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夢の欠片  作者: 嶺上開花
3/10

恋歌-中-

~前回のあらすじ~

 今回の主人公、真智 かがりは放課後に空き教室で歌っていたリリア・フォーゲルヴァイデと知り合う。二人は別れ際にまた会う約束をする。

 2006年に発表されたiPS細胞は日本だけに留まらず世界の常識を変えた。

 彼の細胞は体細胞の中に存在するDNAを数種類取り込むことによってその細胞に変わることのできる細胞である。

 これにより二人の体細胞を取り込んだiPS細胞を増殖させることによってその二人の間に子供を作ることができるようになった。もはやこれは現代社会に射した希望の光ともいえよう。

 クローン技術を使うと倫理観がなんだのどちらか一方にしか似ないだの文句を垂れる輩がいるが、このiPS細胞は違う。二人の遺伝子を使い、それを増殖分化させることによって子が生まれるので受精卵の細胞分裂と変わりないのである。

 その技術があるからこそ、いや、その技術が完成したからここ百合ヶ丘市が試験的ではあるが誕生したのである。


*****


「せんせ~、クローン技術とあぃぴーえす細胞技術ってどう違うんですかぁ?」

 ノートを取り終わり、流れる雲の数を数えていると教室からそんな疑問の声が上がってくる。

「んぁ?んなもん簡単だよ… クローン技術は一個の体細胞、何なら髪の毛一本からでも人間を作れる。だがiPS細胞はそうはいかん。体細胞のほかに“分化万能性”っていう機能と“自己複製能”って機能を持った別の細胞が必要なんだ。

 ちなみにiPS細胞ってのはinduced pluripotent stem cells、つまり人工多機能性幹細胞の頭文字をとったやつだ。Iが小文字なのは某虫食いリンゴ社の携帯端末のように普及してほしいからだそうだ。なんだそりゃって感じだがな」

 マサムネがむくりと起き上がり説明すると、別の生徒からまた質問が挙がる。

「結局何が違うんですか?」

「つまりだなー… 植物でいえばクローン技術は切った枝を培養液に付け込んで根っこ生やしたやつ。んでもってiPS細胞技術はおしべとめしべの細胞を半々使って増やすってことだな。前者だと親と全く同じ性質の木ができるが後者だとちょっと変わった性質の木が出来上がるって寸法よ…っと」

 マサムネが説明し終わると同時にチャイムが響く。よくわかっていた生徒もそうじゃない生徒も背伸びをしたり机に突っ伏していたりしている。その光景から授業の難解さが窺えた。

「そんじゃー今日の授業はここまでだな。 ここんとこ、絶対テストに出すから解んなかったヤツ覚悟しとけよ~」

 生徒からのブーイングを尻目に、乾いた笑いを残しつつマサムネは教室を後にした。まったく意地が悪いにもほどがある。

 そんなことを考えていると後ろの席から声を掛けられる。

「かがりさん、今の説明わかりました?」

「う~ん… 最後の説明でなんとなく、ですかね?」

「お、かがりんマジっすか。やっぱり学年主席は違いますな~… で、どういうことなの?」

 ケイトとかがりの会話にいつの間にかレインも加わる。いつもの3人、いつもの光景だ。しかし、その日はいつもの日常とはいかなかった。

「あ、居た居た。かがりさ~ん、一緒にお昼にしませんか?」

 普段は3人で学食に行くところなのだが、この日はE組からリリアがやってきた。基本的に別のクラスの生徒が別のクラスに入るなんて言うのはよくあることだが、入ってきた人物が人物なだけにクラス全体がどよめく。

