仮面-甲-
誰しも嘘をついたことがあるだろう。嘘をついたことがない人間などこの世では希少種だ。しかし嘘を好む人間ともなるとかなり少なくなる。
少なくともここに一人、嘘を好む人間がいた。
百合ヶ丘市立百合ヶ丘学園大学部スポーツ学科。
そこでは日本で一番ともいえる設備が備わっていた。え?安田女子大学?創価大学?龍谷大学?知りませんねぇ…。兎に角そこには日本で一番の設備が備わっていた。いいね?
これは、その中でも野球部の話である。
*****
「あ~あ…。 彼女欲しいな~」
「んなこと言っても、あいつがいる限り俺達には回ってこねぇよ」
二人はそういってキャッチボールをしながらグラウンドの出入り口辺りに目をやる。するとそこには女性に囲まれた男がいた。
「まぁ、言いたいことはわかるがよぉ、それでもワンチャンあるとか思わねぇの?」
「無理だろwそんなこと言ってたら一生チャンスなんてこねぇよ」
二人はキャッチボールに興じる。その間も男は女性たちに囲まれ黄色い声を浴びていた。まったくもってうらやましい限りである。
「……あの光景、マサムネ先生が見たらどうなるかな」
「詰まんねぇこと言うなよ、きっと発狂するにきまってるだろ」
「それもそうだな」
「こら~、お前ら~!喋ってないで練習しろ~!八ノ瀬もいつまでも女の子にかまけてないで練習しろ~!」
八ノ瀬と呼ばれた女子に囲まれた男は女子たちに手を振るとグローブをはめてマウンドに上がる。
「おせぇぞ陽太ぁ!今日はもうマウンドに上がらねえかと思ったぞ」
「そんなんこと言ってらんねぇっての、監督がいるんだぜ?そんなことできねえよ」
キャッチャーの男はそういいながら陽太にボールを投げる。それを器用にキャッチするとわざわざ大きく振りかぶって投げる。するとバックネットの裏やグラウンドの周りにいた女性から黄色い声が飛んでくる。
「お前なぁ…そんなことしてっと監督に怒られるぞ」
「でも俺はただ練習してるだけだぜ?」
「はぁ…。 お前ほんとにそういうところあるよな?」
「はは、どういうとこだよ」
八ノ瀬 陽太は百合ヶ丘大学部野球部のエースである。走・攻・守、どれをとっても優秀で、さらにその甘いマスクで人気を博していた。さらに学業も優秀で、大学部ではかなりの有名人である。そんな彼に言い寄る女性は少なくなく、数百人単位のファンクラブまでいるという噂だ。
しかし彼は特定の一人とは付き合わないといった風だった。
「はぁ…。腕は確かなんだが、あの目立ちたがりは…」
陽太はなおも大げさなピッチングをしている。それが行われるたびに女性たちは黄色い声を飛ばす。
「お前なぁ!ろくに準備運動してないんだろ!ピッチングでわかるそ!」
「そう?しっかり慣らしたはずなんだけどなぁ」
「いつもみたいにキレっつうかなんつうか、勢いがねえんだよ」
「う~ん、さすがに明夫ちゃんは騙せないなぁ」
たははと笑うとキャッチャーの男、石塚 明夫はぎろりとにらみつける。いつも二人はこのような感じなのだが、いざ試合となると無類のコンビネーションを発揮するんので不思議なものだ。
ひとしきり練習が終わり、着替えて帰路につこうとする。そこにすかさず練習を見ていた女性たちが群がってくる。
「皆見てくれてたんだね、ありがとう。でも今日は明夫ちゃんにしごかれて疲れてるんだ。だから明日にしてほしいな」
そういうと女性たちが蜘蛛の子を散らすように去ってゆく。その中に一人、男の姿があった。
「お疲れ、陽ちゃん。今日も明夫にしごかれてたねぇ」
「おう遙。今日も出迎えごくろうさん。にしてもいつまでもこの役演じるのもしんどいな」
途端に陽太からまぶしい笑顔が消えてゆく。声もワントーン下がっており、目つきも鋭くなっていた。
