嘘だよ。
「──ねえ、今日ってエイプリルフールでしょ?」
そう言って目の前で微笑む彼女。
俺は目をパチクリさせて、その顔を見つめる。そして、カップに手を伸ばすとコーヒーを一口含む。
新年度の始まりの4月1日。
始まりの日が日曜日ということで、のんびりと過ごそうと勝手に計画していたのだが……そうもいかないようだ。
彼女は、俺の反応を今か今かと待っている。
その期待の眼差しはやめてくれ。
「……だったら何?」
俺が冷静にそう返すと、彼女はムスッとして、これでもかというほど頬を膨らませる。
「何ーっ!?その冷たい反応っ!!本当にいつもいつも冷めてるんだから!!!!」
「いや通常運転です。」
「その通常運転が冷めてるのっ!!」
朝の食卓に響く、彼女の大きな声とは対照的に、テレビの画面では男性のニュースキャスターが、淡々と先日起きた殺人事件の事を語っている。
「とりあえず、せっかくのエイプリルプールなんだから、私今日は嘘つき続けるからね!」
「……………はあ。」
彼女は自信ありげにそう宣言する。
まあ良い。暇潰しにはなるだろう。付き合ってやるか。
「まあ、いいよ。好きにしろ。」
「やったー!!ありがとう!!」
それから、彼女の一人嘘つき大会が始まった。
てか、嘘つくって予告されてたら反応のしようがないよな。本当に、何考えてるんだ?アイツは。
***
「ねえねえ聞いて?私、実は男だったの。」
「……ふーん。」
「騙された?」
ニコニコと微笑む彼女。
「いや全く。」
「あー!!残念!!」
***
「ねえねえ!!ハワイ旅行が当たったの!!すごくない!?」
「……すごいねー。」
「……信じてないでしょ!?」
「よく分かったね。」
***
「そういえば、この間一万円貸したよね?」
「え?」
「まだ返してもらってないから返してね!」
「……貸したっけ?」
「フフッ……嘘で──」
「いや、俺お前に貸してるじゃん。ちゃんと返せよ?」
「…………………えっ!?」
***
「……あのね、私、妊娠したみたいなの。」
「…………反応に困るんだけど。」
「ちょっと信じた?」
「……いや信じてない。」
「もう!!ちょっとは騙されてよね!!」
***
そんなこんなで小さな嘘をつかれ続けて、夜になった。
少しずつではあるが、嘘のつき方がうまくなっている。やっぱり何でも積み重ねていくことって大切なんだなーと、一人納得していた。
そして、夕飯の時間になり、彼女はいつものようにテーブルにご飯を並べてくれている。俺は、ニュース番組を見ながら、ボーッとしていた。
今朝報道されていた殺人事件のことについて、またニュースキャスターが語っている。
「──それにしても、ひどい事件だよな。」
俺がそう言うと、彼女は皿を置いてテレビを見る。
「子どもが誘拐されて殺されてた事件のこと?」
「そうそう。何でそんなことが出来るのか分かんねぇわ。」
「……そうだよね。」
彼女も悲しみに暮れているのか、表情は暗い。
「──ねぇ。」
彼女は、ボソッと呟く。
「その子を殺したの………私なの。」
俺は、飲もうと思った湯のみを思わず落としそうになる。
「おいおい。さすがにその嘘はダメだろ。」
そう言いながら、お茶を一口含む。
そして、彼女の方を見るが、俯いて何も言わない。
「……おい?」
ゆっくりと声をかけると、スッと顔を上げる。
そして、俺の目を見つめたまま何も言わない。
「……え、お前、何?もしかして本気で言ってんの?」
心臓が嫌というほど大きな音を立てる。
彼女は、いまだ何も言おうとはしない。
おい、何か言えよ……!!
心の中でそう叫ぶと彼女は微笑んだ。
「──どっちだと思う?」