「あ、リリアさん。そうですね、一緒に学食行きましょうか」

 リリアさん、と呼ぶとリリアはむぅとむくれる。

「リリアさんじゃなくてリリーって呼んでくださいよぅ」

 かわいい。その光景を見た者全員が恐らくそう思っただろう。かく言うかがりがそうだった。

「わ、わかりました。ではリリー、さっそく学食に向かいましょうか」

 呼び方を変えると、誰でも見て取れるように雰囲気が変わる。そんなに愛称で呼ばれるのがうれしかったのだろうか…。


 今日の日替わり定食はサバの味噌煮で、リリアはフィッシュ&チップスを頼んでいた。

「で?かがりんよ。この外国系美少女は誰なのよ? いつどこでナンパしてきたわけ?」

 ナンパ、というワードに過敏に反応してしまい、白米を危うく喉に詰まらせてしまいそうになった。

「な、なんで私がリリーをナンパしたっていう話になるんですか!」

「いやだってさ?かがりんって結構フレンドリーだし見た目も結構カッコイイ系だからそこらへんで引っ掛けてきたのかと…」

「なんでそうなるんですか!?」

 声を荒げるかがりをケイトがなだめる。そして初めて聞く単語だったのかリリアは意味が分からずポカンとしていた。

「まったくもう… えっと、この人は先日お会いしたリリア・フォーゲルヴァイデさん。でリリー、こっちの男の人が(たちばな) ケイト、で、こっちの失礼なのが———」

「どうもーっ!雨宮(あまみや) レインでーっす!よろしく~」

「ども、ケイトです。あんまり苗字好きじゃないんで名前で呼んでください」

「ケイト君とレインさんですね。リリア・フォーゲルヴァイデです。よろしくお願いします」

 ケイトとレインが軽く自己紹介を済ませると、同じくリリアも自己紹介をする。

「うん?フォーゲルヴァイデ…? どこかで聞いたことがあるような…」

 ケイトは海外出身の友人がいるわけのでもないのにもかかわらずそのファミリーネームをどこかで聞いたような感覚に襲われる。

はてどこだったかと考え込んでいる中も、調子のいいレインはリリアとの身の上話に華を咲かせている。

「へぇ~、イギリスとドイツのハーフなんだ~。いいな~あこがれちゃうな~」

「うん、ママがイギリス人でパパがドイツ人なんだ。ドイツ生まれだけど育ちは日本なの」

 数奇な人生にレインはおろかかがりも感嘆する。だから日本語も上手なのか。それにしてもやはり両親のことをパパママと呼ぶ辺り、やはり海外の人間なのだなと感じた。

「ご両親は何をされている方なんでか?」

 その質問に、リリアは一瞬言いよどむ。

「えぇっと、パパがピアニストで… ママが歌手なんだ」

 それを聞いた瞬間、ケイトがそれだと立ち上がる。

「思い出した!リリア・フォーゲルヴァイデ、芸名リリィ・リラ!日本でも数少ない外国人歌手でグラミー賞の受賞も期待されている若手歌手!」

 突然大きな声でペラペラしゃべりだしたケイトにかがりとレインは驚いたが、リリアはそんな素振りはなく、むしろ落ち込んでいるようにも見える。

「そ、そんなに有名な人なの?」

「有名どころの話じゃねぇよ!もはや全世界が注目してるって言っても過言じゃないくらいな超人物だ!」

 ケイトは興奮しているのか詳しく説明し始める。しかしなぜそんなに詳しいのか…。

「やっぱり、知ってる人は知ってたんだね…」

「…?どうしたんですか、リリー?」

「いや、私… あんまり有名人扱いされるのが嫌いで…」

 そうばつが悪そうにしているのを目の当たりにしてケイトは悪いことをしてしまったと口を紡ぐ。

「す、すまん…」

「いえ、ケイトさんは悪くないですよ。気にしないでください」

 そういうと、リリアはフィッシュ&チップスを残したまま席を後にする。

 その姿を見送ると、レインはケイトに白い目を向ける。

「いや、俺のせい!?俺悪くないだろ!」

「いやぁ、今のはケイト君のせいでしょ」

「わ、私後追いかけてみます!」

 レインとケイトが口論を始めたので居心地が悪くなったのかかがりはリリアを追いかけることにした。

 追いかけるといっても学園はかなり広く、高等部だけでも某野球ドーム数個分1,2個分はあるだろう。

「はぁ…はぁ… いったいどこに…」

 お昼休みが終わるまではまだ時間がある。兎に角どこか心当たりのあるところを…。

「っ! そうだ」

 リリアの居場所、といえばあそこだろう。


 結局昼休みだけでは探しきれず、放課後まで引きずってしまった。だがかがりはリリアを探していた。そしてたどり着いたのはあの時初めてリリアと出会った場所。あの空き教室だ。

