かわいい子には
子供みたいな大人の方が気になります…
「お、お一人様でしょうか?」
おれが話しかけているカウンターの向こう側に人影はない。
かといっておれが独り言を言っているわけでも、ましてや幽霊の類いと話をしているわけでもない。
カウンターの下に隠れてしまうくらい小さな客がやって来たのだ。
「うん、ひとりだけど」
「えっと、ご旅行…でしょうか?」
「失礼な!」
姿の見えない小さな客人は憤慨した。
「れっきとしたダンジョン冒険者だ。ギルド登録コードもある!」
うんと背伸びをしてカウンターに登録証をおいた。頭のさきっちょがわずかにみえた。
「では確認いたします」
そういっておれは登録証に目を通して驚いた。
そこには登録名『チック』とともに 『剣士 ランクB』と記載があった
「これ、本物ですよね…」
「あたりまえでしょ!」
さっきから姿の見えない相手に怒られてばかりいる。しかしにわかには信じがたいことだった
「と、とにかく手続きをいたしますのでこちらの用紙に記入を…」
カウンターの上に宿帳を差し出して気づく。どうやって書いてもらうんだ?
しかし次の瞬間、カウンターの下から細い腕が伸びて、カウンター上の宿帳の紙を手探りでつかむと、同様にカウンターに立てている羽根つきのペンも慣れた手つきで手にとった。
下からごそごそと音がするので、カウンター越しに覗き込むと、少年は大理石の床の上に猫のように丸まって宿帳を記入していた。
書き終わるとふたたび背伸びをしてカウンターの上に紙とペンを置いた
「こんな質問失礼ですが、ご両親はどうなさっているのですか?」
おれは宿帳を確認してファイルに挟み込むと、キーストッカーから部屋の鍵を抜き、カウンターに置く。またもやカウンターの下から小さな腕が伸びて器用に鍵をつかんだ。
「生きてるよ。フツーに仕事している」
「いえ、そうではなくて。あなたがこのようにダンジョンを冒険されていることはご存知でいるのですか?」
「あたりまえじゃん」
三歩下がったチックの姿がようやく確認できた。
身長は百二十センチメートルにも満たないような小柄なエルフの少年だった。
「そもそも、ダンジョンを旅させたのはお父さんだからね」
「え?そうなんですか?」
「おじさん、ナイフで指切ったことある?」
唐突な質問におれは「は?」と顔をゆがませた。
「ナイフで怪我したことってない?」
「いや、ありますけど」
「痛いよね。血も出るし」
「ええ、まあ。そうですね」
「次から気をつけようと思うよね」
「そうですね」
なんでおれが小さい子供に諭されているのだろう?疑問符をいっぱい飛ばしながらチックの話をきいていた。
「今の子供はそういう学びを奪われているとお父さんがいっていたよ。守られ過ぎているってね。あえて危険だと知っていてリスクをおかすこともまた勉強なんだってね」
確かに、今の子供たちはいろいろと守られている。ダンジョンの外界なら尚更だ。危ないことを遠ざけ、規制する。しかしそれによって、本当の危険を知る機会が失われているのは確かだ。しかし…
「リスクがでかすぎません…?」
「今はギルドのシステムがしっかりしてるから大丈夫だよ。多少の怪我はするかもしれないけど、拳闘やら戦馬車のほうがよっぽど危ないスポーツだよ。冒険はリスクもあるけど、それ以上に得るものもあるんだ。学校じゃ習わないことがね」
そういえば最近は十代の若い、というかおれから見ればまだ子供の冒険者も増えたように思う。彼らは彼らなりに様々な想いを抱えて冒険という果てのない旅をし、いろんなことを学んでいるのかもしれない。
そう思うと途端に目の前の小さなエルフの少年が大人びて見えた。
おれは少年に心からの敬意を込めていった。
「チック様、今日はこの宿でゆっくりお過ごしください。それで、お食事はいかがいたしましょうか?」
少年の目にキラリと星屑のような光が灯る。
「お子様ランチ!」