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老木の花

歳を取ってもカッコよくありたい…

最近は冒険者とひと口にいっても様々なジョブの者たちがいる。

十数年前までは、今のようにギルドというシステムも確立しておらず、王宮付きの戦士や魔導士たちが、悪しき者から国を守るために旅をしたり、伝説の神器を探すためにダンジョンを探索するという事が主な目的だった。

十年ほど前にギルドが確立されてからは、冒険の目的が多様化していき、同じ目的の者同士がマッチングされるようになったため、ギルドに登録すれることで、気軽に冒険をする事ができるようになった。


今回俺の宿にやってきたのは三人の初老の男だった。


「すまんが、今日三人で泊まりたいのだが構わんか?」

「ええ、お部屋は空いてますよ」


カウンター越しに男と目が合った途端、おれはあっと驚嘆の声を漏らす。


「よう、ひさしぶりだなぁ」

「ビクター!ビクターじゃないか!」


白髪の目立つ髪を後ろにまとめた日に焼けた顔にかつての仲間の面影が残っている。


「オレだけじゃないぜ」


ビクターは親指で後ろを指し示す。

細身で長身の男と、小太りでずんぐりむっくりの髭の男たちが手を挙げて挨拶する。


「ラリー!それにポールまで!」

「ああ、実に三十年ぶりの再会というわけだよ」

「みんなすっかり歳とったなあ!」

「そういうお前こそ、立派なオヤジになりやがって!」


おれとビクターはかたい握手をかわす。


「お知り合いですか?」


隣からタオがたずねてくる。


「ああ、昔一緒に旅をした仲間だよ。おれがまだ十五歳のガキだった頃に彼らと共に国中を回ったんだ」

「そうなんですか!支配人も冒険者だったんですね!」

「まあな。しかし突然だな。今回はどうしたんだ?」

「はは、ちょっとお前を驚かせてやろうと思ってな」


ビクターは目元に艶のある笑みを浮かべる。


「どうだ、久しぶりに今晩一杯?」

「しかしなあ、おれもここの主人だから…」

「行ってらしたらどうですか?」


タオが声を弾ませていう。


「お仕事なら心配いりませんよ。もうすぐサツキさんも来ますし、今日中に戻ってきてくださるなら、わたしが残りますから。せっかくの再会なんですよ?外でゆっくり旧交を温めていらしてください」

「お嬢ちゃん、良い娘だねぇ。名前は?」


ビクターがタオに握手を求める。タオはその手を握り返していった。


「タオと申します。支配人も時には息抜きが必要ですから、よろしくお願いいたします」

「タオさん、ありがとう。ちゃんと日付が変わるまでにお返しするからね」

「シンデレラみたいですね」


そういって二人は笑いあった。


タオに仕事を引き継いでおれはビクターたちと港そばの酒場へ向かった。


「ビクターたちは今なぜまた冒険を始めたんだ?あれからは王宮付きの近衛兵になっただろう?」


麦酒のジョッキを半分ほど飲むとプハーッとビクターは美味そうに息をつく。


「ああ、兵長も務めたさ。だが、外界そとのせかいは今や巨大な壁の中のようなものだ。作られた平和の世界というわけだ。そういう意味では少し物足りなくもあったが、家族にとってはそれが何よりだった」

「ビクターには子供たちはいるのか?」

「ああ、成人してもう外界そとのせかいで働いていて結婚もしている。妻は昨年病気で亡くなった」

「そうか、それは残念だったな…」

「ああ、だが彼女は最期にオレに笑ってくれた。もう一度、オレの冒険している姿を見たかったといってくれたんだ」


彼の妻とはかつての旅の途中に立ち寄った街で出会った。旅を終えてからもビクターはその街に通い、やがて二人は結婚することとなったのだ。


「つい先月、妻の一周忌を終えたんだが、その時にラリーとポールも来てくれてな。二人にまた冒険をしないかといったら、二つ返事でな」

「二人には家庭はないのか?」


ラリーは細身の体に似つかわしくない低い声でいった。


「俺も妻は若くして亡くなったからな。子供たちはダンジョンに行ったままだ」

「ポールは?」

「ボクは独身。この冒険で奥さん探すんだ」


四人は楽しげな笑い声をあげる。

その時、その笑い声とは違った冷笑がとなりのテーブルから漏れ聞こえてきた。

おれが目を向けると男女二人ずつの若いパーティが見下すようにこちらのテーブルに視線を送っている。


「なんだ、あいつら…」


おれは楽しい気分に水を差されて腹を立てていた。


「放っておけ、どうせ手を出せやしねぇよ。若造が粋がっているだけだ」


ビクターはまたひと息で残りの麦酒を飲み干すと、ウェイターにお代わりを注文した。

ウェイターがグラスを持ってさがると同時に、奥に座っていた四人組が立ち上がりおれ達のテーブルの方へやってくる。

一人は騎士ナイトらしき男と、もう一人は筋肉ダルマな戦士ファイターと思われた。連れの女性二人は魔導師メイジなのだろうが天衣ローブを着崩している。朱姫たちのように肌を露出した恰好だ。流行っているのだろうか。

