潔癖症
「つまり、どういうことだったわけ?」
サツキがおれに向かって険しい顔できく。
正直おれもよくわかっていない。
要するに蓮華は割と名家の長男だが、心は女で、そのコンプレックスで家を飛び出してギルドに入った。
一方の朱姫はいいとこのお姫様だけど、家柄に縛られるのが嫌でギルドに入ったと。
それで、この朱姫は蓮華を男と知っているけど女の子としての蓮華が好きで、蓮華は男だけれど、女性として女の子の朱姫のことが好き。
アブノーマルとアブノーマルが掛け合わさって、一周してノーマルってことか?
「あー、なんか混乱する」
さつきが頭を抱えた。
「なんにせよ、あのふたりの問題をまるく収めたタオはあなどれんな」
「タオ、給仕とルームメイクで使うにはもったいなくないですか?」
「本当だな。何ならサツキと交代するか?」
「もっと給料くれてもっと楽な仕事にしてくれるんなら是非どうぞ」
「やめておこう。しかし、確かにそうかもしれん。一度タオと話をしてみるか」
そんな話をしていた矢先のことだった。
ついさっき到着したばかりの宿泊客がものすごい勢いで階段を駆け下り、フロントに怒鳴り込んできた。この男はたしかBランクの勇者、クルーズ氏だったはず。おれが部屋割したので覚えている。何の変哲もない地味ななりのくせして、結構な大声を張り上げる。
「おい!責任者はいるか!?」
顔を真っ赤に上気させて相当ご立腹の様子だった。気が付くとサツキはいつの間にか事務所に下がっていた。お前は忍者か。
「わたしがこの宿の支配人です。クルーズ様、いかがなされましたか?」
「いかがもタコもねぇよ。これをみろ!」
男が手のひらをおれにむけて差し出したが、おれには何もないただの手のひらのように見えた。
「お客様の手…ですか?お怪我でもされましたか?」
「違うだろうが!これだよこれ!」
じっと目を凝らす。
…糸くず?
「糸くず…でしょうか?」
「はぁ?誰がどう見ても髪の毛だろ?髪の毛が落ちてるとか、宿屋としてどうなんだっていっているんだよ!おれは清潔好きなんだ。他人の毛髪の落ちていたベッドでなんぞ気持ち悪くて寝られねぇよ!」
「それは申し訳ございませんでした。清掃には十分注意を払っているつもりではありますが、行き届いておりませんでした」
正直、清掃する者とて人間(うちの宿の場合はエルフ族だが)なのだから、小さなごみを見逃すことはあるし、清掃中に自身の頭髪が落ちることだってあるだろう。それを殊更に大きな問題のように騒ぎ立てるやつは、たいてい支払い拒否か、ルームのアップグレードを要求してくる。
宿屋の到着して最初にすることが、部屋のあらさがしとは何ともさもしい男だ。
そもそも、潔癖症の人間がダンジョンで冒険なんぞするなといいたい。
無菌処理された手術室で脳みその手術を受けた方がよい。
内心では毒づきつつも、この日は部屋にも多少余裕もあったので、ルームチェンジで事を収めようとした。
「お客さまのお部屋を上のグレードにチェンジいたしますので、それでどうかご了承いただくわけにはいきませんか?」
「ほう、そうか。だがなぁ…」
男はしたり顔であったが、まだ何か引き出せそうだと踏んでいるのだろうか。値踏みするような視線でおれを見ている。
正直、イラッとする。
そんなとき、最悪のタイミングでタオが清掃を終えて降りてきておれに報告した。
「支配人、指定の清掃はすべて終わりました!」
あぁ、なんて空気の読めない子!
この状況で清掃員の顔バレとか最悪ではないか!
「あぁ!?清掃がすべて終わっただと!?」
案の定、男は恰好の獲物を見つけた獣のような顔で振り返る。
「はい!お客様、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
タオはとろけるようなキラキラの笑顔をふりまいて、きびきびとした動きで食堂に夕食のセットに向かう。
彼女が食堂に入るところを見届けると、クルーズ氏はゆっくりとおれの方に向きなおる。
鼻の下がゆうに三センチは伸びていた。
「別に部屋は変えなくていいから~、あの子に気を付けてね~っていっといてぇ~」
男は手にした毛髪を握りしめてふたたび階段を踊るように軽やかに上っていった。
踊り場でくるりとターンする。
笑顔一閃。微笑みだけでクレーム処理!
タオ、なんて恐ろしい子!
ちなみに、クルーズ氏の部屋の清掃は夜勤明けでフラフラのハリーがしたことは、
当然ながらおれの胸の内に永久に秘密である。