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いつも何もいわない女

今回もロングバージョンです…

「え?結婚ですか?」


サツキが驚いて声をあげる。

結婚といっても、おれがではない。

当然サツキがするはずもない。


ってぇ!なんで殴るんだよ?」

「いや、なんとなく殴った方がいい気がしたので。それにしても姪っ子ちゃんの結婚、早いですね。まだ十代じゃなかったですか?」


おれは殴られた頬をさすりながらいう。


「十九だ。相手は外界そとのせかいの医者だそうだ」

「外科医ですかね?」


くだらないダジャレを無視する。


「まぁ、おれはここがあるから式には出れないが…」

「いや、出ないとダメでしょ?」

「え?」

「なんですか?その超常現象でも見たような顔は?」


サツキが非難めいた視線をおれに向ける。今まで休みをくれなどどんな天変地異があってもいえないと思っていたおれは心底驚いていた。


「いや、でもおれが休んで大丈夫なのか?」

「大丈夫も何も、宿屋の仕事は誰かに代れますけど、姪っ子ちゃんの叔父は代わりがききませんよ。一生に一度の花嫁姿はちゃんと見届けてあげなきゃ」


まさかサツキにこんなことをいわれるなんて、思いもよらなかった。


「ハリーもタオもしっかりしてますから、数日なら支配人が不在でもなんとかなりますって」

「本当にいいのか?」

「くどい。つうか、あたしらだけじゃ不安だっていうんですか?」

「いや、むしろ休み慣れてないからそっちの方が心配なぐらいだ。朝一番に出て、翌日の式に出席して、とんぼ返りで戻って来れば、三日目の夕食には間に合うと思うんで、それでもいいか?」

