プロローグ:いつもの業務
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【勇者】
勇気ある者の事。
どんな困難も恐れず、絶対に諦めず、颯爽と立ち向かい、悪を討ち果たす者。
困った人を助け、世界を平和に導く者。
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子供の頃、勇者に憧れていた事がある。
魔物が街に入って来る事なんて滅多にない事だが、運悪く私はそんな機会に遭ってしまった。
戦う力もない、幼かった私は状況が理解できず、泣く事すら出来なかったが、颯爽と駆け付けた男が魔物を退けてくれた。
きっと、あの男が助けてくれなければ、私はそこで死んでいただろう。
「危なかったね。怪我はない?」
そう言って私を抱き起こしてくれて、その時初めて自分が“危険”にさらされていたんだと理解し、安堵から涙が出た。
「もう大丈夫だよ」
そう言って涙を拭いてくれた男の笑顔を、私は忘れる事はない。その男は、自分にとって紛れもなく【勇者】だった。
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『ビーッ!ビーッ!ビーッ!』
仕事を始まりを告げる嫌いなサイレンが鳴り、いつものように後輩が走ってくる。
「先輩!勇者です!」
「ああ」
適当に相槌を打ち、壁にかけている仕事道具を背負う。
「今日はもう4回目ですよ~。多くないですか?」
「そーだな。で、場所は何処だ?」
「アルト遺跡から転送反応が出ています」
「マジかよ・・・」
「残業確定ですね、コレ」
ハァーっとため息をつきながらも、移動用魔方陣を展開する後輩。俺には勿体ない、よく出来た後輩だ。
「それじゃ、行きますよ!」
「頼む」
魔方陣から光が現れ、自分たちを包む。魔法の発動から数秒、俺達はアルト遺跡に到着した。
「到着です!」
「うーい」
適当な相槌を打ち、状況を確認する。
「今日の天気は晴れ、風は無風で、魔力は少し強め。その他遺跡に代わりはなし」
出来る後輩は、俺の独り言をメモしていく。
「えーっと、転送反応が出たのはこの辺りなんですが…」
「あ、先輩!そこです」
「あ、アイツか。スーツか」
「スーツ?」
「ああ、異世界人が仕事の時に着る服だ。大方仕事の帰りに転送されたって感じだな」
「ああ!スーツですね。研修で勉強しました!実物を見るのは初めてです~」
目を輝かせる後輩は置いといて、スーツ姿の男に話しかけた。
「異世界管理局の者だが」
「えっ!?」
いつもの様に驚く異世界人。さっさと仕事を済ませてしまおう。
「計測器、頼む」
「はい!」
後輩は背負っていた鞄から腕輪型の計測器を取り出す。
ふぅっと一息着いて、異世界人と会話する為に通訳用の魔法を発動させる。
「失礼しますねー」
計測器を付けると、まもなく魔法が展開し、空中にスーツの男のデータが表示される。
「えーと、アンドウマサキ、31歳。交通事故に巻き込まれての世界軸移動…」
「交通事故、偶然による転移か」
「ですね」
「女神の加護は?」
「現在、過去共にありません。」
「勇者適正値は?」
「4です。だいぶ低いですね、アハハハ…」
「はぁ、駄目だなコイツは」
「駄目なんて言っちゃダメです!一度ウチの課で保護して…って先輩!?」
サラリーマン風の男の腕輪を外し、一言だけ声をかける。
「じゃあ、サヨナラ」
呆けた顔をしたサラリーマンに帰還魔法を唱えると、光と共に消えていった。
「あー!!」
「さあ、帰るぞー」
「帰るぞー、じゃないですよ!なに勝手に強制送還してるんですか!?」
「いいんだよ」
「良くないです!」
「とにかく帰るぞ。ここに長居はしたくないんだ。分かるだろう?」
「それは、そうですけど」
「はい決定!それじゃ帰還!」
「あーもう分かりました!もう…」
ブツブツ文句を言いながらも移動魔法を発動させる後輩。
移動用魔法は、魔法の中でも高度なモノなはずなのだが、この後輩にとっては愚痴の片手間に出来るモノの様だ。
俺と違って、良く出来た後輩だ。
理屈っぽいのが玉に瑕だが。
残業になる本日の業務を憂いながら、発動した魔法に身を任せた。