仮面-丙-
~前回のあらすじ~
BL(予定)だったのに男女が付き合っちゃった…
でも大丈夫。これから軌道修正するよ。
沈黙は金。口が過ぎれば身を亡ぼす。だから語らない。
しかし口にしなければ伝わらない。口を開かなければわからない。
そんな矛盾を抱えて僕らは生きてゆく…。
*****
いつからだったろうか、如月 遙は八ノ瀬 陽太に恋心を抱いていた。しかしその恋心は普通の物とは違う。具体的にどう違うのかと聞かれれば回答に苦しむが、それはおそらく友愛や親愛といったところだろう。それは万人が思い描く愛とは多少ズレが生じるだろうが、遙にとってはそれも立派な愛なのだ。だが相手は男。普通なら性別の壁が立ちふさがるだろう。しかしここは法的に同性愛が認められている百合ヶ丘市だ。そんな障害など些細なものである。
しかし遙は陽太に恋心を抱いているというのに抵抗を持っている。というのも、今まで仲の良かった幼馴染をいきなり恋愛対象として見るなどできない。今まで築いてきた関係を“恋人”という関係で塗り替えるなどできやしない。というよりも、そうなってしまうと関係を崩しかねない。しかも陽太にはすでに彼女がいるのだ。そんなことできるわけもない。
退屈な講義。いつもの風景。変わらない日常。だが遙の心中は全く穏やかではなかった。自分は陽太のことが好きだということに気付く、しかし肝心の陽太に彼女ができたのだ。せっかくの出会いを邪魔するわけにもいかない。そんなこんなで、なし崩し的に遙は陽太のことを見守ることに徹しようと考えていた。
しかしまぁ、実際に梅木 芳香を実際に見てみると確かに陽太が好きそうなおっとりした巨乳だった。髪は肩甲骨くらいまで伸びており、その色は明るい茶色に染められていて軽くウェーブがかかっている。
見てみると彼女はほんわかした笑顔で陽太の近くに常にいるようだ。陽太のことだ、うざったらしいとキレたりしないだろうか…と心配していたが、どうやらそこは持ち前の雰囲気で中和しているようだ。
二人はなんだかんだで仲良くしてるんだなと眺めていると講義が終了する。先ほどまで話していた教授は次の講義のために足早に教室を去る。その姿を見送るとすぐに陽太の周りに人だかりができる。まったく、本当に人気者は忙しそうだなと一蹴回ってあきれる。
そうやってぼんやり二人を眺めていると、急に声を掛けられる。それは陽太と同じ野球部に所属している同回生の堂島だった。
「な、な、はるちゃん。陽太と芳香ちゃんってホントに付き合い始めたんだよな?」
「なんで俺に聞くんだよ…。 見ての通りだし、俺に聞くより本人に直接聞けばいいだろ」
いやそうに答えると、堂島はいやぁと笑う。
「あいつらなんか近寄りがたい雰囲気あるじゃん?だから一番仲いいと思うやつに聞いてるんじゃん」
「はぁ…。 まぁ付き合ってるのは本当なんじゃない?この間梅木さんと付き合うことにしたって相談受けたし」
「は?あいつが?お前に?」
「あ…うん。ほら、ようちゃ…陽太っていろんな女の子にモテてるじゃん?だから梅木さんと付き合うことにしたって報告みたいな感じで話したんだよ」
嘘は言ってない…よね?といった感じで当時の状況を説明すると、堂島は納得したかのようにうなづく。
「なるほどなぁ。ま、相手がお前さんだったらうなづけるんだよな」
なにそれ、と不貞腐れる。こっちは喜びたくもなければ嬉しくもない。まったくもって不愉快なのである。どうして自分は陽太に対して恋心を抱いているのだ。正直に喜べないのも無理はない。
「そういえばはるちゃん、二人のこと見てたけど何かあった?」
「あ、いや別に…」
どうにかしてごまかそうとするが、堂島は容赦なく詰め寄ってくる。
「はは~ん、読めたぜ…。 はるちゃん、お前」
まずいと思って逃げ出そうとするが、それよりも先に堂島が真実を突きつける。
「お前、もしかして芳香ちゃんのこと好きなのか?好きなんだろ!」
うん…… うん?