「もっとゆっくりしたら?」

「ゆっくりしてもやることなんてないんだから、さっさと帰るよ」


じゃあそれまでにタオとハリーにもう少し仕事覚えてもらいます、とサツキは張り切りだした。

なんだかんだで後輩ができたことが嬉しいのだろう。


式の前日、おれは早朝に出発し、まずは第一階層へとあがりそこからダンジョンの外に出るゲートを通って外界そとのせかいへ向かった。

ゲートと外界は強力な魔法の結界で繋がっているが、むこうにつくには結界の中を延々と歩く必要がある。

それが億劫でおれの足はなかなか外界に向かないのだ。


久しぶりに出た世界はすっかり様変わりしていて、第三階層アマンデイとは比較にならないくらい大きく高い建物が並び、たくさんの人が行き交っていた。


翌日、十年ぶりに会う姪っ子はまるで別人のように大人びていて、綺麗にドレスアップされていた。

おれの姿を見つけると嬉しそうに飛びついてきて、なんどもありがとうといってくれた。

親戚連中もおれが来たことを意外そうに笑い合っていた。


無事に姪っ子の晴れ姿を見届け、親戚に一通り挨拶すると、おれはふたたび第三階層アマンデイに向けて大急ぎで取って返した。

出発してから三日目の夕方には、なんとか宿にたどり着いた。


事務所に行きサツキに礼をいおうとしたが、事務所はもぬけのからで誰もいなかった。

夕食時であったので食堂にいるのだと思い、食堂の扉を開けると中が騒然としていた。

何事かと思い騒ぎの中心へ向かうと、そこには床にうずくまるサツキと彼女の肩を抱き心配そうに声をかけるタオがいた。

よく見るとサツキのこめかみあたりから血が滲んでいる。

まわりを見渡すとハリーは必死に他のお客さまに騒がせてすみませんと頭を下げて回っている。


「これは何事だ?」

「あなたが責任者?」


おれがタオに声をかけると、返事をしたのはタオではなく、二人の前に立っていた女性だった。

おれは彼女を知っていた。この宿によく泊まりに来ている客だったからだ。


「マチルダ夫人…ですね。この宿の支配人です。不在にしており今戻ったところですが、何か失礼がございましたか?」

「失礼なんてもんじゃないわ!あなたはどういう教育を従業員になさってるんです?」

「申し訳ございませんが、私も今、外出先から戻ったところでして事情がつかめておりません」

「あなた、私が肉を食べないことはご存知でしょう?」


この壮年の女魔道士は肉類、魚類を食べないため、いつも夕食には菜食中心のメニューを用意していた。

おれが予約を受けたり部屋割アサインするときは必ずそれを手配していたが、おれがここを空けるときに彼女の名前はなかったはずだ。

おそらく、おれの留守中に予約なしの宿泊をしたのだろう。

このマチルダ氏は予約の時も到着チェックインの時も、自分が菜食主義者ベジタリアンだといわないのだ。

自分の名前をいえば、いつも通りに菜食の食事が出されると思い込んでいる。


サツキはともかく、タオがチェックインをしていればそのことを知らなくても無理はない。

彼女はつい最近ようやくチェックインの業務を覚えたばかりだ。


「とにかく、すぐに代わりの食事は用意します」


おれはハリーを呼びダンカンに野菜中心のメニューを作ってもらうよう指示し、タオには一度サツキとともに事務所に戻り怪我を治療するように伝えた。

タオがサツキを支えて立ち上がった時、おれはその場所の床にに割れた皿と、ダンカン自慢のジビエグリルが落ちているのが見えた。


「この皿はあなたたちが落としたのですか?」


おれの問いにサツキもタオも答えず、ただ目を伏せた。


「この宿が私の要求通りの物を出さなかったのだから、私が怒ったんです。そもそも、支配人の教育がなっていないわけですから、まずは謝ってしかるべきでしょう?」


不遜な態度で夫人は仁王立ちしていた。


「まさか、とは思いますが、マチルダ様。従業員にけがを負わせたのはあなたなのですか?」

「あなた方が私の求めるものを遂行できなかった結果でしょう?」

「失礼ながら謝ってしかるべきはあなたです、マチルダ様。彼女に、サツキに怪我を負わせたのならそれを謝るのはあなたです」

「何を馬鹿なことを!」


マチルダはゆでたロブスターのような真っ赤な顔になり、おれに喚いた。


「私はこの宿の支配人です。お客様の快適な時間をご提供することは私の使命です。しかし、同時にこの宿の従業員の安全と生活を保障するのも私の責任です。ご事情は察しますが、だからといって私の従業員に、まして女性の顔に傷をつけることは許されません」


おれは強い口調ではっきりと夫人に抗議をする。もちろん、夫人は抗議を受け入れる様子はなかった。


「なんて非常識なっ!客に謝れというのですかっ!そもそも、あなたの従業員の教育がなっていないことが!問題だというのがっ!わからないのですかっ!」

「あなたのご希望に添えなかったことは認めます。しかし、我々はあなただけの従業員ではない。ましてや奴隷では決してないのです。我々は皆さまにとっての世話係コンシェルジュです。そのことをどうか…」


その時、おれの抗議をさえぎって、サツキが夫人との間に割って入った。

腰を直角に折り深く頭を下げる。


「今回のこの件は支配人代理の私の責任です。申し訳ありませんでした。以後このようなことがございませんよう従業員にも十分に教育いたします。ですので、なにとぞ、重ね重ねの失礼をご容赦ください」


サツキは頭を下げた状態で微動だにしなかった。

おれはただサツキをじっと見つめる事しかできなかった。

マチルダはふんっ!と荒い鼻息をついて椅子を蹴っ飛ばして食堂を出ていった。

彼女が食堂をでていってもサツキはまだその状態を保っていた。

近くに座っていた男性客がサツキの肩をぽんとたたいて席をたつと、そばでしゅんとしていたタオにも頑張ってねと声をかけて食堂を出て行った。

ようやくサツキが顔をあげたので、おれも彼女に声をかけようとした途端、サツキはものすごい勢いでおれにくってかかった。


「いきなりやってきて状況もわからないのに勝手に引っ掻き回さないでください!」

「いや、おれはただ…」


縮こまるおれに、サツキはつづけざまにいう。


「何が『女性の顔に傷をつけることは許されません』よ!格好つけて!」

「おれは、サツキのことを心配してだな…」


サツキの剣幕に気圧されておれは言葉を失う。するとサツキは不意に表情を緩めた。


「…でも…、ちょっと嬉しかった。ありがとうございました。タオ、マチルダ様の夕食、お部屋にお運びしますから」

「はい、かしこまりました」


タオは折り目正しい返事を返すと厨房に向かった。サツキも踵を返し他のお客様のフォローにはいろうとして、くるりと振り返りおれにいった。


「そうだ、支配人。姪っ子ちゃん、綺麗だったでしょ?」

「ああ、とても綺麗だった。サツキには…ちょっと感謝してる」


鼻で笑うとサツキは食堂のお客様一人ひとりにお詫びをして回った。

おれも慌てて、サツキの反対側のお客様のテーブルに向かった。


結局、その後はサツキが直接マチルダの部屋に行き無事、彼女と和解して事なきを得た。

後に残ったのはサツキのこめかみの傷跡と、おれが放ったくさいドラマのセリフのような一言だった。

しかし、おれは思う。

毎日一緒にいると人の成長はわからないものだと。

時には少し離れてみるのもいいのかもしれない。

久しぶりに会った姪っ子がとても美しく成長していたように、知らなかった一面がまた見えてくるかもしれない。





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