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第八話「恋の空回り(後編)」

 懺悔ざんげ。至って真面目な他人の悩みは、時に耐えがたい笑いに昇華する。――by、P・Y。








第八話「恋の空回り(後編)」








「か、買ってきたよ、P・Y!」


「うっし。じゃあ、入んぞ」


 ヒザシに帽子とサングラス(変装グッズ)を買ってこさせ、俺とヒザシはそれを身につけ変身完了。目深に被ったチューリップハットに、グラサンかけた不審者の二丁上がりだ。その格好で教会に入る気かお前らってツッコみは止めてくれ。神は人を選ばないとか、なんとか。


 トウオウが足を踏み入れたせいで、そこはもうさっきまでとは違う異質空間だ。それもそのはず。この扉の向こうに丁髷のカツラを被った男が入っていったのだ。やはり、神は人を選ばないということか。


「まさか、トウオウが教会に入っていくなんて意外だね」


「……同感だ」


「か、通ってるのかな?」


「さあな」


 それはそれで面白いような気もするが。


 さて。無駄口はここまでだ。俺は小さく息を吐いてから、ゆっくりと教会の扉を押し開けた。なるべく音を立てないように意識して扉を押すと、扉は無音のまま俺たちを教会の中に誘った。


 外の景色とは一線を画した、神秘的な空間がそこには広がっていた。正面、両脇の窓全てはステンドグラスで彩られ、差し込む光が神秘的な輝きを放っていた。そして、正面の通路を挟んで備えられた会衆の席は、講壇上の説教台に向かって集中している。


 男は、正面の通路奥。説教台を挟んで、神父と向かい合い立っていた。


 二階の正面部分のステンドグラスから差し込む光が、ガクランを着込んだ男を照らしていた。その逞しい背中に哀愁を感じるのは俺だけか。とにかく、イベント的なものはすでに始まっている雰囲気だ。


「座るぞ、ヒザシ」


「え、あ……うん」


 教会に入った俺たちは、そそくさと、入り口に一番近い席に座り、身をかがめた。


「ト、トウオウ何してるのかな」


「……さあな。俺たちには見守ることしかできねえよ」


 教会。武士。この相容れない二つのキーワードを絡めて、事態を予測するなど不可能だ。

ヒザシはごくりと固唾を呑みながら、トウオウの背中を見守っている。当初の目的は完全に忘れ去られたわけだ。それほど、このイベントはインパクトが強いわけだ。どうとでもなれ。


 見たところ、教会の中には五人の人間しかいなかった。俺、ヒザシ、そして、前の方の観衆席に座っている一人の女の子。多分、あれがヒザシの女神だな。この位置からじゃ顔は見えない。そんで、説教台の向こうに立っている、口ひげぼうぼうの外人神父に、向かい合って仁王立ちしているトウオウ。


 やがて、待っていると神父の方が沈黙を破って声を出した。


「アブラカタブラ、ノケアニーア。ウーマ?」


 少し甲高い声が、教会内に反響する。そして、再び静寂が訪れた。誰もツッコみそうになかったので、俺はとにかくツッコんでおいた。


「いや、何語だよ」


「えっと、多分、チョンピン語じゃない」


「そうか」


 普通に返してきたヒザシに、俺はあえて何も言わないでおいた。チョンピン語ってなんだよとか、んな答え期待してねえよとか、お前トウオウと自分の恋どっちが大事なんだよとか。全てどうでもいいことだ。


「ここに立っている自分が本当の自分なのかどうか迷っている……」


 そして、思い詰めたようなトウオウの言葉が響く。チョンピン語を駆使する外人神父相手に、真剣な悩みを告白するトウオウ。悩みの質は重いのに、何故か馬鹿みたいに見えるのは誰のせいだ。


「スピラルキナノ、ボンジョルーナ、ウーマ」


懺悔ざんげしなさいって言ってる」


「よかったな。チョンピン語勉強してて」


 神父の言葉を訳すヒザシに、俺はそう言ってやった。えへへ、と照れるヒザシにあえて言うことは何もない。嫌味だよ馬鹿野郎、とか。


「カビノハエタパン、ハ、タベナーイノ」


「神は全てをお許しになります。罪を懺悔して楽になりなさい。だって」


「日本語との落差激しいな」


 それはさておき、神父の言葉に、トウオウはゆっくり右手を自分の頭に置き、カツラを取る仕草を見せた。その暴挙に、俺とヒザシは思わず椅子から身を乗り出した。


 が、トウオウは思いとどまり、後ろを振り返った。俺とヒザシは慌てて身をかがめた。


「……他人に聞かれたくないのだが――」


「コゲタパン、ハ、ザンパンイーキヨ」


「自分を解放しなさい。そうすれば、周りの目など気になりません。あなたを苦しめているものは、その取るに足らない羞恥心なのです。だって」


「ってか、トウオウもチョンピン語理解してるっぽいな」


 神父の言葉に、トウオウは真剣に悩んでいた。どうやら、トウオウは本気らしい。というか、この男はいつも本気だ。こいつほんとは馬鹿なんじゃね? 一年の付き合いで俺の胸に抱かれた疑問に、今日終止符が打たれそうだ。