 鍵はかかっておらず、扉に手をかけるとゆっくりと開いた。

「あ… かがりちゃん…」

 中はあの日と変わっておらず、乱雑に机や椅子が置かれている。その中でリリアは黄昏ていた。

「リリー、今から少しいいですか?」

「…うん」

 ゆっくり近づき、リリアの隣に並ぶ。

「リリーは、有名人扱いされるのが苦手なんですか?」

「うん。というよりも、“親の七光り”って言われるのが嫌なの」

 ぽつりぽつりと話し始めるリリアにはあの日のような寂しさと言おうか悲しさと言おうか…兎角そういった感情が感じられた。

「昔は、『歌が上手だね』くらいだったのに、物心ついたとき辺りから『きっとお母さんの遺伝だね』って言われるようになったの」

「お母様のこと、嫌いなんですか?」

「ううん。ママのことは大好きだよ?でも、私のことを褒めてもらえてないような気がしてたんだ」

「だから、有名人扱いが苦手に?」

「うん…」

「そう…なんですね」

 相槌を打って天井を見上げる。彼女の心の闇は案外複雑なようだ。そしてリリアも同じように天井を見上げる。

「やっぱり、どこに行ってもこういう扱いされる運命なのかな…」

 こぼれた一言に、かがりは何も言うことができなかった。

「———私は、リリーの歌声好きですよ。勿論リリーのことも」

 ついて出た言葉に、リリアは赤面する。かがりも自分が何を言ったのか気づいたようで、顔が見る見るうちに赤くなってゆく。

「や、ちがっ!そういう意味ではなく…いや別に嫌いっていうよりもむしろ好きっていうかいやそうではなくって———」

 もはや自分でも何を言っているかわからない。そんな状態になっていた。

「えっと、つまりかがりちゃんは私のことが…?」

 ハッとなる。つい口をついて出てしまった言葉なのだが、それこそかがりの本音だったのだろう。

「そう…ですね…。 もしかしたら、初めて会った時から、あなたに好意を抱いて… いえ、一目ぼれしていたのかもしれませんね…。

 でも勘違いしないでください。というのも、私はリリーの…リリア・フォーゲルヴァイデの外面に惚れたのではなく、いえ、もちろん外面も惚れた要因の一部ですけど、何よりあなたの内面… それこそあなたの声や感性に惹かれたんです。あの歌は、やっぱり力強くて…でもどこか寂しそうな感じがして…

 でも、優しかった…優しさがあった…私は、それに惹かれたのかもしれません」

 言葉を紡ぐ。ひとつ、ひとつ。そして気持ちを伝えてゆく。確かにそれはかがりの本音、心の中にある本当の気持ちだった。リリアはそれを受け止める。その中で、リリアの中にはとある気持ちがあふれてきて、涙となってこぼれる。悲しいわけではない。しかしリリアはなぜ涙が出て切るのか理解できなかった。

 うれしいのに、本来悲しいときに出るはずの涙が出る。そしてリリアは自覚する。。あぁ、自分はこんなにも称賛されることに飢えていたのかと。そしてこんなにも、心からの称賛がうれしいものなのかと。

「だから、あの、その… 私、あなたのことが好きなんです!だから、私と…

 わたしと、お付き合いしていただけませんか!?」

 涙がひとりでにあふれる。その日初めて生じた感情になすすべなく呑まれる。

 返事をしようにも嗚咽で言葉が詰まる。視界が涙でゆがむ。差し込む夕日は二人を赤く染める。どうしようもなくなって、リリアはかがりに抱き着く。かがりはそれを受け入れる。胸の中で泣くリリアを、かがりは優しく抱きしめた。

「うっ… ひっぐ…

 ごめん、なさい。なぜだか、涙が…とまらなくて」

「涙は、悲しいときだけじゃなくてうれしいときにだって出てくるんですよ」

 そういって、唇を重ねる。突然のキスだったが、リリアはそれを受け入れる。


 その日、リリアは本当の喜びを感じた。

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