね、あぁ見えて、こういうことに関してはすごく神経を使っているのですよ。」
「・・・そう、なの?」
「・・・今回、優里に色々なことを教えてくれたのは、恐らくですが、私、そして聖子様の反応を見ていたからだと思います。」
「・・・。」
「・・・遥斗様が、聖子様は心から信頼できる人が分かると言っていました。私も聖子様はそういったことを判断ができる方だと思っています。そんな聖子様から自ら進んで家に招待をされる人なんて、なかなかいません。しかし、優里は招待されました。それだけでも充分ですが、私も優里に対しては好感しかありません。なので、暇な時間があればこうやって関わりたいと思っています。遥斗様はそんな私達の様子を観て、優里なら大丈夫だと確信を持っているのだと思います。だから、色々なことを教えてくれているのだと思いますよ。」
本を読みながら話していたイロハが視線を優里に移すと、優里が自分とは逆の方向に寝返りをしていることに気づいた。
「どうしました?優里。」
「ごめんイロハ、今、すごく恥ずかしい。」
優里の言葉を聞くと、イロハはフフッと笑って読書を再開した。
一方その頃、工場内の事務所である男が荷を作っていた。
「よし、これでおっけ。」
遥斗は出かける為の準備をしていた。
今日の夕方、遥斗はイロハと共にスリープモードになってしまったアンドロイドを修復するために、少し遠出をする。
その為の支度がつい先程完了した。
遥斗は事務所内のキッチンの引き出しから自分のコップを取り出し、インスタントコーヒーを淹れた。
コップを持って、事務所中央の机に座り、コーヒーを一口飲む。
「ふぅ。」
遥斗自身も、まさか仕事を紹介してすぐにゲロの処理をするとは思っていなかった。
しかし、今回の件は自分にも不備がある。
「まぁ、あれは確かに初めての人にはきついか。」
優里を責めることができなかった。
「それにしても、か。」
ゲロとは違うことがすぐ頭に浮かぶ。
それはアンドロイド達の原因不明のスリープモードのことだった。
悪い所、思い当たる節、様々なことをずっと考えていたが、結局思いつくことは無かった。
アンドロイド達の復旧に向かうが、いつも復旧はすぐに終わり、直す箇所も特になく、その後は異常も起きずに平常運転をする。
だからこそ、それが頭を抱える要因となっていた。
「今回も行くだけで終わるかな。」
そんなことを呟いてコーヒーをもう一口飲むと、外でトラックの走る音が聞こえた。
その音に気付いた遥斗は時計を見る。
「あぁ、もうそんな時間か。」
業者が遥斗と遥斗の父が作製した品物をトラックで受け取りに来たのだ。
トラックは道の路肩に寄せて停められ、ハザードランプを焚いていた。
運転手は降車すると、工場に近づいて、事務所の入口を開けた。
「こんにちはー、遥斗君いる?」
活気のある女性の声が聞こえた。
「はい、いますよ。お久しぶりです、河合さん。」
「おぉいたいた、久しぶりー。・・・あれ、何か疲れてない?」
「そんなことないですよ。いつも通りです。」
「でも、少し痩せてない?若いんだからしっかりご飯食べないと倒れるよ。ほら、牛タン乗っかった弁当だ。」
そう言って河合はレジ袋に入った弁当を遥斗に渡した。
「あはは、いつも有難うございます、河合さん。」
「いいって、うちの会社でアンドロイドが造れるのは遥斗君と大地さんが部品を作っているおかげなんだから。」
「いや、僕がしていることは慣れれば誰でもできます。どっちかというと、父がしている作業の方が難しくて。」
「遥斗君も十分すごいよ。アンドロイドの部品を造る免許を持っているんだから。」
「・・・僕は父の仕事の初歩的な部分を手伝っているだけで、納品をする製品の一番大切な部分は父が作っているんです。だから・・・。」
余りにも自分自身を肯定しようとしない遥斗を見てしびれを切らした河合が言った。
「ほら~、またネガティブになってるじゃん。疲れてる証拠だよ。・・・積み込みは私がやるから、遥斗君はそれをお食べ。扉の鍵ある?」
「すいません、ありがとうございます。これです。」
そう言って遥斗はポケットから鍵を取り出して河合に渡した。
「ありがとう。じゃあ、正面の扉開けるね。」
「はい、分かりました。待っててください、僕も手伝いますんで。」
「いいよいいよ、そこで休んでて。」
河合はそう言うと、ささと事務所を出て行った。
「相変わらず、元気だなぁ。」
遥斗がそう呟くと、早速正面にあるスライド式の扉の開く音が聞こえた。
大きい扉なので一人で開けることが少々辛いものであるのにも関わらず、身体が筋肉質の河合にとって関係はないようで、易々と開けているようだ。
次に河合は路肩に停めているトラックに乗り込み、後進で工場の中にトラックを入庫させた。
