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第七話「恋の空回り(前編)」

 他人の色恋沙汰なんて興味ない。だが「助けてくれ」なんて友人に必死に頼み込まれた日にゃ、断れないのが、クールな男の悲しい性だ。


「僕、恋しちゃったんだっ!」


「……あのな。そういうもんは高らかに宣言しねえで、密かに自分の胸の中だけに閉まっとけ。ってか、知るか」


「そんなぁ! 助けてくれよぉ、P・Y!」


「……お前、俺に頼めばうまくいくって思い込んでねえか?」








第七話「恋の空回り(前編)」








 それは、ある晴れた日の昼下がり。


「プレーンヨーグルト。プレーンヨーグルトが冷蔵庫の中にありません。これはどういうことですか?」


 いきなり、ノックもせずに俺の部屋に入ってきたチトセは、開口一番そうのたまった。


「そりゃ、食えばなくなんだろ。昨日の晩、お前食ってたじゃねーか。ついでに今朝とさっきもな」


「でしたら、今すぐ買ってきなさい」


「はあ? 食いたきゃ自分で買って来いよ。俺今手ぇ離せねえんだよ。ってか、でしたらでつなげる意味が分かんねえよ」


 そう。その時の俺は、新種の銃弾を開発するため机に向かい火薬の調合をしているところだった。しかし、そんな俺にチトセは問答無用で制裁の剣を刺し貫き、捨て台詞を吐いて立ち去った。


「十分以内に買ってきなさい」


 それが、厄介事の幕開けだった。










「……なにやってんだ、お前」


 近所のコンビニでプレーンヨーグルトを買った帰り道、電信柱の影にこそこそ隠れている不審者に遭遇した。そいつは、俺に気付くと大げさに後退ってから、電信柱に後頭部をしこたまぶつけた。


「ふぎゃあ!」


「……あえてもう一度聞くわ。なにやってんだ、お前」


 その場に座り込み、後頭部を抱え「うんうん」唸る馬鹿に白い目を向けながら、声を出す。すると、そいつは涙目で俺を見上げながら「P、P・Y……」と俺の名前を呟いた後、なにを思ってかいきなり俺に抱きついてきた。


 ので、とっさに迎撃した。


「な、なにするんだよ、P・Y!」


「そりゃこっちの台詞だ。いろいろなにやってんだ、お前は」


「う、うう……。僕はもう駄目だ……親友に見捨てられたんだ……生きてる意味が分からない……死のう……」


「……出たよ、ネガティブルー」


 道端で人目をはばからず四つんばいになり落ち込んでいるこの優男は、従魔、ヒザシ。生前年齢十六歳。こいつの宿主も確か今年で正式な従魔師になってるから、俺と同期なわけで、一応の顔見知りだ。ネガティブルー入ってるから、あえて誰が親友だってツッコミは控えてるけどな。


「悪ぃな。俺今急いでるからお前の相手してらんねえんだ。じゃあな」


「そ、そんな! 待ってくれよ、P・Y! 僕……恋しちゃったんだっ!」


「……あのな。そういうもんは高らかに宣言しねえで、密かに自分の胸の中だけに閉まっとけ。ってか、知るか」


「そんなぁ! 助けてくれよぉ、P・Y!」


「……お前、俺に頼めばうまくいくって思い込んでねえか?」







          @@@








「――で、家に招待したというわけですか?」


「いや……恋とかお願いとかのワードを連呼されてしがみつかれちゃ妙な誤解されかねねえだろ。周りの目が痛くて泣く泣くだ」


 ヒザシを連れ帰った俺に問答無用で制裁の剣を振り下ろしたチトセも、プレーンヨーグルトで何とか機嫌を直したようだ。プレーンヨーグルトをスプーンで口に運びながら、チトセは台所のテーブルの向かいに座るヒザシをチラッと見てから、またスプーンを口に運んだ。


