第10話
連れてこられた牢獄で、ミルは壁にもたれかかり宙を見つめていた。壁の低い位置がすり減っていることから、多くの人が投獄されてきたことがうかがえる。
「ほら、お前さん。こちらにきなさい」
1人の神父が鉄格子越しにミルを呼んだ。
「……?」
ミルは首をかしげる。
「わしはお前さんの懺悔を聞くよう命じられてきた。じゃが、いくら懺悔をしても、罪を償うことを誓っても無駄なことはわかっておるじゃろう? 投獄されたら最後、お前さんを待つのは死のみじゃ。同情してやりたいとこじゃが、わしも自分が一番かわいいからの。すまんが、何もしてやれん。じゃから一つだけ忠告をしておいてやろう」
「……」
無言を保ち続けるミルの目を見た後、神父は再び口を開いた。
「処刑前に行われる拷問、そこでは素直に罪を認め、知っている名前を全て仲間の魔女だと証言するのじゃ。そうすればひどい苦痛に苦しまんで済むし、何より生きたまま火あぶりにされずに済む」
「……」
ミルは相変わらず何も言わなかった。
しかし鋭くなったその視線が、何より彼女の意思を表している。
神父はそれを見て憐れむような表情を浮かべてみせた。
「きっとお前さんみたいな人間は口を割ろうとしないじゃろうがやめておきなさい。どうせ皆最後には屈してしまうものじゃ。以前、1人だけ拷問を耐え抜いたものがおった。じゃが、其奴も火あぶりにされた時についに折れてしまったよ。『わかった。自供する。だから薪を一本だけでいいから火にくべてくれ』と言いながらの」
「……」
ミルの瞳に恐怖が宿り、全身の毛穴が広がった。
「弱い炎で徐々に焼かれていく。きっと痛みもあるじゃろうが、それ以上に自分が徐々に焼けていく匂いに耐えられなかったんじゃろうな。それが彼に死を何より感じさせたのじゃろう」
「……」
ミルは何も言えなかった。急に死が意識され、目の前が真っ暗になったように感じていた。
「わしに言えるのはただ一つじゃ。素直になりなさい。そうすればきっと来世はいいことがあるじゃろうよ」
神父はそう言うと去っていった。
「これで……よかったよね」
神父の足音が聞こえなくなってから、ミルはそう吐き出した。 自分に言い聞かせるように言った。
「待っててね。お父さんにお兄ちゃん。私ももうすぐそっちにいくから」
何かをつかむように手を伸ばす。すると、指先が震え出し、無意識のうちに涙が溢れ出した。
「……? なんで泣いているんだろ。ユニ、さんの役に立てたんだから、それでいいはずなのに」
涙を拭うが、それはとめどなく溢れ出してきた。まるで長く止められていた水門が一気に開かれたようだった。
「それに、ユニと話せて楽しかったのに。あんなに楽しかったのは久しぶりだったのに……」
ミルはそこで口を閉ざそうとした。言葉にしてしまったら、もう止められないと思ったからだ。だが、彼女の口がひとりでに言葉を紡いだ。
「なのに……なのに、これで最初で最後なんだ……嫌、だ。嫌だよ。嫌だよぉ」
ミルは泣き崩れた。腕で顔を覆い、嗚咽交じりに泣きじゃくった。しかし、その泣き声は建物の揺れる音で打ち消される。
音が響くたびに天井から埃が舞う。
思わずミリエンスも泣くのをやめていた。
何度か地響きが続いた後、通路の天井が崩れ落ちた。
砂埃が舞い上がる。
ミリエンスは咳き込みながら、その中の人影を凝視する。
「……ユニさん?」
「……えっと、怪我はない?」
ユニは苦笑を浮かべながら尋ねた。叔母さんの指示通りに侵入したら、登場があまりにも仰々しくなってしまった。彼女いわく、逃げ切る力は十分にあるのだから、演出が重要とのことだった。
ミリエンスはユニの問いに答えず、俯きながら拳を握りしめ、肩をふるわしている。そして、顔を上げると大股で勢いよくユニの元へ向かう。
「なんできた‼︎ ユニだって殺されるかもしれないのに‼︎ どうして……どうして助けにきた‼︎」
「……えっと……」
ユニは受け答えに困った。なぜなら、口では激昂しているミリエンスの顔は笑っていたからだ。目の端に浮かぶ涙はきっと嬉しいからだろう。
「……そんなに嬉しそうな顔で言われてもなあ」
「‼︎」
ユニが指摘するとミリエンスはハッとしたような顔をして、自分の顔をペタペタと確認するように触った。
「侵入者だ‼︎」
衛兵の声が聞こえると、ユニはすぐにミリエンスに手を差し出した。
「ほら‼︎ ミリエンスさん、早く行こう」
「……わかった。あと、ミルでいい」
そう言うとミルはユニの手を強く握りしめた。
ユニはやっと本当の彼女を見れたような気がした。
「それじゃあ行くよ‼︎」
2人は瓦礫を登り、地上へ出ると走りだした。
次々に現れる教会付きの傭兵や神父に向かってユニは魔法を打ち、足止めをする。
足に怪我を負ったり、炎に行く手を阻まれたりと、追手はその場にとどまらされた。
「ユニ。その杖は? 昨日は持ってたっけ?」
「ミルの叔母さんに貰ったんだ。といっても、ケッツァルさんが、もしもの時のために買い置いてくれたものらしいけど」
以前のものに比べて新しい杖は、はるかに上質だった。樹齢数百年の精霊樹の枝に貴金属による装飾が施されている。そのおかげでユニはずっと効率よく魔法を使うことができた。
「そう……今まで見たこともなかったけど」
ミルは少し不満げな表情を浮かべてみせた。
それを見てユニは苦笑する。
だが、和やかな雰囲気はあるものの声に打ち消された。
「嗚呼‼︎ なんと嘆かわしいことか‼︎」
ユニとミルはとっさに声の方を向き、緊張を走らせる。
「私があの時捕らえてあげられなかったがために、君は今さらなる罪を犯そうとしている……これは全て私の責任です」
ハインリヒは剣を抜き、その切っ先をユニに向けた。
「私があなたを殺してあげます。せめて魂が汚れきってしまう前に‼︎」
ハインリヒはユニへと切りかかろうと、間合いを詰めた。ハインリヒは魔法の力を見誤っていた。悪魔に貸し与えられただけの偽物だと思い込んでいた。故にハインリヒは今までにないほど驚愕することになる。
ユニが杖を一振りしただけで、ハインリヒの体は吹き飛んだ。何度も石畳の上を転がったあと、民家にぶつかり壁を破壊した。ボロボロになってなおハインリヒはユニを睨みつけていた。その視線は一度ついたら剥がれないほど粘着質だった。
「……ごめんよ」
ユニは呟いた。悔しげな表情を浮かべていた。しかし、ミルに話しかけられて、すぐにそれを隠した。
「さすが、ユニ。あのハインリヒを……一撃で仕留めらなんて」
「あの人、有名なの?」
「この街では知らない人はいない……あ‼︎ 叔母さんは⁈ 叔母さんはどこ?」
「あぁ、あの人なら大丈夫だよ。一足先に逃げたから。何なら魔法もそれなりに使えるっていうから、先に森の集落に行ってるってさ」
「……」
「……それじゃあ先を急ごっか」
ミルはため息をついた。それを見てユニは笑い、つられてミルも笑ってしまった。2人の逃走劇は信じられないほどに平和だった。
これで完結です(打ち切りといったほうが正しいですが)。
ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。感想を残していってくだされば、次に向けて参考にさせていただきますので、どうぞよろしく。