結構幅がギリギリであるのだが、何度も取りに来ている河合はその手つきに慣れていた。
一発でトラックを指定の場所に収める。
その後、河合は工場内の設備を用いて、トラックへの積み込みを30分も経たないうちに終了させた。
遥斗が事務所で河合から貰った弁当を食べ終わった頃、河合が事務所に入ってきた。
「遥斗君終わったから鍵返しとくね。」
「は、早っ、結構な数がありませんでした?」
「あはは、君が小学生の頃から取りに来てるんだ、工場の中の搬入装置だって自分の手足同然さ。」
「た、確かに、そうですね。・・・河合さん、休憩します?」
「お、じゃあお言葉に甘えて。」
そう言って河合は靴を脱いで中に入ると、事務所の中央にある長椅子に座る。
そこは遥斗が座っていた場所の机を挟んで対面の位置だった。
河合は机の端においてある空になった弁当箱を見て遥斗に言った。
「食べてくれたんだね。どうだった?」
遥斗は河合のコーヒーを淹れながら、その問いに答える。
「とても美味しかったです、ありがとうございました。あ、灰皿いります?」
「あ、ごめん、頼む。」
「はい。分かりました。」
そう言って遥斗は灰皿を持ってきて、机の中央に置いた。
「そうか、良かったよ。それはテイクアウト品なんだ。お店でも食べることができるんだよ。だから、時間ができた時に大地さんと一緒に今度どう?」
「あはは、いいですね。もう一回食べたいです。」
そう言って遥斗はミルク多めのコーヒーとお盆に乗った茶菓子を河合の手元に置いた。
「ちなみにこの弁当、一つどれくらいするんです?」
遥斗はまだ残っている自分のコーヒーを飲みながら尋ねた。
「え~とね、1個5000円だったかな?」
「ぶハッ。」
遥斗が思わずむせる。
「だ、大丈夫?」
「は、はい。・・・良かったんですか?お金出しますよ?」
「いいのいいの。これは私自身の気持ちだから。」
「い、いいんですか?」
「あぁ。」
「すいません、ありがとうございます。今度は僕がご馳走します、僕も河合さんにはお世話になっていますから。」
年上の相手に対して丁寧に接している姿を見た河合が遥斗に尋ねる。
「・・・遥斗君は学校に行けてるの、ここ最近。」
「・・・いえ、4月から一回も行ってないですね。」
遥斗の言葉を聞いた河合は、目を大きく開き、その場で頭を下げた。
「・・・私たちの力不足だ、ごめん。」
目の前で頭を下げる河合の姿を見て遥斗は動揺せざるを終えなかった。
「い、いや、えっ。」
「生産が忙しいなら、うちの会社が全面的にカバーをするべきなんだろうけど、大地さんが持っている技術についていけなくて、技術者を増やすために社員を派遣をしても一人で造れるようになるには最低でも5年程かかると思う。更新を始める忙しい時期なのに。・・・遥斗君の貴重な学生生活を犠牲にしてもらって、私達はアンドロイドを生産している。」
「いや、僕はそんな大層なことをしてませんよ。ほとんど父がしていたので。」
「トラックの荷台に載っかっている数を見て本当にそう言える?あの数を3か月で造ったんだよ?一人じゃ手に負えないはず。それに、大地さんが言っていた、「遥斗が造った骨格は何故か細胞が接着しやすい」ってね。・・・私もそれを見たことがある。遥斗君が造った骨格と大地さんが造った骨格で細胞を同時期に接着させたら、遥斗君の骨格の方が細胞の成長具合が良かった。大地さんが造った骨格は成功率五分五分だったらしいけど、遥斗君が造った骨格は失敗がないって。」
河合が遥斗に訴えかける、その表情には遥斗自身が苦労しているということを認めてほしいという感情が滲み出ていた。
その表情を見て、河合が言っていることは自分を心配してくれている言葉だと遥斗は感じ取った。
「・・・知ってます。父もこのことを学校に伝えて、学校に僕の特別措置を認めてもらいました。でも僕は、・・・自分自身の力でお金を稼げているとは思いません。・・・だから、その、認めたくはないんです。あくまで父の仕事を手伝っているという段階で留めておきたいんです。・・・職を持って給料を貰って、学校に苦労をかけている人の言うことではないですね。あはは・・・」
苦笑いをする遥斗を真摯な目で見つめていた河合は表情を緩め、ポケットから煙草を取り出し一本加えて火をつけた。
「フゥー・・・。そう・・・。・・・じゃあ遥斗君、いつか教えてくれる?」
「はい?」
「自分自身の力でお金を稼げてると思えない理由。」
河合の言葉に一瞬ドキッとした表情をした遥斗だったが、その後大人しく、少し微笑んで「はい、分かりました。」と言うのだった。
河合が吐いた白い煙は静かな室内に溶け込み、やがて視覚では捉えることができない程に無色透明となって香りだけを事務所に残した。




