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死と呪いと君  作者: ジェニファー
2/10

打ち上げられたー

木霊影吉は、息を切らせて走っていた。

顔を出したばかりの太陽が北東から島を照らし出す中、細い路地に立ち並ぶ家々の間を通り抜け、南へ向かって疾走する。日差しは強かったが、高校の夏服が明け方の少し冴えた空気を孕んで心地よかった。

ーー急がなくては。

早朝に自宅へ電話が入るやいなや、島の長であり漁師たちの束ね役を務める父と、漁協に務める兄は、一足先に飛び出していった。高校生である自分には今のところ役目がある訳では無いが、ゆくゆくは父の後を継ぐことになる。島の一大事を知らなかったでは済まされなかった。

それにー。影吉は苦笑する。純粋に早く‘’それ”を見てみたいという気持ちがあった。登校する前に。

小さな祠の脇を通り、コンクリートで固めた狭い階段を下りると、建物が途切れ急に視界が開けた。

足を止め、呆然と目を見開く。

「こんなんありかよ…」

前方には、いつもと変わらない光景が広がっていた。夏の予感に満ちた青い空、遠く見える水平線と日の照り返す凪の海、手前には一面真っ白い砂浜ー

ただ、一点…その東端に堆積物を纏った沈没客船が鎮座していることを除けば。

口をぽかんと開けたまま、太郎は立ち尽くす。

波打ち際へ身を乗り上げている船の高さは椰子の木と同じくらい。海へ浸かる奥行きは二百メートルほどだろうか。飛鳥IIなどの巨大客船や沖を航行するタンカーと比べると遥かに小振りだが、島の漁師たちが乗るような五トンの漁船や、島と島とを結ぶ高速船と比べると桁違いに大きい。

島を取り巻く遊歩道を横切ってスタンドを下り、朝日を受けて西に影を伸ばす船の近くまで行くと、すでにたくさんの島民が集まって客船を見物していた。

彼らに交ざり、太郎も朝日に手をかざしながら見上げる。大部分が石灰質や貝などに覆われ元の姿か分からないその船は、物言わずただ、白い砂の上に座しており、神秘的な雰囲気を醸し出していた。

静かな迫力に飲まれそうになりながら、さまざまな方向から船を眺め、影吉は首を傾げる。

こんなものがどうして今際島へ流れ着いたのだろう。

この島は本州から南へ二百三十キロメートル、御蔵島と八丈島の、中間から東に三十キロメートルも離れた所にある。客船の航路からは大分離れている。それに、ずいぶん長い間海に使っていたようだが、この巨体がなぜ浮上できたのか。機関部に大きな穴が開き、破損してるのが人目で分かるくらいなのに…

波打ち際に立って客船の胴体部分を見上げる父と兄を見つけ、太郎は歩み寄る。砂に足を取られながら声を掛けると、彼らは厳しい表情でこちらを見た。

「ーまったく、どうしてこんなもんが流れ着いたんだ。たまたま珊瑚の少ない窪みを通って乗り上げたからいいものの」

いかにも漁師然とした、がっしりと逞しい体に日に焼けた気骨のある面構えの父はため息を吐く。男らしく剛胆で快活な彼の渋面を見るのは久々だった。

「油が漏れていないだけでも良かったよ。被害金額が比べ物にならなくなる」

兄の秀作が静かに言う。子供の頃から体が弱く漁協の事務職を選んだ兄は、父と似た太郎と違い色白で華奢な体つきをしていた。シャツのせいで余計線が細く見えて、太郎はいつも申し訳ない気がする。

「問題は撤去までにどれくらいの時間がかかるかだな。そうそうにサルベージしてくれればいいが…こんな廃船じゃ船主が見つかったとしても確実にこじれる」

父が苦々しく呟くと、兄は頷いた。

「廃船じゃあ確実に船舶保険には入ってないだろうしね。少なく見積もっても一千万ー」

「一千万!?」

影吉が叫ぶと、兄は怜悧な瞳で呆れたようにこちらを見る。

「少なく見積もってだ。実際はもっとかかるだろうな」

影吉は思いっきり顔を顰めた。いつも父が予算不足を嘆いている島だ。一千万を超える大金は島の財政を逼迫させること必至だろう。ただでさえ最近は島の外に外部の人間が増えたことによる考え方の多様化で、この木霊家が代々長を務めることに疑問の声が出ているのだ。この件が元で父が公職を追われることにもなりかねない。

父がしきりに時計を気にしているのに気づき、影吉は訪ねた。

「どうかしたの?」

「いや、朝、この件の他にもうひとつ知らせがあってな。二日前から漁師が一人漁から戻っていないんだ。GPSは切れているみたいだし、無線で呼びかけても出ないんで、もう少ししたら海保に知らせて探索するかどうか決めなくちゃならない」

「そっか…」

影吉は頷く。船のトラブルは、一度起こってしまうと大事になることが多い。漁師たちの元締めである父としては気がきてないんだろう…

「そろそろ行くか」

頷いた兄を伴いスタンドの方へ向かおうとした父は、何かを思い出したように振り返る。

「そういえばお前は、昨日なんか話があるって言ってたな?」

「え?今忙しいだろ?別に夜でもいいけど…」

「今の方がいい。当分は寝に帰るだけになりそうだしな」

苦笑いする父に、影吉はためらいながら口を開いた。

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