いつも通りという男
割とまじめな話です…
――ピロロロ…
おれの事務所の蓋栓電羽の鳴き声が響く。
このオウムのような生き物は、魔術の力に反応して喋り出すという不思議な鳥型のモンスターだ。
胸部についた網状の蓋のようなものに話しかけると、その声を魔術で変換し、同じネットワーク内の任意の鳥に会話を飛ばす。
魔術を受けた鳥はさえずり、そのくちばしについている栓をはずすと、変換された声をくちばしからしゃべるという仕組みだ。
最近では小型で持ち運びやすい軽袋電羽というタイプもいる。くちばしの下にある袋状のものが震えて声を伝えるらしい。
「はい、アマンデイの宿屋です」
おれは蓋栓電羽の栓をはずし、話しかける。
「ああ、どうもご主人。マクレーンです」
「マクレーン様、いつもありがとうございます」
おれはいつものように丁寧な挨拶をする。挨拶はコミュニケーションの基本だ。
このマクレーン氏はウチの常連客の一人だが、驚くなかれ。実はモンスター狩りをメインにする超有名ギルドの創始者のご子息である。
このダンジョン冒険ブームの火付け役ともいえるギルドで、この世界では知らないものはいないだろう。
そのギルドの創始者である彼の父は、今はすでにギルドマスターを引退し長男にその地位を譲っている。
それでこの次男のマクレーン氏はというと生まれついての風来坊らしく、ギルド経営ではなく、世界各地のダンジョンを冒険して生活をしているらしい。
ちなみにおれが彼のジョブランクである「SSSの商人」というものに出会ったのは、後にも先にもマクレーン氏ただ一人である。
歩けば金が落ちるといわれる「SSSの商人」のマクレーン氏は当然のことながら上客であり、マナーの悪い客ではない。
だが、すこし困った人であることも事実だ。
「またそちらにご厄介になりたいのですが」
「それはありがとうございます。それでいつご到着の予定でしょう?」
「そうだね、来週のうちで空いてる日があれば」
おれは台帳を素早くめくり来週の予定を検索する。月の日からでも部屋に余裕はありそうだ。
空室状況の横を指でなぞりながらいう。
「では、来週でしたら十六日、水の日からでいかがでしょう?」
「水の日、うん水の日ね。じゃあ、いつも通りでお願いできる?」
「かしこまりました。では十六日からの六泊、お泊りのメンバーは男性三名と女性二名でしたよね?」
常連客の情報は常に頭に入っている。宿帳を見るまでもない。
しかし、このマクレーン氏。いいとこのボンボン…いや、高貴な生まれであるためか、どこか我々平民とは感覚がずれている。
「あ、そうね。いまは四人。四人? 四人だったかな? うん、女性が一人いる」
電羽口から聞こえるマクレーン氏の声におれの頭の中に「またか」というあきれにも似た、しかしどこか微笑ましい感情がわく。
そう、このマクレーン氏。飽きっぽい性格のため、しょっちゅうパーティメンバーが入れ替わる。
「いつも通り」という言葉がいつも通りであったためしは一度もない。
ある時はメンバーが変わり、ある時は宿泊日数が変わり、またある時は手配する夕食の内容が変わる。
いつも通りといわれて、「前回と同じ」手配をかけるとこっちが痛い目を見てしまう。
そうであるから、おれはいつも通りといわれても、必ず予約内容を確認する。
それでも、この男の性格なのかどこか憎めないのも事実なのだ。
彼は小太りで温和な顔立ち、普段から表情は飄々として風来坊であるのもうなずける空気をまとっている。今では伝説の勇者「フジオカヒロシ、」の若いころに似ているのも、どことなく彼の大物ぶりをにおわせる。
おまけに金払いはすこぶる良い。
このうだつのあがらない、おんぼろ宿が彼に文句をいわれたことは一度もない。
いや、ただの一度。
一度だけ彼が顔を紅潮させて憤慨したことがあった。
それは、彼の馬をつなぐ場所を取っていなかったことに対してだった。
普段彼は美しい白馬に乗ってやってくるのだが、その日は馬やらドラゴンやらでやってきた宿泊者がおおく、マクレーン氏の部屋は確保したものの、馬をつなぐ場所を確保できずに、少し離れた知り合いの店の前に場所を借りたのだ。
場所は確保したのだから、大丈夫だろうと高を括っていたのだが、彼はその少し離れた場所が不満だったようで、普段の柔和な表情からは想像もつかないような鬼の形相で、なぜ馬を置けないのかと問い詰められた。
そういわれてもないものはないのだ。
物理的に不可能な問題の解決はできない。
その一件依頼、おれは宿に来る客には馬などを使うのかを確認し、台帳に記入して場所を確保できるかを調べることにした。だからマクレーン氏からの予約があれば、空室はもちろん、馬をつなげるかも忘れずに確認する。
夕食の好みや食べたいものがあるかも確認する。
来週は炎の日に団体のパーティ利用があり馬がつなぎ置けないため、月の日から部屋には余裕があったが、彼の宿泊予約を水の日からにしたのだ。
「それでは、マクレーン様。来週の十六日、水の日からの六泊、男性三名様と女性一名様のお部屋をお取りします。ご夕食は肉と魚を交互に、さらに西洋と東洋も日替わりでご用意しましょう」
「そうだね、うん。そうしましょう。それじゃあ、よろしく」
そういって、おれは蓋栓電羽の栓をして通話を終えた。
マクレーン氏の「いつも通り」とは、「前回と同じように」ではない。
「いつもしている通りに、細やかな気配りをせよ」
という、注文の省略である。