おれは奴らに気づいて身構えたが、ビクターがおれを制した。


「気にするな、手を出せば相手の負けだ。お前は関わるんじゃない」

「しかし…」


戸惑うおれにビクターたち三人は余裕の顔でテーブルの上に並ぶつまみを口に放りこんだ。


「おう、おっさんども。いい年こいて冒険者ごっこか?」


案の定、細身の騎士風が因縁をつけてきた。


「そうだ、お前らには関係ない。他の客にも迷惑だ。さっさと席に戻れ」

「うるせぇ!命令してんじゃねぇよ!この死に損ないがよ!」


男はだいぶ飲んでいるようだった。顔が赤く染まっている。


「どうせくだらないミッションに失敗して賞金を獲り損ねたんだろう」

「ああ?テメェ喧嘩うってんのか?」

「くだらんな。ふっかけたのはお前だ。俺たちは楽しく飲んでいただけだ。先に俺たちの気分をぶち壊したのはそっちだぞ」

「あぁ、やんのか!?」


男の口元に唾が泡状になって溜まっている。周りも騒然としてきた。

ビクターが立ち上がると、男が身構える。周りの客がさっと身を引いて俺たちのまわりに小さな空間ができる。店主らしき男がその輪の中でおろおろとしていた。


「店の迷惑になる。さっさと金払って出ていけ」


ビクターの言葉に男は顔を真っ赤にして叫ぶ。


「うるせぇ!ジジイどもが人のヤマ荒らしてんじゃねぇぞ!」


騎士風の男が右拳を振り上げ、ビクターめがけて殴りかかってきた。

あっと思った次の瞬間。何が起こったのかおれには理解できなかった。

本当に一瞬の出来事だったのだ。


騎士風の男がビクターと交錯すると思われた次の瞬間に、男の身体がくるりと空中で一回転して床に倒れこむと同時に、よろめいたビクターが男の上に重なるように倒れ込んだ。

下になった男はボエッと変な声をもらして、吐瀉物を吐き出し気を失ったのだ。

ビクターはよろよろと立ち上がるといった。


「ああ、びっくりした。こいつが勝手につまづいて転びおったわ」

「てめぇ!やりやがったな!」


筋肉ダルマが腰に下げていた大剣に手をかけた。

周りで悲鳴にも似た声が上がる。

ざわつく観衆を無視してビクターは静かに、しかし力強くいった。


「その剣を抜けば命の取り合いだとわかっているな。俺はもう守るものもない爺さんだが、守るものがないとはどういうことかわかるか?」

「なに?」

「いつでも死ぬ覚悟があるってことだ。それでも勝つ自信があるならかかって来い」


ビクターは初めて腰を深く落とし力を溜めた。

その状態で向き合ったまま、息をのむほどの時間をおいて、筋肉ダルマは剣にかけた手をすっとおろした。


「こいつを連れて行ってやれ。さっきうちのラリーが回復魔法をかけてやったはずだ。じきに意識も戻る」

「くそっ!覚えてろよ!」


男たちは捨て台詞を吐いて酒場を出て行った。

観衆からは小さな歓声と、喧嘩があまり盛り上がらなかったことへの失望が入り混じっていた。


その後、俺たちは気を取り直して飲み直し、ほろ酔いで宿に向かって歩いていた。


「ビクター、あんたあの時何をやったんだ?」


俺は人がくるりと空中で一回転して、その上ゲロまで吐いたあの一瞬にビクターが何かをしたのだと確信していた。


「なに、相手の力を利用してテコの原理で跳ね上げてやっただけさ。あとはよろけたフリして倒れこむ勢いを使ってみぞおちに一発、肘を放りこんだ」

「あのわずかな時間にそれだけのことをやったのか?」


ビクターは笑いながら答える。


「若い時は体力に任せてブンブン振りまわせるが、歳をとれば動くのもなかなか疲れるんだよ。いかに少ない動きで、美しく攻撃できるか。そう考えて行きついたのが和の国の古武道だ。達人ともなれば、その場を動かず、三人の男をねじ伏せるらしいぞ」


ビクターは大声で笑った。


麒麟も老いては駄馬にも劣るというが、老いてなお花を咲かせる老木の研ぎ澄まされた美しさというものを、おれはの当たりにしたのかもしれない。


「何事も始めるのに遅いということはないのさ。だから俺たちだってふたたび冒険者にだってなれるんだ。お前にだって願いの一つぐらいあるんじゃないのか?」


頭上に降り注ぐ星空を眺めながらビクターは問いかけた。


「そうだな。とりあえず今日の連中がウチに泊まっていないことがおれの今の願いだな」


くだらない冗談に、かつて焚き火を囲んで語り明かした夜を思い出し、あの頃のように四人でまた笑いあった。

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