「え?梅木さん?」
どうやら二人を眺めていた理由を、芳香も事を眺めていた理由を芳香のことが好きだからという理由と勘違いしたようだ。
「わかるよ~?わかるわかる。芳香ちゃんって巨乳だし優しそうだしかわいいもんな。俺も密かに狙ってたからなぁ」
一人で勝手に理解してうんうんとうなづく。まったくもってお門違いなのだが、そういうことにした方が都合がいいのだろうか?いやしかし…と考えていると堂島はさらに続ける。
「そういえば、どっちから告白したんだろ?やっぱり芳香ちゃんかな?ほら、陽太って顔いいしイケメンだし。だからはるちゃんに相談持ちかけたんだろうな」
そうなのだろうか、と思考が切り替わる。いつもなら自分の勝手で物事を進めて報告は事後でといった感じなのだが、そう考えると不思議なものである。
「ま、あんまり気を落とすな?俺だってショックだから」
どうやら堂島は勘違いしたままのようで、もう否定するのも面倒になってきたのでそういうことにしておこう。堂島は勘違いしたまま別の講義のため講堂を後にした。
実際のところ、梅木 芳香にはこれっぽっちも興味がない。というのも、今は陽太のことで頭がいっぱいなのだ。
(別れてほしい…ってことじゃないんだけどなぁ…。 あぁくそっ、もやもやする!)
自問自答をしてイラつく。こんな経験は初めてだった。大体は陽太の金魚の糞のような感じだったので、ほとんどの決定権は陽太に会ったようなものだ。ゆえに今回の件も陽太のことなので関係はないのだが…と色々考えこんでしまう。
遙も我ながら馬鹿なことを考えているなと自覚している。だがほかのことを考えようにもいつの間にか陽太のことを考えてしまっている。陽太のことを見ないようにしていてもついつい目で追ってしまう。やはりこれは恋なのだろうか。
二人が付き合い始めてから、陽太のことが気になり始めてから2週間がたった。以来頭の中から陽太のことが離れることはなく、常にどこにいるか探していた。
さらに最近では一緒に帰宅していない。そして常に二人が一緒にいるので近頃陽太と話してすらいない。フラストレーションもたまるというものだ。
以前 (陽太のことが好きだと気が付く前)の遙ならはて何に対してだろうと思うところだろうが、それに気が付いてしまっている今となってはほんとにイライラしてならない。
そして何より、出会て間もない女相手に遙には見せたことのない表情をするのが苛立たしくてたまらない。
そして数日後、事件は起こった。
*****
いつものように登校し、いつものように講義を受ける。しかし、行動のどこを見てもどこを探しても芳香の姿はあれど陽太の姿がないのだ。
気にしないようにしていたが、どうしても気になってしまうので芳香に聞いてみることにした。
「あの、芳香さん。その、陽太知りませんか?」
陽太、と名前を出すと芳香は今までに見たことのないような形相になる。
「あんな……。 あんな人のことなんて知りませんっ!!」
そう声を荒げると、ふいと講堂を出ていく。何かあったのだろうか…。
「どうしたんだ遙。彼女に嫌われるような何かしたのか?」
するとマサムネが近寄ってきて不安そうな言葉をかける。
「あれ?そういえばお前が梅木と付き合ってたんだっけ?」
「いえ…梅木さんと付き合ってるのは陽太のはずなんですけど…」
「あ、やっぱりそうだろ?で、梅木の奴どうしたんだ?」
「さぁ…今日陽太の姿が見えないのでどうしたのかなと思って聞こうとしたらあの調子で…」
「ふむ…じゃぁ、あれだな。『触らぬ神に祟りなし』ってやつだな」
そこは教師らしく問題の解決に勤しむところだろうと思ったが、マサムネは遙の肩をポンとたたく。
「親友の…。 幼馴染の問題くらい、お前自身が解決してやれ」
マサムネはそのまま通り過ぎてゆき、はっはっはと変な笑いを残してその場を後にする。幼馴染の問題。というと、陽太に何かあったのだろうか。いや、芳香の反応を見るに二人の間に何かあったのだろう。とりあえず、残りの講義が終わってから陽太のところに向かうことにした。
残りの講義も終わり、サークルや部活に所属していない遙は足早に陽太の自宅へと向かう。昔は隣に住んでいたが、ここでは少し離れている。そんな位置関係を不満に思いつつ陽太の家に着く。中にいるのかはわからないが、とりあえずインターホンを押してみた。
