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ボイスストーカー

このところ俺はずっと頭を悩ませている。

いや、いいネタが浮かばないとかでは断じてない。

ネタの提供者にほとほと困っているのだ。


というのは、蓋栓電羽がいせんでんわを使った予約回線にこのところ無言電話が頻発しているのだ。

俺が電羽を受けるとその通話相手は一言も言葉を発することがなく、俺が何度か「聞こえますか?」と質問をすると、いきなり通信が切れるのだ。

そんな電羽がここ一週間ほど続いている。

その無言電羽を受けるのは決まって、俺かサツキなのだ。

サツキなどはその電羽が入電すると途端に不機嫌になり、なぜかそのとばっちりを俺が食うことになるので、本当に勘弁してほしいのだ。


ところが、不思議なことにタオはその無言電羽に遭遇したことがないという。

タイミングの問題なのだろうか?

いや、俺もサツキも、日中、夜間に限らず電羽を受けるが、タオは原則日中であるから、タオの勤務時間中には俺かサツキがいるはずである。しかし、なぜかタオだけが無言電羽に遭遇しないのだから、完全にミステリーだ。


俺がうーんと唸っていると、サツキが勤務表を片手に俺のもとにやってきた。


「支配人、ちょっと見てください」

「なんだ?」


そういうとサツキは無言電羽がかかってきた日と回数を日報から拾い上げた一覧表と、その勤務表を比べる。


「無言電羽がかかってきた日なんですが、支配人と私が出勤している日は一回だけかかってます。一方、タオと私、もしくは支配人が出勤している日には無言電羽の回数が増えています」

「ふんふん、それで?」

「それなのにタオは無言電羽を受けていない。この意味するところが分かりますか?」

「いや、さっぱりわからん」


サツキは深いため息をつく。


「いいですか、支配人。タオがいて、何度も無言電羽がかかっているのに、タオは無言電羽を受けていないということは、つまりタオはその無言電羽の相手と『会話』をしているということです!」


三秒間の空白の後、俺はぽんと手をうった。


「はるほど!サツキ、頭いいなぁ!」

「支配人はちょっと頭弱いですね」

「うるさい!ということはこの無言電羽の犯人というのはタオ目当てに電羽をかけているということだな!」

「そうです。今日はタオが休みで、無言電羽は一回のみ。つまり、その無言電羽で私かタオのどちらが出勤しているのかを、こちらの会話から判断して、出勤していないとわかればその日は二度とかけてこないということです。一方、タオが出勤していると分かれば、彼女が電羽を受けるまで何度も何度も電羽をかけてきているということです!」


サツキは俺に向かってビシッと人差し指を向ける。いや、俺は犯人じゃない、と思いつつも彼女の洞察力には感心せずにはいられなかった。


「しかし、それが分かったとして、タオがしゃべっている相手から無言電羽の主を探すのは難しくないか?」

「タオに聞くのが早いでしょうね。怪しい電羽の相手がいないかとか、最近やたらとタオについて質問をしてくる客がいないかとか」

「そうだな、よしそれは早速明日確認するとして、どうやってその相手を電羽させないようにするかだな」

「私に良い案があるんですけど、ちょっと外してもいいですか?」


サツキはそういうと悪そうな笑顔を浮かべて事務所を出て行った。



翌日、俺がタオに聞き取りをすると、最近よく電羽のある客がいるらしい。空いている日程だけを聞いて予約は取らなかったり、タオの出勤日の確認をされたりするという。ところが、相手も名前を告げないらしくタオも少し不審に思っていたようだった。


「そうなんですよ、私も少し怖いなとは思っていたんですが、明確に悪いことをされているわけではないので、何とも対処しづらくて、支配人に相談しようと思っていたところなんです」


困り顔でタオが言うと、サツキが彼女の肩に手を回していった。今日は休みのはずなのに、彼女のためだといって、作戦遂行のために事務所にやってきたらしい。サツキとはついさっき作戦会議を終えたところだ。


「いい、もう一度確認だけど、タオはいつも通りに仕事をして、その怪しい相手から電羽がかかってきたらなるべく話を引き延ばす。支配人は無言電羽だったら、何とかうまい事やってタオに代わってもらうように仕向ける。それで、私に合図をくれたら、あとはさっき言った通りね。スタンバイできたら今度は私が合図するからそこで、さっき言った通りにしてくれる?」

「わかりました。よろしくお願いします」


サツキはイシシ……といたずらっぽい笑い声を漏らす。彼女の中では成功の筋書きがはっきり見えているようだ。


プルルルル……!


ちょうどそのタイミングで蓋栓電羽がいせんでんわが鳴る。まず俺が出ることにした。


「もしもし、アマンデイの宿ですが……」

『……』


無言電羽だ。サツキに目配せをすると、サツキはうなずいて事務所を飛び出した。

俺は少しでも話を引き延ばし、かつタオに電羽をつなぐ必要があった。

そこで、小芝居を打つことにした。


「あれ?また無言だなぁ。最近多いんだよなぁ、困ったなぁ。タオ! 俺ちょっとお客さんが呼んでるんだけど、事務所番をしていてもらっていもいいか?」


はっきりいって棒読みの下手くそな演技だったが、これで相手は次に電羽をかければタオが出ると認識して、電羽をかけてくるはずだった。

案の定、無言電羽は切れていた。

しばらくの間をおいて、ふたたび電羽が鳴り響く。今度はタオが対応にでる。


「はい、アマンデイの宿屋、タオがご用件を承ります」

『ああ、タオさん。また空いている日を知りたいのだが、今時間は大丈夫かい?』

「はい、ご希望をお伺いいたします」


美しい声で対応をするタオ。確かに、この声に一目ぼれ、いや一耳ぼれしてしまう輩がいても不思議ではないなぁと感心しているとサツキが厨房から戻ってきてニヤリと笑い、指でわっかを作って準備完了のサインを送った。タオもうなずいてサインを了解し、この電羽が当該の主だとジェスチャーを送った。


「はい、ではご希望のお日にちをお調べしますので、しばらくお待ちくださいませ……くしゅんっ!」


電羽を保留するついでに可愛らしいくしゃみを一つ。

タオの声のストーカーにはたまらないだろうと思いつつ、俺たちは大急ぎで厨房へと駆け込んだ。


三分後、俺とサツキ、タオ、そしてダンカンで大笑いしながら、作戦の成功をハイタッチでお祝いした。

保留にした電羽はダンカンの厨房の電羽に転送され、ダンカンはサツキが用意したセリフを読み上げたのだが、それが思いのほかダンカンが役者で俺たちは笑いをこらえるのに必死だった。


「ごめんなざいね、わだじ、オーグぞぐどのハーフだがら、ブダグザ(ブタクサ)花粉がふんに弱ぐで……ぞれで、来週らいじゅう予定よでいでじたね」

『タ、タオさん……オーク族なんですか?』

「ハーフなんでず。ブダグザ(ブタクサ)花粉がふんむど、喉がれでじまうんでず」


と、ダンカンが一芝居うったところで電羽は切れていた。


さすがに今回は無言電羽という業務に支障がでる内容だったために、俺たちは無理やり事を終わらせようとしたが、本来ならばしっかりと対話しないといけないなぁと若干の反省もした。

これがストーカーにはいい薬になってくれていればと願う。


ちなみに、タオのファンになっていただくことについてはまったくもって大歓迎なのである。

彼女の対応の素晴らしさに感激していただけるお客様も多いのだ。

ただ、できれば星の銀貨五枚をちゃんと支払っていただいて宿泊していただければ幸いなのである。



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