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男性の品格

少し長いです…

おれはタオを連れてふたりのもとに向かった。


「朱姫様、蓮華様。この後少しお時間をいただきたいのですが」


タオは食事中のふたりに声をかけた。


「ウチは別にいいけど、あの人たちは?」


朱姫が細マッチョの男ふたりに視線を送る。


「彼らにはお酒をご用意しておきますので、こちらでお待ちいただければ」


タオは機転がきく子だ。


「ふぅん、わかった。ねぇ、アンタたち、ちょっとここで酒飲んで待っててって!タダで良いって」


朱姫が男に向かって大声でいう。おれは内心、この若い女にイラっとしたが、大人気ない事はしないようにと自分を戒めた。


「行こ、蓮華」


そういって立ち上がり、タオの後について応接室に入ると、おれとタオの向かいに座った。


「で?またあたしたちの服のこと?オジサン」


つまらなさそうに髪の毛をいじりながら朱姫がいう。おれと目線を合わせようとはしなかった。

おれの代わりにタオが口を開いた。


「朱姫様、蓮華様、私はこの宿のお世話係をしています、タオと申します」


座ったままで、姿勢正しくタオはふたりにお辞儀をした。


「私はおふたりのお召し物は、この宿でお過ごし頂くには似つかわしくないと感じます」


タオはかなり厳しい口調で結論からはっきりといった。


「はぁ、また?よくそんな同じ話何回も…」

「朱姫様、少し私のお話をさせていただいてよろしいでしょうか?」

「…なに?」


怪訝そうにタオのほうを睨む。


「私は以前宮仕えをしておりました。私は一番下の位でしたから、先輩方からは厳しく指導を受けていた立場です。先輩方はみな一様に凛として美しい方ばかりです。それは男性も女性も同じです」

「何がいいたいのかわかんない、アタシ頭悪いし」


朱姫が拗ねたような口調で口を挟む。タオは優しく諭すようにいう。


「もう少しきいてくださいますか?王宮のみなさんはなぜ、あのように美しいのか、私はずっと考えていました。できれば私もそうなりたいと思ってましたから。そして、自分なりの答えですが」


タオはふたりを交互に見る。


「美しくある努力をするからです」

「はぁ?何言ってんの?そんなの当たり前じゃん!」


朱姫が声を張り上げた。


「そうですね。今のおふたりも美しく見せるために、そのようなお召し物をお召しになられ、とても綺麗になさっていますね」

「だめ、さっぱりわかんない。行こう蓮華」


立ち上がろうとする朱姫に向かってタオはいった。


「朱姫様!あなたは 由緒ある赤鬼族の御息女、朱音あかね姫でございますね」


その言葉におれは目をむいて驚き、蓮華ははっとして朱姫を見上げる。

朱姫は表情を変えずにタオにいった。


「…何で知ってるの?アタシのこと…」


タオは砂糖のように甘い笑みをたたえていった。


「私は以前、王宮で朱姫様に御目通りしております。あなた様ほど美しい方にこれまでにお会いしたことがございませんでしたから、一目見てすぐにわかりました」


朱姫はふたたびすとんとソファに腰をかけ、細い足を組んだ。


「それで?国に連絡するの?」


不機嫌な声でいう。


「いえ。ただ、あなた様ほど品位も格式もある方が、なぜそのように俗的な美しさをお求めになるのかと不思議に思ったのです。差し支えなければお聞かせ願えませんでしょうか」

「…男のためだよ」

「朱姫!」


蓮華が声を荒げたが、朱姫は意に返さなかった。結局そんなものかとおれは軽い失望を覚えた。


「男性の気をひくためですか?」

「まあね。そもそも由緒ある家柄にも品格ある振る舞いにも興味なかったんだ。だから家を飛び出してギルドに潜り込んだ。そこで蓮華と出会って、その時の彼女の格好が可愛かったから真似し始めたんだよ。この衣装の方がギルドで男のメンバー探すのに都合いいし」

「そうなんですね。ところでもうひとつよろしいですか?」

「何?まだあるの?」

「これで最後の質問です。蓮華様はなぜ、女性の格好をされるのですか?」


その場にいた全員がタオに振り向いた。おれにはタオの言葉の意味がいまいちよくわからなかったが、目の前のふたりにはその言葉の意味がはっきりと伝わったみたいだった。


「何であなた、わたしが男だとわかったの?」

「あなたにもお会いしましたね。蒼紫そうし皇子」

「まさか、こんな田舎の宿で素性がばれるとは思わなかったな…」

「やはり皇子でしたか。しかし夜叉一族の後継者たる方がなぜそのようなお召し物を?」

「わたしは…生まれながらに心と体が別の性別なの」


…性同一性障害、か。聞いたことはある。

男性の体で生まれてきたのに女性の心を持ってる、身体と人格の不一致という心の病だ。


「ようやく生まれた男系の皇子が女性になりたいなんて一族の笑いぐさでしょ。だからいっそのこと家を抜けて女性冒険者として、ダンジョンで暮らそうと思ったの。そこで朱姫に出会った。お互い似たような境遇だったから、すぐに意気投合して、それからは一緒に旅してる。朱姫ははじめはもっとおしとやかな格好だったけどね」

「つまり、朱姫様のいう男のためというのは、蓮華様のためですね。蓮華様と同じような格好をしていれば、女性のペアだと思いよもや蓮華様が男性だとは気づきませんから、素性がばれることもない」


タオはふたりに向かって真剣な眼差しをむけた。

ふたりは顔を見合わせ、タオに向かってうなずいた。


「おふたりのこと、とてもよくわかりました。ですが、やはりこの宿では、おふたり以外のお客様もお見えです。どうでしょう、私から提案があるのですが…」



翌朝、タオとともに食堂に現れた朱姫と蓮華に、その場にいた誰もが振り向いた。

それは昨日の奇異なものを見る目ではない。

ため息の出るような羨望の眼差しだった。


朱姫はシンプルな白の単衣ひとえに足首まである朱色の袴を、蓮華は黒の単衣に紺色の袴と透け感のある狩衣かりぎぬをまとっていた。


この衣装はタオが以前宮仕えをしていた時に、朱姫の国から贈答品として受け取った伝統衣装をこの宿での部屋着にと、ふたりにプレゼントしたものだ。


「私には勿体なくて着る機会がありませんでしたが、さすがは和の国のお姫様ですね。朱姫様も蓮華様も大変お似合いです」


ふたりは満更でもなさそうにお互いの姿を見て笑いあった。


「蓮華様。差し出がましいことですが、大切な女性の側に寄り添い、お守りされていらっしゃるあなた様はすでに男性としての品格を立派に備えていると思います」


驚いて頬を真っ赤に染めた蓮華だったが、小さくありがとうといって、朱姫とともに朝食の席に着いた。


おれは宿屋が客人のプライベートに立ち入ることはご法度だと思っていたが、こうやって相手の話をよく聞くことでわかることもあるのだと、今回ばかりはタオに教えられた。


彼女らはは出発チェックアウトの時にはいつもの格好に戻っていたが、次にここに来るときまで、部屋着を預けておくといって、ふたたびタオに衣装を差し出した。


「はい、またのお越しを心よりお待ちしていますね」


タオは眩しい笑顔で奇妙な格好の若いふたりの女性を見送った。


ちなみにふたりが連れてきた細マッチョはただ酒を浴びるほど飲んで酔いつぶれ、ふたりに置いて行かれたため、ゴリマッチョのギルドガードふたりに担ぎ出されていった。




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