恋歌-上-
百合ヶ丘市には特殊な法律がある。 それは、『同性間での結婚を許可する』というものである。噂では市長の白石 健二が「もっと恋愛は自由であるべき」と説いた結果がこの百合ヶ丘市だそうだ。
しかし、ここで問題が発生してくる。それは数年前から問題視されている少子高齢化の問題である。高齢層は年々数が減ってきているものの、示し合わせたかのように幼年層も減少傾向にある。そんな中注目されたのが2006年に誕生したiPS細胞によって解決したのだった…
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春の陽気に誘われてか、彼女はすやすやと寝息を立てていた。それどころか、普通教卓についているべき教師ですら、その教卓に足を乗せていびきをかいている。
「…が…さん… かか…さん…」
寝ぼけた頭に声が響いてくる。
「かがりさん!」
「ひゃい!?」
先ほどより大きな声に驚いて変な声とともに立ち上がる。その声に反応し、真面目にノートをとっていたであろう周囲の生徒が一斉にゆかりの方を振り向く。更にはさきほどまでいびきをかいていた教師までもが目を覚ます。
「…どうした真智、トイレか?いつも静かに行けって言ってるだろう」
教師の何気ない発言に、教室の女子からはセクハラ~などと声が上がったが、かがりは何でもないと赤面して席に着いた。
「もうっ!なんで授業中に名前呼ぶんですか!」
授業が終わった後、真智かがりは憤激していた。
「だってかがりさん、授業始まってすぐに寝ちゃったんですもん。もしかしたらノートとってないんじゃないかと思って」
図星だった。午後1発目の授業だったため、満腹感と陽気に誘われうっかり眠ってしまったのである。
「まぁまぁかがりん。ケイト君だって善意でやってたんだよ?許してあげようよ」
「レインさん… でもタイミングというものがですね…」
言い訳し始めるかがりをレインは適当にたしなめる。
「でもまぁ、マサムネ先生の授業でよかったじゃん。あの人の授業の仕方、最初こそはどうかと思ったけど今は何とも思わなくなったな~」
先ほどまで教卓で寝ていた教師、黒田マサムネは学校の黒板がデジタルなのをいいことに、黒板にその日の範囲を映し出してノートにまとめさせる方法を取っている。
「そうですよね。一番最初の授業の時から『はいこれ今日の範囲な。これ写せ。以上。おやすみ』って言って寝てましたもんね」
この授業方法について、色々意見が分かれるようだ。教科書に載ってない範囲もあるのでそれこそ真面目にノートを取っている生徒はテストの時いい点数を取れるが、そうでない生徒は赤点必至だ。しかも説明や解説も丁寧に記されているためわかりやすいといった声が多い。しかしここは学校、教える立場である教師が生徒の前で眠るには如何なものかという声もある。
「そういえば、マサムネ先生の授業の批判に対する言い訳もすごいですよね」
「『俺は生徒の自主性を育んでいるんですよ』… でしたっけ?」
「あ~、そんなことも言ってたっけ」
あははと3人の笑い声が響く。他愛もない日常。それがかがりにとって幸せだった。
6時限目も終わり、放課後となる。大体の生徒は帰路につくが、大半が部活動に参加している。かがりは放送部に所属していた。今日も先輩からのO☆NE☆GA☆Iによって前が見えないほどの荷物を運んでいた。
「まったく… こんなか弱い女の子にこんな荷物を運ばせるなんてどうかしてますよ…」
不満をこぼしつつ、かがりは指定された空き教室に向かっていた。
そんな時、ふとどこからか歌声が聞こえてきた。透明感のある伸びやかな声。それでいて力強い旋律。気が付くとかがりはその声のする方へと吸い込まれていった。
ついた先は目的の空き教室とは反対方向にある別の空き教室だった。歌声はその空き教室の中から聞こえてくる。
かがりは失礼と思いながらも好奇心に駆られドアを少し開き中を覗き込んだ。教室の中では髪を腰まで伸ばした少女が一人、窓から差し込む夕日の中歌声を響かせていた。
「♪~ ♭~」
かがりに気が付いていないのか、はたまた歌うことに集中しているのかわからないが、その少女は歌い続けている。遮るものがなくなった歌声は突き抜けるようにかがりに届く。外国語の歌なので何を言っているかはわからない。しかしこの世の物とは思えない、透明感のある伸びやかな力強い声———しかしどこか寂しさを感じざるを得ない声。
やがて歌が終わった。かがりはついつい盗み聞きしていたことを忘れ荷物を足元に置き拍手をする。予想もしていない拍手に少女は声をあげて驚く。
「ひゃぁ!? だ、誰ですか!?」
勢いよく振り向くと、きれいな髪が遠心力によって宙を舞う。
「あっ!す、すみません! あまりにきれいな歌声だったので、つい———」
反射的に頭を下げる。そして顔をあげた瞬間、かがりはその少女の美貌に驚愕する。
少女は日本人ではないのか、瞳の色が明るい。顔のラインは整っていて顔のパーツはこれぞ黄金比というべきほどに一つ一つが美しい。
「え…っと、さっきの歌、聞いてたんですか?」
少女の美貌に見とれていたかがりは、話しかけられたことに一瞬気づくのが遅れた。
「あっえっはい。すみません、途中から盗み聞きしてました…」
「ど、どうでしたっ!?」
あきれた。というよりもあっけにとられた。少女は盗み聞きしていたことを怒るでもなく歌の感想を聞いてきたのだ。
「えっと、すごく透明感があって伸びやかで…でも強い思いが感じられて… ついつい聞き入ってしまいました。 ———でも」
「…でも?」
「でも… どことなく。どことなくですけど、寂しさというか…悲しさというか———兎に角そういう“何か”を感じました」
確かにそう感じられた。そのことを伝えると、少女はそうだねとほほ笑む。
「今の曲はね、お別れの歌なんだ。ずっと寄り添ってきた大切な人と永遠のお別れをする人の歌」
それを聞いて、それでと納得する。
「そういえば、何か用事があったんじゃ?」
「そ、そうでした!すみません、失礼します!」
もう完全下校時刻まで30分もなく、それに驚きかがりは足早に去ろうとする。
「あ、そうだ!お名前!まだ聞いてませんでした!
私は1年C組の真智かがりです」
かがりがてんやわんやしているのが面白かったのか、少女はくすりと笑みをこぼす。
「私、1年E組のリリア・フォーゲルヴァイデです。リリーと呼んでいただければ」
リリア・フォーゲルヴァイデ。そう名乗った少女は遠ざかってゆくかがりにまたねと告げた。
これが二人の出会いである。