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第8話

「気づいてるだろうけど……私はケッツァルの子孫。だからあなたは私の恩人……命の恩人」


「やっぱり……え? いや、それは違うって」


「違わない」


ミリエンスの家で彼女と対座して話すユニは、自分の不甲斐なさに羞恥を感じていた。


「僕が今回の戦いでできたことなんてほとんどなかったし、役立たずだったから皆が死んじゃったんだ」


ユニは俯いて、手を強く握りしめていた。


「それに、ケッツァルさんだって……」


「……大丈夫。私がいるってことは死んではいない」


「でも、脚が……」


「えっと……片足なくしてからは義足をつけて魔獣を追い回していたらしい。それも凄まじく速く」


ミリエンスはそう言って笑う。


ユニも思わずほころんだ。だが、同時にミリエンスに妙な違和感を感じていた。言葉が足らずで、話し慣れていない。人と話すのが苦手というよりは、言葉に慣れていないようだ。


ユニは顔を上げ彼女の顔を見て、固まった。口を中途半端に開けたまま、彼女から目を離せずにいた。


「それに……ユニ達が討伐しに行った怪物はすごく強かったらしいし」


ミリエンスはテーブルに肘をついて指を組む。


「それなら、ユニが倒していなければ今の世界はない」


腰を浮かせてユニの手を取り、優しく両手で包み込む。


「仲間が亡くなったのは悲しい? ……でもユニはきっと……よく、やった? と思うよ」


ユニは言葉を発せられなかった。悲しいからではなく、ただ見惚れていたから。


肩にかかる栗色の髪は真っ直ぐに垂れ下がっている。装飾物をつけず、素朴な髪型だ。だが、あれだけ走った後にも関わらず、小さな頭の上で髪は落ち着いている。


色白な頬はふくよかで、見るからに柔らかい。その上の優しそうな目はユニの手に向けられている。


ふと、ミリエンスがユニの顔を見ると、途端にユニは視線をずらした。


「ええ、じゃあ僕もそう思います」


ユニは早口でそう言った。


「じゃあ……ユニは私の恩人だよね?」


ミリエンスは斜めからユニの視線を覗き込むように問うた。どこかその表情は緊張していた。まるで裁判の判決を受ける直前のようであった。


「……はい」


ユニはそう言う他なかった。否定できるほどユニは強気ではない。


素直なユニの返事を聞いて、ミリエンスはやけに満足げな様子だった。目の端にはうっすらと涙が浮かんでさえいる。


「ところで」


ミリエンスが再び口を開いた。その声はさっきと違ってずっと落ち着いていた。


ユニも反射的に姿勢を直し耳を傾けた。


「これから、ユニはどうするつもり?」


ミリエンスの質問に、忘れていた懸念を思い出し、ユニの表情は暗くなる。


「実は全くあてがなくって。最初はここで魔法の研究をして過ごせたらって思ってたけど、それは無理みたいだし……」


「教会が魔女を異端認定したから街にいるのは難しい……です」


「だよね……ミリエンスさんに迷惑をかけないよう明日にでも出て行かないと」


ミリエンスは寂しげな様子だが、否定しなかった。


「なら森の方へ行ってみて……ください」


「……はい?」


「ユニがそう言うのも分かり、ます。魔獣が出る『森』だから。でも、だからこそあそこなん、です」


「全然話が見えないんだけど、どういうこと?」


「……普通に言っても信じてくれそうにないよな」


ミリエンスは頤に手をあて小考した。その仕草は少しぎこちない。必死に言葉を探しているようで、ほんのり顔が赤くなっている。


「例えば、ユニ……さん、が軍の隊長なら、森に敵がいる時、どうしますか?」


「……それはもちろん、なんとかして森から敵をおびき出して攻撃を仕掛けるかな。魔獣にも対処しなきゃいけないし。でも、そもそもこの仮定ってありえなくない? 森に勢力が住み着くことなんて無理だよ」


「そう!だからこそ森なんです」


ユニはまだ何を言いたいのかわからず、首を傾げていた。


「私も詳しくは知らないけど……協会の魔法使いの……迫害が始まってすぐ、魔法使いの人達は街を離れることを決めたらしい。でも、ただ逃げるだけだと……容易に追跡されちゃう。だがら、魔法使いの人たちは『森』を新たな……住みかとして決めた……です」


「でも、やっぱりそれって難しくない?」


「昔は強い魔法使いがいたおかげで……魔獣の攻撃を防ぎながら樹の上に家を築いたそう……です」


「……」


ユニは沈黙を保っていた。そこまでの努力を成し遂げた魔法使いたちに驚くのと同時に、彼らをそこまで追い込んだ現状の深刻さを痛感していた。


「本当か分かんないけど、ここにいるよりはずっといいと思う」


口を閉ざしたユニに、ミリエンスはそう声をかけた。


「わかったよ。でも、それならミリエンスさんも来たら……」バンッと扉の閉じる音がユニの言葉を遮る。


ユニはすぐさま扉の方へ振り返った。


「……」


栗色の髪の、年配の女性が無言でユニを見つめている。


曇った視線にユニの鼓動ははやくなる。すぐにかけ出せるよう腰をわずかに浮かせていた。


「おばさん。こっちユニ・メトリアさん、です。おばさんも知ってるよね?」


「……」


彼女は少し目を見開くと、何も言わず部屋を出て行った。扉の閉まる音が大きく響いた。


呆気にとられるユニにミリエンスは言った。


「安心して。おばさんは協会の信徒だけど、ユニ、さんのことは誰にも言わないと思う」


「それ、本当に大丈夫なんですか?」


「一応、おばさんにとってもユニ、さんは……命の恩人だし、大丈夫だと思い、ます。でも、実際に見て驚いてたかも」


ミリエンスの言葉にユニは不服そうな態度を示した。それを見て、ミリエンスは小さく微笑んだ。とても可愛い笑みだったが、ユニはもう顔を赤くしたりはしなかった。いや、なぜかユニは緊張を感じることはなかった。


「じゃあ、はやく出発した方がいいと思うから身支度して今晩は、はやく寝る」


その後、ユニは言われるがままに荷支度をし、料理を手伝わされ、床についた。


やけに寝つきが悪く、ユニが眠りについたのは空がすでに白み始めていた頃だった。


✳︎


昼前、下の階から聞こえてくる音にユニは目を覚ました。数名の足音とミリエンスの声が聞こえた。ハインリヒではないかと考えたユニは、足音を忍ばせ物陰に潜んでそのやりとりを聞いた。


「……うちには魔女なんて一人もいませんよ?」


ミリエンスの声は震えている。ただ怯えているだけには思えない。


ユニは彼女らしくないと思ったが、勇気を出して自分を守ろうとしてくれていることに気付き、喜びを感じた。しかし、神父の声がそれを全て消し去った。


「……あなたですよ、ミリエンスさん。とある魔女の証言からあなたが悪魔集会に出席していたことが判明しました」





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