「やあ、チトセちゃん。久しぶりだね。元気してる?」


 そして、空気が読めずフレンドリーにチトセに話しかけるヒザシ。こいつのこの笑顔だけを取れば、まあ、爽やかな好青年なのだが。


「あなたの顔を見るまでは元気してました」


 無表情でヒザシを見もせずに、ドぎつい一言をかまして、スプーンを口に運ぶチトセ。


「ああ……僕は最低のクソヤロウだ……クソヤロウだから人の元気を奪うんだ……死のう……」


 そして、ネガティブルースイッチオン。俺は、台所の床で四つんばいになりぶつぶつ呟いているヒザシに小さく息を吐き、隣に座るチトセを睨んだ。


「お前な……」


「ここは私の家です。我が家でまで他人に気を遣うつもりはありません」


「外ではちゃんと気を遣ってるような物言いだな、おい」


「とにかく、このクソヤロウを早く追い返しなさい。私は自室に戻ります」


「クソヤロウ……はは……そうだ、僕はクソヤロウだ……クソから生まれたクソヤロウだ……生きてる意味が分からない……」


 プレーンヨーグルト三個入り一パックを手に持ち自室に戻っていくチトセ。その背中を見送ってから、俺は足元で激落ち込んでいるヒザシを見下ろして、呟いた。


「めんどくさ……」









 つまり、ヒザシはその時、意中の相手をストーキング中だった。それで、電信柱の影に身を潜めていたわけだ。それで、そんな時に俺に声をかけられ、動揺して思わず助けを求めてきた――と、ヒザシの説明を要約するとこんなとこだ。動揺して思わず「恋してる」とカミングアウトしてくる辺り、こいつの面倒臭さが伺えるだろう。そもそも、そんなカミングアウトしてもらう程、俺はこいつと仲がいいわけじゃない。


「まさに、この出会いは運命なんだっ!」


「あーそりゃあ、すげえすげえ」


 で、チトセがいなくなってから、俺はさっきから一人でヒザシの相手をしてるわけだ。台所のテーブルの向かいで握り拳を作りながら熱心に自分の世界に入ってるこいつをぶん殴りたい衝動を何度も押し殺して。


「一目見た時僕はぴんと来たんだ。これは運命だ、この出会いはそう、運命なんだ。彼女は荒野に咲く健気な一輪の花。僕の荒涼な心の中に舞い降りてきた女神。ああ……彼女のことを考えただけでこんなにも胸が苦しいのは何故なんだ……心が痛い」


 ほんとに痛い目に遭わせてやろうか? と口をついて出てきそうな言葉を飲み込みつつ、俺は声を出した。


「で、恋してるのはいいけどよ。向こうはお前のこと知ってんのか?」


「ま、まさか! 女神に声をかけるなんて僕にはできないよっ!」


「……まあ、ストーキングしてる時点で察してたけどな」


「だから、P・Y! 僕に力を貸してくれ!」


 そう声を上げて俺の手を握ってくるヒザシ。俺はぽりぽりと頭を掻いてから、しょうがねえな、とため息とともに声を出した。


「俺がお前を男にしてやるよ……クールにな」


 何事もやるからには絶対勝つ。成功させる。プラスの方向に持っていく。それがクールな男の信条だ。


 俺の硬く強い言葉に、ヒザシは目に涙を浮かべて俺に抱きついて来た。


 ので、迎撃した――。









 この作戦には男手の助っ人がいる。とにかく、知り合いに片っ端から電話をかけてみたのだが、これは神のイタズラか。ことごとく用事があると断られ、最後に残されたケータイのメモリーには、とてもこんなことには協力しそうにない、硬派な男の名前が残されていた。


 その男の名は、トウオウ。丁髷ちょんまげのカツラに己の魂を懸ける熱血漢だ。


 しかし、駄目元でトウオウのケータイに電話をかける。この時代、武士もケータイを持っているのは常識だ。


「どう、P・Y?」


「駄目だな……出ねえ。まあ、あいつの場合協力してくれる可能性は薄いし、ここは俺一人でやるしかねえか……」


「だ、大丈夫なの?」


「まあ、一人より人数多い方がいいんだけどな」


「じ、じゃあ、日を改めてまた……」


「馬鹿野郎。こういうのは思い立ったが吉日なんだよ。クールな男は、何事も先延ばしにゃしねえ。明日を夢見るより、今日を見つめてなきゃ何事も成せねえんだよ」


「おお……なんか、かっこいいな、P・Y。すごいよ」


「ふ。止せよ……」


 なんてやってるうちに、目的地に到着。どうやら、ヒザシの女神は教会で祈りを捧げるのが日課らしく、毎日夕方のこの時間には教会に来ているらしいのだ。

 信心のカケラも持ち合わせていない俺は、もちろん、スルーすることはあっても、教会内に足を踏み入れたことは一度もない。上半身裸の女神像がシンボルのこの教会は、街中にこじんまりと建ちながらも、結構な信者を獲得しているとかいないとか。この世界に神がいるかいないかなんてどうでもいいが、王な猿とか犬の教師とか妙な生き物が実在するだけに、なんとなくいそうな気がする。


「あ! 待って、P・Y! あれ、トウオウじゃないか!?」


「え?」


 まさに教会に入ろうとしていたその時、ヒザシの声が教会のドアを開けようとしていた俺の手を止めた。そして、ヒザシの指差す方を見てみると、ガクランに黒ズボンという暑苦しいファッションで身を固めた、丁髷ちょんまげ頭の男が。


 教会の中に入っていった……。


 思わず、電信柱の影に身を隠した俺とヒザシは、意外な男の意外な行動に、顔を見合わせて、教会のドアを見つめた。


 硬く閉ざされたドアからは、ミステリアスで危険な香りがぷんぷん漂っていた――。












 


 





 



 











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