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これが東洋の秘術か

しょっちゅう使うやつもいます

冒険者たちには様々なジョブがある。

オーソドックスな勇者や戦士、魔法使いといったものから、変わったところでは、曲芸師、魔獣使いなんてのも存在する。

ギルド以外でこういったいろんなジョブの者たちに出会えるのは、宿屋の醍醐味ともいえる。

今日、ウチに泊まりに来たのもまた珍しい客人だった。


「忍者」というジョブをご存知だろうか?


東洋の小さな島国だけに存在するというジョブで、彼らは金で雇われるいわば傭兵で、隠密行動を得意とし、主に情報収集を目的とした諜報活動をする。だが時には敵対する陣営の要人をその隠密能力を生かし暗殺することもあるという。

いわば、スパイとアサシンを掛け合わせたようなジョブといえる。

さらにいえば、彼らの秘術ともいえる「忍法」は分身したり、変わり身をしたりと、まるでイリュージョンだというのだ。

スパイとアサシンにくわえてマジシャンまでこなす、まさにマーベラス。


当然ではあるが、本国での隠密行動という特異性から彼らが自身の素性を明かすことはないが、このダンジョンの世界ではギルドに登録した段階でジョブ登録もせねばならない。

名前こそ偽名を名乗りはするが、彼らは忍者というジョブでパーティに参加する。

そしてまた、その希少性もあり忍者は非常に人気の高いジョブなのだ。


この日やってきた影虎(仮)は、Aランクの忍者であった。

真っ黒の忍装束は、海と森のこの世界ではかえって目立っていたが、この東洋の神秘ともいうべき来訪者におれは胸が高鳴った。


「では影虎(仮)様、ご夕食は外で済まされるのですね」

「うむ、少し情報収集をしたくてな。この辺りで栄えている酒場はあるか?」

「それでしたらすこし西の港がいいでしょう。そこならば人が集まりますから」

「そうか、恩にきる」


黒い覆面のせいで声がこもっていた。もちろん顔はほとんど見えない。まあ、忍者という職業柄致し方ないのだろうが、それにしても暑くはないのだろうか?

そんなおれの疑問をよそに、全身真っ黒の(おそらく)男は酒場へと出かけて行った。


その日の夜中、宿の巡回をするためにロビーに出たところで、おれは異変に気付いた。

ロビーの真ん中に黒いものが落ちている。

近づき拾い上げると、おれはそれが衣服であるとわかった。

おれは真っ黒で軽くて薄いこの生地に見覚えがあった。

影虎(仮)氏が着ていた忍装束だ。


何故との自らへの問いかけに、おれはすぐにある答えを導き出した。


忍法「空蝉うつせみの術」


ご存知だろうか?

忍者が敵に襲われた時に、自分の衣服を変わり身にして相手の気を逸らし、その間に逃げるというミスディレクション系マジックのような忍法だ。

だが、これがその空蝉の術だとするならば、影虎(仮)氏は何者かに襲われたということ。

おれの頭に不安がよぎる。


そのとき、いまはもう閉めているはずの食堂の向こうから、轟々と低く唸る音が聞こえてきた。

おれの心臓がぎゅっと萎縮する。


モンスターが入り込んだのか?

この唸り声、ゴブリンならまだおれでもなんとかなるが、獣人や竜人ならやばい。

ダンカンを呼ぼうにも、やつは今日に限って夕食後に家に帰ってしまっている。

宿泊客の安全のためには、まず様子を見ておかねばならない。

本当に危ないモンスターが侵入していたら、急いで客を避難させねば…


意を決しておれは食堂の扉を開き中を覗く。

唸り声は定期的に聞こえる。

だがなぜか相手の姿が見えないのだ。

ランプを手にゆっくりと食堂のなかを進む。


いよいよ唸り声が近くなり、奥のソファ席に潜んでいるようだと分かった。

深呼吸をしてソファを覗き込む。

そこにいたのはゴブリンでも獣人でも、ましてや竜人でもなかった。ただ全裸の男が気持ちよさそうにいびきをかいて横たわっているだけであった。


翌日、フロントに現れた影虎(仮)は平身低頭、ひたすら謝っていた。

実は彼は忍者ではなかった。

ジョブを詐称していたのだ。

忍者を名乗ることで、珍しがって近づいてくる者に、酒の一杯でもおごってもらおうという浅はかなコスプレイヤーだった。


このアマンデイの住人たちは初めて見た忍者に興奮し、影虎(仮)も気分を良くしてつい飲み過ぎたらしい。

それで泥酔し自分の家と勘違いして風呂に入ろうとして、あとは見ての通りというわけだった。


おれは影虎(仮)に、ジョブチェンジすることと、昨日奢らせた酒場の連中に酒を奢ってやること、そしてそこで真実を語り謝罪することを条件に、ギルドガードへの通報は勘弁してやると伝えた。


人を騙すのは良くないことだが、奴はただ一時の夢を見たかっただけなのだ。

そして俺たちもまた、東洋の秘術に一時の夢を見たのだからな。


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