職が決まりました
翌日。
『準備が整いました』と言われ、王太子様に改めて案内された私の部屋は、狭く質素な場所だった。
部屋の奥にシングルベッドがあり、その手前、左側に木製の机と椅子、右側にタンスが置かれていて、その間は人が一人通れる程度の隙間しかない。
椅子を引いて座るか、タンスの引き出しを開けて中を物色すれば、机とタンスの隙間はほぼゼロになるだろう。
タンスのすぐ手前は出入口のドアであり、その間は内開きのドアが問題なく開閉できる程度に空いているぐらい。
机の手前には四段のスリムなカラーボックスがある。
これはどうやら本棚のようで、色はダークブラウン。
以上の家具が配置されているだけで余白がない程の小さな部屋。
窓は、机の前にある半間の窓一つだけ。
ここが今日から私の部屋である……うん、成り上がりの始めに適していると言えるだろう。
まあ、奴隷とかスラムとかのどん底から始まるのが成り上がりってものだろうという声もあるだろうけれど、さすがにそこからのスタートはちょっと遠慮したい。
部屋のグレードに満足している私を見ると、王太子様は『では次へ行きましょう』と言って歩き出した。
私は慌ててその後を追い、部屋を後にする。
次って何処へ行くんだろう、と内心首を傾げながらもついて行くと、やって来たのはいかにも古そうな、ボロボロの石造りの建物。
その建物を前にして、王太子様はにこやかに私を振り返った。
「ここは、新たな魔導士団、第十六士団の隊舎です。隊長は貴女。隊員も貴女一人です。結界魔法が問題なく扱えるようになったら隊員をまず一人選んで戴きますので、頑張って下さいね。街や村へ派遣するのはそれからです。魔法の訓練所は背後に見えるあの塔になります。功績を上げたら隊舎の改築や隊員の増員などの報奨を与えますので、是非励んで下さい。……ここまでで、何か質問はございますか?」
「え、えっと、ひ、平隊員からでは、ないんですね……?」
「はい。貴女の望みは、街や村を見回りたいという事でしたから。……既存の隊では、森や山、洞窟などに潜む魔物の討伐が主な任務で、街や村にゆっくり滞在する事は今までありませんでしたから、新たな任務を組み込むよりは、街や村の防衛機能を主に見回る、新たな士団を作ってしまおうと思いまして。幸い、貴女の能力は、結界魔法ですしね」
「な、なるほど……わかりました」
平隊員じゃあないけど、隊長一人、隊員ゼロの新しい団からのスタート。
しかも隊舎はオンボロ……うん、まあ、悪くはないかな?
「他に、ご質問は?」
「あ、はい、えっと……。……今は、特に思いつきません」
「そうですか、わかりました。では、こちらが魔導士団の制服になります。隊舎への出入りや訓練所を使う際はこちらを着て下さい」
そう言うと、王太子様は何処からか出した黒い箱を私に差し出した。
せ、制服……魔導士の!!
私は箱を受け取ると、逸る心を抑えきれずに箱を開け、中から制服を取り出し、綺麗に畳まれたそれを広げる。
紺色のローブはハイネックで、裾は膝下まで。
太股のあたりから両側にスリットが入っていて動きやすそうな作りだ。
インナーとパンツがセットで入っていて、そちらは淡いクリーム色。
……あれ、昨日見たこの制服を着ていた人達は、全員インナーとパンツは黒いものを着ていなかったっけ?
ああでも、あれは全員男性だったし、インナーとパンツは性別で色が違うのかもしれないな。
あっ、腕章発見!
う、見た事ない文字だ……けど読める、これ、十六だ……ああ、十六士団だもんね。
異世界語自動翻訳バンザーイ。
「……ユイカ・トガクレ嬢? 続いて、こちらは今月の第十六士団の運営費になります。無駄のないようお使い下さい」
「えっ、あっ、は、はい!」
王太子様は私の名前を呼んで意識を制服から自分へと引き戻すと、私の手を取り、そこに硬貨を数枚握らせた。
その手のひらを開くと、色の違う硬貨が数枚、チャリンと音を立てる。
「……え。あれ、ええと……」
こ、困った、どれが幾らに相当するのか、全くわからない。
私は手のひらにある硬貨をじっと見つめ、固まった。
すると、王太子様はくすりと笑う。
「金銭の事を含め、この世界の常識はこれからしばらくの間、毎日午前中に講義があります。他の女性達と共に受けて下さい。午後は何をしても自由ですが、その日の行動予定は午前中の講義の終わりに紙に書いて提出して下さいね。それを元に、男性達が女性の元へアプローチに参りますから」
「あ、は、はい。わかりました」
「では、そろそろ講義が始まる時間ですので、戻りましょう。教室となる場所へご案内致します」
「あっ、はい!」
私は王太子様に促され再び歩き出し、隊舎を後にした。
午後は自由行動、かあ。
まあ私の場合、今日は隊舎の掃除で、明日からは訓練所で魔法の訓練だよね。
……そういえば私って、魔法は結界魔法しか使えないのかな?
いやいやまさか……使えるよね?
だってそうでないと、日本へ帰る帰還の魔法も使えないって事なるんだし……ま、まあ、その時は、王太子様にお願いして誰か使える人を紹介して貰えばいいだけなんだけど……でも、自分でできたほうがいいよねぇ。
う~ん……まだ一度もステータス見てないし、後で見て確認しようっと。
どうか、使えますように!
魔導士団第〇士団長ではなく魔導士団第〇士団隊長なのにはちょっとした理由があります。
が、団長より隊長の方が好きで、〇部隊より〇士団の方が好きな、単なる葉月の趣味でもあります。
あべこべなのは承知してますが、変えるつもりはありません。