立ちあがーる
それはさておき私はもうダメだ。もう本当に終わっている。終わっていると言ったら終わっているから終わっているのであり終わっているのだから終わっているのだ。
ブラインドから漏れてくる眩い夕日がとてつもなく恨めしいそんな朝。私は万年床の中で今日も今日とてうごうごしていた。うら若い女がこんなことをしていていいのかと問われれば、いやだめだろうと私もおもうのだけれど、あああ! いや、でもその本当はここからでなければいけないことくらいとっくの昔にわかっていたりする。ちゃんとここから出ていつも通りコンビニでバイトをしてそれで帰ってくる。出勤時間まであと一時間。だからそろそろ準備を始めなければならない。なのでまずこの布団の外へ飛び出し、現実を認識するのである。落ち着くのよ、私。たしかに私は私だし、そうつまりは私なの。ああそれにしても仕事行きたくない。絶対に行きたくない!
「きみのことは恋愛対象にできないな。ごめん」
ばっかやろう! ふざけんじゃねー! てめーみてーないけすかねー茶髪野郎に私の純情が伝わってたまっか! や、でも二日前まではその乙女の純情とやらをあの野郎に届けようとしていたわけで、そのええと、だからなんというのだこれは! ああもう自分が鬱陶しい! こんなことなら生まれて来なければよかった! というか私、人間に向いてないのかもしれない……ザリガニ……ザリガニの方が向いてる……と、おいおいそんなに落ち込むなって、私。それよりももっと楽しいこと考えよう。楽しいこと。先輩と一緒にデートすること? はっはっは。全くもって私の想像力は貧困だ。でもまあ好きだったんだよな……先輩のこと。
と、そんなことを考えていたら冗談みたいに涙が溢れてきた。もうすっかり枯れ果てたとおもっていたのにまだこんなにも出てくるのか。人間の体は不思議なものだよなーとしみじみおもっていたら出るわ出るわ涙がたくさん。この涙は一体なんの涙なんだろう。先輩に好きと伝えたのに断られたことによる涙なのか、それとも自分のことを振った人と同じ職場で働かなければいけないことに対する涙なのか、それとも理論武装でガチガチに防御しないとすぐに砕けてしまう私の脆すぎる心に対しての涙なのか、ほんとう、どれなんだろう。枕に染み込んだ黒い点を私はじっと見つめてしまう。そしてその枕カバーに顔をぎゅっと埋めた。もういい。もうたくさんだ。ずっとここにいたい。時間なんて止まってしまえばいいし、先輩はひどい目に合えばいい。具体的に言うとその……えっと、ああダメ。先輩がひどい目にあっているところを想像することが出来ない。もしかして私まだ先輩のこと好きだったりするのだろうか。いや、好きじゃなかったらこんなに悩まないか。あーなんだかもう疲れちゃったかもしれない。もっとさっぱりした女になりたかった。いつからこんな特濃豚骨スープみたいな思考回路になってしまったのだろう。いつから私は正規の乙女ルートをふみはずしてしまったのか。ああ戻ることが出来るのであれば戻りたい。しかし残念なことにここは夢も希望も恋もない冷酷無比な現実ワールド。私は私の足で歩いていかなきゃならないの。と、わかっているつもり、なのだけれど……
スマートフォンを取り出し、時刻を確認。四時二十二分。あと三十八分しかない。私はそれまでに立ち上がれるのだろうか。むろん今日は仕事を休むという手もある。店長に申し訳なさそうな声で「ごめんなさい、今日風邪引いちゃったんですけど……」と、このように言えばいいのだ。店長の添田は若干ロリコンの気質があるので華の女子高生の頼みとあれば一も二もなく聞くであろう。「よろこんで!」とか言うかもしれない。むろんあんな禿げ散らかったおっさんに慕われたところで毛程も羨ましくないのであった。
「ぶっ殺す!」
私は誰にともなく言ってみる。別に本当に誰かを殺したいというわけではない。ではないのだが、どうしてもお腹のそこからその言葉を吐き出さねばならなかった。むろんこんなことをしたところでなにが変わるわけでもないし、世界は何一つてして変わらないのかもしれない。しかしながらその瞬間、私の身体に得体の知れない力が漲った。
「……そろそろ行くか」
そう小さく呟き、私は立ち上がった。まだ、はじまってすらいない。