上司と部下
上司がクズだと組織はダメになります…
「おやっさん、本当に頼みますよ!もしものことがあっては困るんです!」
外界からやってきたこの男の名はゴート。
元々は冒険者であるが、今は王国の事務官をしている。
ゴートがこの第三階層を冒険していた頃は、幾度となくこの宿にも訪れている旧知の仲だ。
彼は若くして魔導士としての才能を買われ、王宮付きに抜擢されると異例のスピードで事務官に登用されたという。
そんな彼が久しぶりにこの宿を訪れたのだが、その目的は大臣の視察先での宿泊所の手配だった。
「ゴート、それはわかるが港の方に行けばここよりもっと立派でハイクラスな宿がいくらでもあるのに、なぜこんな寂れた宿に泊まるんだ?」
おれは今は王国の事務官になった男に向かって今までのように気さくに話しかける。
「おやっさん、僕たちだけの間の話にしてくださいよ」
「なんだ、そのもったいぶった言い方は?」
おれは苦笑いを浮かべるも、ゴートは真剣な目つきだった。
「正直、今は大臣といえど税金を好き勝手に使える訳ではありません。もっといえば、昔よりもチェックが厳しくなっています。先般も東の都の首長が税金の使い込みが発覚して、辞職に追い込まれたでしょう?」
「まあ、当然のことだろうな。それで、節約のために田舎の宿に泊まるのか?」
ゴートは首を真横に振った。
「そうではないんです。いわば、アリバイみたいなものでして、なんていうか…」
「庶民アピールか?」
言い淀む彼におれはため息混じりに言う。
「すみません。でも、僕はおやっさんの事をよく知っているし、この宿の事も信用している。だからこそ直々にお願いにあがった次第でして…」
「なあ、ゴート。悪いことは言わない。もしお前が自分の身がかわいいのならば、この宿に大臣を泊めるのを諦めて、他のまともな宿屋を探すんだな」
「そんな、僕とおやっさんの仲でしょう?」
ゴートはすがるような目でおれに懇願する。
「いいか、今までの経験から言わせて貰えれば、王国の役人が来て、おれに文句を言わなかったことは無いんだ。なぜだかわかるか?」
ゴートは首を振る。
「できないものをできないと言うからだ。やれ、どこそこのベッドでないといけない、料理には国の特産品を使え、他にも水、毛布の産地、枕の硬さ。何かにつけてあいつらは注文をつけるが、そんな事を言われてすぐに対応できるのは一部の三ツ星の宿だけだ。できる限りのことは惜しみ無くするが、それ以上はどう頑張っても無理なことだってある。ゴートの大臣がそうとは言わんが、『もしものこと』があってに困るのはおれでも大臣でもなくゴートの方じゃないのか?」
ゴートはだまって聞いていた。
「そういうことが得意ないい宿を知っているから紹介してやるよ。おれとゴートの仲だからな。ただし、ウチの数倍はするからアリバイ作りにはならんかもな」
おれが第三階層でもっとも立派な宿の地図と主人の名前を書いてゴートに渡すと、ゴートは寂しげにこの宿を後にした。
「支配人、ゴートさん、何かイメージ変わりましたね」
隣でやりとりを聞いていたサツキがゴートの後ろ姿を見送りながらつぶやいた。
「ああ、それほど王国の仕事というのは気苦労も多いのだろうが、やはり朱に交われば赤くなるというやつだろう。世のため、人のために働く大臣の臣下と権威に執着する大臣の臣下とではまるで違うものなんだよ。部下を見れば上司がわかるもんだな」
「そんなもんですかね」
カウンターに肘をつくサツキの元に清掃を終えたタオが寄って来た。
「朱に交われば…で思い出したのですが」
そう言ってタオはおれたちに向かって便箋を差し出した
「例の朱姫様と蓮華様、めでたくご婚礼をあげられたそうですよ」
タオ宛ての手紙には二人からのお礼の手紙と写真が添えられていた。
差し出された手紙に目を落としながらおれはいう
「朱に交われば、で結婚か…なんかエロい…ごふっ!」
サツキの重量級のアッパーが炸裂しておれの意識はここで途切れた。