「でも、他人の目を気にして大学デビューを果たそうとした結果そうなったんでしょ?だったら、自業自得なんじゃない?」
「つってもよぉ…結構女の子にちやほやされるのっていいもんだぜ?」
「あはは…。 じゃあ演技続けなくっちゃね?」
「……そうだな」
遙。如月 遙は陽太のことを昔から知る、要は幼馴染だ。誰よりも陽太のことを知っているし、誰よりも陽太のことを理解しているつもりだ。
「そういえば、そろそろだれかいい人見つけた?いい加減にしないとホモだって噂流れてるよ?」
なんといってもここは同性愛が法的に認められている都市だ。そんな噂があってもおかしくない。
「んなこといったってよぉ… 気に入った娘がいねぇんだから仕方ねぇんだろうがよぉ…」
「そういえば、陽ちゃんってどんな人がタイプなの?」
「そらお前ぇ、とびっきりの巨乳か好きに決まってんだろぉがよぉ! …でもよって来るのがよりにもよって見るからにC以下だもんよぉ… 飛びつく気にもならねぇぜ」
冗談なのか本気なのかわからないが、その回答に苦笑いしか返せなかった。
*****
陽太は自分を偽っている。それは大学入学とともに始まった。高校は百合ヶ丘の外だったのだが、当時はいっぱしの不良として通っていた。しかしなぜか勉強ができたため地元から遠いここ百合ヶ丘に越してきた。
そこでせっかくならと遙の提案によって大学デビューを果たしたのだ。
しかし良いことばかりではなかった。自分を偽っていると肩がこるし、時々自分がわからなくなる。そんな時はけ口になるのが遙の存在だった。
「陽ちゃ~ん、一緒にお昼食べない?」
「あぁ、遙君。すまないけど今日はこの人たちと食べるんだ。ごめんね、誘ってくれたのに」
表面ではそんなこと言ってるが心の中では相当いら立っているはずだ。
お昼休みは数少ない休憩時間のはずなのだがそれができないとなると相当なフラストレーションだ。普段なら遙と一緒に人目のつかないところで休憩するのだが、この日はそれができそうになかった。
(あ~ぁ…。 これは今日の帰りは荒れるなぁ…)
これまでそんなことが数回あったが、そのすべての帰り道、彼は高校時代のように荒れたのだ。本当に困ったものである。
「くっそがぁ!貴重な昼休みをツブしやがってよぉ!ふっざけんなってんだよぉこの****が!」
「ちょっとちょっと、あんまり大きな声で言ってると誰かに聞かれるかもよ?」
荒れる陽太をなだめようとするが、火に油のようでついにはポケットから煙草を取り出し火をつける。
「くそが!むかつくんだよあいつ…! くそっ、くそっ!」
「あ~ぁ…せっかく禁煙できてたのに…。 よっぽどひどかったんだね」
「ひでぇもくそもねぇよ畜生がよぉ…なにAカップが出しゃばってきてンだよぉ…」
(あぁ、今日荒れ方がひどかったのは告白されたからか…)
ファンクラブの人間は『干渉しない』という絶対条件の下で集っているが、時々その外から告白してくる人間がいるのだ。どうやら今日告白してきたのは貧ny—――慎ましやかだったようだ。
「まぁ、好意を持ってくれてるってだけましなんじゃない?」
「けどよぉ…。 はぁ…顔が結構好みだったんだぜ?悲しいよ畜生ぉ…」
今度は落ち込む。本当にわかりやすいというか、めんどくさいというか…
「顔が好みだったんなら別に付き合ってもいいんじゃ?」
当然の質問に、陽太は遙の胸倉をつかみ上げる。
「お前ぇ、人の話聞いてたか?俺はぁ、巨乳がぁ、好きなんだよ!相手は貧乳だぞ!論外だっての!」
「ごめんごめん、ギブギブ…」
「……すまん、八つ当たりした」
「ううん、僕が悪かったから、気にしてないよ」
遙を下すと、夕闇に染まる空を見上げぽつりとこぼす。
「あ~ぁ、どっかに超絶美人な巨乳居ねぇかなぁ…」
これがこの二人の日常である。