数秒の沈黙の後、扉がゆっくりと開きその隙間から陽太が顔をのぞかせる。
「なんだ、遙か…。どうしたんだ?」
「いや、今日学校に来てなかったから何かあったのかなって思ってさ」
「……まぁ入れよ」
ガチャリとドアチェーンを外し、遙を中に招き入れる。
部屋の中は以前遊びに来た時とほとんど変わっておらず、特に目立つようなものはない。遙は陽太と向かい合わせになるようにソファに座ると、気まずそうに話を切り出す。
「で、どうしたの?別に風邪って感じじゃなさそうだけど…」
陽太は一見元気そうで血色もいつもと変わらない。しかし見るからに元気がない。何かがあったのは明確である。
「………実はな、昨日芳香とヤったんだよ」
ヤった。つまりは…。
「でもな、全然、まったく気持ちよくなくてな…。それで…」
「喧嘩した…と?」
喧嘩という単語に、陽太は過剰に反応した。
「喧嘩だぁ!?あのな遙、喧嘩って言うのは同じレベルの人間がするもんだ!俺とあいつが同じレベルなんて…」
「ご、ごめん」
肩で息をするように声を荒げる。しかし次の瞬間には落ち着いたかのようにソファに力なくうなだれる。
「そうだよ…。喧嘩ってなぁ同じレベルの人間がするもんだよ」
意味ありげな言葉に遙は言葉を失う。
そこからは聞いてもいないのに陽太がペラペラと話し始めた。
なんでも昨夜、二人は行為に及んだらしい。しかし陽太は達することもなく行為は終了。気持ちよかったかと聞かれ素直に気持ちよくなかったと言うと芳香は怒り、二人の関係はおおよそ喧嘩別れとなった。
話し終えた陽太はそのうつろな目を天井に向ける。
「俺、本当に人間の屑だよな…。 ちょっと外見がいいからって付き合い始めて、でも一回ヤっただけで喧嘩別れとか、男として情けねぇわ」
そこには遙の好きな陽太はいなかった。遙は自分のことを引っ張ってくれる陽太が好きなのに、今の陽太では他人を引っ張るどころか自分で進むことすら危うい。そんな彼をこれ以上見るのは限界だった。
「陽ちゃん…。俺、陽ちゃんのこと好きだよ?でもそれは、今みたいな小さいことでうじうじしてる陽ちゃんじゃなくて、いつの間にかみんなを巻き込んでバカやってる陽ちゃんが好きなんだ。だから…詩文のこと卑下するのはやめてよ…!」
刹那、静寂が辺りを包み込む。遙はやってしまったと言わんばかりに赤面し、陽太は何のことか理解できずにフリーズしていた。
「ち、ちょっと待て。え?お前、俺のこと好きなのか?」
「……(こくり)」
恥ずかしさも限界に達してきたところ、陽太は箍が外れたように笑い始める。
「そっか…そっか!お前、俺のことがなぁ。ま、意外っちゃ意外だがな。はっはっは」
「わ、笑わないでよ…」
「すまんすまん、いやぁ、マジでか」
軽く謝りながらもくつくつと笑う陽太に遙はむくれる。まったく、人のことを何だと思ってるんだか…。
「なら、付き合うか?」
「うん……。 うん?」
「今度ちゃんと芳香に謝って別れるから、そのあとは遙、お前と付き合うわ」
「ちょ!?いきなり何言ってんの!?」
「ん?告白されたからそれに答えただけだが?」
「告白って…」
確かに不意にとはいえ告白はしたが、こんなにもあっさりと行くとなんだか拍子抜けしてしまう。
「でも、いいの?俺、男だし」
「オイオイ、ここをどこだと思ってるんだ?同性婚が合法的に認められてる百合ヶ丘市だぜ?男同士恋人になっても別に問題ないってもンだろ」
確かにそうだが…と、なし崩し的に二人は付き合うことになった。
*****
百合ヶ丘市立百合ヶ丘学園大学部。今日も多くの生徒が通っていた。
「ねぇ聞いた?陽太君と遙君がついに付き合い始めたんだって」
「それ本当!?やっとか~」
「ね~。あそこのカップリング結構好きだったから、現実になってやばいくらいうれしいわ」
「だよね~。あぁ、これからは陽太君が遙君に性の喜びを教えてあげるんだね…」
「何言ってるの?遙君が陽太君をアンアン泣かせるんでしょ?」
腐った女子二人は冷戦状態になる。余談だが、この受け攻め問題。半々くらいで抗争が続いてるらしいが、当の本人たちは知る由もなかった。
ちなみに作者は陽太×遙派です。