 なんかもう、展開読めたしな。


「お、俺は……俺は……」


 ぶるぶると肩を震わしながら、俯くトウオウ。もしかして、ここまでこいつを追い詰めた原因はこの間の決闘も少しはというか間違いなく関係してるよな、と思ったら、なんか少し気の毒になった。止めてやるべきだろうか? これ以上周りに馬鹿な奴が増えるのも俺が困るしな。


 なんて思っている間に、トウオウは己の魂をついに脱ぎ捨てた。


「俺はカツラを被ってるっ! この丁髷はカツラなんだっ! 本当の俺はハゲてるんだあぁぁああぁあっぁ!!」


 その高らかな懺悔はきっと神にも届いたことだろう。でなければ、トウオウの魂は報われない。


 右手で自らカツラを剥ぎ取ったトウオウは、己の言葉の衝撃に耐え切れなかったようで、その場で即倒。思わず駆け寄った俺たちが抱き起こすと、そこには、安堵の表情で眠っている若ハゲの男の姿があった。禿げ上がったデコは、気持ちよさそうにステンドグラスから差し込んでくる光を反射していた。


 こうして、また一人馬鹿が誕生した……。


 と、俺たちがトウオウに気を取られていると、事の成り行きを静かに見守っていた女の子がおもむろに椅子から腰を上げた。


 彼女が腰を上げると、まるで彼女の動きに従うように、背中まで伸びた金色の髪が柔らかく揺れた。細く整った肢体は、柔らかい純白のワンピースに包まれ、その佇まいは可憐という言葉しか思い浮かばなかった。まるでどこぞのお嬢様のような気品溢れる顔立ちはここまでくると、嫌味にしか見えない。ここまで洗練された美少女を、俺も今日初めて目の当たりにした。


 ヒザシの奴が惚れてしまうのも無理はないだろう。そして、当初の目的を思い出したヒザシは、口を半開きにして、彼女に見惚れていた。


 やがて、彼女は通路に出ると、俺たちの元へ歩み寄ってきた。その顔はきゅっと締まり、何かの決意を感じさせた。しかし、この状況の中、俺は冷静にイベントはまだ終わってはいないかもしれないことを覚悟しておいた。この後の展開まではさすがに読めなかったが。


「神父様……私も懺悔します……」


 彼女は、俺たちの前まで来ると、一旦胸に手を置いて静かに息を吐いてから、おもむろに身に着けたワンピースを脱ぎ捨てた。


「私! いや、俺! 実は男なんだっ!」


「ショウミキゲン、ショウヒキゲン、チガウーノ」


 彼女、いや、彼の爆弾発言に、即倒するヒザシ。そして、トランクス一丁、露になった彼の裸体は、確かに男のそれだった。


 ……もう、どうにでもなれ。







          @@@







「どうしました、プレーンヨーグルト。随分顔色が優れませんね」


「……なあ、チトセ。お前なら、どうする?」


「なんですか、藪から棒に」


「例えば友人が好きになった相手が実は異性じゃなくて、予期せず同性だったと知ってしまった場合だ」


「馬鹿なこと言ってないで、プレーンヨーグルト買ってきなさい。もうなくなりました」


「……食いすぎなんだよ、お前は」





 どうやら、ヒザシは彼女……いや、彼がワンピースを脱ぎ捨てるアクションを見せた瞬間に気絶し、彼の告白を聞いてはいなかったみたいで、今も、彼女を探しているとかいないとか。

 俺はヒザシに真実を告げてやるべきだろうか。あの日、彼はトウオウの勇気に男として生きる決心がつきましたと言い残し、それはもう嫌になるぐらい可愛い笑顔もついでに残して、ブロンドのカツラを脱ぎ捨て、教会を去っていった。

 

 ヒザシの中で、女神は今日も生き続ける。そして、幻想の彼女を求め、ヒザシはそのうち教会に足を踏み入れるのではないだろうか。


 ……救いを求めて。





 


 





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