夏休み特別企画 子ども魔法電羽相談
「みなさん、こんにちは。今年も夏の特別企画、子ども魔法電羽相談の時間がやってまいりました」
磨き抜かれた宝玉のように艶のある女性のアナウンサーの声が放送箱から聞こえてくる。蓋栓電羽と違い、双方向通話ができない一方的に相手の音声を送りつけてくるだけの、テレパスの系魔法を利用した簡易通信装置で、ニュースや歌、時にはこうしたバラエティ系の番組などを放送するものだ。
夏になると子どもたちの学校が休みとなるため、子どもがこうした放送に電羽を通じて出演できるので、かなり人気のある番組だ。
おれはこのコーナーが好きで毎年楽しみにしている。
いや、決してロリコンというわけではない。
「さて、今日は魔法についての質問を受け付けています。回答いただける先生は、賢者のライオネル・チャールズ先生です。先生よろしくおねがいします」
「よろしくお願いします」
「それでは最初のお友達です。おはようございます!」
ややタイムラグがあり、こもった声が放送箱から流れる。
「……おはようございます」
「お名前とお年をどうぞ!」
「……アレサ・ルーズワットです。九歳です」
新鮮な果実のように実に爽やかな女の子の声だ。
「はい、それではアレサちゃんの質問はなんですか?」
またもや一瞬の間が開く。
「あの。えっと、どうして、夏なのに、氷のまほうが使えるんですか?」
「はい、夏なのに氷の魔法が使えるのはどうしてか? という質問ですね。 アレサちゃんは氷の魔法を使っているところを見たことはありますか?」
「はい、あります」
「暑いときに氷の魔法が使えるのは不思議ですね。では、チャールズ先生に聞いてみましょう!」
ここで、素人くさいおっさんの声が聞こえてくる。
「はい、アレサちゃん。こんにちわぁ」
「……おはようござ、あ、こんにちわ」
「アレサちゃんは、どういう時に氷の魔法をみたのかな?」
「えっと、お父さんが酔っぱらって帰ってきたときに、お母さんがお父さんを凍らせました」
「どうやって凍らせたのかな?」
「えっと、実家に帰らせていただきますといったら凍りました」
「あー、それはまた別の魔法かなぁ? 他にはどんな時に氷の魔法をみたのかな?」
「えっと、怖い犬に追いかけられたときに、お母さんが魔法で氷の壁を作って、犬がぶつかって逃げました」
「そうそう、そういうことだね。その時、お母さんが氷を作った時は夏だったのかな」
「夏でした」
なるほど、とおっさんが一人納得するようにいう。ここからはおっさんのターンになる。
「じゃあ、アレサちゃんは、どういったときに氷ができるか知っていますか?」
「冬とか寒いときです」
「そうだね。でも、アレサちゃんのお母さんは夏の暑いときにも氷を作ってくれたんだね。不思議だねぇ」
それを知りたいからわざわざ電羽で質問しているのだが。
「アレサちゃんは、氷は何でできているか知っていますか?」
「水」
「そう、水が冷えると氷になるんだね」
「じゃあ、空気の中には水が含まれていることはしっているかな?」
「……わかりません」
「これは水蒸気っていうんだよ。お湯を沸かすと白い湯気がでるよね。わかるかな? あれは水蒸気が冷えて目に見えるものなんだよ。空気中の水蒸気はいってみれば水が気体になったものなんだね」
「……」
「氷の魔法では空気中の水蒸気を使うんだよ。何もない空間に氷が現れると思いがちだけど、あれは空気中の水蒸気が凍るんだよ。アレサちゃんは氷の結晶を見たことあるかな?」
「……ありません」
「氷の結晶というのは六角形に枝が生えたような形をしているんだよ。結晶は水の分子が規則正しく並んでいる理想的な状態で、この結晶が作られるスピードが融解するスピードを上回れば一気に水分子が結合して氷が作られるんだよ。そのためにはまず凍らせようとするエリアを空間魔法を使って一時的に閉鎖空間にして、さらにそこを真空状態にすることで、水分子を一気に沸騰させるんだ。アレサちゃんは気化熱というのはわかるかな?「
「……わかりません」
「注射をするときにアルコールを塗るとすっと涼しくなるよね?」
「なります」
「あれが気化熱といって、液体が気体にかわるときに熱を奪うんだよ。つまり、真空状態で沸点が下がった状態で急激に沸騰すると気化熱によって閉鎖空間の温度が一気に凝固点を下回るんだ。その時に氷の結晶化が形成されると、さっき説明したみたいにして一気に氷ができるというわけなんだよ」
「……」
「ちょっと難しいけど、お母さんの魔法書にやり方の説明があると思うので、いちど読んでみてください」
「……はい」
ここでふたたび美しい声の女性アナウンサーがアレサちゃんに話しかける。
「つまり、空間を囲って、一気に真空状態を作ることで、夏でも氷の塊が作れるということなんだって。わかりましたか?」
「……はい……」
絶対わかってないな。
「お母さんにやり方を聞いてみてくださいね。それじゃあ、お電羽ありがとうございました!」
「……ありがとうございました」
「わたし、今の説明、何一つわかりませんでしたけど?」
おれの隣で一緒に放送箱を聴いていたサツキがぼそっと呟いた。
「安心しろ。おれにもさっぱりわからん。これは純真な子供たちが理詰めと専門用語を駆使した大人に論破され、結論は「お母さんに聞いてみよう」「百科事典を見て見よう」に落ち着くという、いつもの安定したトークバラエティなんだよ」
氷のできるメカニズムも、魔法のメカニズムもでたらめですよ
それらしい単語並べただけですので、信じないでくださいね