始動
季節は、芽吹き・快天・彩り・白雪の四つ。
一年は十二ヵ月、一ヵ月は三十日。
年末と新年の間に五日間だけ、年移月と呼ばれる月があって、この五日間は日中は虹が、夜はオーロラが絶えず現れるらしく、何とも神秘的な日らしい。
界渡りと呼ばれる、異世界へと道を繋ぐ魔法が成功する日も、この五日間だけらしい。
つまり私が帰省できるのは一年に一度、この五日間だけという事だ。
もっとも、女神様が界渡りの魔法を使うなら、この限りではないらしいが、女神様は何故かその時以外は界渡りの魔法を使う事を拒むらしい。
一度、何代か前の大神官様が理由を聞く事に成功したという事だが、その大神官様も『女神様もお辛いのだ』と言うだけで詳しい事は話さなかったらしい……謎だ。
一日は、二十四時間。
時計塔から一時間ごとに鐘が鳴り、その回数で今が何時かを知るらしい。
そしてこの鐘は眠っている人には聞こえないように魔法がかかっているらしく、睡眠妨害をする事はないらしい。
よくできている。
次に、お金について。
硬貨の種類は七枚。
銅貨、赤銅貨、黒銅貨、白貨、銀貨、金貨、虹硬貨だ。
金額は日本式で言えば、左から順に、一円、十円、百円、千円、一万円、十万円、百万円だ。
私がさっき渡された、十六士団の今月の運営費は、銀貨五枚と白貨十枚、つまり六万円である。
少なくない? とは思うけど、できたばかりで何の功績もない隊だし、人員も私一人だし……仕方ないのかな?
功績を上げて隊員も増えて大所帯になれば、運営費もたくさん貰えるようになるよね、きっと。
それに今たくさん貰っても、何に当てればいいのかわからないし……今度また王太子様か誰かに聞こうっと、要勉強だ、うん。
今日の講義で重要だと思うのは、これくらい。
あとは魔物がいるとか、奴隷や冒険者がいるとか、貴族と平民の違いについてとか、ファンタジー世界のお約束的な事やどうでもいい事だった。
そして講義を終え、午後の予定を提出したら、講師役の人から僅かなお小遣いを貰えた。
街へ出た時に買いたい物があったら使って下さいとの事だった。
その後はいよいよお昼ご飯。
私は他の女の子達と一緒に、お城で働いてる人達やその家族に無料で解放されてる食堂にやって来た。
昨夜もここで食べたが、かなり美味しい。
ご飯が美味しいって、幸せである。
端のほうの席に座って注文を終え、ふと周りを見ると、他の女の子達が座るテーブルにはいつの間にか、何人もの男性達が相席していた。
どうやらこの昼食の場も、アピールの機会として使われるらしい。
……けれど、私の所に来る男性は皆無。
いや、焦る必要はない、ない、けど……私だけぼっちなご飯なのは、ちょっと悲しい……。
若干気分を沈ませながら周りの様子を見ていると、やがて何人かが私のテーブルに近づいて来るのが視界の端に入った。
あっ、こ、これは、もしかして!
他はどこもいっぱいだから、空いてる私のほうに来たのかな!?
交流を持つチャンスかも! と期待し沈んだ気分を上昇させつつ、露骨に見てしまわないように視線を正面に戻す。
そして、ついに男性が私が座るテーブルの隣に立ち、口を開いた。
「失礼。この椅子、空いているよね? 持って行っていいかな?」
「……えっ? ……あ、はい……どうぞ……?」
「ありがとう。じゃ」
「ねぇ、この椅子も空いてるよね? 持って行くよ?」
「え……は、はい……?」
告げられた予想外の言葉に、それでも私が頷くと、男性達は即座に椅子を持ち上げ、離れて行った。
椅子が二つ無くなったのを見て、後からこちらへ来ていた男性達は残念そうに踵を返す。
四人がけのテーブル席に残ったのは、私が座る椅子と、その正面にある椅子のみ。
男性達も、さすがに正面の椅子だけは残してくれたようだ。
……でもどうせ、座る人なんていませんけどね!
ふんっ!
期待を裏切られた私は正面の椅子を睨みつつ、料理が来るのをただ静かに待った。
それから少しして、テーブルに影が射す。
料理が来たかと視線を向ければ、そこには朱色の髪に金の瞳の、美形の青年が立っていた。
…………もしかして、この人も?
「何か? 椅子が欲しいなら持って行っていいですよ? どうせ誰も座りませんからっ!」
「椅子? ……ああ、いや、私はそこに座りたいのだが、いいだろうか?」
「えっ!?」
どうせ椅子が欲しいと言うのだろうと投げやりに言い放った言葉に、しかし返ってきたのは予想外の言葉だった。
い、今この人、ここに座りたいって言った?
そう言った!?
「あっ、あの、もちろんです! どうぞ!」
「ありがとう。では相席させて戴くよ。……ではまず、自己紹介をしようか。私は魔導士団第一士団副隊長のジューン・ショウセイン。ゼオスイード殿下と共に、貴女のお世話をさせて戴く一人だ。よろしく、ユイカ・トガクレ嬢」
「は、はい! よろ……し、く?」
て、え?
お、お世話をさせて戴く一人?
それ、って……召喚されたあの場所で王太子様が言ってた、既に奥さんとか婚約者がいる、人……?
「……ユイカ・トガクレ嬢? どうか、したかな?」
「……あ、あの……失礼ですが、貴方……婚約者か、奥方は……?」
「うん? いるが、それが…………あっ!?」
嫌な予感が過った私が遠慮がちに尋ねると、ジューン様はキョトンとして首を傾げ、けれどその直後ハッとしたような顔をして、周囲を見回した。
「……い、いや、その。……す、すまない、ユイカ・トガクレ嬢。もしや、ぬか喜びを、させてしまっただろうか……」
「……はい。……でも、もういいです。別に焦って相手を見つける必要もないですし。まずはこちらでの新しい生活に慣れて、余裕ができたらその時は自分から動きますから」
「そ、そうか……いや、本当にすまない。……しかし、何故誰も……いや、想像はつくか……?」
「……そうですね。私は他の女の子達みたいに可愛くもなければ美人でもないし、魅惑的な体つきもしていませんからっ」
「は? 可愛く……って、いやユイカ・トガクレ嬢、それはちが」
「お世辞は結構です」
「え、いや、世辞なんかじゃ…………いや、まあ、いい。きっとそのうちわかるだろう。……本題に入るが、ユイカ・トガクレ嬢。貴女は自身の望みにより魔導士団の一員となったと殿下から聞いた。良ければ私が貴女の魔法の訓練を見させて貰おうと思うんだが、どうだろうか?」
「! わぁ、本当ですか!? 助かります! じゃあ明日から、よろしくお願いします!」
「ああ……って、明日? 今日じゃ、ないのか……?」
「はい。今日の午後は、隊舎の掃除をしようと思ってますから」
「隊舎の? ……ああ、なるほど。そういえば長く使っていない場所を隊舎として用意したと仰っていたな。わかった。では明日の午後から見るとしよう」
「はい、お願いします!」
「ああ」
魔法の練習に関しては、実は一人で行うのはかなり不安だった。
何しろ、やった事もなければ見た事もない技である。
それをいきなり一人でやるとなれば不安にならないわけがないだろう。
だからこの話は渡りに船だ、良かった。
指南役を得た事にホッとした私は、気分良く昼食を終えた後ジューンさんと別れ、隊舎へと向かったのだった。
食堂から立ち去る際、出入口へと向かう私の背中を、決意を宿した目で見ている人がいる事など、微塵も気づかずに。